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第186話
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異型を殺した後、魁蓮は現世に戻ってきた。
自分で作り上げた空間も壊し、張っていた黒い結界も消した。
町はすっかり崩壊しきっていて、無駄に静かに感じる。
魁蓮がゆっくりと町を見渡していると……
「鬼の王」
「………………」
ふと、背後から声がした。
魁蓮が横目で振り返ると、そこには凪と楊がいた。
凪はどこか安心したような表情を浮かべている。
「……倒したのか」
「あぁ」
凪の質問に、魁蓮は面倒そうに答える。
思えば、もう少し早く殺しても良かったのかもしれない。
奥義を使うほどの相手ではなかったのではと思い、魁蓮はため息を吐いた。
「はぁ……疲れた、帰る」
魁蓮は、まるで子どものようなことを口にする。
久々に発動した奥義は、流石の魁蓮でも疲れが出てしまったようで、今はとにかく眠りにつきたかった。
魁蓮はくわっとあくびをすると、楊に視線を向けて、「帰るぞ」と目で合図する。
その思いが伝わったのか、楊は体をいつもの大きさに戻し、颯爽と魁蓮の肩へと乗ってきた。
「黄泉へ帰る。後は好きにしろ」
魁蓮は適当にそう流すと、黄泉へ瞬間移動しようと妖力を込める。
だが……
「あ、待って!」
凪が、慌てて呼び止めた。
魁蓮はギリっと凪を睨みつけると、凪は何やら慌てた様子で衣の中を漁っていた。
「頼みがあるんだ」
凪はそう言うと、衣の中から何かを取り出す。
出てきたのは、綺麗に包装された箱。
その箱には、「小夏茶屋」という文字があった。
魁蓮が片眉を上げて見つめると、凪が優しい笑みを浮かべる。
「これ、拠点の近くの茶屋で売られている大福で、日向の大好物なんだ。あの子、毎月食べに行くほどこの大福が大好きでね。でも、ここ半年は黄泉にいて、茶屋にも行けてないだろうから……。
よかったら、日向に渡してくれないか?」
「は?」
凪の頼みに、魁蓮は間抜けな声が出る。
それはいわゆる、おつかいだ。
そしてそのおつかいを、鬼の王が頼まれている。
はたから見ればかなり面白く、肝が冷える展開だ。
これには楊も驚きを隠せず、大福が入った箱と魁蓮を交互に見比べている。
しかし凪は、満面の笑みを浮かべていた。
「実はさっき、森で会った時に渡そうと思っていたんだけど……こんなことが起きたから、渡しそびれてしまって。だから、今渡すよ」
「おい、話を進めるな餓鬼。
我は1度も頼みを受けるとは言っていない」
「えっ?だって、黄泉に帰るんだろう?なら日向もいるじゃないか。渡すだけでいいんだよ」
「断る。異型に関してのことならば、手を貸してやらんこともない。
だがそれ以外で手を貸すことは断じて無い」
それに魁蓮は、しばらく日向と話していない。
一体、どうやってこの大福を渡せばいいと言うのか。
考えるだけでも面倒になり、余計にこの頼み事を受けたくなくなってしまう。
魁蓮がぷいっと顔を背けると、凪はうーんと考え込むと、ハッと何かを思い出す。
「そっか、やっぱり駄目か。
この大福を我慢して我慢して我慢し続けて、いよいよ爆発してしまった日向を宥めるの、結構大変なのになぁ」
凪は、魁蓮に聞こえるくらいの声量で発した。
凪が思いついた作戦は……
大福を食べ損ねた日向は大変だ!と思わせる作戦。
地味だが、相手によってはなかなか効果がある。
ちょっとした子供だましみたいなものだった。
「もう手をつけられないくらい大変なんだよなぁ~。大福禁止に我慢できなくなった途端、ギャンギャン大泣きして、仙人が1人も眠れず寝不足になったこともあったし。別の時は、拗ねまくって口を聞いてくれなかったり。また別の時は、仙人が大切にしている宝や大切なものを壊しまくったり。
いやぁ、ずっと日向を見てきた私たちでさえ、大福無しの日向を宥めるのは、本っ当に骨が折れたなぁ」
もちろん、全て嘘である。
毎月食べに行くほど大福が好きなのは事実だが、日向は大福が食べられないからと暴れまくるような子では無い。
今凪が言っている話は、全て作り話だ。
魁蓮に大福を届けてもらうための。
「もう本っ当に大変!それに、あの子は不思議な力を使うだろう?それも相まって宥めるのはキツい!
