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第一章 魔王誘惑作戦
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絶対に落としてみせると宣言したものの――それから三日、ミリアはルーカスの姿さえ見ることができなかった。
昨日など一日中執務室の前に居座ったというのに、ルーカスは一歩も出てこなかった。
悔しさにローラに泣きつく。
「……さすがにここまで避けられるとは思いませんでしたわ」
「あたしも想定外よ~。……どうしてやろうかねぇ」
ローラは美しい笑みを浮かべてはいるが、放っておくとこのままルーカスの首を絞めに行きそうな雰囲気を醸し出 していた。
ミリアは落ち込みつつも、諦めてはいない。まだ戦いは始まったばかりなのだから。
「ローラ、ルーカスさまはお仕事が忙しいせいで執務室から出てこないのですよね」
「そうね……もともと引きこもりがちな方だし」
移動に時間を割くのはもったいないと、食事は以前から仕事部屋でとっていたし、そこにはベッドも備え付けられている。
それでも時には自室でゆっくり休むこともあったそうだが――ミリアの部屋が自室の真横というか扉で続いているから、それもなくなった。
「じゃあ、お仕事が終われば、わたしとの時間が取れる、ということですわね」
ローラは目を輝かせる。
「何か策があるの? ミリアちゃん?」
「ええ! 一石二鳥な作戦ですわ――戦いのために、おめかし手伝ってくれる?」
「もちろんよ! あたしもウィル坊のために勝負服着ようかしら」
二人はきゃっきゃとはしゃぐ。愛らしい少女と美女の戯れる姿は傍目にはとても麗しいが――その瞳は間違いなく、獲物を狙う目であった。
「失礼しますわ!」
朝食をしっかり食べた後、ミリアは道場破りのように扉を両手で勢いよく開けた。腹が減っては戦は出来ぬのだ。
「……仕事の邪魔をするな、帰れ」
ルーカスはミリアに見向きもしない。ミリアはルーカスに近づき、その顎を掴んで無理矢理こちらに向かせた。
「久しぶりに会った婚約者に、最初に言うことがそれですの?」
「…………よく来たな、帰れ」
「矛盾しすぎですわ」
まじまじと見つめると、三日前よりも少しやつれた気がする。目の下にはクマも色濃くできている。
仕事が忙しいのは言い訳にすぎないと思っていたが、本当に根を詰めて頑張っていたようだ。
「それに、今日は、いえ今日から、ルーカスさまのお手伝いしようと思って来ましたの」
「お前が?」
「わたし、家では脳も筋肉で出来てしまったような人の代わりに書類仕事をしていましたの。だから、そういうのは得意ですわ」
父親が聞いたら泣きそうな話である。
ルーカスはミリアの華奢な手を振り払い、すげなく拒否する。
「お前の手など借りる必要はない」
「こんな疲れ切った顔をしておいてよくそんなことが言えますわね」
ルーカスは反論できず、目を逸らした。
このままでは埒があかないので、ミリアはローラに抱きしめられているウィルに声をかける。
「ルーカスさまじゃなくても出来る仕事はあります?」
「ありますよ~。城の予算案とかその他諸々」
予算案など部外者に任せていいものではないと思うが、それだけミリアを信用しているのだろう。
「あら、お金の単位がメルシリアと違うのね……ふふ、面白そう」
「おい、ウィル!」
ルーカスは怒鳴るが、ウィルは舌を出すだけである。
ミリアはミリアで、主従のいざこざを無視して仕事に没頭していた。
そして、昼休憩を知らせる鐘が鳴り、ミリアは初めて顔を上げた。凄まじい集中力である。
「だいぶ片付きましたわね」
「ミリアちゃん、優秀ね~。こんなに手際よく仕事をこなす人、ルーカス様以外にいるとは思わなかったわ」
ローラの言う通り、ルーカスもミリアも常人の何倍もの速さで仕事を進めていた。
それでもまだ残っているのだから、魔王というのは非常に多忙なようだ。
「ミリア様、料理長が本日の食事をどこでとるかと――」
「あ、ここでいただきます」
「は⁉︎」
「だって、一人の食事は味気ないんですもの」
ルーカスが引きこもるせいで、ミリアは一人で、それも無駄に広い部屋で食事をとらなければならなかったのだ。
さすがに使用人が食事に同席するのは、とローラも側に控えるだけなのだ。
「せっかく多少は仕事が減ったのですから、一緒に食べましょう?」
「……俺はここで食べる。お前は勝手にしろ」
つれないが、移動しろと言われなかっただけ上出来だろう。
