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第225話
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「虎珀。君、さっきまで誰と会ってきたの?」
「っ……!!!!!!」
龍禅の言葉に、虎珀は手が止まった。
それは、ついさっき大丈夫だと思って安堵していたこと。
あまりにも衝撃的な質問に、虎珀は頭が真っ白になる。
(気づかれて、いたのか……?)
虎珀は、緊張が走った。
何も聞いてこないから、何も勘づかれて居ないのだと高を括っていた。
だが実際には問われていなかっただけで、龍禅は初めから違和感に気づいていたようだ。
虎珀に伺う機会を探っていたのだろう。
やはり、この男は只者では無い。
虎珀は龍禅の鋭さに、唾を飲み込んだ。
「……どうして、そんなことを聞く」
虎珀は、まず質問には答えず、質問の意図を探った。
すると龍禅は、いつも通りの調子で答える。
「んー?いやぁ、何となくだけどさ……
虎珀から、変な妖力の気配がするんだよね」
「っ!?」
「勘違いだったらいいんだけどさ、なんか……ちょーっと嫌な気配すんの。もしかして、変な妖魔に絡まれたのかなって。少し、気になっただけ」
龍禅が話す度、虎珀は体が強ばる。
彼が感じている妖力の気配は、勘違いでは無い。
確かに虎珀は、先程まである妖魔と関わっていた。
類を見ないあまりにも強い妖力……恐らく、魁蓮だろう。
(何もしてないのに……気配だけが残ったのか……?)
1戦交えたわけでも、妖力を注ぎ込まれたわけでもない。
それなのに、虎珀から魁蓮の妖力を感じるとは……こればかりは、鬼の王の妖力の強さに驚いてしまう。
こんなの、ただすれ違っただけでも影響を受けかねないでは無いか。
何もしていなくても、会話を交わしただけでも、相手に自分の存在を知らしめるのだから。
(まずい……何とか誤魔化さないと……)
普通ならば、鬼の王に会ったと言っても、驚かれるか冗談だと笑われるだろう。
だが今回は、相手があまりにも悪すぎる。
鬼の王に会ったなんて、龍禅は衝撃的な話を聞けた!だけで済ますわけが無いのだ。
まして、虎珀は魁蓮と会話をして、しかも自分のことを褒められた。
そんなことを、鬼の王をこの世で最も嫌っている男に言えるはずがない。
虎珀は脳を懸命に動かした後、口を開く。
「あ、あぁ……絡まれたというか、少し不思議な場所を見つけたんだ。気になって見て回っていたら、妖力が漂っていて……多分、それが着いたんだろう」
精一杯の嘘だった。
誰にも似ることの無い、鬼の王の妖力。
龍禅が鬼の王を見たことがなく、どんな気迫を持った妖力なのか全く知らないのが幸いだった。
でなければ、いくら言葉を並べても誤魔化せない。
虎珀が緊張しながら返事を待っていると、龍禅はニコッと笑った。
「そうなの?なぁんだ、てっきり変な妖魔に絡まれたのかと思った!何も無いから、良かったよ!」
「そ、そうだな……」
何とか誤魔化せただろうか。
虎珀はいつも通りを装いながら、内心はドキドキしていた。
こればかりは、バレると面倒なこと。
虎珀が深く息を吐いて安堵していると、龍禅は鹿と兎を手にして虎珀の元へと近づいてきた。
「まあでも、虎珀が無事でいることが1番だからな。
もし俺のいない所で何かあったら……例えば、鬼の王に会ったらとか……そしたら俺怒るし」
「……えっ」
安堵したばかりの虎珀は、再び緊張に見舞われた。
どうしてこんな時に、その名前が出てくるのだろうか。
もうこれは、バレてしまったと考えてしまう。
虎珀がバッと反射的に顔を上げると、龍禅は首を傾げた。
「何驚いてんだよ。俺が怒るってことが意外だったのか?そんなの怒るに決まってんだろー?虎珀に何かあったらどうするんだよ。俺は、虎珀の安全が第1なんだから。そんな虎珀が巻き込まれたら、怒るっつーの」