でも……大福をあげた時の日向の表情と言ったら、これまたもう可愛くて可愛くて!天地がひっくり返りそうなほどの衝撃を受けてしまうよ!あの可愛い反応は、男だろうと女だろうと惚れてしまうかもねぇ!その反応が見れないなんて、鬼の王勿体ない!」
「っ………………………………」
(いやぁ、流石に無理か……?)
ここまで言ってはみたものの、正直凪は自信が無かった。
明らかに分かる嘘のような話に、作り話満載の内容。
大間抜けでも見抜けるほど、嘘だらけの話だ。
そんな話を、あの鬼の王が受け入れるはずがない。
凪はそう考えていた。
しかし…………。
バシッ!!!!!
「っ!」
べらべらと話す凪の手から、魁蓮は無理やり箱を奪い取った。
そしてその箱を、魁蓮は足元に作り出した影に、ボトッと落とす。
突然の魁蓮の行動に、凪はポカンとしていた。
「……えっ、急にどうした」
「大福1つでそこまで面倒になるとは……全く、どれほど餓鬼なんだ、あの小僧は……」
「えっ……」
「だが、大福如きで機嫌がなおるならば……それに越したことはない」
(まさか、今の話信じたのか!?)
凪は、魁蓮の反応に衝撃を受けた。
何度も言うが、大間抜けでも見抜けるほど、嘘だらけな話だ。
そんなのありえない、という話ばかりだったというのに……
まさかの鬼の王が、その嘘話を信じている。
(お、鬼の王って……結構、天然なのか……?)
そんな魁蓮の様子を隣で見ていた楊は、少し困惑した様子で魁蓮に語りかける。
そして魁蓮は、楊の言葉に小声で返した。
『ちょっ、主君。よろしいのですか?仙人の頼みを受けるなんてっ』
「良い」
『で、ですが、仙人ですよ?』
「良いと言っている」
『ど、どうしてですか。確かに、日向殿が喜ぶのは嬉しいことです。それに、大福が大好物だなんて知りませんでしたし。どんな反応をするのか楽しみではありますが…………』
「……………………」
『……え、まさか主君。そっちが目的ですか?大福をあげた時の、日向殿の反応が気になるってことです?』
「……知らん」
『えっ、ちょっ、え!?そういう事ですか!日向殿がどんな反応するのか見たいから、頼みを受けたってことですか!?日向殿の!反応の!ために!?』
「知らん……ったく、ほっとけ」
『しゅ、主君~!!!!ああ、貴方って方は~!!!』
「………………………………………………」
楊は魁蓮を、キラキラとした眼差しで見つめた。
なんと健気な一面があるのだろうと、楊は魁蓮に伝わらない程度で感動している。
そんな中、楊に小声で何かを話している魁蓮を見ていた凪は、恐る恐る魁蓮に声をかけた。
「えっと……と、とりあえず、届けてくれるってことでいいんだよな……?」
「……不本意だがな」
「よ、よかったぁ……あは、あはは。
そ、それじゃあ、よろしく頼むよ」
「チッ……!!!!!!!!!」
「舌打ちデッカ」
意外な反応ばかりする魁蓮に、凪は思わず小さく笑ってしまう。
もっと、残酷さしか無いような男なのだと思っていた。
しかし、実際にはそんなこと無くて。
本当に、よく分からない存在だ。
(日向との約束も、しっかり守ってるしな……)
ふと、凪は魁蓮に視線を向けた。
人間と妖魔、そのどちらの種族を見比べても、彼以上の美男子はいないのでは無いのかと思うほど、綺麗に整った容姿。
そんな魁蓮の顔を、凪は無意識に見つめていた。
(……あれ?)
