遊羅々々うらら

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017話 白き剣の裁定士

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会好が起きると、火奴羅が横に座って物憂げな表情で手首を見つめていた。
「あぁ…火奴羅?」
「…えっ。」
少し驚いた様子で、火奴羅は辺りを見回した。
「あ、会好。起きたの。」
「うん…。大丈夫?」
会好は少し不安に思ったが、火奴羅は平然としている。
「ああ。平気よ。ごはんにしよか。」
「あ、わーい。」
会好は寝室を飛び出した。追うように歩き出して、ふと立ち止まって手首を見つめる。傷は無い。
(夢か…?)

火奴羅は会好を肩に乗せると、昨日と同じに床を撫でた。石床の舟が宇宙を過ぎると、またあの狭い部屋へ。
「ねえ、火奴羅。ご飯したらどうするの?」
階段を上がると、またあの紫の森。
「昨日云った通り、世界には夢の隙間が幾つかあるわけ。今からその一つを探しに行こうかな。」
少し歩くとすぐ外になった。昨日の石柱巡りが嘘のよう。
「えー、場所はわかるの?」
見事に晴れた朝の空。丸い湖が点在する、また不思議な場所だった。
「奇妙な森があるっていう話を聞いたんだ。そこを見に行くのよ。」
朝の風はすこし暖かい。
「えーと、記憶の森ってやつ?」
「そう。それだといいんだけどねー。」
火奴羅は太陽を眺めると、空に飛び出した。

しばらく飛ぶと、川が見えた。
「あー!あれあれ!」
遠くにみゆるは川沿いの、無造作に生えた低木と、実る小さな深紅の果実。
「あなた木の実好きねー。」
火奴羅が降りた先、赤い宝石が艶やかに、寄れば百年の恋が香る。
「へへー、果物の味にはうるさいんだから。」
会好は胸を張ると、その一つを豪快に囓った。瑞々しさ、程よい酸味と爽やかな風味が良い感じ。
「美味しいよね。これ、私もすき。」
火奴羅は枝葉ごと折って、そのままばりばりと噛み砕いた。
「えーっ、その、葉っぱとか…。美味しいの?」
戸惑う会好に微笑む火奴羅。
「これがまた独特の香りでねえ…」
火奴羅の顔つきが変わった。
「…何か来る!!!」
会好は顔に手をかざした。
風、いや嵐、大波、大地震。例えようのない天変地異の程の気が迫る。
「ち、そういえば…!」
第二波。次は真なる風。砂嵐が空を覆い、大地が重々しく唸りを上げる。

「つかまれ!」
火奴羅は会好を抱いて飛んだ。地の振動が空中にまで伝わって来る。
「わ、わーっ!」
空から稲妻、赤い閃光。火奴羅の眼前、雪崩のような轟音を携えて地に突き刺さったもの。それはあまりに巨大で、まるで一つの陸のように、目の前一帯を覆い尽くした。
「うっ…!」
地殻を割り、岩々を押しのけ、砂塵を纏い、その巨首がせり上がる。火奴羅など指先程と、その大きさは計り知れない。ただ見上げれば首が痛むほどの巨体が、今まさに眼前で、彼等を見つめながら鎮座しているのもまた事実。
(あ、そうだ…!)
会好の胸の中に、昨日の記憶が蘇る。空の戦場を圧倒的な力で塵と払い去った怪物。目の前のあれは、まさしくその正体であった。砂塵を纏ってなお鈍く輝く、鎧のような褐色の体表。砂嵐で薄暗い世界に強く妖しく光る、翡翠色の脈。顔は目が五つ、透明な外殻に覆われて並んでおり、尖った鼻先、その横に生えた角や鎧のような甲殻は直線的で、生物感を感じさせない。太く長い体躯には足がなく、ただ細く伸びる腕の先には巨大な円盤が、翡翠色の刃を縁にして、獲物を切り裂かんとゆっくり回り続けている。
「会好、ここにいろ。」
火奴羅は会好を胸から出すと、敵の顔に素早く詰め寄った。世界が強烈な光に包まれる。
「う…火奴羅!」
会好の前に黒い影。素早く彼女を掴んで飛ぶ。しかし世界はすぐ元の薄暗さに。すると突如、轟音が空を裂く。
「き、駄目かっ!」
会好と火奴羅の眼前に、大胆な動きで再び立ち塞がる巨体。すると今度はその怪物、空を仰いで円状の口を開け、雄叫びを上げた。強烈な重苦しい音、視界が揺れて気が滅入る。火奴羅は吹き飛ばされ、地に叩きつけられた。
(まずいな。…会好!?)
胸元に彼女はいない。身体を起こすと、衝撃で転がり落ちた会好が倒れていた。
「会好!!おいっ、大丈夫か!?」
「火奴羅…!動けないの…。」
(何!?)
その背後に巨体が迫る。

(そういえば私も身体が重い。あいつ闘気を地に引き摺り込む力を持っているんだな。)
火奴羅は重苦しく立ち上がる。首をもたげて、巨体に向き合った。
「火奴羅…?だめ、逃げて…!」
会好の弱々しい声を背に、火奴羅は声色を低くした。
「私を置いてってか?そんなこと云ってくれるな。」
巨体が腕を振りかざした。火奴羅、すかさず懐に飛び込む。
「負け戦も修羅の道…!」
ふわり、一言残して。

ぎらりと光るその拳、打てば散り立つ花火かな。ぱぱと広がる光の泡。地岩が割れたか気割れの嵐。その一撃にあの巨体が重く後退った。
腕の円盤が回る回る、素早く回って大きく一振り。一閃、火奴羅を両断。それを許す火奴羅ではなかった。次に巨体の胸部が撃った光の一撃、腕の斬りつけニ、三回。火奴羅の速さは凄まじく、稲妻のようにその間を縫って縫うこと五、六周。あの勢いそのままに、火奴羅は一撃を次に顎下に撃ち込む。大爆裂。大きくのけ反る巨体の首。腹部が空いた。火奴羅は眼差しを光らせ、瞬時に後退した。地につけた足に、撃震、土煙が沈みてうち固まった。そして脚を曲げる。爆裂。閃光の先、巨体の腹部に蹴り足を入れた火奴羅。大撃音の後、巨体はよろめき、のけぞった。しかしまた首をもたげる怪物。五つの目に光を宿すと、火花のように光弾を多量に撃ち出した。複雑に弧を描いて雨を降らす。火奴羅は素早く避けた。稲妻の速さ、一瞬の揺らめき。光弾が彼の胸を射ぬいた。強く地に叩きつけられる。大きく吹き飛んで、会好の目の前に倒れ込んだ。立て膝をつく。身体が重い。迫る怪物。その腹部には、かすり傷一つ無かった。
「火奴羅…!」

彼女の目の前で、火奴羅は動けずにいる。会好は地に張り付く身体を懸命に動かし、横目で火奴羅を見た。肩を上下する火奴羅のすぐ奥に、天まで届きそうな巨体がいる。怪物はまた雄叫びを上げた。そして再び目からの光弾。火奴羅は動かない。その一つが火奴羅に迫る。火奴羅は腕を組んだ。光弾はそのまま火奴羅に直撃した。
「ぐっ…!」
(火奴羅!)
嵐のように光弾が次々迫る。ニ三、十二十、何百もの光が彼を撃ち抜き侵食する。火奴羅は何も云わず耐えた。耐え続けた。
「火奴羅…!もう、いいから…。」
巨体の胸が光った。太陽のように眩しく、大岩のように威大な光。そして一つに集約され、火奴羅の体に撃ち込まれた。強烈な光に包まれ真白になった世界に、火奴羅の影だけが映る。しかしその影に、まるでヒビが入るように、少しずつ光が漏れてくる。
(火奴羅!)
会好の不安が最骨頂に達した時、瞬時に別の光が瞬いた。真っ赤な光。押し返すように広がり、世界は元の色に戻る。驚いて会好が見上げると、赤色の液体にまみれた火奴羅が力無く立っていた。赤黒い光に満ちている。会好は違和感と不安を覚えた。
火奴羅が巨体を指差す。その指に赤い光が宿った。光が強くなる。指先からやがて手を覆い、腕を覆い、身体中を覆い尽くすほどの凶烈な光。そして弾けるように一閃、光が瞬くと、指先から打ち出された光が一瞬で巨体の右胸を撃ち抜いた。巨大な甲殻がひび割れる。赤く禍々しい光が漏れた。そして甲殻の中で衝撃が響く。怪物は苦しそうな声を上げて倒れ込んだ。
火奴羅は力が抜けるように腕を下ろした。そして赤い光が消える。火奴羅はそのまま倒れた。
「火奴羅!」
会好は飛び上がった。地に張り付く力はもう無い。自由になった会好はそのまま急ぎ火奴羅のもとに寄った。
「火奴羅、ねえ、火奴羅…!」
身体を揺する。火奴羅は眠ったように動かない。
(は、大変!!)
視界の端に映る巨体。怪物が再び起き上がった。割れた甲殻がまだ赤く光っており、苦しそうにしつつ、しかし確実にこちらに向かって来る。
会好は火奴羅の身体を引いた。
(重い…!)
一歩、一歩と迫りくる。
(だめ、いや!そんな…!)
足を止めた。そして構える。目が光った。会好は目を閉じた。

