魔王さまの婚約者

まあや

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第二章 婚前旅行編

29 太陽のような人

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 案内されたのはなんと縁側だった。

 綾の祖母、梅はにこにこと縁側に並べた座布団に座るように促す。

『本来なら茶室で作法に適ったお茶会を行うのですけど……異国の方は正座なんて慣れないと思いまして、ぜひ足を伸ばしてお座りください』

『まぁ! お気遣い感謝します。実は昨晩の晩餐会でも恥ずかしながら足が痺れまして……』

 途中でこっそり治癒魔法をかけるなどしていたのだが、残念ながらあまり効かなかった。

 出された菓子は母国のものとは全く違う。もちもちした食感、餡子の優しい甘さを堪能し、特に花を模した和菓子を愛でる。

『梅さまは随分お若いですよね。綾ちゃんの祖母というよりも母親に見えますもの』

 梅は朗らかに笑う。

『私は獣人ではなく狐の妖ですので……年の取り方は人間よりも遅いのです』

『妖……』

 東の国に存在する、妖術を使うという生き物だ。妖と魔物が別種なのかどうかは、まだ研究が進んでいないためよく分かっていない。

『はい。黄泉では鬼を筆頭に妖を序列化する風潮が、嫁入りする当時はありまして……一本の尻尾しかない妖狐の私が旦那様に嫁ぐことを非難する者もおりました』

『どこにでもうるさい方々がいらっしゃるんですね』

 ミリアは夜会でつっかかってきた魔物たちを思い出しながら、梅の話に頷く。

『私は既に旦那様の子を妊娠していたのですが、お義父様からも反対され、もう駆け落ちしかないと半ば覚悟を決めておりました』

『か、駆け落ち⁉︎』

 自分の祖父母の驚きのエピソードに、綾は目を剥いた。

 梅はお茶目に片目を瞑った。

『あら、ちなみにカディスさんも、駆け落ちする覚悟で私たちに娘さんをくださいって言ってきたわよ』

『お父様まで……』

『綾ちゃんのご家族は皆情熱的なのね』

 からかうようなミリアの言葉に、綾は顔を真っ赤にして俯いた。

 微笑ましそうにその姿を見つめる梅は、昔を懐かしむように話を続ける。

『絶望していた私たちに手を差し伸べてくれたのが、旦那様のお兄様、旭様でした』


 旭は愛する二人の前に立ち、反対する妖たちに啖呵を切った。

『この場で一番強いのは俺だが、妖の序列がどうとか甚だどうでもいい。そもそも、ただ力が強いだけで鬼が偉いなんて、馬鹿らしいにもほどがある。狐の変化は鬼には真似できないし、それも別の「強さ」だろ? いい加減頭を柔らかくしろよ、化石ども』

 そう言うと旭は『鬼でも夕はなよっちくて弱いしな』とカラッと笑った。


『ふふ、その後は盛大な親子喧嘩がありまして……最終的には、私の家柄自体は名門ということもあり、お義父様が折れてくださいました』

『……初めて聞きました』

 梅は寂しそうに、綾の頭を撫でた。

『そうねぇ、旭様の存在は、禁句みたいになっているから……でも、知っておいてほしいの。あなたがいるのは、旭様のおかげだから』

『今の黄泉の統率者は、夕様ですよね? 旭様の身に、何があったのですか?』

『あのお方は、私が嫁入りして五年ほど経った頃でしょうか、人間の女の子を拾ってきました。弱い妖でさえ視界に入れたくなかったお義父様は、その子を捨てろといいました』

 夕の父は随分頭の固い頑固者だったようだ。

『旭様は、守りたいものも守れないこんな家は出て行くと、お義父様を殴って言い捨てました。最後、旦那様にだけ顔を出して、「出来の悪い兄ですまないが、後は任せた。お前らの結婚を後押しした恩返しだと思って、頼む」と伝えたそうです』

 既に綾の母親も生まれ、梅たちは渋々ながらも家族の一員として受け入れられていた。旭は家を出ても夕たちは問題ないと認識したうえで、家出したのだろう。

『以来、お義父様は旭様をいなかったものとして扱いました。しかし、反抗的でしたが優秀な息子を失って心を痛めたのでしょう。旭様が出て行かれてから、見るからに弱っていきました』

 梅は目を伏せる。ぎゅっと、着物を握りしめていた。

『私たちも、太陽のように明るい旭様がいなくなってから、とても寂しい思いをしました。お義父様も二年前に旦那様に跡目を譲ってから放浪の旅に出て、旭様とあの少女を拒む者は誰もいないのですが……二十年以上経った今も、一度も戻ってこないのです』

 ミリアは、なぜ関わりのない自分もいる場で梅がこの話を持ち出したのか察しがついた。

『私たち黄泉の住人は、そうそう地上に出ることは許されません。新婚旅行という楽しい時間に水を差すようで大変申し訳ないのですが、片手間にでもいいのです。旭様を探してはいただけませんか?』

 そう言って、梅は深々と頭を下げた。

『ミリア様……』

 綾もすがるような目を向けてくる。梅の話に、思うところがあるのだろう。

『もちろんです。聞くところによると、旭さまはずいぶんお強いようで。ぜひ、ルーカスさまと戦っていただきたいので、全力で探させていただきますわ』

 理由は少しずれているが、ミリアは二つ返事で快諾した。梅も綾もその言葉にぱっと表情を明るくした。

(朔を元気づけるのと、旭さま捜索、忙しい旅行になりそうね)

 ミリアは予測不可能な旅に胸を弾ませながら、頭の中で今後の計画を組み立て始めるのだった。
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