その時、凪は謎の違和感を抱いた。
考えてみれば、凪は魁蓮の顔をしっかり見た事がなかった。
鬼の王という印象のせいで、雰囲気で覚えていたせいで、こうしてまじまじと見たのは初めてだった。
でもそれ以前に……。
(この顔…………どこかで…………)
凪は、何故か魁蓮の顔に見覚えがあった。
人には時々、そういうことが起こる。
なにか作業をしている時、「この感じ、前にもあったな」ということが。
今の凪も、それに近い事が起きているのだが……
凪の場合曖昧などではなく、ハッキリとしていた。
魁蓮の顔を、本当にどこかで見たことがある、と。
凪は堪らず、魁蓮に声をかけた。
「お、鬼の王……ちょっと変なことを聞くが……。
貴方とそっくりな人って、いるか?」
「あ?」
「あ、いや、その……何と言うか、顔がそっくりな人。本当に似ている人というか……兄弟的なの、いる?」
「……何言ってる、気色悪い」
「いや、結構真面目なんだが……」
もちろん、妖魔に兄弟なんて存在があまり居ないことは、凪も分かっていた。
でも、その存在がいると疑いたくなるほど、凪は魁蓮の顔を以前にも見た気がするのだ。
気のせい、では片付けられないほど、本当にどこかで見た気がしている。
不思議なほど、はっきりと。
「そんなもの、いるわけないだろ」
「あ、まあ、そうだよな……」
当然、魁蓮の答えは否だった。
まあ分かりきっていた答えではあったが……。
では、凪が感じた違和感は何なのか。
凪が顎に手を当て考える中、魁蓮は静かに妖力を込めていた。
「我は帰る」
「えっ、ちょっ、ちょっと!」
凪は慌てて止めようとした。
まだこの違和感の正体が分かっていない、今帰られては、むずむずした状況が残ってしまう。
凪は何とかスッキリしたいと魁蓮を止めたが、もう魁蓮は十分待った。
凪に背中を向けて、意識を黄泉の方へと集中する。
そして……
「またな、餓鬼」
「……っ!」
魁蓮は横目で振り返りながらそう言うと、楊と共にフッと姿を消した。
僅かに風がたち、魁蓮がいなくなったことを感じさせた。
1人取り残された凪は、先程まで魁蓮が立っていた場所を見つめる。
「またなって……」
凪は、魁蓮の言葉を思い出していた。
「またな」 これは誰でも使う挨拶のひとつ。
特別な意味なんて無く、魁蓮がよく言っている挨拶だ。
でも凪は、妙にこの言葉だけに引っ張られる。
何だか……懐かしさを感じるようだった。
「鬼の王、貴方は一体……」
凪は、騒ぎが収まった町の中で、ただ静かに浮かび上がる月を見上げた。
突然抱いた違和感、それをずっと感じながら。
自分で作り上げた空間も壊し、張っていた黒い結界も消した。
町はすっかり崩壊しきっていて、無駄に静かに感じる。
魁蓮がゆっくりと町を見渡していると……
「鬼の王」
「………………」
ふと、背後から声がした。
魁蓮が横目で振り返ると、そこには凪と楊がいた。
凪はどこか安心したような表情を浮かべている。
「……倒したのか」
「あぁ」
凪の質問に、魁蓮は面倒そうに答える。
思えば、もう少し早く殺しても良かったのかもしれない。
奥義を使うほどの相手ではなかったのではと思い、魁蓮はため息を吐いた。
「はぁ……疲れた、帰る」
魁蓮は、まるで子どものようなことを口にする。
久々に発動した奥義は、流石の魁蓮でも疲れが出てしまったようで、今はとにかく眠りにつきたかった。
魁蓮はくわっとあくびをすると、楊に視線を向けて、「帰るぞ」と目で合図する。
その思いが伝わったのか、楊は体をいつもの大きさに戻し、颯爽と魁蓮の肩へと乗ってきた。
「黄泉へ帰る。後は好きにしろ」
魁蓮は適当にそう流すと、黄泉へ瞬間移動しようと妖力を込める。
だが……
「あ、待って!」
凪が、慌てて呼び止めた。
魁蓮はギリっと凪を睨みつけると、凪は何やら慌てた様子で衣の中を漁っていた。
「頼みがあるんだ」
凪はそう言うと、衣の中から何かを取り出す。
出てきたのは、綺麗に包装された箱。
その箱には、「小夏茶屋」という文字があった。
