2 / 39
2 入学事情
しおりを挟む
そもそも、サシャが身の丈に合わないお偉いさんばかりの学園に通う羽目になったのは、父のせいだった。
騎士団の下っ端兵士である父は、真昼間に帰ってくるなりすぐ、針仕事をしていたサシャを外に連れ出した。
「サシャ、この問題を解いてくれ!」
「え? いいけど……」
連れて行かれたのは兵舎の一室で、父は紙の束をばさっとサシャに渡した。
サシャは戸惑いつつも机に向かった。問題の内容は語学、算術、科学、歴史であった。
父は部屋を出ていき、入れ替わりに若い騎士が見張るようにサシャの後ろに立った。
しばらくして、サシャは大きく伸びをした。振り返って兵士に話しかける。
「終わりましたよ」
「もう?」
騎士は目を丸くしながらサシャの解答をぱらぱらと眺めた。
「……お嬢ちゃんは平民だよな? 学校に通ってた? それとも家庭教師がついてた?」
「まさか。そんなお金ありませんよ。小遣い稼ぎの合間に図書館に通って、本を読んだり優しい司書の先生に色々教わったりしてはいますけど」
この国では、国立図書館は誰でも無料で利用することができるのだ。サシャにとっての学校は図書館といっても過言ではない。
「独学でこれか……ははっ、親父さんが期待するわけだ」
サシャは首を傾げた。
「ところでこれ、何の試験ですか?」
「聞いてなかった? 王立学園の入学試験だよ」
騎士の言葉にサシャは目を剥いた。
「王立学園って、貴族や裕福な商人が通うお金持ち学校じゃないですか! 貧乏なうちは制服代だって払えませんよ!」
「貧乏だからだ」
ドヤ顔で現れたのは父だ。
「この試験で優れた成績をとって特待生になれば、学費から何から全て学園が出してくれるんだ。普通の学校に通うより安上がりだろう?」
まともな教育を受けていないサシャが合格レベルに到達するのかも怪しいのに、父の自信はどこから出てくるのだろうか。
そして仮に父の目論見通りになったところで――。
「いや……わたし平民よ? いじめられるんじゃ……」
「サシャは図太いし聡いから、大丈夫だ!」
「でも……」
それでも反論しようとするサシャに、騎士が耳打ちした。
「お嬢ちゃん。王立学園を優秀な成績で卒業すれば、王宮で官吏として勤められること間違いなし。生活も安定するよ」
サシャの心の天秤は揺らいだ。
(生活の安定……なんて素敵な響き)
育ち盛りの子供ばかりの大家族。生活は、いつも苦しい。サシャは長女として、家計を助けていかねばならない。
(そもそも、受かると決まったわけでもないもの。悩んでも無駄よね)
そう、思ったのだが。
「サシャ、合格だ! しかも特待生に選ばれた!」
数日後、また騎士団に連れて行かれたサシャは、浮かれる父に肩を落とす。
小躍りする父を見て苦笑する騎士に、もう一度尋ねる。
「本当なんですか? 父の頭がおかしくなったとかではなく?」
「はい、証拠」
一枚の紙と、箱を二つ渡される。
入学許可及びサシャを特待生にする旨が書かれた紙には、王立学園の学園長のサインがあった。
箱を開けると、一つにはたくさんの教材、もう一つには紺色の可愛らしいデザインの制服が入っていた。胸元の赤いリボンがチャームポイントだ。どうやってサシャの服のサイズを知ったのかは謎である。
どうやら父の妄想ではなかったらしい。
(やっていけるかな……)
騎士は不安げなサシャに気づき、優しく声をかける。
「平民だからっていじめられると決まったわけじゃないよ。この国の貴族は割と気の良い人が多いからね。君は、胸を張っていればいい」
そのまま片眼を閉じる。
「それに、今年は皆の憧れ、アルフレッド殿下も入学される」
「……わたし、たいして殿下に興味ないです。即位した後善政をしいてくれれば、それでいいというか」
サシャには、世の女性たちがアルフレッドに熱を上げる理由がわからない。知り合いの中には、アルフレッドの絵姿全てを買い集める者もいた。
貴族ならともかく、庶民にとっては遥か雲の上の存在なのに、よくそこまで騒げるものだと感心する。
「サシャはかわいいから、殿下や貴族の一人や二人、簡単に射止めるかもしれないなぁ」
父は少し寂しそうに、親馬鹿にも程がある発言をする。
「偉い人たちが庶民を相手にするわけないでしょ。それに、わたし程度の容姿の女性ならいくらでもいるわ」
「いやいや、お嬢ちゃんは俺が会った女性の中で一番かわいいよ」
騎士の誉め言葉に、サシャはにこりと微笑んだ。
「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
「いや、お世辞じゃなくて……」
サシャは玉の輿など狙うつもりはさらさらない。地位や財産があればあるほど、面倒も多いからだ。
サシャは平穏に生きたいのだ。
(こうなったら、勉学に励んで官吏になってやるわ!)
