『無頼勇者の破王譚』〜無能社員だった青年は、異世界で精鋭部隊を率いる~

八雲水経・陰

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第九章 反逆の狼牙編

EP254 共鳴セシ吹雪ノ邪眼 <☆>

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(クッソ・・・さっきからイライラする。)

 馬に跨った征夜の機嫌は、まさに最悪だった。
 夜空に浮かぶ、"喩えようがないほど綺麗な月"にすら目もくれず、舌打ちと歯軋りを繰り返している。

(あの女のせいか?・・・いや、違うな。
 ムカつく奴だったが、アイツじゃない。何か他に、もっと胸糞悪い理由がある・・・。)

 眼球の発光は、止まる所を知らない。
 琥珀色の鮮烈な光を放ちながら、殺意と憎悪を滾らせている。征夜本人にも、何故ここまで腹が立つのかわからなかった。

 そんな中、苛立ちを募らせる征夜をよそに、荷台の方からは嬉しそうな声がした――。

「あっ、目を覚ましたのね!」

「は、はい。」

 救助した女性が、目を覚ましたのだ。
 火山を急いで下山して馬車に乗り込んだ後、彼女は糸が切れたマリオネットのように眠り込み、寝息すら聞こえないほど意識を投げ出していた。

 疲れが溜まっていたのだろう。
 だが、あまりにも反応が無いので、花はずっと気に掛けていたのだ。

「・・・っ!やめてッ!!!」

「ごめん!でも良かったわ!」

 目を覚ました女性の手を握って、温かみを伝えようとする花。
 しかし、その願いが立ち所に拒絶されようと、嬉しそうな笑みは微塵も崩れなかった。

「征夜!助けた人が起きたわ!・・・あっ、名前は何て言うの?」

「ハゼル・・・です。」

「そっか!ハゼルちゃんか!私は花!よろしくね!」

 互いの名前を教え合った後は、親睦を深める為にも握手をしたいところ。
 だが、ハゼルは先刻から、誰かに触られる事を極度に恐れ、拒絶している。

(きっと、すごく怖かったのね・・・。)

 あの凄惨な光景の中でトラウマを抱えたのだと察した花は、女同士でも体に触れるのは避けようと心に誓った。

「ハゼルさん、もうすぐ城に着くよ。
 色々大変だったけど、もう大丈・・・ッ!?」

「・・・征夜?」

 征夜の和やかな労いの言葉は、突如として途切れた。
 喉を震わせて唾を飲み込む音が聞こえた後、一瞬の沈黙が訪れる。

「・・・何だ?この感じ・・・。」

「感じ?」

 花には何も分からない。
 大気には僅かな変化も無く、大地にも不審な点は無い。窓から外を覗き見ても、やはり何も無い。

 だが、征夜の中で渦巻く違和感は、次第に勢いを増して蠢き始める。

「・・・分からないのかい?
 何かが・・・こっちを見て・・・ぐぁ"ッ!?あ"ぁ"ッ!?熱ッ!あっづい"ッ!何だこれッ!」

「征夜!?大丈夫!?どうしたの!」

「隊長!しっかりしてくださいっ!!!」

 鞍に乗ったまま馬上で苦しみ出した征夜は、危うく落馬しそうになる。
 危険を察知した兵五郎は急いで彼を荷台に引っ張り込み、代わりに馬へ跨った。

「お"があ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぅ"ッッッ!!!!!」

「ちょ、童貞どうしたのっ!?」
「瞳孔が開いてる・・・。」
「なんかコレヤバイんじゃないか!?」

 ルル、エリス、アルスが急いで駆け寄り、絶叫する征夜を覗き込んだ。
 右目を押さえて悶え苦しむ征夜、明らかに普通ではない。血走り、赤く発光する右目の瞳。瞳孔が開き、琥珀色に強烈な発光を続ける左目の瞳。

(アレは・・・修羅の瞳・・・!?)

 つい先日、征夜が新たに開眼した永征眼。
 理性を失う事と引き換えに、人間の限界を超えた力を引き出す諸刃の剣。

 今、征夜は両目で別々の永征眼を発動していた。
 こんな事は初めてであり、対処も分からない。放っておけば大変な事になると分かっていながらも、花は狼狽える事しか出来なかった。

 そんな中、心配そうに覗き込む彼女の目線が、悶え苦しむ征夜の目線と一瞬だけ合致し――。

(楠木花・・・楠木花・・・クスノキ・・・ハナァッ!)
「ぐあ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!」

