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第一章
殿様イナゴ爆誕‼マーケットインフェルノ!<前篇>
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朝焼けの光が、崩れかけた相場の瓦礫を照らしていた。
昨日のベアマーケットとの戦いの痕が、まだそこかしこに残っている。
そんな中、あたしとレイさんは半壊した昨日の酒場「ケイジバン亭」で一息ついていた。
グラスを片手に、レイさんが渋い顔をしている。
「で? なんでお嬢ちゃんは、よりによってこの町に来たんだ?」
「えっと……フォロワー百万人のインフルエンサーが“ここはテンバガー確定銘柄です!”って言ってて……」
「……」
レイの目が死んだ魚になった。
「“テンバガー”って言葉に釣られて爆死した奴、俺は百人以上見てきた。」
「えぇぇぇ!? でも、だって、みんな“今が買い!”って……!」
「“今が買い”って言葉ほど信用ならねぇのは、マーケットじゃ常識だ。」
レイが渋く一口あおる。
あたしは口をとがらせながらオレンジジュースのグラスを傾けた――と、その時。
酒場の外から、突き上げるような歓声が響いた。
「うおおおおっ!!」
「町長だ!! ロイ町長のお出ましだ!!」
群衆がぞろぞろと外へ。
その熱気に押され、あたしとレイも思わずついていく。
闘技場広場の中央には黄金のステージ。
その上で、まぶしい笑顔の男――ロイ町長が手を掲げていた。
「皆の者ぁぁぁ!!!」
空にコインを掲げるロイ。光が反射して、町全体を黄金色に染める。
「見よ! 我らの“コイン”が値上がりを始めた!! 今こそ買い増しの時だ!!」
わああああああっ!!!
人々が熱狂し、拳を突き上げる。
「ロイ様ぁぁ!!」
「信じてよかった!!」
「この町が天まで届くぞぉぉ!!!」
あたしもつい、拳を握りしめていた。
(すごい……ロイ町長、本当にすごい人なんだ……)
でも――横でレイさんが、険しい目をしていた。
「……あの煽り方、ただの町長じゃねぇな。」
「え?」
「見ろ、群衆の目。完全に“イナゴ化”してる。」
そう言った瞬間、ロイがレイを見た。
その笑顔の奥に、ほんの一瞬、冷たい光が走る。
次の瞬間、彼はニヤリと口角を上げて、ステージの上から小さく手信号を送った。
「やべぇ。バレた。」
「えっ? 何が――」
「おい、お嬢ちゃん、離れるぞ!」
レイがあたしの腕をつかみ、路地裏へ引っ張る。
「ちょ、ちょっと! 痛い痛い!」
「黙れ、ここじゃ話せねぇ!」
人影のない裏通り。レイさんは壁に背をつけ、低い声で言った。
「お嬢ちゃん、この町の構造を知ってるか?」
「構造?」
「“コイン”と町の株価を連動させてるんだ。コインっていうのは小銭のことじゃない。デジタルゴールドって言って国同士の垣根を持たない第三の通貨があるんだ。それを町長が町の人間の金で買ってくる。“コイン”自体の価値が上がればそれを沢山保有してるこの町も金持ちになる、下がれば貧乏だがな」
「それくらいは知ってるよ!だからこの町に来たわけだし。“コイン”の価格は乱高下もあるけど右肩上がり。持っているだけで億り人の人も何人も……」
「それだけじゃねぇ、コインが盗まれたり、誰かが隠したりしてしまったらどうする?町長は信用に足る人間か?お嬢ちゃんの親友か何かか?」
「そ、そんなこといわれても……」
「ここは一旦引き上げるんだ」
――カンカンカンカン――
引けを知らせる十五時半の金が鳴り響いた。
――夜。
あたしとレイさんは、町はずれの宿屋《えっくす亭》で夕食をとっていた。
宿の外観は、見るからに“地味”。木の扉はギシギシ、壁の漆喰はボロボロ。だが――料理はうまい!
こういうボロ宿に限って、ご飯が妙においしい。なぜ。
人生も相場も同じ。見た目に騙されちゃダメってことよ!
