ふわふわと、ふわり

≪冬≫手袋の交換

「今日も寒いね」
　僕が待ち合わせ場所に着くと、ふわりの第一声がそれだった。
「寒いよなー」
　話す際の吐息は常に白く、マフラーと手袋が手放せない。
「手袋は？」
　僕は彼女が昨日もしていたはずの手袋の行方を聞いた。
「家を出る前に濡れちゃって･･････」
　ふわりは手をさすりながら困ったように笑う。
　僕は迷わず自分の手袋を脱ぐと、彼女の手に嵌めた。
「これじゃあ、キミト君の手がが冷たくなっちゃうよ」
「僕は大丈夫だから、ほらっ」
「カイロ！！」
「僕にはこれがあるから大丈夫」
「ズルいなぁ、キミト君」
　ふわりは僕の横腹を肘で小突いてきた。
「いてっ、それ貸したんだからいいだろ。そんなことするなら返せ」
　彼女は僕に背を向けて手袋を守るポーズをとって。
「絶対に返さないー」
　と口をいーっとしてきた。
　ふわりを見るとさっきよりは寒さがマシになったようだった。
　手袋に包まれた手を開いたり閉じたりしていた彼女は、それにしても――と口を開く。
「――キミト君の手って大きかったんだね。手を繋いだ時にも思ったけど、こうしてキミト君が身に付けてたものを借りたら余計に大きさを実感するね」
「そういうものなのか？　でも、確かに花遊の手はちょっと小さかったかも。男女差あるしそんなものなのかなってあまり気にしなかったや」
　ふわりの手が小さいのか手袋の指先にまで届いておらず、だらっとした状態だ。
　僕が着けるとちょっと生地が伸びるくらいなので、それを思うと手の大きさの差は一目瞭然。
「さっきまでキミト君が着けてたからまだあったかい」
　彼女は手袋を自分の両手に着けながら「あったかーい」と言っていた。
　僕の手袋をつけた彼女はいつもよりもどこか嬉しそうにしている。
「そもそもなんで、手袋を濡らしたんだ？」
　素朴な疑問を花遊にぶつけてみれば、
「絶対に笑わないでね」
　と彼女は前置きをした。こういう前置きがあるってことは、笑うやつなんだろうなぁと思いながら頷いた。
「今日は朝いつもより早く起きたんだよね、それでお外に雪が積もってたじゃん」
　そう言えば今朝、すごく寒いなと思って窓から外を見たら、雪が積もってたんだよな。
「それで、雪を見てると雪だるま作りたくなっちゃうじゃん」
「だから朝から雪だるまを作ってたと。あれ？ 雪だるま作るのに手袋使ってもそんなにびちゃびちゃになる？」
「ちょっと溶けてたのもあったからそれでぐしょぐしょになったんだよね」
　それに、手袋黒くなっちゃったからお洗濯したの、と彼女はつけくわえた。
「つまり朝からテンション上がって、手袋着けて雪だるま作ってたら、びしょびしょになった挙句汚してしまったと」
　自業自得じゃねぇか。僕の心配を返せ。
　だから最初遠慮がちだったのかー。
　なんだか妙に納得をした。
「うー」
　ふわりは僕の要約を聞いて、うなだれている。そんな彼女に追い打ちをかけた。
「手袋を返せ」
「それだけは絶対いや」
　なんとも素早い動きで、僕から手袋を守るように、握った両手を胸の前で抱える。
　僕は短いため息を吐いてから、
「今日は使って良いよ」
　と彼女に言った。
「キミト君やっさっしー」
　ふわりが若干茶化すように返してくる。
　その反応にちょっとイラッとして、
「返して――」
　――貰おうか、と続けようとしたところで、
「悪かったからその眼やめてー」
　とふわりはちょっと反省したような表情で僕に言う。
「まぁ、別に僕も本気で言ってるわけじゃないからいいんだけどさ･･････」
　ため息交じりでそういう僕。
「ううう、ごめん。でも、キミト君だって。朝起きて雪が積もってたらテンション上がるでしょ」
「確かに雪が積もるのってちょっと珍しいよな」
「そしたらとりあえず雪だるま作りたくなるじゃない」
「いやいやいや、朝起きて雪だるま作る余裕なんてないんだけど」
　僕は今日の寝起きを振り返る。
　朝起きるといつにも増して冷えるなと思って、外を見ると雪が積もっていた。
　今日は待ち合わせ場所に着いたら、きっと花遊に雪玉をぶつけられるんだろうなと思いながら準備をして、朝ごはんを食べた。
　そんな時間なかったわ。
「やっぱりないって」
「えー、うそー」
「じゃあ聞くけど、花遊の今朝はどうだったの？」
　ふわりは顎に手を当てて考え込んだ。
「えっと、朝起きて･･････。カーテン開けたら、雪が積もってて･･････。とりあえず外に出て･･････」
「ちょっと待て、パジャマのまま？」
「そうだよ？」
「パジャマのまま出たのか･･････」
　僕の独り言に似た言葉はふわりに届かなかったのか、そのまま続ける。
「それから、ありあえず雪だるま作ろうと思ったの！！ミニの奴。最初大きいのを作ろうと思ったんだけど流石に時間がないから。それでそのまま手で雪触ってたら流石に冷たくて」
「そりゃ、そうだろうな･･････」
「で、でね。手袋を取りに一旦帰ったら。ママに何て格好してるのよって言われたんだけど、そのままお外出て雪だるま作った」
　言い終えたふわりはドヤ顔をしていた。
　　僕は無言で、軽めの手刀を彼女の頭に振り下ろす。
「なにするの･･････」
「また風邪ひくつもりか･･････」と(×僕はどこか)呆れ気味に言ってやった。
