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第一章 魔王誘惑作戦
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夜会は盛況。見渡す限り全員魔物という状況は、なかなか愉快である。
ルーカスのような一見人間にしか見えない者も、明らかに異形の者も、皆等しく歓談している。
ミリアは社交界デビューをして以来夜会には参加しなかったので、この雰囲気はとても新鮮だ。
ミリアの役目はルーカスについてまわり、婚約者がいるのは本当だったと知らしめることなのだが――。
「ルーカスさま」
小さな声で、ルーカスに呼びかけた。
ルーカスはわざわざ屈んで耳を寄せてくれる。
「どうした」
「あのですね、ただ一緒にいるだけじゃ真実味がないと思うんです。ですからもっと――」
「却下だ」
「話くらい最後まで聞いてくださいな」
「聞かなくてもわかる」
ミリアは頰を膨らませると、ルーカスが少し雑に頭を撫でた。
(撫でたら機嫌が直ると思って! わたしはそんなにちょろい女じゃ――)
胸中で文句を言いつつも、ミリアの頰の膨らみはあっという間に萎み、緩んでしまった。
そんな二人の様子はどこからどう見ても仲睦まじい恋人同士にしか見えず、図らずも目的は達成されたのだった。
ルーカスの周りに人が集まってきた。
ミリアがざっと窺う限り、今話している人たちはルーカスに悪意を持っていないようだ。
「――そういえば、東の方で不穏な動きが――」
「ああ、弱った魔物を捕らえて闇オークションで売るとか――」
「……その話、詳しく聞かせていただきたい」
ルーカスは完全に仕事に思考を切り替えたようで、ミリアを放置してしまった。
ミリアは暇を持て余し、その場から離れる。
(わたしが動き回って、会場にいる人たちに存在を印象づけるのもありよね)
歩いていると、色んな声が耳に入る。
「……あれが魔王の……」
魔王という言葉に、ミリアは耳を澄ませる。
「まさか脆弱な人間を選ぶとはな」
「血は争えませんなぁ」
「魔王に流れる人間の血が、人間を求めているのかも……」
「あの女が死ねば、臆病者も父親のように魔物らしく勇猛になるやもしれん」
様々な、しかし一様に魔王への悪意を含む言葉の数々に、ミリアは眉を顰める。
全ての情報をすぐに分析するのはさすがに無理だから、ひとまず情報収集に専念しようと思考を切り替えた時、誰かに手を引かれる。
振り向くと、そこには足が蛇の化粧が濃い女性が笑みを浮かべていた。
目は全く笑っていないが。
「あなた、魔王さまの花嫁ですって?」
「そうですよ」
(正確に言うと、まだ婚約者候補だけど)
ドスの利いた声に軽やかに返事をすると、何が癇に障ったのか蛇女は尻尾を床にどんどん打ちつけている。
周りの取り巻きたちも憤りを露わにする。
「こんなちんちくりんが花嫁なんてありえない! まだ子供じゃない!」
ミリアは柔らかく、相手の警戒心を一瞬で和らげてしまいそうなほどの笑顔を見せた。
「魔物の方は長生きですものね……あなた方と違って肌がきめ細かくてもちもちのわたしは、幼く見えてもしかたないですわ」
言外に、年増と言っている。
それは向こうにもちゃんと伝わったようだ。
蛇女と取り巻きたちは手に持っていたグラスを握り締める。そのグラスには紅い液体が揺れていた。
(わたしのドレス、赤だからそれをかけても意味がないんじゃ……)
「花嫁さま、飲み物はいかが?」
「それ、ワインですか?」
蛇女はにぃっと唇を吊り上げた。
「そうよ。でも魔物は刺激が強いものが好きだから……ちょぉっと人間にはお口に合わないかもね」
(毒の類……もしくは酸とかだと当たったら問題があるわね)
ミリアは周囲をこっそり窺う。魔王の婚約者が絡まれているというのに誰も助け船を出そうとしないのは、気づいていないか、面白がっているのかのどちらかのようだ。
それに加え、ミリアの周りはルーカスの花嫁候補だったと思しき女性たちばかりであった。誰しもがミリアが害されることを望んでいる。
ルーカスはといえば――思ったより移動していたようで、姿も見えない。
「わたし、ちんちくりんの子供ですから、お酒はちょっと……」
「大人の階段を登ればいいじゃないの」
蛇女がじりじり近づいてくる。取り巻きたちも円を描くようにじわじわとミリアを取り囲もうと動く。
ミリアは頰にそっと指を添え、溜め息を吐いた。
「困りましたわね……ルーカスさまに喧嘩は買うなと厳命されていますの」
「そう。なら大人しく、そこでワインを味わいなさい!」
その言葉を皮切りに、意地の悪い女たちは液体をミリアに向かってかけた。
四方八方を塞がれている状態では、ミリアに勝ち目がない――いざこざを見守っていた誰もがそう思っていた。
しかし。
「はっ!」
ミリアはその場を――飛んだ!
