愛恋の呪縛

サラ

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第88話

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「司雀~、いる~?」



 お昼過ぎ。
 魁蓮が昼寝をすると言って庭から居なくなった後、日向は食堂に顔を出していた。
 辺りを見渡しながら、お目当ての人物を探している。
 すると、その声に反応するように、司雀がひょこっと顔を出した。



「日向様?」

「あ、いた。ねぇ司雀、ちょっと相談あるんだけど」

「?」






















「魁蓮の喜ぶものを教えて欲しい……?」

「うん」



 台所での作業を終えた司雀は、2人分のお茶を用意して椅子に座った。
 日向は司雀と向かい合わせで座って話している。
 司雀はズズっとお茶を飲むと、少し驚いた顔で日向を見つめた。



「なぜ、急に?」

「いやぁ、ちょっと思ったんだけどさ。
 ただ羽織返すだけって、なんか駄目かな~って思っちゃって。お詫びとして、なにか別に渡そうと思ったんだけど。僕、アイツのことよく分かんなくてさ」

「……魁蓮は、そんなこと気にしないと思いますよ?羽織さえ帰ってくれば良い、と考えると思いますが……」

「そうかもしれないけど、僕自身が気にしちゃうんだよね。余計なものかもしれないけど、なんかしないと落ち着かなくて」



 理由はどうあれ、せっかく新調した衣を汚してしまったのだ。
 ただ羽織を返すだけで終わらせるのは、何故か納得いかず、日向は悩んでいた。



「それでさ、色々考えてきたんだよ!
 1個ずつ言うから、大丈夫かどうか聞いて欲しい!」

「は、はぁ……」



 すると日向は、衣から1枚の紙を取りだした。




 
「1つ目は、肉!
 なんかまじで美味そうな動物捕まえて、それを調理して振る舞う!どう?」

「んー、魁蓮は基本なんでも食べますが……
 肉はどちらかと言えば、龍牙が喜ぶものですね」

「えっ、そっか……じゃあ2つ目!武器!
 やっぱ強いやつって、そういうの好きなんじゃない!?アイツが持ってない特別な武器を渡す!」

「魁蓮は、武器は全く扱いませんね」

「うぐっ……3つ目!高級菓子!
 現世の食いもんは、あんまり食べたことないんじゃねえか?その中でも、ちょー有名な菓子をっ」

「菓子に関しては、限られたものしか食べないのです。甘いものは、魁蓮なりに好みがありまして……」

「よ、4つ目!なんかすごい骨董品!
 王たるもの、そういうの意外と好きなんじゃっ」

「あまり、興味は持っていないかと……」

「いいい5つ目!!!衣!
 すげぇ高い素材で作られたやつとかっ」

「す、すみません……基本衣は私が用意することになっていまして……」

「だ、だよねぇ……えっと、えっと……
 も、もしかして……人間の肉とか喜ぶ……?」

「魁蓮は、人間を食べたことはありません」

「えっ!?そーなの!?ああいやそんなことより、他は、他は……ああああ!!!か、肩たたき券!!
 1000年も生きてたら、やっぱジジイっ」

「怒られますよ……?」



 日向は、ガクッと机に突っ伏した。
 分かっていたことだが、こんなにもピッタリな贈り物が見当たらないのだろうか。
 謎が多すぎるが故に、何が喜ぶのかさっぱり分からない。



「アイツ……趣味って概念ある……?
 何が好きなの、まじで…………」

「んー……」



 完全に燃焼しきった日向の代わりに、司雀が顎に手を当て考える。
 すると、あるものが思い浮かんだ。



「手作りの、蓮蓉餡れんようあんの饅頭はいかがですか?」

「……蓮蓉餡の、饅頭?」



 日向は司雀の言葉に顔を上げると、司雀は優しい笑みを浮かべて頷いた。
 蓮蓉餡の饅頭は、魁蓮の好物。
 以前、司雀が教えてくれたことだ。



「でもそれ、いつも司雀が作ってるよね?あんまり特別感ないんじゃ」

「そんなことありませんよ?物の価値は重要ではありません。1番は、日向様の気持ちですから」

「アイツ、そんなの気にする……?」

「ふふっ、それは渡してから確かめてみて下さい」

「……………………」



 日向は視線を外して考える。
 確かに、好物は喜んでくれるかもしれない。
 だが、魁蓮からすれば、いつもの菓子という感覚になることもあるだろう。
 それだけでは無い、日向の手作りとなると食べてくれるのか。



「これは、ちょっとした助言ですが……」



 すると、ずっと黙って考え込んでいた日向に、司雀が優しく語りかける。



「どうか、魁蓮の言葉をそのまま受け取らないでください。薄々気づいていると思いますが、彼は全てを語りません。
 意外と不器用で恥ずかしがり屋ですので、彼が言ったことが全てだと思わないでください。どうか、魁蓮の胸の内まで知っていただけると嬉しいです」

「……胸の内……?」



 (確かに、全然話してくれないとは思うけど……そんな隠すような奴にも見えないけどな……)