「お姉さん、見ない顔ですね! 最近この街に来たんですか?」
カウンターの奥から声をかけてきたのは、五十前くらいの男。腹が少々出ているが、目だけはギラギラしてる。
――ああ、こういうタイプ、知ってる。昔からの“相場語りおじさん”だ。
「はい。初心者です」
当たり障りなく返す。
さあ、聞き流しモード発動。下手に反応すると長いのよね、こういう人は。
「ほぉ~、そっちの甲冑の兄さんは凄腕っぽいな!」
なぜか隣のレイさんを指差す。
……そう、なぜか彼、食事中でもフルアーマーなのよ。宿屋の中でも、だ。
さすがに寝る時は脱ぐと思いたいけど。
「凄腕かどうかはわからんけど、結構長いよ。リーマンショック経験してるからね」
ビールを片手に苦笑するレイさん。
「えっ!? じゃあ、氷河期世代!? まじか! 俺と同世代じゃん!20代かと思ったわ!」
「はは……」
軽く笑うレイさん。だが、その額には一筋の冷や汗。
――おい、今の地雷だったの? 動揺してる?
「お姉さんは若いですよね?」
「18です」
即答。もう慣れた。どうせ聞かれるからね。
その瞬間、店主の目がさらに輝いた。
「やっぱり! じゃあ、株をやろうと思ったきっかけは?」
「おっさん、唐突すぎるだろ……」とレイさんが小声でつぶやくが、もう遅い。質問の矢は放たれた!
「俺たちの世代はなぁ、就職氷河期で正社員なんて幻のアイテムだったんだよ!」
店主の目が遠くを見つめる。
ああ、きた。自分語りモード発動。
「幻の……アイテム?」
一応、相槌を打つ。若者の基本スキルである。
すると店主はどこからか木のジョッキを掲げ、語り出した。
「履歴書を99通送って99敗! “経験者求む”の札を見つけて、経験を積もうとしたら求人が消えてた! 完全にクエスト詰みだよ!」
「……すごい。もうそれ詰んでますね」
「詰んでたさ! だから俺たちは自分で起業したり、トレーダーになったんだ!」
おじさんの背後で、風が吹いたような気がした。
――相場歴二十年超。
――リーマンショック生還者。
――たぶん、伝説の元デイトレ勇者。
レイさんもうなずいている。
うんうん、って、アンタもそっち側なの!?
「サキ、お前は? なんで株を?」
レイさんが静かに尋ねる。
……来たな。あたしのターン。
あたしはジョッキをカタンとテーブルに置き、息を吸い込んだ。
「――あたしの家族、三年前に破産したんです。父が株で失敗して、家も火事になってなくなって。」
レイさんの表情が、一瞬だけ固まった。
横のオッサン二人も、ビールジョッキを持つ手を止める。
「だから貧乏で……学費は全部奨学金。卒業時点で借金三百万円超予定!」
「う、うわぁ……」とレイさんが顔をしかめる。
構わず続ける。
「――東京は貧乏人には地獄よ! 家賃は高い! バイト先の店長は怖い! 時給は上がらない! あげくインフレで学食の唐揚げ定食が1.5倍!」
「お、おう……」
「周りはパパ活とかキャバクラとかでブランド物買ってキラキラしてるのに!あたしも真似して夜のお店に体験入店したら初日にお客さんにドリンクぶちまけてクビになった!パパ活アプリも登録したら待ち合わせ場所に来たのが幼馴染のお父さん!気づかれる前に逃げ帰ってきた!」
おっさん二人の表情が完全に引き気味。
でも、もう止まらない。
「その後にSNSで投資の動画見て、これなら私にもできるんじゃないかって」
テーブルをドンッと叩いた。
ジョッキのサイダーが跳ね、泡が弾ける。
「家も、奨学金も、あの過去も――全部まとめて取り返してやる。
そのためにトレードやってるんですよ!」
声が震える
あぁ、胃が熱い。涙が出そう。
おっさん二人は、妙に神妙な顔でこちらを見つめていた。
「サキ……苦労してんだなあ……」
「なんか……若者も大変なんだな……」
「俺たちの時代とは別の地獄があるな……」
二人の声が重なる。
うるさいわよ。地獄は世代を超えるの。
――その時だった。
どおおおおおんっ!