「えっ?きゃぁっ!?」

 征夜の脳内に、"花に対する殺意と憎悪"が突如として噴出し、自制が効かなくなった。
 奇声を上げながら彼女に掴み掛かって押し倒し、暴れる彼女の両手を押さえ付ける。

「ど、どうしたの征夜!やめて!離してっ!」

「うるざぃ"ッ!お前さえ!オマエサエイナケレバッ!!!」

 自分でも訳の分からない感情が、心の底から湧き上がって来た。
 花と自分の眼があった瞬間、"理由の無い憎悪"が溢れ出して来たのだ。

「こ、ころっ・・・殺じでや"っ・・・殺じ・・・あ"ぁ"ッ!!!」

 拳を振り上げ、花を打ち下ろそうとする自分の体を、征夜は必死に自制した。
 少しでも理性が弱まれば、花の顔面にクレーターが出来る。そう思い、必死に拳を納めようとする。

「ぐっ・・・うぅ"・・・あ"ぁ"っあ"・・・!」

 だが、どうしても身体が言う事を聞かない。
 プルプルと震えながら硬直してしまった征夜は、全身全霊の理性をかき集める事で、なんとか意識を保っている。

 そんな中、危険を察知したルルが征夜と花の間に割り込む――。

「ちょ、童貞落ち着いてよッ!」

「黙レェ"ッ!!!」

「ぐぇ~!」

 征夜の叫びは音波となり、音波はエネルギー波となって幼い淫魔の頭部を直撃する。
 情けない叫び声を上げながら、ルルは馬車の壁を突き破って、外まで吹き飛ばされた。
 しかし幸いな事に、彼女とて魔族の端くれ。人間なら即死級の攻撃でも、タンコブで済んでいる。

「ルルさん!大丈夫ですかっ!?」

 兵五郎の不安げな呼び掛けに対し、ルルは倒れ込んだまま親指を立てて応えた。
 一応は無事なようだが、立ち上がる事が出来ないほど消耗しているようだ。

 ここに来て、征夜はやっと我に帰った――。

「何っ、やってんだッ!俺え"ぇ"ッ!!!」

 全力で頭を振り乱し、馬車の壁にぶつける。
 狂気に支配されて、罪の無い幼い少女に怪我をさせた。良心の呵責が理性を後押しして、彼に正気を取り戻させたのだ。

「はぁ・・・はぁ・・・!」

「征夜!大丈夫ッ!?」

「来るな花ぁ"ッ!」

 気を抜けば、すぐに花を"殺したくなる衝動"に襲われる。
 この症状が抜け切るまでは、花を自身の射程圏内に入れてはならない。征夜は直感で悟った。

「うっ・・・ぐゔぅ"っあ"ぁ"あ"ァッ!うお"ぁ"ぁ"があ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!!」

 絶叫と共に頭を掻き毟り、のたうち回って暴れ狂う征夜。これは正に、理性と狂気の死闘だ。
 琥珀色から赤色に点滅し始めた永征眼は、いよいよ危険な兆候を見せつつある。
 片目は既に修羅の瞳、もう片方も完全に染まり切れば、征夜は完全に理性を失うだろう。

 そんな中、彼を救ったのは――。

「落ち着いて、征夜・・・。」

「ぐっ!?あ"ぁ"ぁ"ッ!?」

 腕を征夜の顔前に伸ばし、ゆっくりと掌を開く花。
 猛獣を宥める飼育員のように、慎重な手付きで頭頂部を撫でようとする。
 彼女の指先が紙に触れた瞬間、征夜は抵抗するように暴れて振り払おうとした。
 だが、その凶暴な衝動は虚空へと溶けて行き、残ったのは穏やかな理性と"花への感謝"だけ。

「大丈夫・・・大丈夫よ・・・。」

「・・・はぁ・・・はぁ・・・。」

 苦痛と狂気に満ちて、歪み切った征夜の顔。それは瞬く間に、花の清らかな声によって浄化された。
 神秘的なオーラが全身を包み込み、清涼な命の息吹が血管を駆け巡るような感覚。血のように赤く染まった眼も、いつしか普段の緑に戻っていた。

「落ち着いた?」

「あっ、ぁっ・・・ありかっ・・・と・・・。」

 叫びすぎて干からびた喉からは、まともな発声が出来なかった。
 感謝を伝えようと口を動かしてみるが、出て来るのは気道を通り抜ける息のヒューヒューと言う音だけ。

「あっ・・・あぁ・・・。」

 ドッと疲れが押し寄せた征夜は膝から崩れ落ち、その場に倒れ込んで意識を失った。
 残された班の面々は、班長の奇怪な言動に恐れ慄き、目を見合わせて不思議がっていた――。
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