ルーカスと同じものを所望したところ、サンドイッチが運ばれてきた。恐らく食べながら仕事をするためだろう。
観察したところ、ルーカスにとってみればお茶を飲みつつ何かしらの書類に目を通すのが休憩のようだ。
「ルーカスさま、女性の好みはかわいい系ですか? 綺麗系ですか?」
ぐっ、と変な音が聞こえた。ルーカスがお茶を吹き出すのを堪えた音である。
ウィルとローラも肩を震わせる。
「どうでもいいことを聞くな!」
「休憩中ですからいいじゃないですか~。まぁ、ルーカスさまがどちらを選んでもわたしはかわいい系一択なんですけど」
「なおさら聞くな!」
「一応婚約者の好みは把握しておかないと」
ミリアは自分の身体を見下ろしてため息を吐いた。
「仕方ないじゃないですか。わたし幼児体形ですし、これ以上成長も見込めないですし」
ささやかな胸を押さえるミリアを見て、ルーカスは焦る。
「い、いや。身体より中身の方が大事だろう……別に俺は胸の大きさなんて……って、なんで俺がお前のフォローをしなければならんのだ!」
いいようにからかわれているルーカスに、昔から仕える者たちは笑いを堪えることが出来なかった。
「仲が良さそうでなによりです。私は外回りに行って来ますから、後は二人でごゆっくり」
「ウィル坊、あたしも手伝うわ~」
「ローラは別の仕事でもしてくれ」
「え、待て、お前ら!」
ルーカスの叫びは無情にも届かず、二人きりになる。
ルーカスは少しずつミリアから距離をとった。
「……そんな離れなくても、わたし、取って食いはしませんわよ」
ミリアは心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。
「……油断したら襲われる気しかしない」
「わたし程度に襲われたところで、撃退するのは簡単でしょうに」
「女に手を上げたくはない」
「ご立派ですわ」
ミリアは距離を詰めて、ルーカスを壁まで追い詰めた。
「待て、襲わないと言っただろ」
「もちろんです。わたしの家、婚前交渉なんて以ての外ですもの。……だから、ルーカスさまがその気になってもだめですよ?」
「その気になんてなるか!」
ルーカスが顔を赤らめる。意外と初心なのだなとミリアは驚いた。
真っ赤な顔を見ていると、ミリアはもっとからかいたい気分になる。
「ねぇ、ルーカスさま。わたし恋人にあーんするの憧れてたんです。よろしくて?」
「よろしくない! やめろ!」
二人の攻防は昼休憩が終わるまで続いた。
ミリアとしてはあーんこそできなかったものの、ルーカスと交流できて大変満足な一日であった。
昨日など一日中執務室の前に居座ったというのに、ルーカスは一歩も出てこなかった。
悔しさにローラに泣きつく。
「……さすがにここまで避けられるとは思いませんでしたわ」
「あたしも想定外よ~。……どうしてやろうかねぇ」
ローラは美しい笑みを浮かべてはいるが、放っておくとこのままルーカスの首を絞めに行きそうな雰囲気を醸し出 していた。
ミリアは落ち込みつつも、諦めてはいない。まだ戦いは始まったばかりなのだから。
「ローラ、ルーカスさまはお仕事が忙しいせいで執務室から出てこないのですよね」
「そうね……もともと引きこもりがちな方だし」
移動に時間を割くのはもったいないと、食事は以前から仕事部屋でとっていたし、そこにはベッドも備え付けられている。
それでも時には自室でゆっくり休むこともあったそうだが――ミリアの部屋が自室の真横というか扉で続いているから、それもなくなった。
「じゃあ、お仕事が終われば、わたしとの時間が取れる、ということですわね」
ローラは目を輝かせる。
「何か策があるの? ミリアちゃん?」
「ええ! 一石二鳥な作戦ですわ――戦いのために、おめかし手伝ってくれる?」
「もちろんよ! あたしもウィル坊のために勝負服着ようかしら」
二人はきゃっきゃとはしゃぐ。愛らしい少女と美女の戯れる姿は傍目にはとても麗しいが――その瞳は間違いなく、獲物を狙う目であった。
「失礼しますわ!」
朝食をしっかり食べた後、ミリアは道場破りのように扉を両手で勢いよく開けた。腹が減っては戦は出来ぬのだ。
「……仕事の邪魔をするな、帰れ」
ルーカスはミリアに見向きもしない。ミリアはルーカスに近づき、その顎を掴んで無理矢理こちらに向かせた。
「久しぶりに会った婚約者に、最初に言うことがそれですの?」
「…………よく来たな、帰れ」
「矛盾しすぎですわ」
まじまじと見つめると、三日前よりも少しやつれた気がする。目の下にはクマも色濃くできている。
仕事が忙しいのは言い訳にすぎないと思っていたが、本当に根を詰めて頑張っていたようだ。
