24 / 33
第二章
黒煙眼窩!?ロスゴーレムとチキンスープ
しおりを挟む
――――また、あの夢だ。
「チャートブレード、オンッ!!」
あたしは叫びながら、光る刃を構える。
目の前には――黒煙をまとったロス・ゴーレム。
眼窩の奥で、チャートがうねるように蠢いていた。
「サキ……ごめんな……父さん、株で負けちまったよ……」
父さんの声が聞こえる。
胸が痛い。あたしのせいじゃないのに。あたしのせいみたいで。
「あたしは負けない! 負けたくないのよぉッ!!」
おおおおおおおお!!
ロス・ゴーレムが咆哮し、ビルの影みたいな拳を振り上げた。
あたしはチャートブレードを振りかざし、光の波を放つ――!
――その時。
「リバース・インフェルノォォォォ!!!」
空間が裂けた。
紅蓮の炎が走り、ロス・ゴーレムの巨体を一刀両断!
あたしは思わず目を見開く。
「あなたは……誰……?」
火の粉の向こうから歩み出た男の顔は――
「レイ!」
その名を叫んだ瞬間、視界が白くはじけた。
「――サキ、サキ!」
声がする。
目を開けると、見覚えのある天井があった。
「……ギルドの、研究棟?」
白いカーテン、薬草の匂い、古びた木の壁。
あたしが飛び出したあの場所に、また戻ってきたのか。
「やっと目が覚めたみたいね、サキ」
優しい声。リン先生がベッドの脇に座っていた。
「覚えてる? あなたすごい高熱だったのよ。ここに着いた時はもう意識が朦朧としててね。三日間、ずっと眠りっぱなしだったの」
先生の手がまたおでこに触れる。
ひんやりして、気持ちいい。
「まだ少し熱があるわね。薬、飲める?」
「……はい」
上体を起こすと、全身がズキンと痛んだ。
喉は焼けるみたいに乾いていて、腕が自分のものじゃないみたいに重い。
リン先生が渡してくれた粉薬を水で流し込む。
苦い。でも、妙に懐かしい味だった。
「レンは……?」
「あの後、無事に解放されたわ。今は“えっくす亭”に泊まってる。ソウマもね」
「……そっか。よかった」
本当によかった。やっと息ができた気がした。
「レンに聞いたわ。”知恵の実”齧ったんですって?」
リン先生があたしをじっと見た。
「ずいぶん無茶したわね。……で、才能は?」
「……チャート魔法陣の解読、です」
「ふぅん。で、代償は?」
「……家族の、楽しかったころの記憶です」
あたしは小さく笑ってみせた。
笑ってるのに、胸の奥が冷たくなっていく。
「全部なくなったわけじゃないのね?」
「はい……でも、中途半端で、余計に辛いです」
リン先生は腕を組んで小さく唸った。
「失くしたものは取り戻せない。でも――前には進めるかもしれないわ」
「え?」
その言葉の意味を聞く前に、彼女はにっこり笑った。
「まずは、しっかり食べなきゃ。食欲は?」
「全然……ないです」
「もう、これだから若い子は! 女の子は少しくらいお肉ついてた方が可愛いのに」
「それジェンダー差別です」
「そう?」
ふっと笑うリン先生。その笑顔に、少しだけ心が和らいだ。
「ちょっと待っててね」
ぱたぱたと部屋を出ていった先生が、しばらくして鍋を抱えて戻ってきた。
ふわっ――と湯気が広がる。
鼻をくすぐる香り。
黄金色のスープの中で、チキンとショウガ、香草がほろほろと揺れていた。
「ほら、これならいけるでしょ」
スプーンで一口すくって、口に運ぶ。
……あたたかい。
舌の上でとろけるチキンの旨味。
ショウガの香りが喉を抜けて、空っぽの胃にじんわり広がっていく。
それが、冷え切ってた心まで溶かしてくれるみたいで――
「これ……おいしいです」
「ふふ、よかった」
リン先生がほっと息をつく。
その笑顔が、少しだけ母親みたいで。胸がぎゅっと締めつけられた。
「これねぇ……レイが作ったのよ」
「……えっ?」
あたしはスプーンを落としそうになった。
「看病も自分がやるって言い張ってたんだけどね、あんなことがあった後じゃ混乱するだろうと思って、私が付くことにしたの。レイは“サキが目を覚ましたらこれを”ってえっくす亭の厨房借りてスープ煮込んでたわ」
「レイが……」
信じられなかった。
あたしの仇のはずなのに。あたし、あの人を――
「愛されてるのねぇ」
リン先生が冗談めかして笑った。
どうして。
そんな優しさを向けられる資格なんて、あたしに――
「すぐに会えとは言わないわ。でも、動けるようになったら真実を見たほうがいい。前に進むためにね」
先生がウインクする。
「……はい」
「さ、もう少し寝なさい。まだ熱、下がってないんだから」
「はぁい」
あたしはベッドに身を沈めた。
体の芯がまだじんじん熱い。
でも、スープの温かさがその熱を優しく包み込むみたいで――
まぶたが重くなっていく。
あたしは、もう一度、深い夢の底へ落ちていった。
「チャートブレード、オンッ!!」
あたしは叫びながら、光る刃を構える。
目の前には――黒煙をまとったロス・ゴーレム。
眼窩の奥で、チャートがうねるように蠢いていた。
「サキ……ごめんな……父さん、株で負けちまったよ……」
父さんの声が聞こえる。
胸が痛い。あたしのせいじゃないのに。あたしのせいみたいで。
「あたしは負けない! 負けたくないのよぉッ!!」
おおおおおおおお!!