そして家族を養うのだ、と一人胸の中で決意した。
騎士団の下っ端兵士である父は、真昼間に帰ってくるなりすぐ、針仕事をしていたサシャを外に連れ出した。
「サシャ、この問題を解いてくれ!」
「え? いいけど……」
連れて行かれたのは兵舎の一室で、父は紙の束をばさっとサシャに渡した。
サシャは戸惑いつつも机に向かった。問題の内容は語学、算術、科学、歴史であった。
父は部屋を出ていき、入れ替わりに若い騎士が見張るようにサシャの後ろに立った。
しばらくして、サシャは大きく伸びをした。振り返って兵士に話しかける。
「終わりましたよ」
「もう?」
騎士は目を丸くしながらサシャの解答をぱらぱらと眺めた。
「……お嬢ちゃんは平民だよな? 学校に通ってた? それとも家庭教師がついてた?」
「まさか。そんなお金ありませんよ。小遣い稼ぎの合間に図書館に通って、本を読んだり優しい司書の先生に色々教わったりしてはいますけど」
この国では、国立図書館は誰でも無料で利用することができるのだ。サシャにとっての学校は図書館といっても過言ではない。
「独学でこれか……ははっ、親父さんが期待するわけだ」
サシャは首を傾げた。
「ところでこれ、何の試験ですか?」
「聞いてなかった? 王立学園の入学試験だよ」
騎士の言葉にサシャは目を剥いた。
「王立学園って、貴族や裕福な商人が通うお金持ち学校じゃないですか! 貧乏なうちは制服代だって払えませんよ!」
「貧乏だからだ」
ドヤ顔で現れたのは父だ。
「この試験で優れた成績をとって特待生になれば、学費から何から全て学園が出してくれるんだ。普通の学校に通うより安上がりだろう?」
まともな教育を受けていないサシャが合格レベルに到達するのかも怪しいのに、父の自信はどこから出てくるのだろうか。
そして仮に父の目論見通りになったところで――。
「いや……わたし平民よ? いじめられるんじゃ……」
「サシャは図太いし聡いから、大丈夫だ!」
「でも……」
それでも反論しようとするサシャに、騎士が耳打ちした。
「お嬢ちゃん。王立学園を優秀な成績で卒業すれば、王宮で官吏として勤められること間違いなし。生活も安定するよ」
サシャの心の天秤は揺らいだ。
(生活の安定……なんて素敵な響き)
育ち盛りの子供ばかりの大家族。生活は、いつも苦しい。サシャは長女として、家計を助けていかねばならない。
(そもそも、受かると決まったわけでもないもの。悩んでも無駄よね)
そう、思ったのだが。
「サシャ、合格だ! しかも特待生に選ばれた!」
数日後、また騎士団に連れて行かれたサシャは、浮かれる父に肩を落とす。
小躍りする父を見て苦笑する騎士に、もう一度尋ねる。
「本当なんですか? 父の頭がおかしくなったとかではなく?」
「はい、証拠」
一枚の紙と、箱を二つ渡される。
入学許可及びサシャを特待生にする旨が書かれた紙には、王立学園の学園長のサインがあった。
箱を開けると、一つにはたくさんの教材、もう一つには紺色の可愛らしいデザインの制服が入っていた。胸元の赤いリボンがチャームポイントだ。どうやってサシャの服のサイズを知ったのかは謎である。
どうやら父の妄想ではなかったらしい。
(やっていけるかな……)
騎士は不安げなサシャに気づき、優しく声をかける。
「平民だからっていじめられると決まったわけじゃないよ。この国の貴族は割と気の良い人が多いからね。君は、胸を張っていればいい」
そのまま片眼を閉じる。
「それに、今年は皆の憧れ、アルフレッド殿下も入学される」
「……わたし、たいして殿下に興味ないです。即位した後善政をしいてくれれば、それでいいというか」
サシャには、世の女性たちがアルフレッドに熱を上げる理由がわからない。知り合いの中には、アルフレッドの絵姿全てを買い集める者もいた。
貴族ならともかく、庶民にとっては遥か雲の上の存在なのに、よくそこまで騒げるものだと感心する。
「サシャはかわいいから、殿下や貴族の一人や二人、簡単に射止めるかもしれないなぁ」
父は少し寂しそうに、親馬鹿にも程がある発言をする。
「偉い人たちが庶民を相手にするわけないでしょ。それに、わたし程度の容姿の女性ならいくらでもいるわ」
「いやいや、お嬢ちゃんは俺が会った女性の中で一番かわいいよ」
騎士の誉め言葉に、サシャはにこりと微笑んだ。
「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
「いや、お世辞じゃなくて……」
サシャは玉の輿など狙うつもりはさらさらない。地位や財産があればあるほど、面倒も多いからだ。
サシャは平穏に生きたいのだ。
(こうなったら、勉学に励んで官吏になってやるわ!)
そして家族を養うのだ、と一人胸の中で決意した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる