わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

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2 入学事情

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 そもそも、サシャが身の丈に合わないお偉いさんばかりの学園に通う羽目になったのは、父のせいだった。

 騎士団の下っ端兵士である父は、真昼間に帰ってくるなりすぐ、針仕事をしていたサシャを外に連れ出した。

「サシャ、この問題を解いてくれ!」

「え? いいけど……」

 連れて行かれたのは兵舎の一室で、父は紙の束をばさっとサシャに渡した。

 サシャは戸惑いつつも机に向かった。問題の内容は語学、算術、科学、歴史であった。

 父は部屋を出ていき、入れ替わりに若い騎士が見張るようにサシャの後ろに立った。

 しばらくして、サシャは大きく伸びをした。振り返って兵士に話しかける。

「終わりましたよ」

「もう?」

 騎士は目を丸くしながらサシャの解答をぱらぱらと眺めた。

「……お嬢ちゃんは平民だよな? 学校に通ってた? それとも家庭教師がついてた?」

「まさか。そんなお金ありませんよ。小遣い稼ぎの合間に図書館に通って、本を読んだり優しい司書の先生に色々教わったりしてはいますけど」

 この国では、国立図書館は誰でも無料で利用することができるのだ。サシャにとっての学校は図書館といっても過言ではない。

「独学でこれか……ははっ、親父さんが期待するわけだ」

 サシャは首を傾げた。

「ところでこれ、何の試験ですか?」

「聞いてなかった? 王立学園の入学試験だよ」

 騎士の言葉にサシャは目を剥いた。

「王立学園って、貴族や裕福な商人が通うお金持ち学校じゃないですか! 貧乏なうちは制服代だって払えませんよ!」

「貧乏だからだ」

 ドヤ顔で現れたのは父だ。

「この試験で優れた成績をとって特待生になれば、学費から何から全て学園が出してくれるんだ。普通の学校に通うより安上がりだろう?」

 まともな教育を受けていないサシャが合格レベルに到達するのかも怪しいのに、父の自信はどこから出てくるのだろうか。

 そして仮に父の目論見通りになったところで――。

「いや……わたし平民よ? いじめられるんじゃ……」

「サシャは図太いし聡いから、大丈夫だ!」

「でも……」

 それでも反論しようとするサシャに、騎士が耳打ちした。

「お嬢ちゃん。王立学園を優秀な成績で卒業すれば、王宮で官吏として勤められること間違いなし。生活も安定するよ」

 サシャの心の天秤は揺らいだ。

(生活の安定……なんて素敵な響き)

 育ち盛りの子供ばかりの大家族。生活は、いつも苦しい。サシャは長女として、家計を助けていかねばならない。

(そもそも、受かると決まったわけでもないもの。悩んでも無駄よね)

 そう、思ったのだが。

「サシャ、合格だ! しかも特待生に選ばれた!」

 数日後、また騎士団に連れて行かれたサシャは、浮かれる父に肩を落とす。

 小躍りする父を見て苦笑する騎士に、もう一度尋ねる。

「本当なんですか? 父の頭がおかしくなったとかではなく?」

「はい、証拠」

 一枚の紙と、箱を二つ渡される。

 入学許可及びサシャを特待生にする旨が書かれた紙には、王立学園の学園長のサインがあった。

 箱を開けると、一つにはたくさんの教材、もう一つには紺色の可愛らしいデザインの制服が入っていた。胸元の赤いリボンがチャームポイントだ。どうやってサシャの服のサイズを知ったのかは謎である。

 どうやら父の妄想ではなかったらしい。

(やっていけるかな……)

 騎士は不安げなサシャに気づき、優しく声をかける。

「平民だからっていじめられると決まったわけじゃないよ。この国の貴族は割と気の良い人が多いからね。君は、胸を張っていればいい」

 そのまま片眼を閉じる。

「それに、今年は皆の憧れ、アルフレッド殿下も入学される」

「……わたし、たいして殿下に興味ないです。即位した後善政をしいてくれれば、それでいいというか」

 サシャには、世の女性たちがアルフレッドに熱を上げる理由がわからない。知り合いの中には、アルフレッドの絵姿全てを買い集める者もいた。

 貴族ならともかく、庶民にとっては遥か雲の上の存在なのに、よくそこまで騒げるものだと感心する。

「サシャはかわいいから、殿下や貴族の一人や二人、簡単に射止めるかもしれないなぁ」

 父は少し寂しそうに、親馬鹿にも程がある発言をする。

「偉い人たちが庶民を相手にするわけないでしょ。それに、わたし程度の容姿の女性ならいくらでもいるわ」

「いやいや、お嬢ちゃんは俺が会った女性の中で一番かわいいよ」

 騎士の誉め言葉に、サシャはにこりと微笑んだ。

「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」

「いや、お世辞じゃなくて……」

 サシャは玉の輿など狙うつもりはさらさらない。地位や財産があればあるほど、面倒も多いからだ。

 サシャは平穏に生きたいのだ。

(こうなったら、勉学に励んで官吏になってやるわ!)

 そして家族を養うのだ、と一人胸の中で決意した。
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