32 / 59
33話
しおりを挟む
受付に戻ると、レンとマリアが楽しそうに談笑していた。
マリアがこちらに気づいて手を振る。
「おかえり~! 彼氏が来てるよ!」
「ちょっと顔が見たくなってな」
レンが私のほうへ一歩近づき、覗き込むように顔をのぞいた。
「顔色、悪いぞ。やっぱり働きすぎじゃないか?」
「そんなことないよ、大丈夫」
平静を装って笑ってみせる。
けれど、頭の片隅ではソーマの言葉がぐるぐると回っていた。
――“次はレンだ”。
胸の奥が、冷たく軋む。
「もーう、過保護なんだからぁ。リーナ、愛されてるねぇ~」
マリアがにやにやと肘で私をつつく。
「そういえば薬、今持ってるか? アレクが来たから渡しておく」
「ああ……」
ポケットを探ると、指先にかさりと紙の感触があった。
(……そういえば、あのメモ。ポケットに入れっぱなしだった)
”フェリエ家”
”受付のリーナは同一人物”
文字が脳裏にちらつく。
(……これ、誰が書いたの? どうして私のことを?)
「リーナ、薬飲んでるの? また体調悪い?」
マリアの声で、はっと我に返る。
「ううん。体質改善のやつよ。ギルド医が処方してくれたの」
私は慌ててポケットから包みを取り出し、レンに渡した。
「じゃあ、終わったら迎えに来る」
レンはそう言って、軽く手を振りながら受付を後にした。
その背中を見送る間、胸の奥が妙にざわつく。
「レンさん……ほんっと、かっこいいよね」
「いいなぁ、リーナ。あんな彼氏ほしい……」
受付仲間たちがひそひそと囁き合う。
私は、頬が熱くなるのを感じながら、静かにうつむいた。
(……笑ってる場合じゃないのに)
指先で、ポケットの中のメモの感触を確かめた。
紙の端が、妙に冷たかった。
夜。
ギルドの食堂の窓から、月明かりが静かに差し込んでいた。
私は、レンとアレクと三人で夕食のテーブルを囲んでいた。
「――預けてもらった薬だがな」
アレクが骨付きチキンをかじりながら言った。
「やはり、中和薬だった」
その言葉に、レンが手を止める。
グラスの中のビールが、かすかに揺れた。
「少なくとも、ギルド医は何らかの事情を知っているってことだ」
アレクの声音は淡々としていたが、奥に確信が滲んでいる。
「そうか……」
レンが低く呟き、私の手を握る。その手に力がこもった。
「リーナ、本当に何も知らないのか?」
アレクの視線が、真っ直ぐに私を射抜いた。
「……知らないんです。というか、覚えていません。三か月より前の記憶がなくて。
主治医には、高熱で長く臥せっていたせいだと……」
アレクは腕を組み、少しの間考え込んだ。
そして低く言葉を継ぐ。
「調べてみたんだがな。ヴェノムストーンを使った儀式はいくつか記録に残っている。
だが、その中でも特にヤバいのが一つ――“死者再生の儀式”だ」
「死者……再生?」
レンの眉がぴくりと動く。
「ああ。ヴェノムストーンを死体の体内に埋め込み、毒性で死んだ細胞を強制的に活性化させる。
生きてる人間には猛毒だが、死体には再生作用を示す例が報告されている」
「毒も使いようによっては薬、ってわけか」
レンが唸るように言った。
「その通りだ。さらに呪術で魂を呼び戻し、再び肉体に結びつければ――
理屈の上では“死者の再生”が完了する」
「そんなこと、できるのか?」
「……理論上は、だ。成功例は一つも聞いたことがない」
アレクはビールを一口飲み、静かに息を吐いた。
「呪術での魂呼び戻しだってな、召喚の一種だからそう簡単じゃないさ。間違って異世界の化け物呼んじまう危険だってある」
「異世界の……化け物」
思わず胃がきゅっとなる。
「リーナ。聞きづらいことを聞くが――苗字はフェリエ、か?」
「はい……」
思わず背筋が伸びる。なぜアレクがその名前を?
「医者仲間の間で、少し前に噂になってな」
アレクは言葉を選ぶように続けた。
「フェリエ男爵が“娘を生き返らせることができた医者”に多額の報奨金を出す、と。
まともな医者はそんな話を断ったが……中には、医者まがいの呪術師もいたらしい」
ビールの泡が、静かに弾ける音がした。
「……フェリエ男爵の娘の名前は、リーナ。思い出したんだ」
「生き返らせるって……リーナはここに生きてる!」
レンの声が鋭く響いた。
「まあ、あくまで噂だ」
アレクは落ち着いた口調で言いながらも、目だけは鋭い。
「重体だっただけで助かったのかもしれないし、同じ名前の別人かもしれん。
だが――ギルド医に話を聞いてみる価値はある」
アレクはそう言って、残りのビールを一気に呷った。
静かな夜気の中で、その音だけがやけに響いた。
私はただ、手の中の温もりを確かめるようにレンの手を握り返した。
月の光が、淡く揺れていた。
マリアがこちらに気づいて手を振る。
「おかえり~! 彼氏が来てるよ!」
「ちょっと顔が見たくなってな」
レンが私のほうへ一歩近づき、覗き込むように顔をのぞいた。
「顔色、悪いぞ。やっぱり働きすぎじゃないか?」
「そんなことないよ、大丈夫」
平静を装って笑ってみせる。
けれど、頭の片隅ではソーマの言葉がぐるぐると回っていた。
――“次はレンだ”。
胸の奥が、冷たく軋む。
「もーう、過保護なんだからぁ。リーナ、愛されてるねぇ~」
マリアがにやにやと肘で私をつつく。
「そういえば薬、今持ってるか? アレクが来たから渡しておく」
「ああ……」
ポケットを探ると、指先にかさりと紙の感触があった。
(……そういえば、あのメモ。ポケットに入れっぱなしだった)
”フェリエ家”
”受付のリーナは同一人物”
文字が脳裏にちらつく。
(……これ、誰が書いたの? どうして私のことを?)
「リーナ、薬飲んでるの? また体調悪い?」
マリアの声で、はっと我に返る。
「ううん。体質改善のやつよ。ギルド医が処方してくれたの」
私は慌ててポケットから包みを取り出し、レンに渡した。
「じゃあ、終わったら迎えに来る」
レンはそう言って、軽く手を振りながら受付を後にした。
その背中を見送る間、胸の奥が妙にざわつく。
「レンさん……ほんっと、かっこいいよね」
「いいなぁ、リーナ。あんな彼氏ほしい……」
受付仲間たちがひそひそと囁き合う。
私は、頬が熱くなるのを感じながら、静かにうつむいた。
(……笑ってる場合じゃないのに)
指先で、ポケットの中のメモの感触を確かめた。
紙の端が、妙に冷たかった。
夜。
ギルドの食堂の窓から、月明かりが静かに差し込んでいた。
私は、レンとアレクと三人で夕食のテーブルを囲んでいた。
「――預けてもらった薬だがな」
アレクが骨付きチキンをかじりながら言った。
「やはり、中和薬だった」
その言葉に、レンが手を止める。
グラスの中のビールが、かすかに揺れた。
「少なくとも、ギルド医は何らかの事情を知っているってことだ」
アレクの声音は淡々としていたが、奥に確信が滲んでいる。
「そうか……」
レンが低く呟き、私の手を握る。その手に力がこもった。
「リーナ、本当に何も知らないのか?」
アレクの視線が、真っ直ぐに私を射抜いた。
「……知らないんです。というか、覚えていません。三か月より前の記憶がなくて。
主治医には、高熱で長く臥せっていたせいだと……」
アレクは腕を組み、少しの間考え込んだ。
そして低く言葉を継ぐ。
「調べてみたんだがな。ヴェノムストーンを使った儀式はいくつか記録に残っている。
だが、その中でも特にヤバいのが一つ――“死者再生の儀式”だ」
「死者……再生?」
レンの眉がぴくりと動く。
「ああ。ヴェノムストーンを死体の体内に埋め込み、毒性で死んだ細胞を強制的に活性化させる。
生きてる人間には猛毒だが、死体には再生作用を示す例が報告されている」
「毒も使いようによっては薬、ってわけか」
レンが唸るように言った。
「その通りだ。さらに呪術で魂を呼び戻し、再び肉体に結びつければ――
理屈の上では“死者の再生”が完了する」
「そんなこと、できるのか?」
「……理論上は、だ。成功例は一つも聞いたことがない」
アレクはビールを一口飲み、静かに息を吐いた。
「呪術での魂呼び戻しだってな、召喚の一種だからそう簡単じゃないさ。間違って異世界の化け物呼んじまう危険だってある」
「異世界の……化け物」
思わず胃がきゅっとなる。
「リーナ。聞きづらいことを聞くが――苗字はフェリエ、か?」
「はい……」
思わず背筋が伸びる。なぜアレクがその名前を?
