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第五章 スイミー

第五章 スイミー 2

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          * 2 *


「すげぇな、これ」
「人間の組み上げた魔術だそうです。鏡映しの魔術とか。これを使うためには目を飛ばさなければなりませんが」
 王座に座るゴローは、すぐ隣に置かれた鏡に見入っていた。
 背の高いガルドの全身が写るサイズの鏡には、いまは要塞都市を守る防護壁の外、集結が完了し、戦闘の準備を整えた王国の討伐軍の様子が、かなり大きく映し出されていた。
 おそらく防護壁の上からの視点だろうその映像を、ゴローは笑みを浮かべて見つめている。
「あのギンギラギンが隊長かな。若いな」
「おそらくそうでしょう。あれが神聖騎士団に所属する者の鎧だったはずです」
 最前線に位置する場所にいる三〇騎ほどの騎馬兵。その先頭にいるのは、銀に輝く鎧を纏うジェイン。
「あんな小僧だったら問題なさそうだが、大砲が多いな」
「そうですね。一〇門はあるでしょうか。うかつに正門を開けてこちらから打って出ると、大きな被害が出るでしょう。こちらには使える砲がありませんし」
 歪魔に対抗するための要塞であるここには、大量ではないが大砲もそれなりの数が配備されている。
 しかしながら要塞を守りきれないと判断した時点で、兵士長の命により大砲用の火薬は逃走する兵士によって持ち去られたため、砲と砲弾はあっても、ひとつとして使うことができない。
 要塞と都市制圧後も、商人に限っては行き来を許し、最低限ながら流通は維持されたが、火薬についてはほんのわずかも手に入れることができなかった。すべて途中で止められていた様子だ。
「しかし、姫とタクトの野郎の姿が見えねぇな。戦えない奴らは後ろのテントの中か?」
「さて、どうなのでしょうか」
 防護壁の上からでは、最前列に位置する討伐軍兵士の顔は判別できても、後ろの方は良く見えない。いくつか張ってあるテントの中に姫やタクトがいるのかと思われるが、それらしい者の姿はいまのところ発見することができないでいた。
 ――まぁ、あいつらを片付けるなら俺様自身が手を下したいからな。あんま最前列に近いとこにいられても困るが。
 決して視界の広くない鏡の映像を見ているとき、ガルドが玉座の前に出て言った。
「お客様です」
「客、だと?」
 これから討伐軍との決戦が始まろうとしているときに、客と会っている余裕などない。
 要塞内の警備は人間程度には頭のあるゴブリンに任せてあって、いまは決戦のためにほとんどが出払っているはずだった。
 要塞内で仕事をやらせていた人間は外に追い払い、入ってこないよう言ってあるし、こんなときにわざわざ訪ねてくる者などいるはずがない。
「前にも言った通り、準備が整ったのでこちらから訪ねてやったぞ、魔王! ――いや、ゴロー!!」
 そんなことを叫びながら、謁見の間の入り口ではなく、奥手の柱の影から姿を現したのは、カエデ・エディリア第三王女。
 彼女だけではなく、お付きのメイドもいて、タクトの姿も見えた。
「なんだぁ? タクト。てめぇ、なんで女増やしてんだ?」
 タクトを守るように彼の前に立っているのは、以前も見た大柄の女がひとりと、初めて見るオリハルコンのように美しい金色の髪をツインテールに結った美少女。
 さらにタクトにしがみつくようにして、こちらをチラチラと伺っている、まだ幼いと言える白い髪の幼女もいた。
「俺様が魔王の仕事で忙しいってのに、てめぇはなんで侍らせてる女が増えてんだよ!」
「……」
 睨みつけるように見つめてくるタクトは、ゴローの声に応えることはない。
 舌打ちしたゴローは、扉の前まで出てきたカエデのことを見据える。
「姫様。わざわざお越し戴きありがとうございます。……いったい何の用だ? ついに俺様の女になると心に決めたのか?」
「心にも思ってないことを言うでない。お前との、――決着をつけに来たのだ」
「決着だぁ?」
 見た限り姫たち六人の他に、兵士がなだれ込んでくる様子はない。これで全員のようだ。
 姫は鎧こそ着ていて、腰にも剣を差しているが、彼女が戦えるとは思えない。
 彼女の傍に立つメイドは護衛役も兼ねているらしく、すでにどこからともなく短剣を抜いて、眼前に構えていた。
 運動音痴で武器も持っていないタクトは論外として、大柄の女はメイドの格好なのに、金属製の手甲を両手に填め、破壊槌かと思うほど大きなハンマーを携えている。
 あとふたりの女。
 金髪の美少女の方は、割と大きな胸が強調されるようなジャンパースカート姿なだけで、鎧も着ていなければ武器も持っていない。
 白髪の美幼女に至っては、武器を持っていないどころか、震えてまともにこちらも見ようとしていない。
 戦えるのはせいぜいメイド服を着た女ふたりだけのように見えた。
「何の冗談だ? 姫様。女が戦うのはまぁいいとして、戦力になりそうなのはメイドのふたりだけじゃねぇか。そんなんで準備が整ったと言えるのか?」
「あぁ、もちろんさ。タクト!」
「うん。トール、ラキ。頼む」
「はいっ!」
「わかりました」
 タクトの声に応えて前に出てきたのは、トールと呼ばれる大女と、ラキと呼ばれた金髪美少女。
 ――ひと捻りにして、首輪でもつけて奴隷にしてやろう。
 そんなことを思いながら王座から立ち上がったゴロー。
「ガルド。てめぇも戦え」
「わかりました。しかしながらワタクシは戦いが得意ではありませんので、こちらのお嬢様を相手にすることにいたします」
 そう言ったガルドは、リディの前に立ち、彼女に深々と礼をした。
「ちっ。たいした役にも立たねぇ。まぁ、さっさと終わらせればいいだけの話だな」
 言ってゴローは、両手に剣を出現させる。
 取り込んだ魔族のひとりが持っていた、見えない空間に物体を仕舞ったり、そこから取り出す魔法。
 自分の身長にも匹敵する大剣を左右に一本ずつ、軽々と持ち上げたゴローは、広い謁見の間の真ん中まで進んできたトールを睨みつける。
 そのとき、ラキが右腕を胸の前で水平に構え、そのまま横に振った。
 途端に金色に輝き始める彼女の身体。
 輝きが収まったとき、ラキはほっそりとした身体に、重厚な金色の鎧を纏っていた、
「なんだぁ? あの鎧は……」
 見覚えがあるわけではない。
 けれど、形ではなく、鎧から受ける印象に、ゴローはどこか憶えがあった。
「――ありゃあ、形は違うがオリハルコンの鎧か? 大魔王が着ていた。ってことは、あのラキって女は、あのときのキラーアーマー?」
 中身がないはずのキラーアーマーに美少女の中身ができていて、鎧が放っていた禍々しさもすっかり消えているが、広場の中央に立ち塞がっている金色の鎧から受けるプレッシャーは、確かに大魔王の鎧を見たときに感じたものと同じだった。
 ――もしかして、これがタクトの権能か?
 わからない。
 わからないが、知っているべき情報が、自分の元に回ってきていないことだけは理解できた。
「ガルド! てめぇ、こいつのこと知ってたのか?!」
「はい。存じておりました」
「なっ……」
 メイドと睨み合っているガルドの即答に、ゴローは口を大きく開けて固まってしまった。
 知っていて報告しなかった理由がわからない。ガルドのことが、理解できない。
 魔王に対して忠誠を誓っているはずのガルドが、どうしてキラーアーマーが美少女になったことを報告してこないのか、ゴローには少しも理解できなかった。
「なんで、報告しなかった?」
「魔王様からは、キラーアーマーの所在の確認を仰せつかりました。しかしながら、そのときにはそれはタクト殿の眷属となり、キラーアーマーとは別種の存在となっておりました。命令を違えるわけにはいきませんでしたので、『キラーアーマーは確認できなかった』と正確に報告させて戴きました。報告をするべきでしたか?」
「当たり前だろう!」
「そうでしたか。それは失礼しました。スイミー様と違い、魔王様とのつきあいはまだ長くはありませんでしたので、加減を間違えてしまったようです」
「……てめぇ、この戦いが終わったら、憶えていろよ……」
「はい。戦いが終わった後も、このことについて憶えていることにします」
「ちっ」
 すました顔でそんな言葉を返して来、とくに罪悪感すら感じていないらしいガルドに腹が立つ。
 ギリギリと奥歯を噛みしめ、ガルドを睨みつけたゴローは、怒りをそのままにタクトの女を見据えた。
 ――いまはそんなことやってるヒマはねぇ。こいつらをさっさと片付けて、ガルドの野郎を取り込んでやる!
 そのことを心に誓ったゴローは、トールとラキに対し、剣を構えた。