宿全体が揺れた!
壁にかけてあった「本日おすすめ・煮込みハンバーグ」の札が床に落ちる!
「な、なんだ!?」
レイさんが立ち上がる。
店主もカウンターから身を乗り出した。
「大変だ! PTSで陽線が上がったぞ!!」
外から誰かの叫び声!
え、なにそれ!? 陽線ってあの昼間のやつ!? それが上がったってどういうこと!? まさか――!
「まさか……また始まったのか……」
レイさんが低くつぶやく。
その横顔はどこか悲しげで、でも戦士のそれだった。
「ちょ、ちょっと待って! PTSって戦争でも始まったの!?もう引け時間終わったでしょ?」
「いや、戦争っていうか……夜間市場だ。昼の取引が終わった後でも、金の亡者たちが戦う闇の闘技場があるのさ
」
「闇の……闘技場……?」
「ああ、昼と違って、現物のみ。闘技人数も少ないがな。ここでの値動きが明日に反映されることもよくある」
背筋がゾクリとした。
外から再び轟音が響く。
宿の窓を突き破り、赤い光が夜空を裂いた。
まるで巨大な魔法陣のように、空に浮かび上がる「+3.7%」の数字。
それは市場の怒りか、投資家の絶望か――!
「くっ、PTSの波動が強すぎる!」
レイさんが盾を構える。
おい、宿屋の中で盾!? 床抜けるって!
「お姉さん、ここは危険だ! 逃げな!」
店主が叫ぶ。
だが、あたしは立ち上がっていた。
なぜかわからない。体が勝手に動いたのだ。
「……逃げない」
ジョッキを振り上げ、あたしは叫ぶ。
「どんなに暴落しても、あたしのポートフォリオは死なないッ!」
「バカ! 今は引け! この戦場は初心者が踏み込む場所じゃねぇ!」
レイさんが怒鳴る。
でも――止まれない。心臓が、血が、燃えている。
これはただの投資じゃない。魂のトレード!
「レイさん、行きますよ!」
「……お前、正気か!」
「もちろん正気です! でも、ちょっとだけ狂ってるほうが、儲かるでしょ!」
叫ぶと同時に、窓を突き破って外へ飛び出した。
夜風がビリビリと頬を刺す。
空には無数のローソク足が光を放ち、天を覆っていた。
「くそっ、こうなったら仕方ねぇ……!」
レイさんも飛び出してくる。
「チャートブレード、オン!」
小型デバイスが変形し手には巨大な剣――いや、チャートブレードが握られていた。
「すごい!小型デバイスってそんな機能も!?」
「ベテランのトレーダーならな!」
「そう!」
「サキ、死ぬなよ!!」
「上等!」
あたしは空に向かって叫ぶ。
「暴騰よ――かかってこいッ!!」
その瞬間、光の矢が空を貫いた。
赤と青のローソク足が交錯し、夜空を照らす。
あたしの手には、小型デバイスが握られていた。
画面に浮かぶは、買いボタン。
息を吸い込み、渾身の声で唱える。
「 ブラインド・バイイイイイイイイイッ!!」
タップした瞬間、空が白く弾けた。
レイの甲冑が反射して眩しい。
店主の悲鳴が遠くで聞こえた。
――爆発。
――閃光。
――そして、静寂。
目を開けると、空には一本の巨大な陽線。
まるで天を貫く塔のようにそびえていた。
「……勝ったのか?」
レイさんが息をつく。
「あたし……ほんとに……?」
その時、小型デバイスが震えた。
画面には――
《+2.3% 含み益》
「ふふっ……やった……!」
涙があふれた。
でも、まだ終わりじゃない。
市場は明日も続く。相場は常に変わる。
レイさんが剣を地面に突き刺し、静かに言った。
「サキ。覚えとけ。儲けは一瞬。だが、生き残りがすべてだ」
「うん。次は……もっと上手くやります」
「買い増しした分は、朝一で売るんだ」
夜風が吹いた。
遠くで、誰かが笑っている。
宿屋《えっくす》の看板がきしんで鳴った。
その音はまるで、こう言っているようだった。