魁蓮が片眉を上げて見つめると、凪が優しい笑みを浮かべる。
「これ、拠点の近くの茶屋で売られている大福で、日向の大好物なんだ。あの子、毎月食べに行くほどこの大福が大好きでね。でも、ここ半年は黄泉にいて、茶屋にも行けてないだろうから……。
よかったら、日向に渡してくれないか?」
「は?」
凪の頼みに、魁蓮は間抜けな声が出る。
それはいわゆる、おつかいだ。
そしてそのおつかいを、鬼の王が頼まれている。
はたから見ればかなり面白く、肝が冷える展開だ。
これには楊も驚きを隠せず、大福が入った箱と魁蓮を交互に見比べている。
しかし凪は、満面の笑みを浮かべていた。
「実はさっき、森で会った時に渡そうと思っていたんだけど……こんなことが起きたから、渡しそびれてしまって。だから、今渡すよ」
「おい、話を進めるな餓鬼。
我は1度も頼みを受けるとは言っていない」
「えっ?だって、黄泉に帰るんだろう?なら日向もいるじゃないか。渡すだけでいいんだよ」
「断る。異型に関してのことならば、手を貸してやらんこともない。
だがそれ以外で手を貸すことは断じて無い」
それに魁蓮は、しばらく日向と話していない。
一体、どうやってこの大福を渡せばいいと言うのか。
考えるだけでも面倒になり、余計にこの頼み事を受けたくなくなってしまう。
魁蓮がぷいっと顔を背けると、凪はうーんと考え込むと、ハッと何かを思い出す。
「そっか、やっぱり駄目か。
この大福を我慢して我慢して我慢し続けて、いよいよ爆発してしまった日向を宥めるの、結構大変なのになぁ」
凪は、魁蓮に聞こえるくらいの声量で発した。
凪が思いついた作戦は……
大福を食べ損ねた日向は大変だ!と思わせる作戦。
地味だが、相手によってはなかなか効果がある。
ちょっとした子供だましみたいなものだった。
「もう手をつけられないくらい大変なんだよなぁ~。大福禁止に我慢できなくなった途端、ギャンギャン大泣きして、仙人が1人も眠れず寝不足になったこともあったし。別の時は、拗ねまくって口を聞いてくれなかったり。また別の時は、仙人が大切にしている宝や大切なものを壊しまくったり。
いやぁ、ずっと日向を見てきた私たちでさえ、大福無しの日向を宥めるのは、本っ当に骨が折れたなぁ」
もちろん、全て嘘である。
毎月食べに行くほど大福が好きなのは事実だが、日向は大福が食べられないからと暴れまくるような子では無い。
今凪が言っている話は、全て作り話だ。
魁蓮に大福を届けてもらうための。
「もう本っ当に大変!それに、あの子は不思議な力を使うだろう?それも相まって宥めるのはキツい!
でも……大福をあげた時の日向の表情と言ったら、これまたもう可愛くて可愛くて!天地がひっくり返りそうなほどの衝撃を受けてしまうよ!あの可愛い反応は、男だろうと女だろうと惚れてしまうかもねぇ!その反応が見れないなんて、鬼の王勿体ない!」
「っ………………………………」
(いやぁ、流石に無理か……?)
ここまで言ってはみたものの、正直凪は自信が無かった。
明らかに分かる嘘のような話に、作り話満載の内容。
大間抜けでも見抜けるほど、嘘だらけの話だ。
そんな話を、あの鬼の王が受け入れるはずがない。
凪はそう考えていた。
しかし…………。
バシッ!!!!!
「っ!」
べらべらと話す凪の手から、魁蓮は無理やり箱を奪い取った。
そしてその箱を、魁蓮は足元に作り出した影に、ボトッと落とす。
突然の魁蓮の行動に、凪はポカンとしていた。
「……えっ、急にどうした」
「大福1つでそこまで面倒になるとは……全く、どれほど餓鬼なんだ、あの小僧は……」
「えっ……」
「だが、大福如きで機嫌がなおるならば……それに越したことはない」
(まさか、今の話信じたのか!?)
凪は、魁蓮の反応に衝撃を受けた。
何度も言うが、大間抜けでも見抜けるほど、嘘だらけな話だ。
そんなのありえない、という話ばかりだったというのに……
まさかの鬼の王が、その嘘話を信じている。
(お、鬼の王って……結構、天然なのか……?)
