愛恋の呪縛

サラ

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第9話

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 (日向!!!!!)



 魁蓮の隣を横切ることが出来た瀧は、真っ直ぐに日向へと向かう。
 日向は未だに目を覚ますことなく、地面に横たわっている。
 磔にされるよりはマシだ。



「っ!」



 速度を落とすことなく、瀧は流れるように日向を横抱きで抱き上げた。
 日向はすっぽりと瀧の腕の中に収まり、ぐったりとしている。
 瀧は日向を抱えあげた後、霊力を全身に巡らせた。

 ここからは、時間との勝負だ。



「凪!!!!!!」



 後ろで構えていた凪に、瀧は名前を呼んで合図を送る。
 かすかに聞こえた瀧の声に、凪は内心安堵しながらも、少し遠回りをしながら瀧の元へと向かった。
 先程投げた捕縛紐は、どうなったのか分からない。
 砂埃の中に入った途端、見えなくなった。
 何が起きているのか理解する前に、この場から逃げる。



「瀧!行こう!」



 やっとの事で合流した2人は、日向が腕の中にいることを確認し、魁蓮から距離を取った。
 攻撃が飛んでくるかもしれない、先程と同じ鎖のようなものが来るかもしれない。
 その恐怖と不安に抗いながら、ただ安全な場所へと向かう。
 全ては、日向のために。

 でも不思議なことに、何も起きなかった。
 たった数秒でも長く感じるこの戦い。
 その数秒すら、魁蓮は何もしてこない。
 予想外のことだ。



 (何も……してこない?)



 瀧の戦闘脳は、ここで何か反抗してくるものだと考えていた。
 だが、読みは外れてしまった。
 必死に頭を動かし、起きる可能性がある未来を予測する。
 相手は、魁蓮だ。
 予想の斜め上を当たり前のように飛び越えてくるだろう。



「一旦突っ切るぞ!凪!」

「了解!」



 予想の斜め上。
 それは、突然にやってきた。





「趣旨を履き違えるな」

「「っ!!!!!」」



 

 真っ直ぐ走り続けていた2人の視界に、瞬きの一瞬で現れた姿。
 ニヤッとした不気味な笑みを浮かべ、2人を見つめる。
 圧倒的余裕、圧倒的強さ。
 そして、圧倒的な速度。



「なぎっ」



 瀧が凪に指示を出そうとした瞬間、瀧の顔面を強い衝撃が走る。
 いや、正確には重い蹴りが入ったと言うべきか。
 その一瞬だけ、瀧の全身から力が抜けた。
 そしてそのまま、瀧は凪とは反対方向へと蹴り飛ばされる。
 抱えていたはずの日向は、力が入らずその場にバタッと落ちてしまった。



「瀧ぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」




 視界から突然姿を消した瀧に、凪は恐怖が募った。
 だが、考えている暇はなかった。
 凪はギリッと歯を食いしばり、瀧が離してしまった日向に手を伸ばす。
 しかし。



「動くな」

「っ!!」



 魁蓮の、低いたった一言。
 その一言を合図に、凪の体にガンっと圧がかかった。
 重く大きい岩が何個も積み上げられ、その上から力強く抑え込まれるような、そんな感覚が凪を襲う。
 当然、凪は立っていることすら出来ない。



「う゛っ!!!!!!!」



 ベタンっと地面に倒れ、見えない重圧と地面の挟み撃ちになっていた。
 力を入れれば痛みが走る。
 抵抗しなければ重みで押しつぶされる。
 まさに、生き地獄状態。
 
 目の前には、目を閉じたまま倒れる日向。
 手を伸ばせば届く距離だと言うのに、体は一切言うことを聞いてはくれなかった。
 そして、重圧に耐えられなくなってきた地面が、凪を中心にひび割れていく。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」



 凪の悲痛の叫びが、町に響き渡る。
 その声に反応するかのように、遠くまで蹴り飛ばされていた瀧が、ヨロヨロとよろめきながら戻ってきた。
 その行動には、流石の魁蓮も感心していた。



「神経を全て断ち切るつもりで蹴ったのだが……寸前に霊力で守りを固めたか……良い判断だ」

「はぁ……はあっ、あっ……あ゛っ……はぁ……」

「だが…………無傷ではないなぁ」



 戻ってきた瀧は、頭と口から大量の血を流していた。
 瞬時に全身を霊力で守り、なんとか死を免れる防衛をすることは出来た。
 だが、威力が凄まじかったせいか、衝撃は霊力の守りを飛び越えて、1部瀧の体へと届いていた。
 それが、顎だった。