「それに、今日は、いえ今日から、ルーカスさまのお手伝いしようと思って来ましたの」
「お前が?」
「わたし、家では脳も筋肉で出来てしまったような人の代わりに書類仕事をしていましたの。だから、そういうのは得意ですわ」
父親が聞いたら泣きそうな話である。
ルーカスはミリアの華奢な手を振り払い、すげなく拒否する。
「お前の手など借りる必要はない」
「こんな疲れ切った顔をしておいてよくそんなことが言えますわね」
ルーカスは反論できず、目を逸らした。
このままでは埒があかないので、ミリアはローラに抱きしめられているウィルに声をかける。
「ルーカスさまじゃなくても出来る仕事はあります?」
「ありますよ~。城の予算案とかその他諸々」
予算案など部外者に任せていいものではないと思うが、それだけミリアを信用しているのだろう。
「あら、お金の単位がメルシリアと違うのね……ふふ、面白そう」
「おい、ウィル!」
ルーカスは怒鳴るが、ウィルは舌を出すだけである。
ミリアはミリアで、主従のいざこざを無視して仕事に没頭していた。
そして、昼休憩を知らせる鐘が鳴り、ミリアは初めて顔を上げた。凄まじい集中力である。
「だいぶ片付きましたわね」
「ミリアちゃん、優秀ね~。こんなに手際よく仕事をこなす人、ルーカス様以外にいるとは思わなかったわ」
ローラの言う通り、ルーカスもミリアも常人の何倍もの速さで仕事を進めていた。
それでもまだ残っているのだから、魔王というのは非常に多忙なようだ。
「ミリア様、料理長が本日の食事をどこでとるかと――」
「あ、ここでいただきます」
「は⁉︎」
「だって、一人の食事は味気ないんですもの」
ルーカスが引きこもるせいで、ミリアは一人で、それも無駄に広い部屋で食事をとらなければならなかったのだ。
さすがに使用人が食事に同席するのは、とローラも側に控えるだけなのだ。
「せっかく多少は仕事が減ったのですから、一緒に食べましょう?」
「……俺はここで食べる。お前は勝手にしろ」
つれないが、移動しろと言われなかっただけ上出来だろう。
ルーカスと同じものを所望したところ、サンドイッチが運ばれてきた。恐らく食べながら仕事をするためだろう。
観察したところ、ルーカスにとってみればお茶を飲みつつ何かしらの書類に目を通すのが休憩のようだ。
「ルーカスさま、女性の好みはかわいい系ですか? 綺麗系ですか?」
ぐっ、と変な音が聞こえた。ルーカスがお茶を吹き出すのを堪えた音である。
ウィルとローラも肩を震わせる。
「どうでもいいことを聞くな!」
「休憩中ですからいいじゃないですか~。まぁ、ルーカスさまがどちらを選んでもわたしはかわいい系一択なんですけど」
「なおさら聞くな!」
「一応婚約者の好みは把握しておかないと」
ミリアは自分の身体を見下ろしてため息を吐いた。
「仕方ないじゃないですか。わたし幼児体形ですし、これ以上成長も見込めないですし」
ささやかな胸を押さえるミリアを見て、ルーカスは焦る。
「い、いや。身体より中身の方が大事だろう……別に俺は胸の大きさなんて……って、なんで俺がお前のフォローをしなければならんのだ!」
いいようにからかわれているルーカスに、昔から仕える者たちは笑いを堪えることが出来なかった。
「仲が良さそうでなによりです。私は外回りに行って来ますから、後は二人でごゆっくり」
「ウィル坊、あたしも手伝うわ~」
「ローラは別の仕事でもしてくれ」
「え、待て、お前ら!」
ルーカスの叫びは無情にも届かず、二人きりになる。
ルーカスは少しずつミリアから距離をとった。
「……そんな離れなくても、わたし、取って食いはしませんわよ」
ミリアは心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。
「……油断したら襲われる気しかしない」
「わたし程度に襲われたところで、撃退するのは簡単でしょうに」
「女に手を上げたくはない」
「ご立派ですわ」
ミリアは距離を詰めて、ルーカスを壁まで追い詰めた。
「待て、襲わないと言っただろ」
「もちろんです。わたしの家、婚前交渉なんて以ての外ですもの。……だから、ルーカスさまがその気になってもだめですよ?」
「その気になんてなるか!」
ルーカスが顔を赤らめる。意外と初心なのだなとミリアは驚いた。
真っ赤な顔を見ていると、ミリアはもっとからかいたい気分になる。
「ねぇ、ルーカスさま。わたし恋人にあーんするの憧れてたんです。よろしくて?」
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