わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

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6 色男

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 翌日。

 サシャは早朝から学園に来ていた。目的は、図書館である。

 昨日の放課後はアルフレッドから逃げたいあまりに早々に帰ってしまったが、本当は訪れたかった場所だ。

 入学前に配られた地図によると、学舎と訓練場の中間地点に位置するようだ。

 今まで利用していた図書館にはない本との出会いに、サシャは期待を膨らませる。

 早足になってしまうのも仕方がないというものだ。

 前方に人影が見えた。

(こんな早くから学園に?)

 自分のことは棚に上げてサシャは訝しく思う。どんどん近づくその人は、どうやら走り込みをしているようだ。

 息も切らさずに走っているのは、昨日アルフレッドと一緒にいた亜麻色の髪の青年だった。

(うわ……王子様の関係者とか、関わったら碌なことがなさそう)

 サシャは道の端の方に行き、少し俯く。ちら、と青年の様子を窺った。

 背後に薔薇を背負っているような幻覚が見え、サシャは目をこすった。

 額に光る汗すらも、男くささより色気を感じさせるとはいったいどういうことなのか。意味が分からない。

 甘い顔立ちだが、体つきは男らしくがっしりしている。鍛えているのは間違いない。

 青年はサシャを見て片眉を上げる。足を止め、品定めをするように、サシャを上から下まで眺める。

 舐めるような視線があまりにも不快で、サシャも横目でつい睨んでしまった。

 青年は口笛を吹く。

「君、かわいいね~。こんな時間に何してんの? あ、もしかして俺のことを待ち伏せ――」

「いえ、図書館に行きたいだけです。失礼します」

 勘違い男を一刀両断すると、サシャは歩みを止めることなく進む。

 男は頬を引きつらせる。

「あ! 照れてるんだ! ますますかわいい――」

 逆走してサシャの顔を覗き込んでくる青年に、サシャは真顔で疑問をぶつける。

「これが照れている顔に見えますか?」

 女性からの冷たい視線など受けたことがないのか、青年はわざとらしく体をのけぞらせる。

「お、俺になびかない女がいる、だと……! 綺麗な顔してるのに、可愛げがない……ん、赤髪の美少女?」

 何か引っかかった青年が正気に戻った時には、サシャの姿は小さくなっていた。

「ちょ、待って!」

 鍛えぬいた脚力を存分に発揮してすぐに追いつく。

「まだ何か?」

「君、サシャちゃんでしょ。アルフレッドのお気に入りの」

 サシャの周りの温度が低くなったことに青年は気づかない。

「いや~納得いったよ。アルに惚れたから俺に夢中にならなかったんだな」

「わたし、殿下のことを異性としてなんとも思っていませんので。それは殿下も同じだと思います」

 青年はうんうんと頷く。

「強がる必要はないんだよ。確かにアルは競争率高いけど、君なら――」

「強がってなんかいません」

 これ以上話しても無駄だと判断したサシャは、青年を再び置いていこうとする。

 がっ、と手首を掴まれた。

「俺、女の子にここまで冷たくあしらわれたことないなぁ。アルを怒らせたくはないけど……」

 流れるような仕草でサシャの手の甲に口づける。柔らかな感触に、「は?」と思わず声が漏れた。

 青年の周囲に再び薔薇の花びらが舞うような幻覚が見える。

 ウインクまでされて、サシャは鳥肌が立つのを感じた。

「ちょっとは俺にも目を向けてくれないかな? 退屈はさせないよ」

(……顔がいいから様にはなってるし、遠目から見る分にはいいけど……無理、無理。冗談でも勘弁してほしい)

 断ろうと口を開くと、目の前の青年は異常なほど汗をかいていた。走っているときよりもひどい。

「ど、どうかされました?」

 尋常じゃない青年の様子に、好感度がだだ下がりだったとはいえ思わず心配してしまう。

「……オルド、これは、どういうことかな?」

 冷たい声が、背後から響く。

「あはは……おはよう、アル。走っていたら君のお気に入りのサシャちゃんと偶然会ってつい話し込んじゃって……」

「ふうん、そうなの、サシャ?」

「わたしは早く図書館に行きたくて……話し込んでいたわけではないです」

 問い詰めるようなアルフレッドの視線に耐えかねて、オルドと呼ばれた青年には悪いが、真実をありのままに話す。

 アルフレッドは眉間に皺を寄せる。

「女性を無理やり引き止めるなんて感心しないな」

 説教が続きそうだったので、サシャは手の拘束が緩んだ今のうちにと逃げようとした。

「あぁ、サシャ。私も図書館に用があるんだ。一緒に行こう」

(くっ、逃げ切れないか……)

 内心で舌打ちする。

 笑顔が引きつらないように細心の注意を払いつつ、断り文句を考える。

「お言葉は嬉しいですが、殿下のような高貴な方と一緒だと落ち着いて本を選べませんので、ご遠慮させていただきます」

「私たちはまだ出会ったばかりだから、緊張するのは仕方ないよ。これから仲を深めればいいだろう?」

(もっともらしいことを言いおってからに……何でそんなに構ってくるの? 王族って暇なの?)

 殿下に絶対言ってはいけない罵詈雑言がちらつく中、はっとひらめいた。

「『女性を無理やり引き止める』のは良くないのでしょう? 紳士的な殿下なら、今回は退いていただけますよね?」

「…………」

 沈黙を了承と受け取り、再び逃走する。

(これでわたしに構わなくなってくれたらいいんだけど)

 せっかく授業が始まる二時間も前から学校に来たのに、無駄な時間を過ごしてしまった。時は金なり、である。

「えー、アルの誘いまで断るって、ほんとにアルに惚れてないの? あの子」

「私の誘い『まで』? ……やっぱり、彼女に手を出そうとしたんだね」

「いや、違う違う! 俺は可愛い子に声をかけただけ! でも……」

 オルドは顔をしかめた。

「俺と話してても全っ然可愛い反応してくれなかった。アルはあんな可愛げない子のどこがいいの?」

「別に、私は彼女に恋愛感情を抱いてはいない。片腕になってもらいたいだけだ」

「あっそ。てか、図書館なんて行かなくても王宮にいくらでも本があるでしょ。何しに行くの?」

 アルフレッドは意味深に笑う。

「秘密だよ」
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