青い光。柔らかく、強い光。会好はゆっくり目を開けた。見ると彼女の前に、白銀の鎧の者がすらりと立っている。辺りには青い気の壁が、会好と火奴羅の周りを囲っていた。怪物の攻撃が当たっているようで、時折波打っている。
鎧の者は剣を振り、ゆっくりと歩き出した。そして剣を天にかざすと、青白い光がその身体を包む。斬るように一振り、青い光がすらりと走って地を二つに裂く。怪物はひるまず再び迫ってきた。
鎧の者は光を纏いつつ、輝かしく大きな翼を広げて飛び出した。その剣、鍔に当たる部分に光る大きな青い玉。鎧の者は剣先を下に、玉を前方に突き出すように構え、翼を降ろして空に立ち、巨大な怪物を見据えた。迫る怪物。青い玉が光りだす。小さな玉から、大きな風が湧き出した。そして怪物の目が怪しく輝いた時、鎧の者は翼を大きく広げ、腰を低く構えると、玉が一ニと閃光を放った。そして眩いほどの青い光線が撃ち出される。怪物は腕を交差し光線を防いだ。光線はさらに太く強力になり、がりがりと音を立てながら巨体が後ろに後退してゆく。鎧の者が殴りつけるように剣を突き出すと、光線が波打って怪物がさらに後ろに押し出された。鎧の者はひらりと身を返すと、再び会好の元に寄り、会好と火奴羅の周りをあの光の壁で囲った。会好は浮き上がる心地がしたかと思うと、突如壁に押しつけられた。物凄い速さで飛んでいるのを感じる。

しばらくすると、光の壁は止まり、解けるように消えていった。
「赤い光の少年…。君の仲間か?」
鎧の者が背を向けて立っている。
「え、ええ…。」
穏やかな風、丘の上。
「…彼は強いな。恐ろしいほどに。」
鎧の者は振り返った。不思議な切れ込みが入った面当てで見えない表情、しかしきっと笑っている。
「…あなたは?」
鎧の者はまた背を向けた。
「ハイレアード・ローグリット。またいつか会うだろう。」
翼を広げ、彼方の空へ消えてゆく。
「火奴羅。」
彼はまだ眠り姫。

(白い鎧…!貴様、何者!)
面当てで見えない先の表情が泣いている?
(私は…!)
白い翼の柔らかな光。
(貴様は、貴方は…。)
意識が遠のいてゆく。

「ああ…。ん。」
火奴羅は目を覚ました。微かに朝日、それか夕日。
「あ、火奴羅!無事でよかった!」
会好が飛びついた。起き上がると、頭から落ちた緑の輪。
「…あら、可愛い!」
彼が手に取った、それは綺麗な花冠。桃色、黄色の花が織り込まれていい香り。
「へへー。なかなかやるでしょ?」
会好が胸を張る。
「さすがーっ。…あっ、奴は!?」
「あ、赤いの?」
火奴羅は冠を抱えて立ち上がる。
「大丈夫、もういないよ。」
「…本当だ。一体何が…。」
火奴羅は一瞬真面目な顔をした。しかし眠気がこみ上げて来る。
「ふあー…。」
火奴羅の大きくあくびをした。
「今日はもう休も。ね?」
会好は火奴羅のお腹に座った。
「…そうね。」
微笑みを投げかける火奴羅。空を見上げて目を閉じた。
(ローグリット…、剣の裁定士か。今更夢に見るとは…。)
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