「もう大丈夫だもん、それに今朝はそんなに寒くなかったし」
「いやいや、結構寒かったぞ」
「えー、そうかなぁ」
　彼女はうーんと考え込んでいる。
「夢中になってたから、寒さも忘れてたのかもな」
「それ、あるー」
　どれだけ雪だるまを作りたかったんだよ･･････。
「ちなみに、作った雪だるまは家の門に置いてあるよ。帰りに見に来て、力作だから！！」
　僕が呆れていると、ふわりは力を込めて言った。
　今日は冷えるし、放課後ぐらいまでなら、今朝作ったらしい雪だるまもまだ残っていることだろう。
「その雪だるまは何個作ったの？」
「10個くらいは作った、パパが出勤するときびっくりしてたよ」
　家を出たら10個もの雪だるまに見送られるって、ちょっと怖い。
　ちょっと想像してみたけど、自分の家の前に並んでたら異様な光景だなと思った。
　それでその10個と引き換えに手袋がダメになったのは、果たして等価交換として見合うのだろうか。
　見合ってないような気がする。
　はぁとまた短いため息をついてから、「そろそろ学校へ行こうか」と促した。
　ふわりは「はーい」と機嫌よく返事をする。
　放課後、ふわりは僕に手を振ってりながらやってきた。
　今日は少し暖かくて、放課後になる頃には手袋がなくても平気なほどの気温になっていた。
「お待たせ」
「もう手袋要らないだろ」
　僕が手を伸ばすと、ふわりは手袋を着けた両手を胸の前に抱えて少し身を引いた。
「帰るまでが一日だから、まだ返さない！！」
　一日貸すとも言ってないんだけど、もうそこまで寒くないし彼女の好きにさせようか。
「はぁ、分かったよ。帰るまでな」
「わーい、もうちょっとぬくぬくでいられる」　
　喜ぶふわりは、はい、と手袋を着けた手を僕に差し出してくる。
「やっぱり手袋返してくれるって？」
　少しニヤリとして彼女に聞いた。
「違う！！　もー、せっかくこの手袋のぬくぬくを分けてあげようと思ったのに。手、綱がなくていいの？」
　ふわりは僕の言葉を受けて、ふくれっ面をする。
「ごめんって、冗談だよ」
　僕は、ぶかぶかの手袋をしたふわりの手を取った。
　すると、彼女は繋いだ手をブラブラさせながら、促すように歩き始める。
「帰ろっか」
「そういえば、今朝言ってた雪だるまを見に行かないとな」
「そうだよ、私の大作にして最高傑作の数々をご賞味いただきましょう」
「僕に10個分食えってことか！？」
「食べちゃだめだよ！！」
　ふわりは驚いたように慌てて僕を止める。
「ご賞味って食べろってことじゃないのか･･････」
「私の可愛い雪だるまちゃんたちをキミト君に食べさせる訳ないじゃないの！！　見てねってこと」
「ごめん、分かってるよ。ところで、まだ雪が積もるチャンスってこれからちょっとあるじゃん。そのたびに雪だるま作るん？」
　僕は彼女に、雪だるまへの情熱を聞いてみた。
「んー、どうなんだろう。今回ので割と満足しちゃったしなー。その時による、みたいな」
「あははは、そうだな。それが花遊らしいや」
　ふわりの返事があまりにもらしかったので、思わず笑ってしまった。
「花遊は雪だるま以外には作ってみたいものないのか？　ほら北海道の雪まつりでいろいろな雪像を作ってたりするじゃん」
「んー、どうだろう。流石の私でもそこまで芸術点狙ってないしなぁ」
「ちなみにどんな雪だるま作ったんだ？」
「えー、見てのお楽しみだよー。んー、でもねー。ウニみたいなのは作ったかな」
　どんなのだよ！？
「どんなのだよ！？」
　心の声と言葉が同時に出てきた。
「雪だるまだよ？」
「なんで、雪だるまがウニみたいになるの！？　他には？」
　彼女の作った雪だるまは芸術点が高そうだった。
「他には･･････。言っちゃうの？」
「１０個もあるんだから多少はいいだろ」
「あと、串に刺さった団子みたいなのと。達磨落としみたいなのと。丸い足や手がいっぱいついたやつとかかな」
「団子のヤツは串が刺さってんの？」
「刺さってるよー、達磨落としのはちゃんと達磨落とし出来る様に硬さもこだわったよ！！」
　あ、そういうところがこだわりポイントなのね。
　花遊の謎のこだわりポイントを聞きながら、そんなよくわからない雪だるまが10個も並んでたらびっくりはするよなと、花遊パパに同情していた。
　僕ならそんなものが門番をしている家には、ちょっと帰りたくないかも。
　そうこうしているうちに彼女の家の前まで来た。ちょっと前に彼女が熱を出したので送ってきた以来だ。
　門を見上げるとそこにはでろでろに溶けたり、半溶けで形がかろうじてわかるかなといった雪だるまの残骸だけが残っていた。
「な、なんでー。私の最高傑作たちがぁぁぁぁぁ」
　ふわりは驚愕のあまり叫んでいたが、僕はそんな気がしていた。
「ちょっと温かいからな、しょうがない」
　雪だるまたちは、溶けたせいで余計にホラーチックにはなっていたので、近づきたくないなと思った。
　ふわりはうわぁーんといいながら門を開け、そのまま家に帰っていった。
　「僕の手袋」と駆け込む彼女に言ったが、届かなかったみたいだ。
　しょうがないので今日は諦めて帰ることにした。
　後日返ってきた手袋は、どこか良い匂いがしたことをここに記す。