そんな魁蓮の様子を隣で見ていた楊は、少し困惑した様子で魁蓮に語りかける。
そして魁蓮は、楊の言葉に小声で返した。
『ちょっ、主君。よろしいのですか?仙人の頼みを受けるなんてっ』
「良い」
『で、ですが、仙人ですよ?』
「良いと言っている」
『ど、どうしてですか。確かに、日向殿が喜ぶのは嬉しいことです。それに、大福が大好物だなんて知りませんでしたし。どんな反応をするのか楽しみではありますが…………』
「……………………」
『……え、まさか主君。そっちが目的ですか?大福をあげた時の、日向殿の反応が気になるってことです?』
「……知らん」
『えっ、ちょっ、え!?そういう事ですか!日向殿がどんな反応するのか見たいから、頼みを受けたってことですか!?日向殿の!反応の!ために!?』
「知らん……ったく、ほっとけ」
『しゅ、主君~!!!!ああ、貴方って方は~!!!』
「………………………………………………」
楊は魁蓮を、キラキラとした眼差しで見つめた。
なんと健気な一面があるのだろうと、楊は魁蓮に伝わらない程度で感動している。
そんな中、楊に小声で何かを話している魁蓮を見ていた凪は、恐る恐る魁蓮に声をかけた。
「えっと……と、とりあえず、届けてくれるってことでいいんだよな……?」
「……不本意だがな」
「よ、よかったぁ……あは、あはは。
そ、それじゃあ、よろしく頼むよ」
「チッ……!!!!!!!!!」
「舌打ちデッカ」
意外な反応ばかりする魁蓮に、凪は思わず小さく笑ってしまう。
もっと、残酷さしか無いような男なのだと思っていた。
しかし、実際にはそんなこと無くて。
本当に、よく分からない存在だ。
(日向との約束も、しっかり守ってるしな……)
ふと、凪は魁蓮に視線を向けた。
人間と妖魔、そのどちらの種族を見比べても、彼以上の美男子はいないのでは無いのかと思うほど、綺麗に整った容姿。
そんな魁蓮の顔を、凪は無意識に見つめていた。
(……あれ?)
その時、凪は謎の違和感を抱いた。
考えてみれば、凪は魁蓮の顔をしっかり見た事がなかった。
鬼の王という印象のせいで、雰囲気で覚えていたせいで、こうしてまじまじと見たのは初めてだった。
でもそれ以前に……。
(この顔…………どこかで…………)
凪は、何故か魁蓮の顔に見覚えがあった。
人には時々、そういうことが起こる。
なにか作業をしている時、「この感じ、前にもあったな」ということが。
今の凪も、それに近い事が起きているのだが……
凪の場合曖昧などではなく、ハッキリとしていた。
魁蓮の顔を、本当にどこかで見たことがある、と。
凪は堪らず、魁蓮に声をかけた。
「お、鬼の王……ちょっと変なことを聞くが……。
貴方とそっくりな人って、いるか?」
「あ?」
「あ、いや、その……何と言うか、顔がそっくりな人。本当に似ている人というか……兄弟的なの、いる?」
「……何言ってる、気色悪い」
「いや、結構真面目なんだが……」
もちろん、妖魔に兄弟なんて存在があまり居ないことは、凪も分かっていた。
でも、その存在がいると疑いたくなるほど、凪は魁蓮の顔を以前にも見た気がするのだ。
気のせい、では片付けられないほど、本当にどこかで見た気がしている。
不思議なほど、はっきりと。
「そんなもの、いるわけないだろ」
「あ、まあ、そうだよな……」
当然、魁蓮の答えは否だった。
まあ分かりきっていた答えではあったが……。
では、凪が感じた違和感は何なのか。
凪が顎に手を当て考える中、魁蓮は静かに妖力を込めていた。
「我は帰る」
「えっ、ちょっ、ちょっと!」
凪は慌てて止めようとした。
まだこの違和感の正体が分かっていない、今帰られては、むずむずした状況が残ってしまう。
凪は何とかスッキリしたいと魁蓮を止めたが、もう魁蓮は十分待った。
凪に背中を向けて、意識を黄泉の方へと集中する。
そして……
「またな、餓鬼」
「……っ!」
魁蓮は横目で振り返りながらそう言うと、楊と共にフッと姿を消した。
僅かに風がたち、魁蓮がいなくなったことを感じさせた。
1人取り残された凪は、先程まで魁蓮が立っていた場所を見つめる。
「またなって……」
凪は、魁蓮の言葉を思い出していた。
「またな」 これは誰でも使う挨拶のひとつ。
特別な意味なんて無く、魁蓮がよく言っている挨拶だ。
でも凪は、妙にこの言葉だけに引っ張られる。
何だか……懐かしさを感じるようだった。
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