――相場は、明日も戦場だ。
――負けるのは怖い。でも、怖いままじゃ何も変わらない。
今日もまた、私は買いに向かう。希望という名のポジションを持って。
昨日のベアマーケットとの戦いの痕が、まだそこかしこに残っている。
そんな中、あたしとレイさんは半壊した昨日の酒場「ケイジバン亭」で一息ついていた。
グラスを片手に、レイさんが渋い顔をしている。
「で? なんでお嬢ちゃんは、よりによってこの町に来たんだ?」
「えっと……フォロワー百万人のインフルエンサーが“ここはテンバガー確定銘柄です!”って言ってて……」
「……」
レイの目が死んだ魚になった。
「“テンバガー”って言葉に釣られて爆死した奴、俺は百人以上見てきた。」
「えぇぇぇ!? でも、だって、みんな“今が買い!”って……!」
「“今が買い”って言葉ほど信用ならねぇのは、マーケットじゃ常識だ。」
レイが渋く一口あおる。
あたしは口をとがらせながらオレンジジュースのグラスを傾けた――と、その時。
酒場の外から、突き上げるような歓声が響いた。
「うおおおおっ!!」
「町長だ!! ロイ町長のお出ましだ!!」
群衆がぞろぞろと外へ。
その熱気に押され、あたしとレイも思わずついていく。
闘技場広場の中央には黄金のステージ。
その上で、まぶしい笑顔の男――ロイ町長が手を掲げていた。
「皆の者ぁぁぁ!!!」
空にコインを掲げるロイ。光が反射して、町全体を黄金色に染める。
「見よ! 我らの“コイン”が値上がりを始めた!! 今こそ買い増しの時だ!!」
わああああああっ!!!
人々が熱狂し、拳を突き上げる。
「ロイ様ぁぁ!!」
「信じてよかった!!」
「この町が天まで届くぞぉぉ!!!」
あたしもつい、拳を握りしめていた。
(すごい……ロイ町長、本当にすごい人なんだ……)
でも――横でレイさんが、険しい目をしていた。
「……あの煽り方、ただの町長じゃねぇな。」
「え?」
「見ろ、群衆の目。完全に“イナゴ化”してる。」
そう言った瞬間、ロイがレイを見た。
その笑顔の奥に、ほんの一瞬、冷たい光が走る。
次の瞬間、彼はニヤリと口角を上げて、ステージの上から小さく手信号を送った。
「やべぇ。バレた。」
「えっ? 何が――」
「おい、お嬢ちゃん、離れるぞ!」
レイがあたしの腕をつかみ、路地裏へ引っ張る。
「ちょ、ちょっと! 痛い痛い!」
「黙れ、ここじゃ話せねぇ!」
人影のない裏通り。レイさんは壁に背をつけ、低い声で言った。
「お嬢ちゃん、この町の構造を知ってるか?」
「構造?」
「“コイン”と町の株価を連動させてるんだ。コインっていうのは小銭のことじゃない。デジタルゴールドって言って国同士の垣根を持たない第三の通貨があるんだ。それを町長が町の人間の金で買ってくる。“コイン”自体の価値が上がればそれを沢山保有してるこの町も金持ちになる、下がれば貧乏だがな」
「それくらいは知ってるよ!だからこの町に来たわけだし。“コイン”の価格は乱高下もあるけど右肩上がり。持っているだけで億り人の人も何人も……」
「それだけじゃねぇ、コインが盗まれたり、誰かが隠したりしてしまったらどうする?町長は信用に足る人間か?お嬢ちゃんの親友か何かか?」
「そ、そんなこといわれても……」
「ここは一旦引き上げるんだ」
――カンカンカンカン――
引けを知らせる十五時半の金が鳴り響いた。
――夜。
あたしとレイさんは、町はずれの宿屋《えっくす亭》で夕食をとっていた。
宿の外観は、見るからに“地味”。木の扉はギシギシ、壁の漆喰はボロボロ。だが――料理はうまい!
こういうボロ宿に限って、ご飯が妙においしい。なぜ。
人生も相場も同じ。見た目に騙されちゃダメってことよ!
