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第一区画

27. 気軽にお勉強

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 俺と桃乃は会社の玄関で笹寺を待っていた。

 定時に終えた俺達はすぐに帰宅する準備を始めたため、部長は真っ黒なオーラを出して睨んでいた。

 どうやらまだ俺が作った資料を読み終えてないようだ。そんなことはお構いなく俺達は帰ることにした。

 今まで散々こき使った仕返しはまだ始まったばかりだ。

「中々遅いですね」

 その後、定時を過ぎても笹寺からの連絡はなく、30分経っても来なかったため、俺と桃乃は先に笹寺といつも行く居酒屋に向かった。





 お店の中はいつも通り賑わっている。周りにも仕事で疲れた顔をした人達ばかりだ。

 この人達も社畜奴隷として働いているのだろう。

「お疲れ様ー」
「お疲れ様です」

 俺と桃乃はジョッキグラスを持ちお互いに打ち付けて乾杯する。

 キンキンに冷えたビールに口をつけた瞬間、全身がひんやりと爽快感に襲われる。

「あー、うまい」

「この時間が至福ですね」

「やっと社畜奴隷から解放されたわ」

「社畜奴隷って……」

 俺は毎日奴隷になったつもりで働いている。

 上司の命令は絶対で枠からはみ出たことをやればつまみ出されてしまう。そんな世の中に不満がたまるばかりだ。

「実際、部長には逆らえないしな」

「拒否したらその時点であの会社に居れないのと同じですしね」

 とにかく部長の命令は絶対だ。違う部署に居れば環境によって変わるだろうが、あいつを部長にしている時点でこの会社に未来はないのだろう。

「最近先輩って仕事のスピード早くなりましたよね?」

「ああ」

「なんかコツってあるんですか?」

「そうだな……」

 俺は桃乃の問いに答えられなかった。パッシブスキルを頼りに仕事をしているからだ。説明のしようがない。

「あっ、ちょっと電話に出てくる」

 ちょうど良いタイミングで笹寺から連絡がかかって来た。

「おい、お前いつ来るんだ?」

「あー、ごめん! やっと終わったところだけど今どこだ?」 

「いつものところでもう飲んでるぞ」

「おお、当たってよかった」

 ひとこと言うと笹寺は電話を切った。

「なんだったんだ……?」

 そんな中、俺の肩を誰かが叩いた。今日も同じようなことが起きたなーっと思い、俺が顔を上げると、休憩していた時と全く同じ光景をしていた。

 そこには手をあげてる笹寺が立っていた。

「よっ!」

「遅いぞ」

「ああ、最後強引に止められて大変だったんだ」

 どうやら定時に上がろうとしたら、同じ部署の人に止められたらしい。

 違う部署でもやはり上司の命令には逆らえないようだ。

「それじゃあ、改めてお疲れ様でした」
「お疲れー」
「お疲れ様です」

 俺達は改めて乾杯することにした。どのタイミングに飲んでもビールはうまい。

「そういえば株はあれからどうだ?」

「あっ、この前初めて配当金をもらったぞ」

「配当金?」

「この前は80万ぐらい買ったやつが権利確定日に間に合ってな」

 ヘルスケアセクターが多く含まれている ETFが権利確定日に間に合い、つい最近配当金が振り込まれた。

 基本的に権利確定日に株を所有していれば、株主に持ち株数に応じて利益の還元が与えられる。

 会社の利益の状況で配当の有無や増減が決められるが、俺が持っている米国のETFだと年4回支給される。

「あれ、俺配当金をもらったことないけど?」

 笹寺はインデックスファンドのことを言っているのであろう。

「インデックスファンドは配当金じゃなくて分配金がもらえるぞ」

「分配金?」

 どうやら笹寺はあれから勉強もしていないようだ。俺頼りで本当に心配になる。

「ETFは違うけど基本的に投資信託って投資家からお金を集めて運用しているから、その集めた分だけ分配金として返ってくることになっているのは知ってるか?」

「うん……?」

「その分配金を配当金として貰えるんだが、インデックスファンドの場合はそのまま再投資にした方が利益がどんどん増えていくんだ」

 再投資型にすることで、その利益に対してさらに複利がつくため雪だるま方式にお金が増えてくることになる。

 笹寺も再投資の設定にしていれば、お金が振り込まれることはない。

「例えば1万円に100円分の分配金が貰えたとすると毎回100円分の分配金しかもらえないだろ?」

「そうだな」

「だけどそのまま100円を再投資する方法にすると、次は1万100円分に対しての分配金がもらえるんだ」

「あー、100円がどんどん積まれていく感じか?」

「それは少し違うな。次の年には101円の利益がもらえるし、その次には101円分がプラスされるからさらに貰えるんだ」

 俺の話をなんとなくは理解してそうな雰囲気をしているが、やはりわからないのか首を傾けている。

「あー、毎回100円だけ貰うよりお得になるってことか」

「そういうことだ」

 単純に理解することにしたらしい。それでも俺の話を聞こうとしてくれるのは嬉しい。

 実際にその辺は難しく考えると分からなくなるし、俺でもまだまだ勉強不足なのは否めない。

「とりあえずたくさん入金しろってことだな」

 どうやら笹寺はわかってるのかわかってないのか曖昧な感じだった。そんな中、真剣に話しを聞いていたのは桃乃だった。

「先輩達は投資をやってるんですか?」

 どうやら桃乃は投資をやったことがない人のようだ。

「俺も服部から勧められてやってるぞ。いまいちわかってないけどな」

 やはり笹寺はわかっていなかった。

「なんか投資って怖いし、人にお金の話を聞くのって汚い気がして……」

「確かにお金の話しってあまり良いイメージないよな」

 笹寺も俺に釣られてお金の話しをするようになったが、昔からの家庭環境によっては、お金をたくさん稼ぐ=何か悪いことをしているというイメージもあるのだろう。

「やっている人が正しいってわけでもないし、リスクもあるから怖いよな」

 桃乃と笹寺は俺の話に頷いていた。同じ話を笹寺にもしたことあるはずだが……。

「銀行に預けても金利が少ないから、それなら株を買ってお金に働いてもらおうって俺は考えているよ? 銀行って金利が0.001%程度しかないからな」

 お金も俺と同じ社畜奴隷として働いている。同じ奴隷仲間だからな。

「0.001%ですか?」

 0.001%だと銀行に100万円預け入れても、10円にしかならないのだ。インデックスファンドでも20年やっていれば4~5%の利益が出ると言われている。

 確実に利益が出るという保証はない・・・・・が、コツコツと積み上げることで何十年後にはお金が増えているという計算だ。

「それだけ差があるから、インデックスファンドみたいな一番リスクが低くて、さらにリスクが低い商品を買うのがいいのか……」

 桃乃も少しずつは理解してきているのだろう。

「先輩もっと教えてください!」

「おっ、おう……」

 桃乃も次第に投資に興味が出て来たのか、気づいたら笹寺だけ除け者になっていた。
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