ロス・ゴーレムが咆哮し、ビルの影みたいな拳を振り上げた。
あたしはチャートブレードを振りかざし、光の波を放つ――!
――その時。
「リバース・インフェルノォォォォ!!!」
空間が裂けた。
紅蓮の炎が走り、ロス・ゴーレムの巨体を一刀両断!
あたしは思わず目を見開く。
「あなたは……誰……?」
火の粉の向こうから歩み出た男の顔は――
「レイ!」
その名を叫んだ瞬間、視界が白くはじけた。
「――サキ、サキ!」
声がする。
目を開けると、見覚えのある天井があった。
「……ギルドの、研究棟?」
白いカーテン、薬草の匂い、古びた木の壁。
あたしが飛び出したあの場所に、また戻ってきたのか。
「やっと目が覚めたみたいね、サキ」
優しい声。リン先生がベッドの脇に座っていた。
「覚えてる? あなたすごい高熱だったのよ。ここに着いた時はもう意識が朦朧としててね。三日間、ずっと眠りっぱなしだったの」
先生の手がまたおでこに触れる。
ひんやりして、気持ちいい。
「まだ少し熱があるわね。薬、飲める?」
「……はい」
上体を起こすと、全身がズキンと痛んだ。
喉は焼けるみたいに乾いていて、腕が自分のものじゃないみたいに重い。
リン先生が渡してくれた粉薬を水で流し込む。
苦い。でも、妙に懐かしい味だった。
「レンは……?」
「あの後、無事に解放されたわ。今は“えっくす亭”に泊まってる。ソウマもね」
「……そっか。よかった」
本当によかった。やっと息ができた気がした。
「レンに聞いたわ。”知恵の実”齧ったんですって?」
リン先生があたしをじっと見た。
「ずいぶん無茶したわね。……で、才能は?」
「……チャート魔法陣の解読、です」
「ふぅん。で、代償は?」
「……家族の、楽しかったころの記憶です」
あたしは小さく笑ってみせた。
笑ってるのに、胸の奥が冷たくなっていく。
「全部なくなったわけじゃないのね?」
「はい……でも、中途半端で、余計に辛いです」
リン先生は腕を組んで小さく唸った。
「失くしたものは取り戻せない。でも――前には進めるかもしれないわ」
「え?」
その言葉の意味を聞く前に、彼女はにっこり笑った。
「まずは、しっかり食べなきゃ。食欲は?」
「全然……ないです」
「もう、これだから若い子は! 女の子は少しくらいお肉ついてた方が可愛いのに」
「それジェンダー差別です」
「そう?」
ふっと笑うリン先生。その笑顔に、少しだけ心が和らいだ。
「ちょっと待っててね」
ぱたぱたと部屋を出ていった先生が、しばらくして鍋を抱えて戻ってきた。
ふわっ――と湯気が広がる。
鼻をくすぐる香り。
黄金色のスープの中で、チキンとショウガ、香草がほろほろと揺れていた。
「ほら、これならいけるでしょ」
スプーンで一口すくって、口に運ぶ。
……あたたかい。
舌の上でとろけるチキンの旨味。
ショウガの香りが喉を抜けて、空っぽの胃にじんわり広がっていく。
それが、冷え切ってた心まで溶かしてくれるみたいで――
「これ……おいしいです」
「ふふ、よかった」
リン先生がほっと息をつく。
その笑顔が、少しだけ母親みたいで。胸がぎゅっと締めつけられた。
「これねぇ……レイが作ったのよ」
「……えっ?」
あたしはスプーンを落としそうになった。
「看病も自分がやるって言い張ってたんだけどね、あんなことがあった後じゃ混乱するだろうと思って、私が付くことにしたの。レイは“サキが目を覚ましたらこれを”ってえっくす亭の厨房借りてスープ煮込んでたわ」
「レイが……」
信じられなかった。
あたしの仇のはずなのに。あたし、あの人を――
「愛されてるのねぇ」
リン先生が冗談めかして笑った。
どうして。
そんな優しさを向けられる資格なんて、あたしに――
「すぐに会えとは言わないわ。でも、動けるようになったら真実を見たほうがいい。前に進むためにね」
先生がウインクする。
「……はい」
「さ、もう少し寝なさい。まだ熱、下がってないんだから」
「はぁい」
あたしはベッドに身を沈めた。
体の芯がまだじんじん熱い。
でも、スープの温かさがその熱を優しく包み込むみたいで――
まぶたが重くなっていく。
あたしは、もう一度、深い夢の底へ落ちていった。
0
あなたにおすすめの小説
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる