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第一区画

75. 混雑する記憶

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 ああ、どこからか声が聞こえる……。

 俺の感覚が誰かに吸われて知らない誰かに入っていく。

「ママ、今日部活で帰りが遅れるからご飯先に食べてていいよ」

「母ちゃん、俺もバイトだ」

「母さん、青のネクタイどこに置いたか覚えている」

 俺……いや、私は誰だっけ……。

「お母さん大丈夫?」

 声をかけてきたのは準備を終えた制服姿の桃華とうかだった。

 ああ、ぼーっとしてたら間に合わない。朝は私にとっての戦いだ。

 仕事に行かないといけないが、今日に限って子供達がたくさん話しかけてくれる。

 シングルマザーになった私にとってはこの子達以上に大切なものはない。

 命よりも大事な宝物・・だ。

「私も残業して来るから桃華と雄貴はご飯一緒に食べよう」

「洸のネクタイは……この前机のとこにあったから落ちてない?」

「ママ行ってきます!」

「母ちゃん俺も行ってくるよ」

 双子の兄妹は学校に向かった。二人を見送ると後は下の子達を準備させないといけない。

「洸、下の子達をついでに起こしてくれないー?」

 ネクタイを取りに部屋に戻る最中の洸に、みんなを起こすように頼むと嫌々ながらも起こしに行ってくれた。

「まぢかよ……あいつら寝起き悪いからな……」

 文句を言いながらもみんなの面倒を見てくれる長男は夫が亡くなってから、私の一番の理解者だ。

 夫は末っ子の奏多が産まれてからすぐに殺されて亡くなった。犯人はまだ見つからず8年が経った。

 私は悔やみきれなかった。あの日は夫の優しさで駅まで迎えに来てくれた最中の出来事だったからだ。

 何度待っても夫は迎えに来てくれなかったのだ。

「お母さんおはよう!」

「ママ眠いよー」

「お腹減った!」

 それから小学生組が続々と起きてきて、朝ごはんを並べて次々に食べさせないといけないという忙しさ。

「母さん、仕事に行ってくるよ!」

 長男の洸が小学生組の三人を起こすと、2階から降りてきた。どうやらネクタイは見つかったらしい。

「あんた達も早くご飯食べて準備しないさいよ!」

 私は時間があまりない中で洗濯物を干し終え、子供達が食べ終わった食器を洗うためにキッチンに向かう。

「あっ、日向助かるー!」

「だって、ママ忙しそうだもん」

 小学生組の一番上である日向が食器を洗っていた。

「そりゃ、六人も子供がいたら……ね?」

「洸兄達はもう大人でしょ?」

 長男と双子兄妹は小学生組と年齢が離れているため、日向にとっては大人に感じるのだろう。

「じゃあ、お母さん先に出るけど日向達は鍵を閉めて行くんだよ?」

「もう! 私来年から中学生だから大丈夫だよ? 本当に心配性なんだから」

「じゃあ、行ってくるね!」

 私は日向の頭を撫でると、低めのヒールを履き、急いで仕事場に向かった。

 どうやら今日もギリギリに着くだろう。

 こんな忙しい毎日だが、夫が亡くなってからは嫌なことを思い出さないほど幸せの毎日だった・・・

 子ども達がこんなにスクスクと育ち、全員反抗期もなく良い子なのが救いだった・・・





 仕事を終えた私は急いでスーパーで買い物をする。思ったより残業も長引き、子供達からお腹減ったと連絡が1時間前に来ていた。

「今日は唐揚げにしようかな! あの子達も好物だし!」

 私は唐揚げの材料を買って、急いで帰っていると急に日向からメールが届いていた。

――ママ助けて!

 来年から中学生になるため早めに携帯を持たせたが、使い方がわからないとたまにこうやって連絡が来る。

「朝あんなこと言っててもまだまだ子供なんだから」

 上に三人も兄と姉がいるのに、いつも頼ってくれるのは私だ。

 助けてメールが届いた私はさらに車を急いで走らせた。

「みんな寝ているのかな?」

 車をガレージに入れて降りるとなぜか家の周りは静かだった。

 いつもなら子供達のはしゃぐ声が外からでも聞こえてくるはずだ。

 どこか胸騒ぎがしたがいつも通りに玄関を開けた。

「ただいまー!」

「……」

 いつも帰ると下の小学生組が迎えに来るはずが、今日は誰も来ない。

 それ以前に家の中もテレビの音だけが流れている。

「日向ー! 桃華ー! ご飯作るの手伝ってー!」

 私はスーパーで買った荷物を持ってキッチンに向かおうと歩いていくと、リビングから変な臭いがしていた。

「もう、何やって……」

 スーパーの袋から沢山の具材が転がっていく。私は驚きのあまり手を離してしまった。

「ねぇ、桃華! 雄貴! どうしたの?」

「奏多も返事して!」

 三人は血だらけの状態でリビングで寝て……いや、倒れていた。

 辺りは血の海となり、カーペットなども吸い込めないほど血が流れ出ていた。

 私は必死に子供達を起こすが目を開けてくれない。それどころか苦しい顔で動かなくなっている。

 抱きかかえてもだらんと垂れ下がった腕に顔。

 子供達からは体の温かみも感じない。

「日向……」

 私はさっき日向から来たメールを思い出した。

 あの連絡はこの状況を伝えたかったのかもしれない。私はすぐに日向を探そうとするが、あまりの衝撃とショックで力が出ない。

 私……いや、俺は早く動けと脚を強く叩いた。

 すると俺の気持ちは伝わったのか、どうにか立ち上がることができた。




 それと同時に感覚が薄れていく。



「日向どこにいるの!」

 私は急いで立ち上がり振り返る。

「隠れんぼは終わりだよ」

 手には包丁を持ってにやりと笑う、血だらけの男が立っていた。
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