愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
227 / 302

第225話

しおりを挟む
「虎珀。君、さっきまで?」

「っ……!!!!!!」





 龍禅の言葉に、虎珀は手が止まった。
 それは、ついさっき大丈夫だと思って安堵していたこと。
 あまりにも衝撃的な質問に、虎珀は頭が真っ白になる。



 (気づかれて、いたのか……?)



 虎珀は、緊張が走った。
 何も聞いてこないから、何も勘づかれて居ないのだと高を括っていた。
 だが実際には問われていなかっただけで、龍禅は初めから違和感に気づいていたようだ。
 虎珀に伺う機会を探っていたのだろう。
 やはり、この男は只者では無い。
 虎珀は龍禅の鋭さに、唾を飲み込んだ。



「……どうして、そんなことを聞く」



 虎珀は、まず質問には答えず、質問の意図を探った。
 すると龍禅は、いつも通りの調子で答える。



「んー?いやぁ、何となくだけどさ……
 虎珀から、変な妖力の気配がするんだよね」

「っ!?」

「勘違いだったらいいんだけどさ、なんか……ちょーっと嫌な気配すんの。もしかして、変な妖魔に絡まれたのかなって。少し、気になっただけ」



 龍禅が話す度、虎珀は体が強ばる。
 彼が感じている妖力の気配は、勘違いでは無い。
 確かに虎珀は、先程まである妖魔と関わっていた。
 類を見ないあまりにも強い妖力……恐らく、魁蓮だろう。



 (何もしてないのに……気配だけが残ったのか……?)



 1戦交えたわけでも、妖力を注ぎ込まれたわけでもない。
 それなのに、虎珀から魁蓮の妖力を感じるとは……こればかりは、鬼の王の妖力の強さに驚いてしまう。
 こんなの、ただすれ違っただけでも影響を受けかねないでは無いか。
 何もしていなくても、会話を交わしただけでも、相手に自分の存在を知らしめるのだから。



 (まずい……何とか誤魔化さないと……)



 普通ならば、鬼の王に会ったと言っても、驚かれるか冗談だと笑われるだろう。
 だが今回は、相手があまりにも悪すぎる。
 鬼の王に会ったなんて、龍禅は衝撃的な話を聞けた!だけで済ますわけが無いのだ。
 まして、虎珀は魁蓮と会話をして、しかも自分のことを褒められた。
 そんなことを、鬼の王をこの世で最も嫌っている男に言えるはずがない。

 虎珀は脳を懸命に動かした後、口を開く。



「あ、あぁ……絡まれたというか、少し不思議な場所を見つけたんだ。気になって見て回っていたら、妖力が漂っていて……多分、それが着いたんだろう」



 精一杯の嘘だった。
 誰にも似ることの無い、鬼の王の妖力。
 龍禅が鬼の王を見たことがなく、どんな気迫を持った妖力なのか全く知らないのが幸いだった。
 でなければ、いくら言葉を並べても誤魔化せない。

 虎珀が緊張しながら返事を待っていると、龍禅はニコッと笑った。



「そうなの?なぁんだ、てっきり変な妖魔に絡まれたのかと思った!何も無いから、良かったよ!」

「そ、そうだな……」



 何とか誤魔化せただろうか。
 虎珀はいつも通りを装いながら、内心はドキドキしていた。
 こればかりは、バレると面倒なこと。
 虎珀が深く息を吐いて安堵していると、龍禅は鹿と兎を手にして虎珀の元へと近づいてきた。



「まあでも、虎珀が無事でいることが1番だからな。
 もし俺のいない所で何かあったら……例えば、に会ったらとか……そしたら俺怒るし」

「……えっ」



 安堵したばかりの虎珀は、再び緊張に見舞われた。
 どうしてこんな時に、その名前が出てくるのだろうか。
 もうこれは、バレてしまったと考えてしまう。
 虎珀がバッと反射的に顔を上げると、龍禅は首を傾げた。



「何驚いてんだよ。俺が怒るってことが意外だったのか?そんなの怒るに決まってんだろー?虎珀に何かあったらどうするんだよ。俺は、虎珀の安全が第1なんだから。そんな虎珀が巻き込まれたら、怒るっつーの」

「あ、あぁ……そういうことか……」



 (焦った……バレては、いなかったか……)



