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26 婚約破棄
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話はサシャたちが生まれるよりも前に遡る。
「殿下、今なんと……」
「聞こえなかったのか? 俺はお前との婚約を破棄し、最愛のエリナと結婚する」
王立学園で年に数回開催されるダンスパーティー。その中で一際目立つ三人がいた。
艶やかな黒髪に海のように青い瞳を持つ美貌の皇太子アルフォンスと、その婚約者であるソフィー。そしてもう一人、ふわふわのピンク色の髪が特徴的な、小動物のように愛らしい少女。
アルフォンスの横に立つのはソフィーのはずなのに、なぜかエリナという見慣れぬ少女がそこにいる。アルフォンスに腰を抱かれ、幸せそうな笑みを浮かべる彼女は、勝ち誇ったようにお腹を撫でた。
突拍子もない発言に戸惑っていたソフィーは、落ち着きを取り戻すように自身の黒髪を払い、紅い瞳をエリナに向ける。
「その、エリナという方はいったい何者ですか? 失礼ながら、学園でお見かけした覚えがないのですが……」
「エリナとは町で出会った。この珍しい桃色の髪に目を奪われ、庇護欲を掻き立てられる愛らしさと心根の美しさに心までも奪われたのだ。学園の生徒ではないが、エリナが舞踏会に行ってみたいとせがむのでな。ちょうどいい機会だと思って連れてきたのだ」
「つまり、平民ということですか」
震える声で確認すると、アルフォンスは苛立たしげに眉をひそめた。
「平民だから、何だ。王妃に必要なのは、王を癒すことと後継ぎを産むことだ。子作りはともかく、俺を癒すのは陰気なお前にはできんよ」
ソフィーは目眩がした。愛する人にけなされたショックもあるが、それ以上にアルフォンスの頭の悪さに心底驚いている。女遊びの激しいアルフォンスが側室を作ることは覚悟していたが、正妃になるはずのソフィーを捨てるということは、どこの馬の骨とも知れない平民を正妃に据えるつもりということだ。
王妃に真に必要なのは、王の治世を支える内政や外交の能力だというのに、この男は全くそれを分かっていない。
口論に気づいて、野次馬が増えていく。アルフォンスを諫められる者は、学園の生徒や教師の中にはいない。
突然、今までずっと黙っていたエリナが一歩前に踏み出した。
虚ろな目でエリナを観察する。流行の最先端を行く、とても可憐で、高級なドレスだ。平民には到底手に入らないものだから、アルフォンスが買い与えたのだろう。
(わたしは、殿下から物を贈られたためしがないのに……)
冷静沈着で模範的な令嬢として名高いソフィーの胸に、どろどろと経験したことがない重苦しい何かがせり上がってくる。
エリナは胸を張って、はしたないほど大きな声を出した。
「ソフィー様、アルフォンス様を解放してください! この人には真実の愛が必要なんです!」
会場のざわめきが大きくなる。『真実の愛』。それはこの国の若者の間で病気のように蔓延している言葉だ。つい先日も、『真実の愛』に目覚めたという騎士団長の息子が幼い時から結んでいた婚約を破棄していた。
「愛なんてかたちのないものを、どうしてあなたは信じられるの? 殿下は色んな女の人と浮名を流しているのに」
アルフォンスは余計なことを言うなとばかりにソフィーを睨みつけた。一方のエリナは狼狽えもせず、まるで演説でもするようにとんでもないことを暴露した。
「嫉妬ですか? 見苦しい人。それに、あたしとアルフォンス様の間には、確かな愛を証明する絆があります。だって――あたしのお腹には、アルフォンス様の子どもがいるんですから!」
衝撃の発言に、観衆は声をひそめることもなく感想を交わし、ソフィーはあまりの五月蠅さに耳を塞ぎたくなった。
ソフィーの紅い瞳は、まだ平たいお腹に釘付けになる。そして、何かがぷつんと切れて――湧き上がる魔力の奔流に、身を委ねた。
「殿下、今なんと……」
「聞こえなかったのか? 俺はお前との婚約を破棄し、最愛のエリナと結婚する」
王立学園で年に数回開催されるダンスパーティー。その中で一際目立つ三人がいた。
艶やかな黒髪に海のように青い瞳を持つ美貌の皇太子アルフォンスと、その婚約者であるソフィー。そしてもう一人、ふわふわのピンク色の髪が特徴的な、小動物のように愛らしい少女。
アルフォンスの横に立つのはソフィーのはずなのに、なぜかエリナという見慣れぬ少女がそこにいる。アルフォンスに腰を抱かれ、幸せそうな笑みを浮かべる彼女は、勝ち誇ったようにお腹を撫でた。
突拍子もない発言に戸惑っていたソフィーは、落ち着きを取り戻すように自身の黒髪を払い、紅い瞳をエリナに向ける。
「その、エリナという方はいったい何者ですか? 失礼ながら、学園でお見かけした覚えがないのですが……」
「エリナとは町で出会った。この珍しい桃色の髪に目を奪われ、庇護欲を掻き立てられる愛らしさと心根の美しさに心までも奪われたのだ。学園の生徒ではないが、エリナが舞踏会に行ってみたいとせがむのでな。ちょうどいい機会だと思って連れてきたのだ」
「つまり、平民ということですか」
震える声で確認すると、アルフォンスは苛立たしげに眉をひそめた。
「平民だから、何だ。王妃に必要なのは、王を癒すことと後継ぎを産むことだ。子作りはともかく、俺を癒すのは陰気なお前にはできんよ」
ソフィーは目眩がした。愛する人にけなされたショックもあるが、それ以上にアルフォンスの頭の悪さに心底驚いている。女遊びの激しいアルフォンスが側室を作ることは覚悟していたが、正妃になるはずのソフィーを捨てるということは、どこの馬の骨とも知れない平民を正妃に据えるつもりということだ。
王妃に真に必要なのは、王の治世を支える内政や外交の能力だというのに、この男は全くそれを分かっていない。
口論に気づいて、野次馬が増えていく。アルフォンスを諫められる者は、学園の生徒や教師の中にはいない。
突然、今までずっと黙っていたエリナが一歩前に踏み出した。
虚ろな目でエリナを観察する。流行の最先端を行く、とても可憐で、高級なドレスだ。平民には到底手に入らないものだから、アルフォンスが買い与えたのだろう。
(わたしは、殿下から物を贈られたためしがないのに……)
冷静沈着で模範的な令嬢として名高いソフィーの胸に、どろどろと経験したことがない重苦しい何かがせり上がってくる。
エリナは胸を張って、はしたないほど大きな声を出した。
「ソフィー様、アルフォンス様を解放してください! この人には真実の愛が必要なんです!」
会場のざわめきが大きくなる。『真実の愛』。それはこの国の若者の間で病気のように蔓延している言葉だ。つい先日も、『真実の愛』に目覚めたという騎士団長の息子が幼い時から結んでいた婚約を破棄していた。
「愛なんてかたちのないものを、どうしてあなたは信じられるの? 殿下は色んな女の人と浮名を流しているのに」
アルフォンスは余計なことを言うなとばかりにソフィーを睨みつけた。一方のエリナは狼狽えもせず、まるで演説でもするようにとんでもないことを暴露した。
「嫉妬ですか? 見苦しい人。それに、あたしとアルフォンス様の間には、確かな愛を証明する絆があります。だって――あたしのお腹には、アルフォンス様の子どもがいるんですから!」
衝撃の発言に、観衆は声をひそめることもなく感想を交わし、ソフィーはあまりの五月蠅さに耳を塞ぎたくなった。
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