遊羅々々うらら

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006話 明けの白露、道しるべ

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火奴羅の頬は桜色から、椿色に変わった。
「ふふ、照れてる。」
彼は少しむっとして、照れを隠すせりふを唄う。
「お料理、手伝おうか。」
「えっ、できるの。」
火奴羅はちょっと自信げ。
「ん、すこしね。」
ふわりと飛んで、彼女の横に、彼が立った。
「ふつうの話し方、ちゃんとできるじゃん。」
彼女はまたにこっと笑った。
「違和感、ないかな。」
彼はまた照れたように笑った。
「うん。」
「何つくるの。」
「香草ときのこを油で炒めるだけ。」
木で出来たシンクの端に置かれた、バケットの中。手のひらよりすこし大きいほどのの赤褐色の球体を三つ程取り出した。
「わあっ、これきのこ。」
「うん。さっき採ってきたの。」
会好は一つ手にとって彼の目の前に見せた。香れば確かに、その焦げたようなほろ苦い香ばしさは、食に耐えうる感じがする。
「ふうん。見たことないな。」
会好はシンクの横、何枚かくすんだ色の大きな葉が被せてある石造りの台の前。してその上に、つると良く磨かれた白石で出来た取っ手の有る丸いフライパンのような調理器具を乗せた。
「それでこれが、コンヨウの葉。」
彼女は棚から、鮮やかな緑色の大きな針葉樹の葉を取り出して見せた。
「いい香りがつくの。」
「知らないのばっかり。わお。」
手にとると、生でも強く香る独特な苦味。奥にある僅かな酸味の爽やかさが、確かに香草らしい。
「これ、このままいれればいい?」
「うん。」
火奴羅は適量の香草ときのこを手にした。
「はい、これお水ね。」
会好が手渡した水の張った桶で手を洗ったあと、火奴羅は葉ときのこをさっと水にくぐらせてフライパンの上に置く。
会好は木製の小さな容器からさららと油を垂らし、別の容器から赤いとろりとした調味料をふりかけた。
「じゃ、いくよ。」
会好は細い木片を取り出し、シャンデリアの灯火から火を受け取ってフライパンの下の大きな葉に投げた。ぼふっ、と強い音。葉が一気に燃え盛った。
「わっ、すごい。」
「大丈夫?」
「熱いの平気だよ、ほら。」
火奴羅はかなり手慣れた手付きで、フライパンを振って油と調味料を馴染ませた。
「これ、木べらね。」
「おっ、サンキュー。」
木べらがからからと、パンの中を軽快にかきまわした。じきに、しゃらしゃら、と油が心地よく弾けてくる。
「さん、きゅ?」
しゃらしゃら、からから、しゃらしゃらからから。ふわり、まろやかなきのこの香り、酸味と旨味の濃厚な調味料の香り、穏やかな香草の香り、燻る炎の香り。
「あっ、サンキューって、ありがとって意味ね。」
立ち込める湯気が、まだ少し冷ややかな初春の夜風を暖かく包んでゆく。

「そろそろいいかしら。」
火奴羅はパンを持ち上げ火から離した。
「うん、いい感じ。」
会好は桶で石台に水をかけ火を消した。
「わあっ、これでおしまい?」
火奴羅はパンを置いて目を輝かせる。
「はい、出来上がりっ!」
会好は嬉しそうに手を叩いた。

一枚の皿に盛りつけ、卓に並べてふたりが囲む。
「あ、三つだと、うまく分けれないね。」
会好がそう言うと、火奴羅はおもむろに胸元から青いナイフを取り出した。
「わ、何それ。」 
「見てて。」
火奴羅はその刃を器用に操り、縦に一斬り。まるで彼の手中を踊るが如く、あと引く残像の青い光がまるで宵の空の様。
「はい、どうぞ。」
「わあ、ありがと。」
「いただきまーす!」
ふたり同時に、料理を口へ運んだ。やはり、その香りが物語る至極の味。瑞々しくも濃厚に、頬いっぱいに広がった。
「うんっ、美味しい!」
ぱっと笑顔が花開く火奴羅。
「わあっ、ほんとに!」
会好は驚いたように目を見開いた。
「あれ、会好には慣れた味じゃないの。」
早速次の一口を手に取る火奴羅。
「いつものより、おいしい。」
驚き顔が、ふわり、笑顔に変わった。

「ごちそうさま。」
見事同時に食べ終え、二人でさらっと食器洗い。
「あんた、料理上手いのね。」
「お互いさま。…長いこと、一人で暮らしていたから。」
「この森の外で。」
「ん。」
火奴羅はちらり目をやると、会好が俯いて居る。
「あれ、どうしたの。」
会好はじっと前を見つめていた。
「うん、いいの。…洗いものはこのくらいでいいよ。」
会好は皿を置いた。積まれた食器が安定を崩して、からからと音を立てた。火奴羅は皿を置いて、崩れたものを軽く整える。
「よかったらおふろ使って。そこの下にあるから。」
会好は部屋の隅を指差した。見ると床にも、地下へと続く扉が小さくある。
「あ、うん…。ありがと。」
火奴羅はすすっと飛んで、泳ぐように、その扉を開けて地下室へと潜っていった。

地下は深くなく、すぐに部屋にたどり着いた。脱衣所のようで、ひとつ浴室への扉と、服入れの籠があるだけの、小さな部屋。
彼の着物は、黒い反物で出来ているようで滑らかな光沢があり、Vネック、ワンピスカートの様に末広がりで、袖は狩衣のようにゆったりとしたものであった。彼はそれを首から通して脱ぐと、隠れていた黒色の、指貫を細くしたようなボトムスと、くちなし色の襦袢が露わになった。帯を解きつつそれらも脱いでしまうと、血色の良い、木蓮色の肌が顔を出す。一つに結わえた膝まで垂れる長い髪の、髪留めの白い紐をするりと解くと、ふわり、たわわに広がって彼の小さな身体を隠すほどになった。

(どうしよう。服脱いだら、着るものがないなあ。…一張羅だもんなあ。)
すこし悩んで、火奴羅はぱち、と手を叩いた。そして脱いだ着物を籠にしまわず、手に持って浴室へと入った。

浴室は少し小さく、湯船の下に火が焚かれて湯を沸かすものであった。彼はつま先からゆっくりと湯に入ると、手に持った着物も一緒に沈めた。とっぽ、と泡の音が柔らかく響く。おぼろげ、白霧の如き湯けむりの中で、彼の心も思考の海の中。
(んんん、なんと甘露な心地。見たところ、随分気さくで穏やかな村の者たち、快適な風、戦いの無いしらべ。しかし、先程の彼女は。)
"この森の外に、出たことがないの。"
(そう、一生を過ごすには、ここはなんと狭い。)
"みんなはたぶん、興味ないよ。"
(あのひとは、どう思っているのだろう。)
"うん、いいの。"
(調べなくてはならないが。)
"うん、いいの…。"
(私には、何となく、分かる気がする。)

「あ、あがったね。」
火奴羅が床扉からちょこと顔を出すと、会好は寄って屈んだ。
「良き湯でありました。」
にこりと笑う、彼の頬は桜色。
「うん、よかった。私も入ってくるね。」

彼女が入れ替え脱衣所に入っていくのを見届けてから、彼はふっと息をついた。そしてまだしとしとと濡れている髪と着物に力を流し、ばちばちと云わせて水気を払うと、ゆらり窓辺にもたれ、空を見上げれば、そのなんと美しいこと。白い星が、さらさら、砂のように無数に散って精一杯輝き、夜空を深く澄んだ青に彩る。そして真中で大きく佇む月が、真円の虹を纏い小さな世界を照らす。その煌びやかな眩しさに、彼はいつまでも見とれていたかった。
(いつか、見た景色かしら。)
不思議な懐かしさ。

「火奴羅。」
はっとして見ると、桃色に火照った会好の小さな顔が、ちょこと顔を出している。
「あがったの。」
「うん。」
会好はそのままゆっくり彼の元へ寄った。
「何してるの。」
火奴羅はまた空に目をやった。
「見て。」
会好は顔を寄せて、窓を覗き込んだ。そして彼女は大きく目を見開いて、晴れやかな表情を見せた。
「わあっ。すごい!」
「綺麗だと思う?」
火奴羅は口元微笑みつつ、すこし伏し目で、さらりと云う。
「うん!すごい!」
振り返って、会好は満面の笑顔。火奴羅の目に光が差した。
「でも、会好はこの空を、いつも見てるんでしょう。」
会好はまた空を見上げて言った。
「いつも見てるけど。いつ見ても、綺麗だなって思うよ。…火奴羅も、そういうこと、ある?」
「ん、ある。」
云って少したつと、火奴羅はすこし驚いたようにぐっと口元を噤んだ。そしてくるりと首をまわして、また窓の方を向く。
「どうしたの?」
少し間が空いた。
「…いや、なんでもない。」
ぷるぷるっと首を振って、会好の方を向いた。その瞳に残る、分からない煌めき。
「ありがとう。」
唐突の言葉。しかし会好はなんとなく分かったような気がした。
「うん、ありがとう。」

