愛恋の呪縛

サラ

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第204話

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「虎珀。無理を承知で、君にお願いがある。
 どうか、俺と一緒に志柳へ来て欲しい」

「……はっ?」

「君はきっと、これから凄い妖魔になる。世界が、君を素晴らしい男だって認めるんだ。そしていつか、俺が憧れ続けているのような……

 のような男になって、そして彼の意志を継ぐ男になる!」

「っ……………………?」



 自信満々の龍禅の言葉。
 彼は完璧に言い切ったと言わんばかりの表情を浮かべているが、目の前にいる虎珀は何一つ龍禅の言葉を取り込めず、ポカンとしている。
 何の言葉を発したのか、それはしっかりと聞こえているのに、その言葉の意味を理解出来る頭がない。
 いや、理解しようと欲張れば、もっと分からない。
 既に聞きたいことは、山ほどあった。



「なっ、はっ?何?」

「えぇ!?今の分かんなかった!?
 俺ちょーかっこよさげに言ったと思うけど!?」

「いや……」



 理解よりも、困惑が勝った。
 これは、自己解決できるものでは無い。
 本人は至って噛み砕いて伝えたつもりなのだろう、でも理解できないものはできないのだ。
 というより、これはあまりにも理解したくない内容な気がした。
 彼の言葉をそのままの通りに受け取ってしまえば、虎珀にとっては不快極まりない申し出だからだ。



「志柳に、来い……だと?」



 やっと冴えてきた頭が理解したのは、それだった。
 この言葉には、どんな意味が含まれているのだろう。
 遊びに来い、見学しに来い、景色を見に来い。
 こんな理由だったら、ほんの少し嫌がる程度ではある。

 だが、この男がそんな浅はかな理由で誘ってくるはずないことは、虎珀にも何となく察しがついていた。
 虎珀が疑いの目を向けたまま龍禅を見つめると、龍禅は満面の笑みを浮かべた。



「虎珀!俺の家族になってよ!
 そんで、志柳で一緒に暮らそう!」



 案の定だ。
 やはり、龍禅は浅はかな理由で言ったのでは無い。
 共に暮らすことを目的として、虎珀を勧誘してきていた。
 家族になって欲しい、一般的に考えれば嬉しい言葉だろう。
 それはきっと、龍禅にも分かっていること。
 だから、龍禅は何の躊躇いもなく言葉を続ける。
 そう、自信満々に。



「俺は、既にお前を認めている!これからの志柳と、この世界の成長のためには、虎珀みたいな存在が必要だ!」

「…………………………」

「なあ虎珀。人間と妖魔、双方の種族が引いた見えない境界線を、壊してみないか?」



 龍禅は、スっと虎珀に手を差し出した。
 新しい世界を作ろう、新しい時代の幕開けを飾ろう。
 だからこの手を取ってくれ、そう言わんばかりに。



 (家族…………だと)



 でも、この時の龍禅はちゃんと理解していなかった。
 その勧誘が、虎珀にはどれほど不快なものなのか。
 自分の発言が、いかに軽薄なものだったのか。
 理解していなければ、いけなかったのだ。



「ふざけるな……」

「えっ?」



 虎珀は自信満々な龍禅の姿に、一瞬で頭に血が上った。
 価値観の違いというものはあるが、世間の考えというものを基準にすれば、恐らく虎珀の反応が過半数だろう。
 志柳に対する印象は人それぞれとはいえ、外側で生きている者たちは、殆どが志柳に良い印象を持っていない。
 そんな場所に「一緒に来い」などと言われ、「はい」と答える者がいるはずも無いのだ。
 はっきり言ってしまえば、争いの火種にもなりかねない。



「この俺が、志柳に、テメェと?何言ってやがる」

「えっ、何って」

「誰が志柳とかいうクソな世界に行きたいと思うんだよ。元より、俺は志柳なんてイカれた場所は嫌いなんだ。テメェはまるで自分らは普通だって言っているようだが、テメェらは気色悪い価値観を持った異質な存在なんだよ」



 冷静に言っているように見えるが、虎珀の怒りは十分すぎるほど昂っている。
 そもそも、何故自分が誘われることになったのか。
 異質で気色の悪い世界なんて触れたくない、だから避けてきた、今も尚嫌ってきた。
 それなのにその空間に誘われるなど、何か誘われるようなきっかけでもあったのだろうか。
 虎珀は、自分の今までの行動にも疑いを持ってしまう。
 自分の行動は、志柳に相応しいイカれたものだったのか、と。



 (あぁ、ムカつく)



 このまま同じ空間にいれば、いよいよ冷静さなんて取り戻せない。
 そう思った虎珀は、ふうっと小さく息を吐いて少しばかりの落ち着きを取り戻すと、眉間に皺を寄せながら龍禅を見つめた。



「やっぱりお前は不快だ、二度と俺の前に現れんな」



 虎珀はそう言い放つと、怒りを少しずつ抑えながら歩き出した。
 もう振り返ってなどやるものかと言わんばかりに、ドシドシと1歩1歩を踏み込みながら。
 ハッキリと虎珀は誘いを断った、冷たい言葉だって言ったのだ。
 もう追いかけてくるようなことは無い、そう思っていた。

 だが、どうやら彼は諦めが悪い。



「待てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

「ぐえっ!!!!!!!」



 背中を向けて歩く虎珀に、龍禅は叫び声を上げながら飛び乗ってきた。
 背後からの衝撃に、虎珀は腹から咄嗟に声が出てしまう。
 グラッと脳が揺れるような感覚を抱えながら、自分に飛びかかってきた男を、虎珀はこれでもかと言うほどに睨みつけた。



「っざけんなテメェ!!!!いきなり何だ!!」

「いきなりじゃない!まだ話終わってないのに、虎珀が勝手に話切り上げたのが悪いんだろぉぉ!?」

「当たり前だ!!もうお前と話すことは無い!!!」

「ちょっとぉ!?俺はまだ話終わってないんですけど!?」

「知るか!!!ちょっ、いいからどけ!!!」

「嫌だね!!!まだ終わってねぇもん!!!!!」

「こんのっ………!!!!!!!!!!!!」



 彼は本当に、志柳の長なのだろうか。
 志柳に住む者たちをまとめる役目を担っている割には、反応や思考が少し子どもすぎる。
 我儘、というより諦めが本当に悪い。
 きっと今までも、こうして無理やり志柳へ引き連れてきた者がいたんだろうと、虎珀は静かに考えていた。



 (このっ……は、離れねぇ……!!!!)


 
 とはいえ、龍禅の実力は本物。
 気配からでも分かる強者の雰囲気と、その子どもっぽい態度からは想像できない膨大な妖力の気配。
 それに並行するように、龍禅の物理的な力も凄まじく強かった。
 現に虎珀は、自分に抱きついている龍禅を離そうにも、悔しいほどビクともしない。
 全力を出しているはずなのに、その影響を全く受けない龍禅の馬鹿力。
 当然、逃げられる選択肢は与えられていなかった。



「てめっ……は・な・せぇ……!!!!!!」

「じゃあ俺の話聞いて!!!!」

「断る!!!テメェの話なんざ、ろくなことが無い!」

「わぁぁ!決めつけた!!!酷い~!!!」

「っるせぇ!!!!」



 暫く2人は、引き剥がし、しがみつき、引き剥がし、しがみつき、を交互に繰り返していた。
 はたから見れば、2人の妖魔がギチギチと力任せに絡み合っているのだから、異様な光景だ。
 でも2人は、そんな周りからの印象なんて二の次で、今は自分の意見と考えを突き通すのに必死だった。

 それから数分後。
 先に折れたのは………言わずもがな虎珀だった。



「はぁ、はぁ、はぁ、く、くそっ、くそったれ……」



 ゼェゼェと息を荒らげている虎珀の背中には、長い戦いに勝ち抜いた龍禅が、勝ち誇ったような表情でしがみついていた。
 ここまで歯が立たないと、虎珀はそんなに弱い訳では無い自分の力が、想像以上に貧弱に思えてしまう。
 虎珀は力みすぎて流れた首の汗を適当に拭い、不満そうな表情で龍禅へと振り返った。



「テメェ……ほんとにいい加減にしろよ!なんっだよ本当に!!!何がしてぇんだよ!!」

「だからさっきから言ってんじゃん!」

「んなの知るかって!!!興味ねぇ!!」

「ほ~ん!?だったらぁ……」

「……ちょっ、分かった!分かったから、逃げねぇからっ……一旦離れろやぁぁぁぁ!!!!!!!」



 虎珀の思いはようやく届き、龍禅はヒョイっと虎珀から離れる。
 やっとの事で離れてくれた龍禅に安堵しながらも、逃げないとつい口走ってしまった自分に、虎珀は心底後悔していた。
 ため息を吐きながらも、これで逃げるなんてダサい真似は出来ず、嫌々ながら龍禅に向き直る。



「あー……とにかくだ。俺はテメェの誘いには乗らねぇ。悪ぃが、どんだけ言われても折れねぇよ」

「…………っ…………」

「だいたい、妖魔と人間が共存なんて馬鹿げてる。俺たち妖魔からすりゃあ、人間なんてただの食糧だわ。なんで食糧と一緒に暮らすんだよ、イカれてる」

「……………………」

「分かったら、さっさと帰れ。
 もう一度言うが、本当に志柳へ行く気は無い」



 半ば強引だが話を何とか切り上げて、虎珀は頭をかきながら背中を向ける。
 そして、もう何も言うなと訴えかけるように、背中を向けたまま歩き出した。
 今度こそ、今度こそ喧しい妖魔と離れられる。

 だが、この男がそう簡単に逃すわけがない。
 でも……今の流れで理解した。
 ただ一方的に話を押し付けても、虎珀は話すら聞いてくれない。
 もっと警戒されて、もっと逃げられる。
 ならば……………………





「……助けて欲しいんだ」

「っ………………」





 背後から聞こえた声に、虎珀は足が止まる。
 そして、もう振り返ることはないと決めていたはずなのに、つい横目で振り返ってしまう。
 するとそこには、真剣な表情を浮かべる龍禅が、虎珀を真っ直ぐに見つめていた。



「ごめん。もっとこうやって、真っ直ぐに伝えるべきだった。どうにかして君を逃したくなくて、余計な言葉をペラペラと話しちゃったけど…………」

「……………っ」

「虎珀、聞いて。
 俺は個人的に、黒神の意志を継ぎたいという願いがある。そのために、色んな努力をしてきた……でも俺では、力不足なんだ。だから……君の力を貸してほしい。善悪で物事を見極めることが出来る君に、黒神と似たような思考を持つ君に。もう、志柳に来て欲しいとは言わない。家族になって欲しいとも言わない。欲張らない。でもっ……俺には力を貸してほしい。だからお願い…………
 どうか……俺を助けてくれ、虎珀。
 大切なものを、守るために……君が必要だ」

「………………………………はっ?」



 警戒され、引き離されるのならば……

 いっそ心の奥底に秘めていた本音で、相手と語り合うべし。
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