「医者仲間の間で、少し前に噂になってな」
アレクは言葉を選ぶように続けた。
「フェリエ男爵が“娘を生き返らせることができた医者”に多額の報奨金を出す、と。
まともな医者はそんな話を断ったが……中には、医者まがいの呪術師もいたらしい」
ビールの泡が、静かに弾ける音がした。
「……フェリエ男爵の娘の名前は、リーナ。思い出したんだ」
「生き返らせるって……リーナはここに生きてる!」
レンの声が鋭く響いた。
「まあ、あくまで噂だ」
アレクは落ち着いた口調で言いながらも、目だけは鋭い。
「重体だっただけで助かったのかもしれないし、同じ名前の別人かもしれん。
だが――ギルド医に話を聞いてみる価値はある」
アレクはそう言って、残りのビールを一気に呷った。
静かな夜気の中で、その音だけがやけに響いた。
私はただ、手の中の温もりを確かめるようにレンの手を握り返した。
月の光が、淡く揺れていた。
1
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
冷遇された妻は愛を求める
チカフジ ユキ
恋愛
結婚三年、子供ができないという理由で夫ヘンリーがずっと身体の関係を持っていた女性マリアを連れてきた。
そして、今後は彼女をこの邸宅の女主として仕えよと使用人に命じる。
正妻のアリーシアは離れに追い出され、冷遇される日々。
離婚したくても、金づるであるアリーシアをそう簡単には手放してはくれなかった。
しかし、そんな日々もある日突然終わりが来る。
それは父親の死から始まった。
敵将を捕虜にしたら夫になって、気づけば家族までできていました
蜂蜜あやね
恋愛
戦場で幾度も刃を交えてきた二人――
“赤い鷲”の女将軍イサナと、
“青狼”と恐れられたザンザの将軍ソウガ。
最後の戦いで、ソウガはイサナの軍に捕らえられる。
死を覚悟したその瞬間――
イサナは思わず、矢面に立っていた。
「その者は殺させない。命は……私が引き受けます」
理由などなかった。
ただ、目の前の男を失いたくなかった。
その報告を受けた皇帝エンジュは、
静かに、しかし飄々とした口調で告げる。
「庇いたいというのなら――夫として下げ渡そう」
「ただし、子を成すこと。それが条件だ」
敵国の将を“夫”として迎えるという前代未聞の処置。
拒否権はない。
こうしてソウガは、捕虜でありながら
《イサナの夫》としてアマツキ邸に下げ渡される。
武でも策でも互角に戦ってきた男が、
今は同じ屋根の下にいる。
捕虜として――そして夫として。
反発から始まった奇妙な同居生活。
だが、戦場では知り得なかった互いの素顔と静かな温度が、
じわじわと二人の距離を変えていく
【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる
千堂みくま
恋愛
ある事情のため男として生きる伯爵令嬢ルルシェ。彼女の望みはただ一つ、父親の跡を継いで領主となること――だが何故か王弟であるイグニス王子に気に入られ、彼の側近として長いあいだ仕えてきた。
女嫌いの王子はなかなか結婚してくれず、彼の結婚を機に領地へ帰りたいルルシェはやきもきしている。しかし、ある日とうとう些細なことが切っ掛けとなり、イグニスに女だとバレてしまった。
王子は性別の秘密を守る代わりに「俺の女嫌いが治るように協力しろ」と持ちかけてきて、夜だけ彼の恋人を演じる事になったのだが……。
○ニブい男装令嬢と不器用な王子が恋をする物語。○Rシーンには※印あり。
[男装令嬢は伯爵家を継ぎたい!]の改稿版です。
ムーンライトでも公開中。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる