東証バトルロワイヤル

人妻あず。

文字の大きさ
21 / 33
第二章

白日暴露!?秘密と知恵の実

しおりを挟む
 静寂。
 音が――やんだ。

 目を開けると、そこは薄暗い室内闘技場。
 壁の照明が弱々しく灯り、濡れた床が光を反射している。
 湿った空気が肺を刺し、鉄の匂いが鼻をかすめた。

「ここは……?」

「教団の地下闘技場ですよ。サキさん」

 ロイ町長の声。
 あの、柔らかくも底の見えない声だった。
 ゆっくりと振り向くと、彼はいつものように、薄く笑っていた。
 笑みの奥の瞳だけが、妙に静かだった――まるで光を拒む鏡のように。

 反対側の壁。
 そこに、人影が立っていた。

 あれは―――。

「……レイ!」

 長身、黒髪、年季の入ったベアアーマー。
 そして――あの優しい目。
 間違いなく、レイだった。

「サキ! なんでここに……」
 驚いた顔で目を見開くレイ。

「もう騙されてはいけませんよ。彼は、あなたの“敵”です」
 ロイ町長が、耳元で囁いた。
 声はやわらかいのに、音の温度がまるでない。

「騙されるな、サキ!」
 レイの叫びが空気を震わせた。

「騙していたのは……どっち?」
 喉から、搾り出すように声が出た。
 胸の奥が焼ける。指先が冷たい。

「いつから気づいてたの……? あたしがケンジ・トウジョウの娘って」

「ギルドに登録したとき……まさかとは思ったが……牢で確信したよ」
 レイの声には、痛みが滲んでいた。

「知らないふりですか……悪い男ですねぇ」
 ロイ町長が、あいかわらず薄く笑った。

「私は最初に会った時すぐ分かりましたよ。その目――お父様にそっくりですから。
 サキ・トウジョウさん」

 “トウジョウ”の響きが、刃のように空気を切り裂く。
 心臓が跳ねた。

「ロイ町長も……全部、知って……」
 あたしは目を見開いた。

「お父様の仇を討つには――絶好の舞台ですよ。ここは。
 邪魔なお仲間も来ませんし」

「バカなことを言うな、ロイ!」
 レイの怒声が飛ぶ。

「仇を……討つ?」

「そう。あなたはそのためにこの世界に来たんでしょう? サキさん」

 胸の奥で、何かが軋んだ。
 ……そうか。ここでレイを討てば、あたしの復讐は終わる。
 一瞬、世界が止まった。

「――チャートブレード、オン!」

 あたしの声に応じ、デバイスが光を放つ。
 右手に、小さな剣――だけど、その刃は震えるあたしの心みたいに尖っていた。

「サキ! バカな真似はよせ!」
「バカにすんなぁッ!」

 あたしはレイに切りかかった。
 風を裂く音。火花。
 レイはひらりとかわす。

「やめろ! ロイの言うことなんか聞くな!」
「うるさい! あたしはもうだまされない!」

 めちゃくちゃに切りつける。
 けれど、一つも当たらない。
 レイは攻撃を避けるたび、悲しそうに眉を歪めていた。

「はぁっ……はぁっ……」
 肩で大きく息をつく。

「なかなかすばしっこいですねぇ……」
 ロイ町長の声が背中にまとわりつく。
「仮に捉えても、サキさんのミニ剣じゃ――傷をつけるのが精いっぱいでしょう」

「うるさい!」
 叫ぶ声が掠れる。

「ふふ……頑張っているサキさんに、プレゼントがありますよ」

 ロイ町長は不敵に微笑んだ。
 その右手の上に、赤と緑が交互に瞬く――小さなリンゴ。

「それ……!」
 まさか――。

「ロイ! やめろ! サキ! それに触るな!」
 レイの声が、悲鳴のように響いた。

「“知恵の実”――ご存じでしょう?」
 ロイ町長が、穏やかに笑う。
 しかしその目は、底なしの闇を湛えていた。

「あなたに、過去に復讐する力を」

「サキ! それだけはダメだ! 呪われるぞ!」
