東証バトルロワイヤル

人妻あず。

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第二章

教団潜入!?あの人再び

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 「で、なんでサキがいるんだ?」

 レイがこめかみを押さえていた。

 ここは──ベア教団の総本部、“ベア神殿”の前。
 目の前には、巨大な熊の石像。
 いや、熊っていうか、相場暴落の権化みたいなヤツ。
 両目には赤いルビーがはめ込まれ、口からは霧のような煙をぷしゅうと吐いている。
 吐息、めっちゃ冷たい。冷気が肌を刺す。
 石畳の床は黒鉄色、柱は禍々しいほどに光を反射していて、全体が陰鬱な金属音を放っていた。
 ──荘厳?いや、どう見ても悪の総本山だ。

 「だって、社会勉強?」
 あたしはペロッと舌を出した。

 「社会勉強でカルト本部に来るな!」
 レイが怒鳴る。
 「リンとギルドで待ってろって言っただろ!」
 「いやあ、気になっちゃって……。どんなブラックな職場なのかな~って」
 「お前は取材記者か!」

 「まあまあアニキ!いいじゃないっすか。にぎやかな方が楽しいですよ!」
 茶髪の美少年ソウマがニッコリ笑う。

 「楽しいのはお前らだけだ!」
 レイががっくりと肩を落とした。

 「で、リン先生は来ないの?」
 あたしが聞くと、レイは肩をすくめる。
 「リンはアナリストだ。分析と研究が専門だし、こういう突入系は苦手なんだ。弱いわけじゃないけどな」
 「姐さんは頭脳派なんですね! マサチューセッツ工科大学出てるとか!」
 「いや今それ要るか!?遠足みたいなテンション辞めろ!」
 レイが頭を抱えた。
 「いいか、お前ら。できるだけ穏便に済ませる。ソウマのデバイスを取り戻すだけだ」
 「うん!」
 「了解ですアニキ!」
 「……ほんとにわかってるのか?」
 レイの声が遠い。
 重厚な両扉を押し開けると、冷気が一気に吹き出した。
 中は大理石の大広間。
 床には金線で描かれたチャート模様がびっしり。
 天井には巨大なスクリーンのような魔法陣が浮かび、株価の波が赤と緑で明滅している。
 壁一面に、暴落グラフを背負った熊のレリーフ。
 ろうそくの代わりに、ろうそく型のLEDチャートが灯っていて、点滅のたびに数字が変わっている。
 
 「悪趣味……でも金かかってるわね」
 「まあ、信者のお布施だな」
 レイがぼそっと言う。

 「おやおや。こんなに早く来ていただけるなんて光栄ですねえ」

 階段の上から、あのローブの男が現れた。
 昨日、勧誘パンフレットを配っていた“あいつ”だ。

 「二名様ご入会、ありがとうございます。頑張りましたね、ソウマくん」

 「へへへへ……」

 ――ちょっと待て。なんで笑ってんのソウマ?

 「おい、どういうことだ」
 レイの声が低くなった。

 「“閃光のロング”を連れてきたらデバイス返して自由にしてくれるって、教主が言うから……悪く思わないでくれよ」
 「……罠、か」
 「ごめんよ、アニキ」
 一瞬、ソウマの笑顔が完全に消えた。
 あの澄んだ瞳が、氷みたいに冷たく光った。
 ぞくっと背筋が震える。

 「サキ!逃げろ!」
 「無理よ!レイ置いて逃げられるわけないじゃない!!」
 「いいから行け!」
 「嫌よ!だって……!」
 ──あたしの足は、もう勝手にレイの隣に立ってた。


 「お嬢さんには悪いんですがねぇ、我々にも事情があるんですよ」

 そう言って、男は両手で自分の顔を覆った。
 ぺりぺりぺり……!

