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第二章 婚前旅行編
27 衝撃の目覚め
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ミリアは微睡みながら、頭を撫でられる感覚を楽しんでいた。
触れる手は冷たいが、不器用ながらも優しさが感じられる手つきだ。
(……ルーカスさまの手だわ)
朝からこんなに幸せな気分になれるなんて、と思ったところでミリアの意識は覚醒した。
「⁉︎」
目を開けば、そこには愛しい人の顔がある。
眠りの浅いルーカスは、ミリアが身じろぎしたために目を覚ました。
「……ん、起きたのか」
「……で…………」
ぷるぷると震えるミリアに、まだ寝ぼけているルーカスは疑問符を浮かべる。
「ん?」
「出て行ってください!」
「ぐっぉ!」
ミリアは茹蛸のように真っ赤になって、ルーカスの顔を正面から殴り飛ばした。
完全に油断していたルーカスは吹き飛ばされ、激しい音を立てて壁にぶつかる。
ミリアは視線を落とすと、胸元はすっかりはだけてしまっていた。慌てて掛布団を引き上げる。
(あぁ、最悪。髪もぐしゃぐしゃで、服もこんなに乱れて……ルーカスさまにみっともない姿を見せてしまうなんて)
実際のところルーカスは己の煩悩に打ち勝つため、ミリアのしどけない姿は全く見ないようにしていたのだが、ミリアが知る由もなかった。
「ミリア様! 物凄い音でしたけど何か……魔王様、ご無事ですか?」
騒音に慌てて駆け付けた綾は、部屋の端で倒れているルーカスに心配そうに声をかけた。
「……あぁ、気にするな。こうなることは読めていたはずなのに、流された俺が悪いんだ」
綾は布団にくるまっているミリアを見て顔を強張らせた。懐から小さな刀を取り出してルーカスに向ける。
「魔王様、もしかしてミリア様に無理強いを」
「綾ちゃん! 違うの、違うのだけど……わたしの身支度を手伝ってくれない?」
とんでもない勘違いをし始めた綾の言葉を遮り、ミリアはお願いをした。
「わかりました。……魔王様、速やかにご退出いただけますか」
小さな少女に変態でも見るような目で睨まれたルーカスは、どこか悄然とした面持ちで部屋を出て行った。
綾に事情をきちんと説明すると、くすくすと笑われてしまった。
「なるほど……婚前旅行を新婚旅行と勘違いされてしまったのですね。それで同室に……後でもう一部屋手配してもらいます。……ふふっ」
「綾ちゃんったら、何がおかしいの?」
髪を梳かしてもらいながら、ミリアは鏡越しに綾を睨みつけた。
「いえいえ、魔王様を疑ってしまって申し訳ないとは思うのですが、それよりも冷酷無慈悲と名高い魔王様の情けない姿が面白くて」
「ルーカスさまは仏頂面なだけで、中身はとても感情豊かな方よ」
「えぇ、ミリア様といらっしゃる姿を見たら、噂など当てにならないとつくづく思いますよ」
ミリアの髪を見事に結い上げた綾は、どの簪を挿すか吟味し少し身を屈めた。その拍子に、懐から白い紙が落ちる。
「あら、綾ちゃん、落としたわよ」
拾い上げると、ミミズがのたくったような模様が目に入った。この汚い字は見覚えがある。ギルバートのものだ。
人の手紙を盗み見るのは良くないとすぐに目を逸らしたが、「会いたい」「愛してる」といった熱烈な思いが垣間見えてしまった。
「あ、あ……」
手紙を指さして、耳まで赤くして口をはくはくさせる綾に、慈悲深い笑みを見せた。
「えーと、綾ちゃんも愛されてるわね」
「わ、忘れてください! あの人の『好き』なんてもはや挨拶程度の軽いものなんです。決して、旅行先にまで手紙を送ってきたのが嬉しくて持ち歩いていたわけでもなくて――」
(語るに落ちるとはこのことね)
今度はミリアが笑う番だった。帰ったらギルバートにも教えてあげようと計画を立てる。きっと喜びで文字通り舞い上がることだろう。
「もう! ミリア様ったら笑いすぎです」
「ごめんなさい、綾ちゃんが可愛くて」
ひとしきりからかった後で、ミリアはこてん、と首を傾げる。
「そういえば、今日はどんな予定だったかしら」
ミリアが予定を尋ねれば、照れで緩み切っていた綾はきりっと表情を変える。まだ幼いといってもいい年ごろなのに、本当にしっかりした子である。
「本日は私の祖母がぜひミリア様をお茶会でもてなしたいと。ウィル様曰く、魔王様も本日はお忙しいとのことで……観光は明日になりそうだと」
「ふむ、分かったわ。じゃあお茶会の前に、朔の様子を見に行こうかしら」
