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16話
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足元がふらつく。
壁に手をつきながら、なんとか受付に戻る。
ざわめくギルドの喧騒が、遠くの世界みたいに聞こえた。
マリアがすぐに気づいて駆け寄ってくる。
「顔色悪いよ? 大丈夫?」
私は首を横に振るだけで答えた。
ポケットの中――さっき拾った紙切れを、無意識にぎゅっと握りしめる。
汗ばんだ指に、インクのざらついた感触が残った。
“受付のリーナは同一人物”
――その言葉が、何度も何度も頭の中でこだまする。
「ちーっす! マリアちゃんにリーナちゃん!」
突然、背後から明るい声。
空気の読めない男、ソーマがいつも通りの笑顔で現れた。
「今日、夜空いてる? メシ行こうよ!」
「空いてる! いこいこ!」
マリアがぱぁっと目を輝かせる。
眩しいほどの無邪気な笑顔。
「私は……そんな気分じゃないから。二人で行ってきて」
そう言うと、すぐさまマリアに腕を掴まれた。
「ちょっと! 二人っきりじゃ何喋っていいかわかんないじゃん! 一緒に来て! 協力して! 私のラブに!」
小声で懇願――というより脅迫に近い。
「……はいはい、分かりました」
「リーナも行くって! 仕事ばっかじゃ人生つまんないよ!」
「つまんなくていいの。私は」
「リーナぁぁぁぁぁぁ!」
「二人とも仲いいなー!」
ソーマが笑う。その声は、どこか遠くで響いているようだった。
「あ、そうだ。レンも呼んだからさ。ロイズは用事あるから来ないって。最近あいつ付き合い悪いのな。じゃあ七時に“らくだ亭”な!」
「はーい! あとでねー!」
マリアはブンブン手を振りながら、また仕事に戻っていく。
頬を少し染めて、はしゃぐ姿はまるで春そのものだ。
「もう! 今日誘われるってわかってたら、もっとかわいい服にすればよかった!」
「マリアはそのままで十分可愛いわよ」
「もぉ~、余裕の発言~!」
ふくれたマリアが、勢いのままに私へ抱きつく。
ふわっと花の香りがした。
女の子の、柔らかい匂い。
「ねね、ソーマ君ってどんなタイプが好きなのかなぁ? 知ってる?」
「……知らない」
「もう、ちゃんと聞いといてよぉ!」
「ハイハイ、今度ね」
「あー! 楽しみすぎて仕事も張り切れちゃう!」
キラキラした瞳で、クエスト報酬を計算するマリア。
その横顔を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
――無防備で、真っ直ぐで、羨ましい。
ポケットの中の紙切れが、ひどく重く感じた。
「おまたせ~っ!」
マリアが勢いよく店のドアを開けた。
“らくだ亭”の暖かな灯りが、夕暮れの街にこぼれている。
香ばしい肉の匂いと、人々の笑い声。
――あのざわめきが、今日は少し遠く感じた。
「おーっ、二人とも来たな!」
すでに席にいたソーマが、片手を挙げて笑う。
向かいには、無言のレン。
彼は水のグラスを指先で転がしながら、何かを考えているようだった。
「ごめんね、待った?」
「いや。今来たとこ」
そんな軽いやりとりのあと、四人で席につく。
マリアはさっそくメニューを手に取り、目を輝かせた。
「わー! 今日のおすすめ“ドラゴンステーキ”だって! これ絶対おいしいやつ!」
「おいしそうじゃん。
俺もそれにする!」
「私も~!」
二人の声が重なる。笑い合う姿は、ほんとうに似ている。
――まっすぐで、眩しい。
「リーナは? 食べられそう?」
レンが静かに尋ねた。
その声音に、ほんの少しだけ心がほどける。
「……うん、少しなら」
「じゃあ、取り分けよう。俺のも分ける」
「……ありがとう」
その一言だけで、胸の奥がじんと熱くなった。
マリアが「ねぇねぇ」とテーブルに身を乗り出す。