 「ぎゃああっ!?なに剥がしてんの!?皮!?」

 顔の下から現れたのは――

 「ロイ町長!?」

 コインの町で見た、あのインチキくさい町長だった。

 「お久しぶりですねぇ、サキさん。ずいぶん大きくなられて……最初は社会科見学の小学生かと思いましたが」
 「誰が小学生だあぁぁぁ!」
 『ぶっ』
 ソウマとレイが同時に吹き出した。
 そこ、笑うな。

 「まあ冗談はさておき、レイ・キムラさん」
 「……!」
 レイの目が鋭くなる。
 「私と手を組みませんか?」

 「は?」
 「あなたの力と私の求心力が合わされば、東証を思いのままにできる。小銭のトレードバトルなど不要ですよ。あなたは“市場の王”になれる」

 「悪いが、王とか興味ねぇ」
 レイが短く切り捨てた。

 「仕方ありませんねぇ。では、身柄だけでも預からせてもらいましょう」

 ロイ町長の周囲に、緑のチャート線が浮かび上がった。
 「チャート魔法陣、展開」
 魔法陣が走り、神殿全体がうねる!

 「逃げるぞ、サキ!」
 レイがあたしの腕を引く!
 「う、うん!」

 右手に大剣を出し、レイがチャート線を叩き斬る!

 「すばしっこいですねぇ」
 追いかけてくるロイ町長。
 でも、もう出口は近い──!

 「ベア魔獣、召喚!」

 どおおぉぉん!!
 地面が爆ぜた。
 巨大な黒熊が、神殿の外に現れた!

 「ソウマ……あんた!」
 「言っただろ?俺、ショーターなんだ」
 「昨日のベア魔獣も……お前の仕業か!」
 「わざと苦戦するの、大変だったよ~」
 「この裏切り野郎っ!」

 「チャート魔法陣起動!チャートブレード、オン!」
 レイの足元に、赤い光の魔法陣が広がる。
 レイの大剣が紅蓮に輝き、空気が震えた。

 「サキ!構えろ!」
 「チャートモード起動!……チャートブレードー、起動!!」

 ぱぁっ!
 あたしの周囲に、小さなチャート魔法陣がぽわぽわ浮かぶ。
 おもちゃみたいな剣が手に収まった。

 「……本当に初心者なんだねぇ、”閃光のロング”と一緒ならもう少し使えるのかと思ったけど」
 ソウマが呆れ顔で笑う。
 「うるさい!」

 「ソウマくん、殺すのはダメですよ。仲間になってもらうのが目的ですからねぇ」
 「はーい。じゃあ軽く遊ぶだけね、教主♪」
 ロイ町長は神殿の奥に消えていった。

 「いけっ!ベア魔獣!」

 咆哮。
 鼓膜がビリビリ震えた。
 「ぎゃあっ!音量下げろこのクマァ!」

 空気が震え、天井のLEDが一斉に弾け飛んだ。

 「サキ、下がれ!こいつは──」
 「大丈夫!足元狙えばいいんでしょ!」
 「おいそれ単純すぎ──」

 ズバァッ!!
 爪が降り下ろされ、レイが紙一重で避ける。
 「おしゃべりしてる暇ないよぉ?」
 ソウマが笑う。

 「てめぇ!」
 レイが斬り返す! 一閃!

 だが──ベア魔獣が、攻撃を“避けた”。

 「っ!? 避けやがった!?」
 「俺が作った魔獣だからね、意のままさ」

 「つまりお前を倒さなきゃ終わらねぇってことだ!」
 「正解っ!」

 チャートブレードがぶつかる!
 レイの紅とソウマの緑がぶつかり合い、火花が散る!

 「くっ……速い!」
 「油断したでしょ?素人のフリしてたんだよ~!」
 ソウマの瞳が緑に輝き、口角が吊り上がる。
 “子供の顔”が完全に消えていた。

 ――嫌な予感。

 「レイ!後ろ!!」

 ベア魔獣の爪が、背後から襲い掛かる!
 あたしは走り出していた。

 「だめぇぇぇ!!」

 ちっぽけなチャートブレードで、魔獣の足を突く!

 「ぐおぉぉぉぉぉぉ!!」
 ベア魔獣がのけぞる!

 「や……やった!?」

 「サキ!上だ!!」

 「え?」

 見上げると、爪が――もう、目の前に迫っていた。
 時間が止まったみたいだった。
 レイの叫び、ソウマの目、崩れる神殿の光。
 全部スローモーション。

 「――あ」

 光が弾け、衝撃が全身を貫いた。
 血の味が広がる。
 視界がゆがみ、世界がゆっくり沈んでいく。

 「サキィィィィィィィ!!!!!」

 レイの叫びが、遠くで響いた。
 あたしの意識は、闇の底に落ちていった。
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