           *


「なんで、報告しなかった?」
「魔王様からは、キラーアーマーの所在の確認を仰せつかりました。しかしながら、そのときにはそれはタクト殿の眷属となり、キラーアーマーとは別種の存在となっておりました。命令を違えるわけにはいきませんでしたので、『キラーアーマーは確認できなかった』と正確に報告させて戴きました。報告をするべきでしたか?」
「当たり前だろう!」
「そうでしたか。それは失礼しました。スイミー様と違い、魔王様とのつきあいはまだ長くはありませんでしたので、加減を間違えてしまったようです」
「……てめぇ、この戦いが終わったら、憶えていろよ……」
 武器を構えたまま言い争いを始めたゴローとガルドに、トールは眉を顰めていた。
「なにやら揉めているようですね」
「そうですね。どうやらあのガルドという魔族が、ワタシを元キラーアーマーと知りながら、魔王に報告していなかったようで」
「……普通ではあり得ませんね、それは」
「そういうものですか?」
 表情のない顔でそう返答してくる隣に立つラキに、トールは小さくため息を吐いた。
 感情が理解できないだけでなく、おそらく話している相手が何を考えているのかという、言葉に上らない意図もまた理解できていないだろうラキ。
 そうしたものも教えていかなければならないのだろう、とトールは考えていた。
 ――しかし、解せない。
 ガルドがラキのことをゴローに報告していなかった理由に、トールは納得ができなかった。
 かすかに残っている印象では、ガルドという魔族はスイミーに忠誠を誓っているだけでなく、かなり頭の切れる有能な側近であったはずだ。
 そんなガルドが、キラーアーマー自体はいなくなっていたからと言って、その変質した姿であるラキのことを報告していない理由が理解できない。
 言葉通りに受け取れば魔王に下された命令には反していないかも知れないが、実際やっていることは裏切りにも近い。
 ――何か理由があるのだろうか?
 充分にガルドという魔族のことがわかっていなかっただけ、という可能性は考えられたが、それで納得できる行動ではなかった。
 ――余計なことを考えてる余裕はないですね。
 苛立ちを隠さず、ゴローは険しい視線をトールとラキに向けてきた。
 戦いが始まる。
 かすかに首を振り向かせ、タクトに視線を飛ばすと、彼はゴローが気づかない程度に頷きをくれた。
「行きます、ラキ」
「わかった、トール」
 まったく気持ちも心も入っていないラキの声に若干気が抜けそうになるが、ラキなのだから仕方ない。
 逆に緊張しすぎていた気持ちに余裕が出てきたトールは、ウォーハンマーを手に、こちらからゴローに仕掛けた。
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