『無頼勇者の破王譚』〜無能社員だった青年は、異世界で精鋭部隊を率いる~

八雲水経・陰

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第九章 反逆の狼牙編

EP255 宴の始まり

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カタッ カタッ カタッ カタッ・・・

「んぅ・・・。」

 敷き詰められたタイルと蹄鉄がぶつかり合う小気味良いリズムが、征夜の微睡を覚ました。
 目を開くと、頭上に花の顔があった。無防備な笑みを浮かべながら眠りこけている。

(膝枕・・・。)

 後頭部を包み込む優しい感触を満喫しながら、窓の外を見る。
 火の灯った街灯と、それに照らされる煉瓦造りの街並み。揺れ動く馬車のテンポに合わせて変化する光景は、ボンヤリとした寝起きの視界を穏やかに撫でる。

(だいぶスッキリした・・・。)

 息を吸うだけで発狂しそうだった先刻の心地に比べると、かなりマシになっている。
 昼寝のおかげか、花の膝枕のおかげか、どちらにせよ気分が良いのはありがたい。

「皆さん起きて下さい。着きましたよ。」

「ぐが~・・・ぐぅ~・・・んがっ!?」
「・・・。」
「んぎゃ~・・・私まだ眠いぃ・・・。」

 イビキを途切れさせて目覚めたアルス、相変わらずクールに起きるエリス、二度寝を試みて両耳を枕で塞ぐルル。
 三者三様の起床を済ませた班員たち。やはり、彼らも長時間の任務に疲れ切っていたのだと、征夜は察した。

「兵五郎、運転ありがとう。」
「いえいえ、お構いなく。・・・馬車は"操縦"ですね。」
「むぅ・・・。」

 兵五郎は朗らかな笑みと共に訂正した。
 征夜は何も気にせず"運転"と言ったが、彼は違和感を覚えたようだ。

「君は眠らなかったの?」

「・・・はい。」

 荷台の隅で縮こまり、不安げに目を泳がせるハゼル。
 首と眼球が別方向を向き、キョロキョロと怯えている様は、中々に挙動不審だ。

「ふわぁ~・・・!」
「あっ、おはよう花。」

 騒がしくなってきた周囲に合わせて、花も目を覚ました。だが、心地良さそうに目を覚ました彼女は、すぐに膨れっ面になってしまった。

「むぅ・・・!」
「どうしたの?」
「私より早く起きちゃダメだよ・・・!」
「えっ!?なんで!?」
「征夜に"起きて"って言うのが好きなの!」
「えぇ・・・。」

 絶妙に納得しかねる理由だが、筋は通っている。
 言われてみれば、花はいつも征夜より早く起きていて、彼を起こすのは彼女の役割だった気がする。

 人間の趣味・趣向は、人の数だけあると言う。
 そう考えると、「誰かを優しく起こす事」に快感と悦楽を見出す人間が居ても、なんらおかしい事は無い。

「はい!やり直し!」
「りょ、了解です・・・!」

 征夜は急いで二度寝した。
 正確には、寝たフリをした。大袈裟にイビキをかいて、"寝ているよアピール"をする。
 茶番に過ぎない事は互いに理解している。だが、こういう戯れも、ときには良いコミュニケーションになる。

「ぐぅ~・・・!」
「起きて・・・征夜・・・♡」
「ん~・・・おはよう・・・!」
「おはよ~♡」

 花は征夜を優しく抱き上げ、ギュッと抱きしめる。
 ニット越しに感じる柔らかい胸の感触と、穏やかな人肌の温もりが、彼を包み込んだ。

(花より先に起きるのは、極力やめておこう・・・///)

 こんなに良い思いが出来る事に比べれば、多少の早起きなど無価値に等しい。
 征夜は心の中で、遅起きの誓いを立てた――。

~~~~~~~~~~

「よぉ、お前らも無事だったか。
 ・・・ユーレイが混ざってないか、ちゃんと確認したか?そこら中が死体だらけだし、怨霊がウヨウヨだぞ!?」

「縁起でもない事言うなぁ・・・。」

 馬車を降りると、シンが大ジョッキ片手に話しかけて来た。
 とんでもなく不謹慎な冗談を言いながら、ゲラゲラと笑っている。既に酔っているのだろうか。

 そんな彼らを尻目に、イーサンは不安げな調子で花に不思議な問いを掛けた。

「・・・あなた、人間ですよね?」
「・・・実は人造人間。」
「えぇっ!?」
「冗談だよぉ~!」
「ビックリしたぁ・・・。」

 ほとんど悪ノリなシンの発言を、彼はそこそこ本気にしていたようだ。
 "花本人に直接聞いて真偽を確かめる"と言う極めて短絡的な発想だが、本人が納得するならソレで良いだろう。

「兵五郎さんってモテますか?」
「80年連れ添った妻がいます。」
「面白い冗談ですね~!」
「ははは、やはり信じられませんよね。」

 騎士のアンネはジョッキを片手に、兵五郎にダル絡みしていた。
 酔っ払った人間との会話ほど面倒な物は他に無いが、兵五郎は穏やかな笑みを崩さずに応対している。

「シン様~!ただいま~!」
「待てよ!今、兄貴は他の人と話してるだろ?」
「誰だお前!私の邪魔をするなっ!」
「うぐぐ・・・。」

 ルルを引き止めようと声を掛けたユリエラーは、息つく間も無く玉砕された。中々に手厳しい。

「お前たちの魂のサンバッ!この私に見せてみろ!」
「ウオォォォォォォッ!俺たち回るぜえぇぇぇッ!?重力なんか振り切って!宇宙そらまでぶっ飛んでやるぜぇッ!」
「その調子だぁッ!頑張れぇッ!テンションぶち上げて重力圏を抜けろぉッ!お前らは星になるんだぁッ!!!」
「イヤッホオォォォイィッ!!!」

 蜜音は噴水を囲む観衆の前に立って、踊る"フランス人形"を指揮していた。
 貴族令嬢のように貞淑で、ルビー色の眼を埋め込まれた少女人形が陣形を組み、野太いダミ声を吐き散らして踊り狂う様子は、意味不明である。

 なお、踊っているのはサンバではなく"ブレイクダンス"だ。絶妙に、指示が通じていない――。

「凄いぞお前ら!最高にチョベリグだぁッ!!!イェエエエイッ!!!!!私も飛んじゃうぜぇッ!!!」

 フランス人形の横に立ち、グリングリン回転し始めた蜜音。
 その細い体の何処に筋力があるのか分からないが、軽やかに回り続けて踊り狂う様は爽快だ。
 言葉では言い表せないほど激しく熱い旋風トルネードが、蜜音の体を覆った。
 彼女の手足は引力に逆らって地面を離れ、いつの間にか噴水より高い空中に到達している。



 フワフワと浮きながら髪を振り乱して踊る様は、まさに"狂人"。何度でも言おう。意味不明である――。



「色々とっ散らかってんなぁ。
 よし決めた!"野郎"どもぉッ!今日は飲みまくるぞーッ!」

 どういう論理か分からないが、シンは「ここは飲み会を開くべき」と言う結論に至った。

 結成されたばかりの部隊で、個々の交流も浅い。
 親睦を深める為に酒を交えるのは、既に酔っている人間の提案にしては建設的だった。

 だがシンは、自分の発言の中に一つだけ"違和感"がある事に気が付いた――。

「・・・あれ?この部隊、女の方が多くね?」
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