「っ……あっ……」



 視界は歪み、体は真っ直ぐ立たない。
 顎の骨は複雑に割れたのか、初めて感じる激痛だ。
 おかげで顎は動かず、ただ口が開いたまま。
 崩壊した家の壁にもたれ掛かりながら、瀧は凪を見つめた。



「この仙人もそうだが、貴様は特に優秀だな。何故、それほどの頑丈さと強さを持っているのか……
 ククッ、遊び相手には妥当だな」

「…………………………」



 遠回しに褒めてくる魁蓮の言葉は、今の瀧には届いていなかった。
 壁で塞がれているかのように、ぼやけて聞こえてくる。
 瀧は今、重圧で苦しめられている兄弟を見つめていた。
 あのままでは、圧迫で死んでしまう。
 でも、体が動かない。



 (凪……凪っ…………凪っ…………)

「っ……た、……き…………!!!!!!!!!」



 潰されて、上手く出せない声。
 その声で、凪は瀧の名を呼んだ。
 彼らだけに伝わる、名前だけの合図。



【【逃げて】】



 互いに向けた、同じ合図。
 もう、勝ち目なんてなかった。
 2人で居れば、負けたことなどない。
 1人が無理でも、2人ならやり遂げることが出来た。
 それなのに、今は完敗。
 手も足も出ないとは、このことを言うのだろう。

 その時だった。





「……んっ……」

「「っ!!!!」」




 日向から、掠れた声が聞こえた。
 瀧と凪がそれに気づき、2人は同時に日向へと視線を向ける。
 すると、日向は小さく呻きながら、ずっと閉じていた瞼をゆっくりと開けた。



「……あ、れ……」

「「っ…………!!!!!!!!!」」



 目が覚めたのならば、動かなければいけない。
 瀧は痛みと思考を投げ捨てて、日向へと駆け出した。
 凪も動けない代わりに、霊力で無理やり日向を魁蓮から離す。



「うわっ!!!!!」



 霊力で動かされ、挙句の果てには飛び出してきた瀧に抱き上げられた。
 起きたばかりの日向の頭は、半ば強引に覚醒する。
 日向を抱え上がると同時に、瀧は回し蹴りを魁蓮に食らわせ、少し距離が出来たところで凪の元へと近づいた。
 今の回し蹴りの影響か、凪を押さえつけていた重圧が少し緩み苦しみが和らいだ。



「……瀧……凪……!?」

「はぁ……はぁ……はぁ……」



 抱えあげている瀧の姿を見た日向は、瀧の怪我に驚きを隠せない。
 凪へと視線を落とせば、動けないようだった。
 同様に、凪も怪我をしている。
 そして辺りを見渡すと、美しい町はほぼ崩壊していた。
 加えて、大勢の人が死んでいた。
 地獄絵図だった。



「瀧!!何があったの!?」

「っ……」



 答えたくても、瀧は喋ることが出来なかった。
 瀧は答える代わりに、ギュッと強く日向を抱き寄せる。
 この2人がここまで大きな怪我をしたのは初めてだ。
 ただ事では無い事態に、日向は困惑する。
 だが、よく見れば瀧の顎が割れていた。
 顎が割れているのだと理解すると、日向は抱えていた緊張も恐怖も消え、そっと瀧の顔に触れた。
 そして……



「っ!!!!!!!!」



 瀧は淡い光に包まれる。
 この光は、日向が力を使っている時に現れるもの。
 それを瀧が気づかないわけが無い。



 (よせ!!!!日向!!!!)



 怪我を治してくれるのは有難いこと。
 だが、今するのは間違いなく駄目だった。
 抵抗しようにも、体は激痛で言葉は出ない。
 瀧の意思に気づくことなく、日向はどんどん力を強くしていく。
 その光景を見ていた凪も、瀧と同じ思考だった。


「ひ、なたっ……やめて……今はっ、駄目……!!!」



 その声も、日向は聞こえない。
 ただ、治すことしか頭になかった。
 そして、日向の力のおかげで瀧は全回復する。
 顎も元に戻り、喋ることが出来た。



「っ……良かった。次は凪っ」

「馬鹿っ!!!お前っ!!!」

「えっ?」



 瀧と凪にとっての、最悪の事態。
 ずっと避けてきた、結末。





「小僧……その力はなんだ……?」

「「「っ!!!!!!」」」



 それがついに、現実となった。
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