「このあとさ、みんなで星見に行かない? この季節すごく綺麗なんだよ!」
「いいな、それ。久しぶりに外で寝っ転がるか!」
ソーマの明るい声。
レンは一瞬だけ眉を寄せたが、すぐ小さく頷いた。
「……悪くないな」
楽しい空気のはずなのに、私はどこか居心地が悪かった。
ポケットの中――紙切れが、まだそこにある。
(……言うべきだろうか。レンに)
迷いの渦に沈みかけたとき、ふと視線を上げた。
レンの横顔。
――静かな湖みたいに感情を隠しているけれど、目の奥は深く沈んでいた。
「……レン」
思わず口が動く。
「ん?」
「ゾルフさんのこと……何か知ってるの?」
瞬間、彼の指先が止まった。
グラスが小さく揺れ、静かに水音を立てる。
マリアとソーマは、まだ料理の話に夢中だ。
この空間で、私とレンだけが別の時間にいるみたいだった。
「……なんで、そう思う?」
低く、けれど優しい声。
「なんとなく。……レンが、何か知ってるような気がして」
少しの沈黙。
そのあと、レンは視線を外し、窓の向こうの夜を見た。
「……ゾルフは、ギルドの中で“何か”を追ってた。
俺がそれを知ったのは――もう、あいつが死んだあとだった」
テーブルの上のランプの光が、彼の瞳に揺れる。
「でも、今はまだ話せない。ごめん」
その言葉は、優しい拒絶だった。
「……うん。無理に言わなくていいよ」
私もそれ以上、何も聞かなかった。
テーブルの下で、レンがそっと私の手を握った。
(“まだ話せない”――ってことは、やっぱり何かある)
料理が運ばれてくる。
香りが広がり、マリアの声がまた弾む。
「おいしい~っ! これ! 幸せすぎる!」
「うまっ! これ大正解!」
ソーマとマリアの笑い声が、店中に響いた。
その明るさが、逆に胸に沁みた。
――私たちの誰もが、知らないふりをして笑っている。
そんな気がした。
夜風がカーテンを揺らし、遠くの街灯が瞬いた。
私はグラスを持ち上げ、氷の音を聞いた。
透明なその音が、やけに冷たく響いた。
壁に手をつきながら、なんとか受付に戻る。
ざわめくギルドの喧騒が、遠くの世界みたいに聞こえた。
マリアがすぐに気づいて駆け寄ってくる。
「顔色悪いよ? 大丈夫?」
私は首を横に振るだけで答えた。
ポケットの中――さっき拾った紙切れを、無意識にぎゅっと握りしめる。
汗ばんだ指に、インクのざらついた感触が残った。
“受付のリーナは同一人物”
――その言葉が、何度も何度も頭の中でこだまする。
「ちーっす! マリアちゃんにリーナちゃん!」
突然、背後から明るい声。
空気の読めない男、ソーマがいつも通りの笑顔で現れた。
「今日、夜空いてる? メシ行こうよ!」
「空いてる! いこいこ!」
マリアがぱぁっと目を輝かせる。
眩しいほどの無邪気な笑顔。
「私は……そんな気分じゃないから。二人で行ってきて」
そう言うと、すぐさまマリアに腕を掴まれた。
「ちょっと! 二人っきりじゃ何喋っていいかわかんないじゃん! 一緒に来て! 協力して! 私のラブに!」
小声で懇願――というより脅迫に近い。
「……はいはい、分かりました」
「リーナも行くって! 仕事ばっかじゃ人生つまんないよ!」
「つまんなくていいの。私は」
「リーナぁぁぁぁぁぁ!」
「二人とも仲いいなー!」
ソーマが笑う。その声は、どこか遠くで響いているようだった。
「あ、そうだ。レンも呼んだからさ。ロイズは用事あるから来ないって。最近あいつ付き合い悪いのな。じゃあ七時に“らくだ亭”な!」
「はーい! あとでねー!」
マリアはブンブン手を振りながら、また仕事に戻っていく。
頬を少し染めて、はしゃぐ姿はまるで春そのものだ。
「もう! 今日誘われるってわかってたら、もっとかわいい服にすればよかった!」
「マリアはそのままで十分可愛いわよ」
「もぉ~、余裕の発言~!」
ふくれたマリアが、勢いのままに私へ抱きつく。