 虎珀は静かに、再び深く息を漏らす。
 まあ龍禅がこう言うのは、いつもの事だ。
 虎珀が龍禅に対し、共に行動していいと許可を出して以来、龍禅は過保護なのかと思うほど虎珀のことを考えている。
 ちょっとの怪我でさえ大袈裟に騒ぐため、このような発言は今に始まったことでは無い。
 虎珀は、いつも通りの龍禅にホッと胸を撫で下ろすと、龍禅は虎珀の隣に腰を下ろした。



「まあでも、なんかあったらすぐ言えよ?虎珀。
 俺は、君がなんだからさっ」

「っ…………」



 龍禅がそう言った直後、虎珀は魁蓮の言葉を思い出した。





【もし、今の己を変わらず貫き通すつもりならば、一つだけ忠告してやろう。
 
 だけは、決して作るな】





 (大切な、もの…………)



 大切なものなんて、今まで作ったことがなかった。
 故に、それがどういったものなのか、どういうふうに価値観が変わるのか分からない。
 宝物なのか、優先するべきものなのか、虎珀は今ひとつ理解ができていなかった。
   
 そんな大切という言葉を、この男は虎珀に対して使う。
 尚更、理解が追いつかない。
 虎珀は龍禅の言葉には何も答えず、サッと視線を逸らしてしまう。



 (まあ……俺には、無縁の話だ……)



 作るな、と言われた以上、今のままを継続すればいいのだ。
 別に気にすることもない。
 虎珀はそう言い聞かせ、龍禅の言葉を静かに聞き流した。

 その時……龍禅は手を動かしながら、低い声でつぶやく。



「大切なものは、全部守り抜く。そのためには、それらを壊してくる鬼の王は排除しなきゃならない」

「っ……!!!!!」

「鬼の王みたいな残酷なやつに、何も傷つけさせやしない。あの妖魔は……この世で1番の悪だからな。
 だから、虎珀のことも俺が守るよ。安心してっ」



 そう言いながら、龍禅は虎珀が集めてくれた枝に火をつけた。
 バチバチと音を立てて燃える火の傍らで、龍禅は手に持っていた動物の皮を削り落とす。



 (この世で、1番の悪……)



 虎珀は、龍禅の言葉を心の中で復唱した。
 1番の悪、それはつまり……彼にとっての真実の悪は……。



「龍禅。お前は、鬼の王が真実の悪だと思うか?」



 虎珀が静かに尋ねると、龍禅は一瞬驚いたように目を見開いた。
 散々鬼の王が嫌いだと言っている男に対してする質問では無いが、龍禅は目を伏せると、すぐ真剣な表情に戻った。



「当たり前だ。鬼の王が誕生しなければ、この国は昔の平和が保たれていた。奴が黒神を倒したせいで、この国は何もかも歪んだんだから。
 同じ妖魔種族ってことが、酷く憎いくらいさ」

「………………………」

「俺は、黒神様の仇を必ず取る。鬼の王を絶対捕まえて、この国の不幸を終わらせるんだ。
 意味もなく全てを壊し、そして殺す奴が、真実の悪として存在している限り……この国に、平和は訪れやしない。だから俺が……取り戻す」



 (殺されたくないからと、逃げ惑う…………)





【言い忘れていた。虎の妖魔よ、貴様と行動を共にしている妖魔とやらに伝えてくれ。
 我は貴様が殺しに来る時を、待っていると】





「…………………」



 虎珀は、下唇を噛んだ。
 やっぱり……何かがおかしい。
 確かに世間は、鬼の王を真実の悪だと定義付けている。
 現に龍禅も、そう口にした。
 鬼の王だって、そう言われるくらいの大事件を引き起こしているのだから、何ら疑問に思うところは無い。

 それでも虎珀が龍禅の言葉に頷けないのは……虎珀が今日見た鬼の王が、伝説で語られるような男に見えなかったから。
 龍禅から聞いた鬼の王の人物像と、似ても似つかない男だったから。





【第一、貴様は我に何かしたか?】

【えっ……い、いや……】

【ならば、殺す理由など無い。妙な印象を抱かれているようだが……まあ弁明する気にもならんな】

【………っ………】

【話は終わりか?ならば即刻、ここから立ち去れ。廃村とはいえ、この場は空気が悪い。
 あぁ、案ずるな……我が貴様を殺すことは無い】





 (駄目だ……どうしても、悪と思えない……)



 善悪を何よりも重んじている虎珀。
 他者の意見にも、世間の印象にも流されない彼が感じた、ひとつの違和感。
 それは考えれば考えるほど膨らみ、そして周りとの意見から遠ざかる。