「いいですね。故国と言えど、黄泉は慣れない環境でしょうし」
ミリアの身だしなみが整うと、二人は連れだって朔のもとへ向かった。
触れる手は冷たいが、不器用ながらも優しさが感じられる手つきだ。
(……ルーカスさまの手だわ)
朝からこんなに幸せな気分になれるなんて、と思ったところでミリアの意識は覚醒した。
「⁉︎」
目を開けば、そこには愛しい人の顔がある。
眠りの浅いルーカスは、ミリアが身じろぎしたために目を覚ました。
「……ん、起きたのか」
「……で…………」
ぷるぷると震えるミリアに、まだ寝ぼけているルーカスは疑問符を浮かべる。
「ん?」
「出て行ってください!」
「ぐっぉ!」
ミリアは茹蛸のように真っ赤になって、ルーカスの顔を正面から殴り飛ばした。
完全に油断していたルーカスは吹き飛ばされ、激しい音を立てて壁にぶつかる。
ミリアは視線を落とすと、胸元はすっかりはだけてしまっていた。慌てて掛布団を引き上げる。
(あぁ、最悪。髪もぐしゃぐしゃで、服もこんなに乱れて……ルーカスさまにみっともない姿を見せてしまうなんて)
実際のところルーカスは己の煩悩に打ち勝つため、ミリアのしどけない姿は全く見ないようにしていたのだが、ミリアが知る由もなかった。
「ミリア様! 物凄い音でしたけど何か……魔王様、ご無事ですか?」
騒音に慌てて駆け付けた綾は、部屋の端で倒れているルーカスに心配そうに声をかけた。
「……あぁ、気にするな。こうなることは読めていたはずなのに、流された俺が悪いんだ」
綾は布団にくるまっているミリアを見て顔を強張らせた。懐から小さな刀を取り出してルーカスに向ける。
「魔王様、もしかしてミリア様に無理強いを」
「綾ちゃん! 違うの、違うのだけど……わたしの身支度を手伝ってくれない?」
とんでもない勘違いをし始めた綾の言葉を遮り、ミリアはお願いをした。
「わかりました。……魔王様、速やかにご退出いただけますか」
小さな少女に変態でも見るような目で睨まれたルーカスは、どこか悄然とした面持ちで部屋を出て行った。
綾に事情をきちんと説明すると、くすくすと笑われてしまった。
「なるほど……婚前旅行を新婚旅行と勘違いされてしまったのですね。それで同室に……後でもう一部屋手配してもらいます。……ふふっ」
「綾ちゃんったら、何がおかしいの?」
髪を梳かしてもらいながら、ミリアは鏡越しに綾を睨みつけた。
「いえいえ、魔王様を疑ってしまって申し訳ないとは思うのですが、それよりも冷酷無慈悲と名高い魔王様の情けない姿が面白くて」
「ルーカスさまは仏頂面なだけで、中身はとても感情豊かな方よ」
「えぇ、ミリア様といらっしゃる姿を見たら、噂など当てにならないとつくづく思いますよ」
ミリアの髪を見事に結い上げた綾は、どの簪を挿すか吟味し少し身を屈めた。その拍子に、懐から白い紙が落ちる。
「あら、綾ちゃん、落としたわよ」
拾い上げると、ミミズがのたくったような模様が目に入った。この汚い字は見覚えがある。ギルバートのものだ。
人の手紙を盗み見るのは良くないとすぐに目を逸らしたが、「会いたい」「愛してる」といった熱烈な思いが垣間見えてしまった。
「あ、あ……」
手紙を指さして、耳まで赤くして口をはくはくさせる綾に、慈悲深い笑みを見せた。
「えーと、綾ちゃんも愛されてるわね」
「わ、忘れてください! あの人の『好き』なんてもはや挨拶程度の軽いものなんです。決して、旅行先にまで手紙を送ってきたのが嬉しくて持ち歩いていたわけでもなくて――」
(語るに落ちるとはこのことね)
今度はミリアが笑う番だった。帰ったらギルバートにも教えてあげようと計画を立てる。きっと喜びで文字通り舞い上がることだろう。
「もう! ミリア様ったら笑いすぎです」
「ごめんなさい、綾ちゃんが可愛くて」
ひとしきりからかった後で、ミリアはこてん、と首を傾げる。
「そういえば、今日はどんな予定だったかしら」
ミリアが予定を尋ねれば、照れで緩み切っていた綾はきりっと表情を変える。まだ幼いといってもいい年ごろなのに、本当にしっかりした子である。
「本日は私の祖母がぜひミリア様をお茶会でもてなしたいと。ウィル様曰く、魔王様も本日はお忙しいとのことで……観光は明日になりそうだと」
「ふむ、分かったわ。じゃあお茶会の前に、朔の様子を見に行こうかしら」
「いいですね。故国と言えど、黄泉は慣れない環境でしょうし」
ミリアの身だしなみが整うと、二人は連れだって朔のもとへ向かった。
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