ふわっと花の香りがした。
女の子の、柔らかい匂い。
「ねね、ソーマ君ってどんなタイプが好きなのかなぁ? 知ってる?」
「……知らない」
「もう、ちゃんと聞いといてよぉ!」
「ハイハイ、今度ね」
「あー! 楽しみすぎて仕事も張り切れちゃう!」
キラキラした瞳で、クエスト報酬を計算するマリア。
その横顔を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
――無防備で、真っ直ぐで、羨ましい。
ポケットの中の紙切れが、ひどく重く感じた。
「おまたせ~っ!」
マリアが勢いよく店のドアを開けた。
“らくだ亭”の暖かな灯りが、夕暮れの街にこぼれている。
香ばしい肉の匂いと、人々の笑い声。
――あのざわめきが、今日は少し遠く感じた。
「おーっ、二人とも来たな!」
すでに席にいたソーマが、片手を挙げて笑う。
向かいには、無言のレン。
彼は水のグラスを指先で転がしながら、何かを考えているようだった。
「ごめんね、待った?」
「いや。今来たとこ」
そんな軽いやりとりのあと、四人で席につく。
マリアはさっそくメニューを手に取り、目を輝かせた。
「わー! 今日のおすすめ“ドラゴンステーキ”だって! これ絶対おいしいやつ!」
「おいしそうじゃん。
俺もそれにする!」
「私も~!」
二人の声が重なる。笑い合う姿は、ほんとうに似ている。
――まっすぐで、眩しい。
「リーナは? 食べられそう?」
レンが静かに尋ねた。
その声音に、ほんの少しだけ心がほどける。
「……うん、少しなら」
「じゃあ、取り分けよう。俺のも分ける」
「……ありがとう」
その一言だけで、胸の奥がじんと熱くなった。
マリアが「ねぇねぇ」とテーブルに身を乗り出す。
「このあとさ、みんなで星見に行かない? この季節すごく綺麗なんだよ!」
「いいな、それ。久しぶりに外で寝っ転がるか!」
ソーマの明るい声。
レンは一瞬だけ眉を寄せたが、すぐ小さく頷いた。
「……悪くないな」
楽しい空気のはずなのに、私はどこか居心地が悪かった。
ポケットの中――紙切れが、まだそこにある。
(……言うべきだろうか。レンに)
迷いの渦に沈みかけたとき、ふと視線を上げた。
レンの横顔。
――静かな湖みたいに感情を隠しているけれど、目の奥は深く沈んでいた。
「……レン」
思わず口が動く。
「ん?」
「ゾルフさんのこと……何か知ってるの?」
瞬間、彼の指先が止まった。
グラスが小さく揺れ、静かに水音を立てる。
マリアとソーマは、まだ料理の話に夢中だ。
この空間で、私とレンだけが別の時間にいるみたいだった。
「……なんで、そう思う?」
低く、けれど優しい声。
「なんとなく。……レンが、何か知ってるような気がして」
少しの沈黙。
そのあと、レンは視線を外し、窓の向こうの夜を見た。
「……ゾルフは、ギルドの中で“何か”を追ってた。
俺がそれを知ったのは――もう、あいつが死んだあとだった」
テーブルの上のランプの光が、彼の瞳に揺れる。
「でも、今はまだ話せない。ごめん」
その言葉は、優しい拒絶だった。
「……うん。無理に言わなくていいよ」
私もそれ以上、何も聞かなかった。
テーブルの下で、レンがそっと私の手を握った。
(“まだ話せない”――ってことは、やっぱり何かある)
料理が運ばれてくる。
香りが広がり、マリアの声がまた弾む。
「おいしい~っ! これ! 幸せすぎる!」
「うまっ! これ大正解!」
ソーマとマリアの笑い声が、店中に響いた。
その明るさが、逆に胸に沁みた。
――私たちの誰もが、知らないふりをして笑っている。
そんな気がした。
夜風がカーテンを揺らし、遠くの街灯が瞬いた。
私はグラスを持ち上げ、氷の音を聞いた。
透明なその音が、やけに冷たく響いた。
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