「そろそろ寝る時間だから、今日は泊まっていってね。」
そう言いつつ、彼女は天井扉を開けた。
「うん、ありがと。」
彼女に連れられて火奴羅が入った二階の部屋は、下より暖かく、柔らかな光に満ちた、穏やかな部屋。整理されていても、沢山の木製道具が至る所に置いてあり、加工された木の、仄かに甘い香りで豊かに満ちていた。
「ほら、ここ。」
部屋の真ん中、赤褐色の丸い絨毯の上に置かれた、巨大な綿の塊。会好はそれをぽんぽんと叩いた。
「これは?」
火奴羅は寄ってじっくり覗いた。
「寝て。」
倒れこむと、ふわり、雲の上。
「消すよ。」
部屋を照らしていたランタンの火をふっと吹くと、部屋は殆ど真っ暗に。
すると会好は、天井の端に手をかけ、襖のように開いて見せた。
「わあっ!」
先程の麗しき夜空が、目の前、いっぱいに広がった。夜空の青と月星の白が、まったりと部屋を照らしてゆく。
会好は火奴羅の横に寝転んだ。
「いつもこうして寝てるの。」
うっとりした表情で会好が囁いた。
「いい趣味。」
「え。」
「私も、こういうの好き。」

少しの静寂。
「ねえ。」
会好は寝たまま言った。
「ん?」
「私たちって、気が合うのかな。」
「そうかもね。」
「今日、初めて会ったのに。」
「…見て。」
火奴羅は手を上にかざしてみせた。夜を背に影となる、手のひら。
「会好の手も見せて。」
会好も同じようにした。
「わあ。」
会好は少し目を大きくした。
「火奴羅の手って、不思議。」
「でしょう。芽果さんに見せたら、ひどく驚かれたもので。」
「私は最初に見た時から…、分かってたけどね。」
ふふ、と火奴羅は微笑んだ。
「私たちは違う生き物で、会って間もないのに…。やはり不思議なものだな。」
「そうだね。でも、いいかも。」
また少し静寂があって、そして火奴羅もこくと頷いた。
「ん。」

「ね、火奴羅。」
「ん?」
ふたりの目には、まだ夜空が居た。
「火奴羅は、なんでここに来たの。」
「うーん…。」
少し考え込む。
「特に意味はなくて。ただ歩いて、ここまで来ただけ。」
「散歩?」
「ん、いや、旅。」
「旅?」
「そ。旅。」
会好は火奴羅の顔をちらと見た。
「それって、楽しい?」
「楽しいよ。」
火奴羅は会好の顔の方を向いた。
「目に入るもの全て、新鮮に見える。それはそうで、行ったことないところに行くからね。」
会好はまた火奴羅の顔をちらと見た。ふたり目が合うと、会好はさっと目を逸らす。
「ふうん。」
「会好は、どう。散歩好き?」
「…いいえ。」
少し長めに、間があいた。火奴羅は会好の方を見たまま、微笑みを見せる。
「そう、残念。」
そして、静かに、囁くように云った。
「私は、いつかあなたと…。」
ぴくり、と会好の身体が揺れる。
「ふふ。おやすみ。」
「…おやすみ。」

かすかに、暖かな感触。火奴羅はばちっと目を開けた。
(ああ、そうか。)
火奴羅は眠たげに、瞼を少し下ろした。すう、と心地よい寝息が聞こえて、隣を見ると、会好が横たわっている。
(ここは、穏やかなる町。)
火奴羅は、体を起こして綿の上に座った。開いた天井から空を仰ぐと、はらり、そよ風が彼の髪を揺らした。
(すこし、ここにいても、いいかも。)
水の色に、ほのかに杏色が残る空。
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