【ただの経験談だ、話すことでもない。
 今の己を変えたくないのならば、必要以上に周りに関心を持たぬ事だな】

【っ……】

【ただ、これだけは言える。
 大切なものが己の手から零れ落ち、そして欠片すら残さず消えた時……全てが、悪に見える。今まで善と感じていたものも、全てだ。
 世間、生物……そして………………









 今まで信じていた、己もな ─────








 (………………違う………………)




 この時、虎珀はある考えが脳裏を過った。



「…………真実の、悪は……、なのか…………?」

「え、虎珀?なんか言った?」



 虎珀が追い求めるのは、自分が基準の善悪。
 そこに、周りの意見も印象も、干渉しない。
 だから周りに流されずに、冷静に物事を見ることが出来た。
 それ故に感じた違和感、抱えた疑問、おかしな点。

 虎珀は知りたくなった……鬼の王のことを。
 求めるのは、自分にとっての、真実としての善悪。
 そして真実の悪と呼ばれ、世間に定義付けられた存在の、本当の部分はどこなのか。



「……なぁ、龍禅。頼みがある」

「ん?なに?」



 虎珀の言葉に、龍禅は手を止めた。
 虎珀はギュッと拳を握って、真剣な眼差しで龍禅を見つめる。





のことを、知りたい。だから……
 俺を……志柳へ、連れて行ってくれ」

「……っ!」

「お前は言っていたよな。代々志柳の長になった者は、黒神のことを語り継いできたって。
 お前が良ければ、教えて欲しい」





 鬼の王が悪と呼ばれる最大のきっかけ、黒神。
 調べるべきは、まずは彼の素性からだと考えた。
 手っ取り早く鬼の王のことを調べるのが良いのだろうが、世間に彼の味方をする者はいない。
 書物を読み漁っても、悪いことしか書かれていないだろう、それでは調べようにも答えは出ない。
 だから黒神だ、彼の全てを知ってからだ。
 歴史は、黒神のことをどう書き記したのか、彼は本当に人間の英雄だったのか。
 黒神と鬼の王の間にあった真実は、何か。

 虎珀が頼むと、龍禅は目を輝かせて微笑む。



「もちろん教える!
 嬉しいよ!黒神様のことを知りたいなんて!」

「……できれば、すぐ知りたいんだ。頼む」

「まっかせてよ!そうと決まれば、志柳に帰らなきゃな!
 あ、なんなら今日出発する?」

「……いいのか?」

「当然!虎珀が今日狩ったものは、全部持って行こう。そんで、志柳で一緒に食べようぜ?志柳の方が、美味しく調理出来るから!」

「わかった。ありがとう」

「全然!そうと決まれば、この鹿と兎だけは食っとかないとなぁ!」



 そう言うと龍禅は、どこか嬉しそうに肉を焼き始めた。
 その隣で、虎珀は自分の胸に手を当てる。





【ククッ、またな】





 魁蓮が最後に言った言葉。
 もしかしたら、またどこかで会えるかもしれない。



 (鬼の王……彼こそが、真実の悪なのか……
  全て暴いてやる。そして……)



 虎珀は、ギュッと手を握った。



 (何を信じるべきか、この目で確かめてやる)





 これは、あるひとつの始まりだった。
 後に鬼の王を何よりも崇拝し、彼の背中を追いかけると決心した一体の妖魔。

 その、崇拝への第1歩だった………………。

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結済】どんな姿でも、あなたを愛している。

キノア9g
BL
かつて世界を救った英雄は、なぜその輝きを失ったのか。そして、ただ一人、彼を探し続けた王子の、ひたむきな愛が、その閉ざされた心に光を灯す。 声は届かず、触れることもできない。意識だけが深い闇に囚われ、絶望に沈む英雄の前に現れたのは、かつて彼が命を救った幼い王子だった。成長した王子は、すべてを捨て、十五年もの歳月をかけて英雄を探し続けていたのだ。 「あなたを死なせないことしか、できなかった……非力な私を……許してください……」 ひたすらに寄り添い続ける王子の深い愛情が、英雄の心を少しずつ、しかし確かに温めていく。それは、常識では測れない、静かで確かな繋がりだった。 失われた時間、そして失われた光。これは、英雄が再びこの世界で、愛する人と共に未来を紡ぐ物語。 全8話

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...