 魁蓮が多くを語らないのは、今に始まったことでは無い。
 いつも何を考えているのか分からなくて、どこか1人で遠くへ行ってしまう。
 でも、それが普通なのだと。
 語らずとも、快・不快かどうかはハッキリ言う男だと、日向はそう思っている。



「気遣って言わないなんて、アイツしねぇだろ?」

「さぁ、どうでしょうね」

「……含みのある言い方だなぁ」

「ふふっ」



 日向は小さくため息を吐くと、パンっと両頬を叩いて気合を入れた。



「分かった!僕の手作り蓮蓉餡の饅頭、やってやる!」

「でしたら、少々お待ちください」



 司雀はそう言うと、台所から1枚の紙を持ってきた。



「蓮蓉餡の饅頭の作り方です。これは私なりの作り方なので、良ければ日向様なりに変えていただいて構いませんよ」

「おぉ」



 前からあるのか、紙自体は少し古くなっていた。
 そこにはビッシリと作り方が書かれていて、赤字で重要部分が書き加えられている。
 そして裏には、今まで魁蓮が言ってきた注意点が書き留められている。



 (司雀は、本当にすげぇな……)



 やはり、自分から仕えたいと申し出ただけある。
 彼以上の従者は、きっと居ないだろう。
 肆魔の全員が魁蓮を尊敬しているが、中でも司雀は魁蓮からの信頼も厚く見える。
 ずっと傍にいたからなのだろうか。



「材料は、台所に基本常備していますので。なにかお困りでしたら、いつでもお申し付けください」

「分かった!ありがとう、司雀!」

「ふふっ」



 日向はそう言うと、作り方の紙を持って食堂を出た。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「んー、僕なりの作り方ねぇ……」



 その後、日向は庭に来ていた。
 仰向けで寝転がりながら、じっと作り方を見つめている。
 正直、自分流の作り方というものをしたことが無い。
 料理人など、手の込んだものを見る度に感心してしまうほどだ。



「甘さを強くしたり、食感変えたり?隠し味とかか?というか、蓮蓉餡の饅頭を詳しく知らないな……」



 空に掲げて見てみるも、全く考えが思いつかない。
 そもそも、日向が自分流で作ったものを、魁蓮は食べるのだろうか。
 警戒して触れてもくれなさそうだ。



「んーーどうしようかなーー」



 その時。



「ひ~なたっ!」

「おっ?」



 頭上から聞こえた声に、日向は視線を向ける。
 そこには、満面の笑みで顔を覗き込んでくる龍牙がいた。
 その近くでは、虎珀と忌蛇もいる。



「あれ、3人ともどうしたん?」

「日向がここにいるの見つけてさ、来ちゃった!」

「バカ龍が寝不足だから、寝かせようとしているんだが……人間に会いたいと駄々をこねた……」

「僕は、さっきたまたま会ったから一緒に来ただけだよ」

「そうなんだ。てか龍牙、寝てないんだろ?ちゃんと寝ないといけんよ?」

「大丈夫だって!日向に会ったら元気出た!」

「そんなこと言わなくていいから。ほら、隣座って?治しちゃる」

「わぁぁ!やったぁぁ!」



 日向は体を起こすと、作り方の紙を傍らに置いて、隣に座った龍牙の手を握る。
 そして、ゆっくりと力を込めていった。
 すると、日向の置いた紙に気づいた忌蛇が、その紙を手に取る。
 虎珀も流れるように、忌蛇と一緒に覗き込んだ。



「蓮蓉餡の、饅頭?」

「あっ」



 忌蛇の疑問の声に、日向は龍牙の治療をしながら反応する。



「日向、これなに?」

「あー、実はさ。僕、アイツの羽織を汚しちゃって。お詫びとして、それを作って渡そうと思ってさ」

「アイツって、魁蓮さん?」

「そうそう。アイツの好きなもんとか喜ぶもん知らないから、司雀に相談したの。そしたら、それがいいんじゃないかって。よし、終わったよ龍牙」

「ありがと!」



 龍牙の治療を終えると、龍牙はいつものように後ろから日向に抱きついた。
 寝不足の気だるい感覚も消え、いつもの絶好調な龍牙に戻っている。



「一応、今回はそれを渡すつもりなんだけどさ。
 みんな、アイツの好きなもんとか知ってる?」



 日向が聞くと、虎珀と忌蛇は眉間に皺を寄せ始めた。



「魁蓮様の、好きなもの……」

「そもそも、魁蓮さんって趣味があるのか分からないよね……?」

「言われてみれば……なんてことだ、魁蓮様のことをこんなにも知らないとはっ……俺としたことがっ……」

「僕たち、戦力外にも程があるよね……」

「あー、いや、ごめん。聞いた僕が悪かった。2人とも、そんな難しい顔しないで、ごめんって」



 日向が慌てて止めると、龍牙が何かを思いついたように「あっ!」と声を上げた。



「なあなあ!日向のために、魁蓮の情報交換しようぜ!
 題して……魁蓮のこと、もっと知ろう大会!!!」

「なにそれ……」
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