「あたし……」

「チャートブレード、オン!」

 レイがデバイスを変形させ、紅蓮の大剣を構える。
 闘気が空気を裂いた。

「ロイ――ッ!!」
 斬りかかるレイ。

 だがロイ町長は、ただ一歩。
 滑るようにかわした。
 次の瞬間、まるで手品のように――〈知恵の実〉が、あたしの手に渡っていた。

 赤と緑の光が、あたしの指先をなぞる。
 心臓の鼓動と同じリズムで、脈打っていた。

「……一口齧るだけで、あなたは目的を遂げられます」
 ロイ町長の声がやさしく響く。だけど瞳はまるで爬虫類のように光っていた。
「ダメだサキ! そいつを捨てろ!」
 レイの声が震えている。
 その震えが、あたしの胸の奥にまで響いた。

 あたしの指先も――震えてる。
 寒い。怖い。
 止められないなにかが心の奥でひび割れて、
 そこからこぼれた熱が、涙と笑いを一緒に連れてきた。

「……ははっ」
 声が漏れた瞬間、頬を伝うのは熱いのか冷たいのか、もうわからない。
 涙があふれるたび、唇が勝手に笑みの形を作る。
 ぐちゃぐちゃだ。自分でも、わけがわからない。

 でも――笑うしかなかった。
 人を信じて傷つくのも、無力さを憎んで苦しむのも、
 どっちももう、限界だった。

「あたし……強くなりたい」
 声が掠れた。
 嗚咽の間から、無理やり押し出した言葉。

 弱い自分はもう嫌だ。
 泣いて、笑って、壊れて――それでも前に進みたかった。

 ――シャリ。

 一口、齧った。

 歯に当たった果肉が、不気味に柔らかい。
 果汁が舌の上に広がった瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
 熱が、光が、音が、あたしの中で暴れ出す。

 ぶわっ――。
 その瞬間、あたしの全身を青白い光が包み込む。
 痛み。熱。冷気。すべてが同時に流れ込む。
 骨の一つ一つが軋み、視界が反転する。

「サキィィィィィィィィ――――ッ!!」

 レイの絶叫が、闘技場の壁を震わせた。
 ロイ町長の笑みだけが、
 最後まで――崩れなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

追放された俺、悪魔に魂を売って全属性魔法に覚醒。悪魔契約者と蔑まれるが、まぁ事実だ。勇者? ああ、俺を見下してたやつな

自ら
ファンタジー
灰原カイトのスキルは【魔力親和】。評価F。 「外れスキル」の烙印を押された彼は、勇者パーティで三年間、荷物を運び、素材を剥ぎ、誰よりも早く野営の火を起こし続けた。 そして、捨てられた。 「お前がいると、俺の剣が重くなる」 勇者が口にした追放の理由は、侮蔑ではなかった。恐怖だった。 行き場を失ったカイトの前に、一人の悪魔が現れる。 「あなたの魂の、死後の行き先をちょうだい。代わりに、眠っている力を起こしてあげる」 病弱な妹の薬代が尽きるまで、あと十日。 カイトは迷わなかった。 目覚めたのは、全属性魔法――歴史上、伝説にしか存在しない力。 だがその代償は、使うたびに広がる魔印と、二度と消えない「悪魔契約者」の烙印。 世界中から蔑まれる。教会に追われる。かつての仲間には化け物と呼ばれる。 ――まぁ、その通りだ。悪魔に魂を売ったのは事実だし。 それでも。没落貴族の剣姫と背中を預け合い、追放された聖女と聖魔の同時詠唱を編み出し、契約した悪魔自身と夜空の下で笑い合う日々は、悪くない。 これは、世界の「調律者」だった男が、その座を追われてなお、自分の手で居場所を作り直す物語。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

処理中です...