「お姉さん、見ない顔ですね! 最近この街に来たんですか?」
カウンターの奥から声をかけてきたのは、五十前くらいの男。腹が少々出ているが、目だけはギラギラしてる。
――ああ、こういうタイプ、知ってる。昔からの“相場語りおじさん”だ。
「はい。初心者です」
当たり障りなく返す。
さあ、聞き流しモード発動。下手に反応すると長いのよね、こういう人は。
「ほぉ~、そっちの甲冑の兄さんは凄腕っぽいな!」
なぜか隣のレイさんを指差す。
……そう、なぜか彼、食事中でもフルアーマーなのよ。宿屋の中でも、だ。
さすがに寝る時は脱ぐと思いたいけど。
「凄腕かどうかはわからんけど、結構長いよ。リーマンショック経験してるからね」
ビールを片手に苦笑するレイさん。
「えっ!? じゃあ、氷河期世代!? まじか! 俺と同世代じゃん!20代かと思ったわ!」
「はは……」
軽く笑うレイさん。だが、その額には一筋の冷や汗。
――おい、今の地雷だったの? 動揺してる?
「お姉さんは若いですよね?」
「18です」
即答。もう慣れた。どうせ聞かれるからね。
その瞬間、店主の目がさらに輝いた。
「やっぱり! じゃあ、株をやろうと思ったきっかけは?」
「おっさん、唐突すぎるだろ……」とレイさんが小声でつぶやくが、もう遅い。質問の矢は放たれた!
「俺たちの世代はなぁ、就職氷河期で正社員なんて幻のアイテムだったんだよ!」
店主の目が遠くを見つめる。
ああ、きた。自分語りモード発動。
「幻の……アイテム?」
一応、相槌を打つ。若者の基本スキルである。
すると店主はどこからか木のジョッキを掲げ、語り出した。
「履歴書を99通送って99敗! “経験者求む”の札を見つけて、経験を積もうとしたら求人が消えてた! 完全にクエスト詰みだよ!」
「……すごい。もうそれ詰んでますね」
「詰んでたさ! だから俺たちは自分で起業したり、トレーダーになったんだ!」
おじさんの背後で、風が吹いたような気がした。
――相場歴二十年超。
――リーマンショック生還者。
――たぶん、伝説の元デイトレ勇者。
レイさんもうなずいている。
うんうん、って、アンタもそっち側なの!?
「サキ、お前は? なんで株を?」
レイさんが静かに尋ねる。
……来たな。あたしのターン。
あたしはジョッキをカタンとテーブルに置き、息を吸い込んだ。
「――あたしの家族、三年前に破産したんです。父が株で失敗して、家も火事になってなくなって。」
レイさんの表情が、一瞬だけ固まった。
横のオッサン二人も、ビールジョッキを持つ手を止める。
「だから貧乏で……学費は全部奨学金。卒業時点で借金三百万円超予定!」
「う、うわぁ……」とレイさんが顔をしかめる。
構わず続ける。
「――東京は貧乏人には地獄よ! 家賃は高い! バイト先の店長は怖い! 時給は上がらない! あげくインフレで学食の唐揚げ定食が1.5倍!」
「お、おう……」
「周りはパパ活とかキャバクラとかでブランド物買ってキラキラしてるのに!あたしも真似して夜のお店に体験入店したら初日にお客さんにドリンクぶちまけてクビになった!パパ活アプリも登録したら待ち合わせ場所に来たのが幼馴染のお父さん!気づかれる前に逃げ帰ってきた!」
おっさん二人の表情が完全に引き気味。
でも、もう止まらない。
「その後にSNSで投資の動画見て、これなら私にもできるんじゃないかって」
テーブルをドンッと叩いた。
ジョッキのサイダーが跳ね、泡が弾ける。
「家も、奨学金も、あの過去も――全部まとめて取り返してやる。
そのためにトレードやってるんですよ!」
声が震える
あぁ、胃が熱い。涙が出そう。
おっさん二人は、妙に神妙な顔でこちらを見つめていた。
「サキ……苦労してんだなあ……」
「なんか……若者も大変なんだな……」
「俺たちの時代とは別の地獄があるな……」
二人の声が重なる。
うるさいわよ。地獄は世代を超えるの。
――その時だった。
どおおおおおんっ!
宿全体が揺れた!
壁にかけてあった「本日おすすめ・煮込みハンバーグ」の札が床に落ちる!
「な、なんだ!?」
レイさんが立ち上がる。
店主もカウンターから身を乗り出した。
「大変だ! PTSで陽線が上がったぞ!!」
外から誰かの叫び声!
え、なにそれ!? 陽線ってあの昼間のやつ!? それが上がったってどういうこと!? まさか――!
「まさか……また始まったのか……」
レイさんが低くつぶやく。
その横顔はどこか悲しげで、でも戦士のそれだった。
「ちょ、ちょっと待って! PTSって戦争でも始まったの!?もう引け時間終わったでしょ?」
「いや、戦争っていうか……夜間市場だ。昼の取引が終わった後でも、金の亡者たちが戦う闇の闘技場があるのさ
」
「闇の……闘技場……?」
「ああ、昼と違って、現物のみ。闘技人数も少ないがな。ここでの値動きが明日に反映されることもよくある」
背筋がゾクリとした。
外から再び轟音が響く。
宿の窓を突き破り、赤い光が夜空を裂いた。
まるで巨大な魔法陣のように、空に浮かび上がる「+3.7%」の数字。
それは市場の怒りか、投資家の絶望か――!
「くっ、PTSの波動が強すぎる!」
レイさんが盾を構える。
おい、宿屋の中で盾!? 床抜けるって!
「お姉さん、ここは危険だ! 逃げな!」
店主が叫ぶ。
だが、あたしは立ち上がっていた。
なぜかわからない。体が勝手に動いたのだ。
「……逃げない」
ジョッキを振り上げ、あたしは叫ぶ。
「どんなに暴落しても、あたしのポートフォリオは死なないッ!」
「バカ! 今は引け! この戦場は初心者が踏み込む場所じゃねぇ!」
レイさんが怒鳴る。
でも――止まれない。心臓が、血が、燃えている。
これはただの投資じゃない。魂のトレード!
「レイさん、行きますよ!」
「……お前、正気か!」
「もちろん正気です! でも、ちょっとだけ狂ってるほうが、儲かるでしょ!」
叫ぶと同時に、窓を突き破って外へ飛び出した。
夜風がビリビリと頬を刺す。
空には無数のローソク足が光を放ち、天を覆っていた。
「くそっ、こうなったら仕方ねぇ……!」
レイさんも飛び出してくる。
「チャートブレード、オン!」
小型デバイスが変形し手には巨大な剣――いや、チャートブレードが握られていた。
「すごい!小型デバイスってそんな機能も!?」
「ベテランのトレーダーならな!」
「そう!」
「サキ、死ぬなよ!!」
「上等!」
あたしは空に向かって叫ぶ。
「暴騰よ――かかってこいッ!!」
その瞬間、光の矢が空を貫いた。
赤と青のローソク足が交錯し、夜空を照らす。
あたしの手には、小型デバイスが握られていた。
画面に浮かぶは、買いボタン。
息を吸い込み、渾身の声で唱える。
「 ブラインド・バイイイイイイイイイッ!!」
タップした瞬間、空が白く弾けた。
レイの甲冑が反射して眩しい。
店主の悲鳴が遠くで聞こえた。
――爆発。
――閃光。
――そして、静寂。
目を開けると、空には一本の巨大な陽線。
まるで天を貫く塔のようにそびえていた。
「……勝ったのか?」
レイさんが息をつく。
「あたし……ほんとに……?」
その時、小型デバイスが震えた。
画面には――
《+2.3% 含み益》
「ふふっ……やった……!」
涙があふれた。
でも、まだ終わりじゃない。
市場は明日も続く。相場は常に変わる。
レイさんが剣を地面に突き刺し、静かに言った。
「サキ。覚えとけ。儲けは一瞬。だが、生き残りがすべてだ」
「うん。次は……もっと上手くやります」
「買い増しした分は、朝一で売るんだ」
夜風が吹いた。
遠くで、誰かが笑っている。
宿屋《えっくす》の看板がきしんで鳴った。
その音はまるで、こう言っているようだった。
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なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
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