床を蹴り上げ、蛇女の体長を余裕で超えるほど高く、飛んでくる液体をかわすため途中で回転や捻りを加えながら跳躍し、悪意の輪から抜け出した。
着地を決めると、野次馬から拍手が飛ぶ。
一方、蛇女たちは、乱闘の最中にあった。
かけるべき相手を失ったワインは、取り巻きのみならず、他人事のように眺めていた恋敵たちにまでかかった。
中に入っていた毒に皮膚が爛れる者、お気に入りのドレスを汚されて呆然とする者と様々だが、皆、怒りに燃え上がったのは確かだ。
「あんたたち、よくもやってくれたわね!」
突き刺さるような敵意に、蛇女たちは震える。
「ひっ……あ、あのちびが逃げたから――」
「あなたたちが逃すからいけないのよ!」
「とにかく、この落とし前はつけてもらうよ!」
ミリアは遠巻きに女たちの乱闘を眺め、一応、巻き添えを食らって毒を浴びてしまった魔物たちに治癒魔法を施す。弱っていた者も傷が治り、乱闘は更に勢いづいた。
ミリアだって鬼ではないのだ。多少なりとも申し訳ないという気持ちはある。
(それにしても、久しぶりに大技を決めたら身体が怠くなりました……鈍ってるのかしら)
城に帰ったら運動でもしようと計画を立てながら、ミリアは涼を求めてバルコニーへ出る。
夜風は冷たく、熱くなった頰を心地よく撫ぜる。
美しい星空を眺めていると、背後から声をかけられた。
「金の髪のお嬢さん、手の届かない星を眺めるよりも、もっと楽しいことをしないか?」
ねっとりとした声に、ミリアの背筋が粟立った。
声の主は、姿だけなら美丈夫だ。ルーカスのような冷たい美しさとも、ウィルのような完成された美とも違う、野性味に溢れた感じである。
(美形だし、魔力も相当な量なんだけど……どうしてかしら、小物感が半端ないわ)
ミリアの勘はよく当たるので、きっと見掛け倒しの男に違いない。
そんな失礼な批評をミリアがしているとは露知らず、ミリアの姿を正面から見た男は眉間に皺を寄せた。その視線は、明らかに平らな胸へと向けられている。
「なんだ、子供じゃないか」
「……子どもだと、何か差し障りがございますか?」
あからさまにがっかりするなとミリアは内心苛立つ。今日はよく子供扱いされる日だ。
男は不躾に顔を近づけてくる。酒臭くて不快だ。あと少しでも距離を詰めてきたら殴ろうと、ミリアは拳に力を込めた。
「……ふむ。顔はなかなか整っているではないか。将来性を見込んで俺の取り巻きの一人に加えてやろう」
「結構ですわ」
「何! 失礼な娘だな、この俺の誘いを断るなんて……待て。お前、人間じゃないか⁉︎」
傲慢。魔物と人間の区別がすぐにつかないほど酒に酔っている。今のところ良い点が一つも見つからない。
「なぜ人間が――あぁ、お前が魔王の花嫁か」
「そういう貴方はどなたですの?」
男はマントをばっと翻し、高らかに名乗りを上げる。
「俺はギルバート・アシュレイ。由緒正しき吸血鬼の家柄で、誰よりも魔王に相応しい男だ!」
「ふーん」
「何だその熱の籠らない返事は! 生意気な女だな……あの臆病者はこんな女が好みなのか⁉︎」
ルーカスは間違いなく、この男より何倍も立派な男だ。貶される筋合いはない。
この手の輩と関わっても面倒なだけだとギルバートの横を通り抜けようとすると、腕を掴まれた。
「待て。……お前、俺のものになる気はないか?」
「全く、これっぽっちも、ございません」
「強情な女め。お前を奪われたら、あの鉄面皮はどのように歪むだろうなぁ」
ギルバートが再び顔を寄せる。ミリアが彼を殴ろうとしたまさにその時、誰かに抱き抱えられた。
「……アシュレイ殿、うちのものが、何か粗相をしただろうか?」
底冷えのする声は、とても愛しい人のもので、ミリアは思わずその胸にすり寄る。
「ルーカスさま! ただ会話を楽しんでいただけですわ」
顔を上げると、複雑そうな表情を浮かべていた。信じていないけど、追及すべきか迷っているようだ。
「魔王様が女を抱き締めている姿を見るなんて、思いも寄らなかったよ」
「こちらも、目を離した隙に婚約者が男に迫られているところを見るとは思わなかった」
二人の男の間に火花が散る。
一触即発の雰囲気を壊したのはミリアだ。
「ルーカスさま、わたし、慣れぬ夜会で少し疲れてしまいましたわ」
「……そうか、ではそろそろお暇するとしよう。失礼する」
ミリアの無意味な争いをするなという要求を汲み取ってくれたようだ。
ルーカスと連れ立ち、ギルバートを残したままバルコニーを離れた。
残されたギルバートは、悪役に相応しい面構えでにやけていた。
「魔王はどうやら、思っていた以上に花嫁にご執心なようだ。さて、どうやって引き摺り下ろそうか」
夜空に響くギルバートの笑い声に、醜態を晒すまいと彼の家の執事が迎えに来るのは、もう少し後の話だ。
ルーカスのような一見人間にしか見えない者も、明らかに異形の者も、皆等しく歓談している。
ミリアは社交界デビューをして以来夜会には参加しなかったので、この雰囲気はとても新鮮だ。
ミリアの役目はルーカスについてまわり、婚約者がいるのは本当だったと知らしめることなのだが――。
「ルーカスさま」
小さな声で、ルーカスに呼びかけた。
ルーカスはわざわざ屈んで耳を寄せてくれる。
「どうした」
「あのですね、ただ一緒にいるだけじゃ真実味がないと思うんです。ですからもっと――」
「却下だ」
「話くらい最後まで聞いてくださいな」
「聞かなくてもわかる」
ミリアは頰を膨らませると、ルーカスが少し雑に頭を撫でた。
(撫でたら機嫌が直ると思って! わたしはそんなにちょろい女じゃ――)
胸中で文句を言いつつも、ミリアの頰の膨らみはあっという間に萎み、緩んでしまった。
そんな二人の様子はどこからどう見ても仲睦まじい恋人同士にしか見えず、図らずも目的は達成されたのだった。
ルーカスの周りに人が集まってきた。
ミリアがざっと窺う限り、今話している人たちはルーカスに悪意を持っていないようだ。
「――そういえば、東の方で不穏な動きが――」
「ああ、弱った魔物を捕らえて闇オークションで売るとか――」
「……その話、詳しく聞かせていただきたい」
ルーカスは完全に仕事に思考を切り替えたようで、ミリアを放置してしまった。
ミリアは暇を持て余し、その場から離れる。
(わたしが動き回って、会場にいる人たちに存在を印象づけるのもありよね)
歩いていると、色んな声が耳に入る。
「……あれが魔王の……」
魔王という言葉に、ミリアは耳を澄ませる。
「まさか脆弱な人間を選ぶとはな」
「血は争えませんなぁ」
「魔王に流れる人間の血が、人間を求めているのかも……」
「あの女が死ねば、臆病者も父親のように魔物らしく勇猛になるやもしれん」
様々な、しかし一様に魔王への悪意を含む言葉の数々に、ミリアは眉を顰める。
全ての情報をすぐに分析するのはさすがに無理だから、ひとまず情報収集に専念しようと思考を切り替えた時、誰かに手を引かれる。
振り向くと、そこには足が蛇の化粧が濃い女性が笑みを浮かべていた。
目は全く笑っていないが。
「あなた、魔王さまの花嫁ですって?」
「そうですよ」
(正確に言うと、まだ婚約者候補だけど)
ドスの利いた声に軽やかに返事をすると、何が癇に障ったのか蛇女は尻尾を床にどんどん打ちつけている。
周りの取り巻きたちも憤りを露わにする。
「こんなちんちくりんが花嫁なんてありえない! まだ子供じゃない!」
ミリアは柔らかく、相手の警戒心を一瞬で和らげてしまいそうなほどの笑顔を見せた。
「魔物の方は長生きですものね……あなた方と違って肌がきめ細かくてもちもちのわたしは、幼く見えてもしかたないですわ」
言外に、年増と言っている。
それは向こうにもちゃんと伝わったようだ。
蛇女と取り巻きたちは手に持っていたグラスを握り締める。そのグラスには紅い液体が揺れていた。
(わたしのドレス、赤だからそれをかけても意味がないんじゃ……)
「花嫁さま、飲み物はいかが?」
「それ、ワインですか?」
蛇女はにぃっと唇を吊り上げた。
「そうよ。でも魔物は刺激が強いものが好きだから……ちょぉっと人間にはお口に合わないかもね」
(毒の類……もしくは酸とかだと当たったら問題があるわね)
ミリアは周囲をこっそり窺う。魔王の婚約者が絡まれているというのに誰も助け船を出そうとしないのは、気づいていないか、面白がっているのかのどちらかのようだ。
それに加え、ミリアの周りはルーカスの花嫁候補だったと思しき女性たちばかりであった。誰しもがミリアが害されることを望んでいる。
ルーカスはといえば――思ったより移動していたようで、姿も見えない。
「わたし、ちんちくりんの子供ですから、お酒はちょっと……」
「大人の階段を登ればいいじゃないの」
蛇女がじりじり近づいてくる。取り巻きたちも円を描くようにじわじわとミリアを取り囲もうと動く。
ミリアは頰にそっと指を添え、溜め息を吐いた。
「困りましたわね……ルーカスさまに喧嘩は買うなと厳命されていますの」
「そう。なら大人しく、そこでワインを味わいなさい!」
その言葉を皮切りに、意地の悪い女たちは液体をミリアに向かってかけた。
四方八方を塞がれている状態では、ミリアに勝ち目がない――いざこざを見守っていた誰もがそう思っていた。
しかし。
「はっ!」
ミリアはその場を――飛んだ!
床を蹴り上げ、蛇女の体長を余裕で超えるほど高く、飛んでくる液体をかわすため途中で回転や捻りを加えながら跳躍し、悪意の輪から抜け出した。
着地を決めると、野次馬から拍手が飛ぶ。
一方、蛇女たちは、乱闘の最中にあった。
かけるべき相手を失ったワインは、取り巻きのみならず、他人事のように眺めていた恋敵たちにまでかかった。
中に入っていた毒に皮膚が爛れる者、お気に入りのドレスを汚されて呆然とする者と様々だが、皆、怒りに燃え上がったのは確かだ。
「あんたたち、よくもやってくれたわね!」
突き刺さるような敵意に、蛇女たちは震える。
「ひっ……あ、あのちびが逃げたから――」
「あなたたちが逃すからいけないのよ!」
「とにかく、この落とし前はつけてもらうよ!」
ミリアは遠巻きに女たちの乱闘を眺め、一応、巻き添えを食らって毒を浴びてしまった魔物たちに治癒魔法を施す。弱っていた者も傷が治り、乱闘は更に勢いづいた。
ミリアだって鬼ではないのだ。多少なりとも申し訳ないという気持ちはある。
(それにしても、久しぶりに大技を決めたら身体が怠くなりました……鈍ってるのかしら)
城に帰ったら運動でもしようと計画を立てながら、ミリアは涼を求めてバルコニーへ出る。
夜風は冷たく、熱くなった頰を心地よく撫ぜる。
美しい星空を眺めていると、背後から声をかけられた。
「金の髪のお嬢さん、手の届かない星を眺めるよりも、もっと楽しいことをしないか?」
ねっとりとした声に、ミリアの背筋が粟立った。
声の主は、姿だけなら美丈夫だ。ルーカスのような冷たい美しさとも、ウィルのような完成された美とも違う、野性味に溢れた感じである。
(美形だし、魔力も相当な量なんだけど……どうしてかしら、小物感が半端ないわ)
ミリアの勘はよく当たるので、きっと見掛け倒しの男に違いない。
そんな失礼な批評をミリアがしているとは露知らず、ミリアの姿を正面から見た男は眉間に皺を寄せた。その視線は、明らかに平らな胸へと向けられている。
「なんだ、子供じゃないか」
「……子どもだと、何か差し障りがございますか?」
あからさまにがっかりするなとミリアは内心苛立つ。今日はよく子供扱いされる日だ。
男は不躾に顔を近づけてくる。酒臭くて不快だ。あと少しでも距離を詰めてきたら殴ろうと、ミリアは拳に力を込めた。
「……ふむ。顔はなかなか整っているではないか。将来性を見込んで俺の取り巻きの一人に加えてやろう」
「結構ですわ」
「何! 失礼な娘だな、この俺の誘いを断るなんて……待て。お前、人間じゃないか⁉︎」
傲慢。魔物と人間の区別がすぐにつかないほど酒に酔っている。今のところ良い点が一つも見つからない。
「なぜ人間が――あぁ、お前が魔王の花嫁か」
「そういう貴方はどなたですの?」
男はマントをばっと翻し、高らかに名乗りを上げる。
「俺はギルバート・アシュレイ。由緒正しき吸血鬼の家柄で、誰よりも魔王に相応しい男だ!」
「ふーん」
「何だその熱の籠らない返事は! 生意気な女だな……あの臆病者はこんな女が好みなのか⁉︎」
ルーカスは間違いなく、この男より何倍も立派な男だ。貶される筋合いはない。
この手の輩と関わっても面倒なだけだとギルバートの横を通り抜けようとすると、腕を掴まれた。
「待て。……お前、俺のものになる気はないか?」
「全く、これっぽっちも、ございません」
「強情な女め。お前を奪われたら、あの鉄面皮はどのように歪むだろうなぁ」
ギルバートが再び顔を寄せる。ミリアが彼を殴ろうとしたまさにその時、誰かに抱き抱えられた。
「……アシュレイ殿、うちのものが、何か粗相をしただろうか?」
底冷えのする声は、とても愛しい人のもので、ミリアは思わずその胸にすり寄る。
「ルーカスさま! ただ会話を楽しんでいただけですわ」
顔を上げると、複雑そうな表情を浮かべていた。信じていないけど、追及すべきか迷っているようだ。
「魔王様が女を抱き締めている姿を見るなんて、思いも寄らなかったよ」
「こちらも、目を離した隙に婚約者が男に迫られているところを見るとは思わなかった」
二人の男の間に火花が散る。
一触即発の雰囲気を壊したのはミリアだ。
「ルーカスさま、わたし、慣れぬ夜会で少し疲れてしまいましたわ」
「……そうか、ではそろそろお暇するとしよう。失礼する」
ミリアの無意味な争いをするなという要求を汲み取ってくれたようだ。
ルーカスと連れ立ち、ギルバートを残したままバルコニーを離れた。
残されたギルバートは、悪役に相応しい面構えでにやけていた。
「魔王はどうやら、思っていた以上に花嫁にご執心なようだ。さて、どうやって引き摺り下ろそうか」
夜空に響くギルバートの笑い声に、醜態を晒すまいと彼の家の執事が迎えに来るのは、もう少し後の話だ。
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