「あ、あぁ……そういうことか……」
(焦った……バレては、いなかったか……)
虎珀は静かに、再び深く息を漏らす。
まあ龍禅がこう言うのは、いつもの事だ。
虎珀が龍禅に対し、共に行動していいと許可を出して以来、龍禅は過保護なのかと思うほど虎珀のことを考えている。
ちょっとの怪我でさえ大袈裟に騒ぐため、このような発言は今に始まったことでは無い。
虎珀は、いつも通りの龍禅にホッと胸を撫で下ろすと、龍禅は虎珀の隣に腰を下ろした。
「まあでも、なんかあったらすぐ言えよ?虎珀。
俺は、君が大切なんだからさっ」
「っ…………」
龍禅がそう言った直後、虎珀は魁蓮の言葉を思い出した。
【もし、今の己を変わらず貫き通すつもりならば、一つだけ忠告してやろう。
大切なものだけは、決して作るな】
(大切な、もの…………)
大切なものなんて、今まで作ったことがなかった。
故に、それがどういったものなのか、どういうふうに価値観が変わるのか分からない。
宝物なのか、優先するべきものなのか、虎珀は今ひとつ理解ができていなかった。
そんな大切という言葉を、この男は虎珀に対して使う。
尚更、理解が追いつかない。
虎珀は龍禅の言葉には何も答えず、サッと視線を逸らしてしまう。
(まあ……俺には、無縁の話だ……)
作るな、と言われた以上、今のままを継続すればいいのだ。
別に気にすることもない。
虎珀はそう言い聞かせ、龍禅の言葉を静かに聞き流した。
その時……龍禅は手を動かしながら、低い声でつぶやく。
「大切なものは、全部守り抜く。そのためには、それらを壊してくる鬼の王は排除しなきゃならない」
「っ……!!!!!」
「鬼の王みたいな残酷なやつに、何も傷つけさせやしない。あの妖魔は……この世で1番の悪だからな。
だから、虎珀のことも俺が守るよ。安心してっ」
そう言いながら、龍禅は虎珀が集めてくれた枝に火をつけた。
バチバチと音を立てて燃える火の傍らで、龍禅は手に持っていた動物の皮を削り落とす。
(この世で、1番の悪……)
虎珀は、龍禅の言葉を心の中で復唱した。
1番の悪、それはつまり……彼にとっての真実の悪は……。
「龍禅。お前は、鬼の王が真実の悪だと思うか?」
虎珀が静かに尋ねると、龍禅は一瞬驚いたように目を見開いた。
散々鬼の王が嫌いだと言っている男に対してする質問では無いが、龍禅は目を伏せると、すぐ真剣な表情に戻った。
「当たり前だ。鬼の王が誕生しなければ、この国は昔の平和が保たれていた。奴が黒神を倒したせいで、この国は何もかも歪んだんだから。
同じ妖魔種族ってことが、酷く憎いくらいさ」
「………………………」
「俺は、黒神様の仇を必ず取る。殺されたくないからと逃げ惑う鬼の王を絶対捕まえて、この国の不幸を終わらせるんだ。
意味もなく全てを壊し、そして殺す奴が、真実の悪として存在している限り……この国に、平和は訪れやしない。だから俺が……取り戻す」
(殺されたくないからと、逃げ惑う…………)
【言い忘れていた。虎の妖魔よ、貴様と行動を共にしている妖魔とやらに伝えてくれ。
我は貴様が殺しに来る時を、待っていると】
「…………………」
虎珀は、下唇を噛んだ。
やっぱり……何かがおかしい。
確かに世間は、鬼の王を真実の悪だと定義付けている。
現に龍禅も、そう口にした。
鬼の王だって、そう言われるくらいの大事件を引き起こしているのだから、何ら疑問に思うところは無い。
それでも虎珀が龍禅の言葉に頷けないのは……虎珀が今日見た鬼の王が、伝説で語られるような男に見えなかったから。
龍禅から聞いた鬼の王の人物像と、似ても似つかない男だったから。
【第一、貴様は我に何かしたか?】
【えっ……い、いや……】
【ならば、殺す理由など無い。妙な印象を抱かれているようだが……まあ弁明する気にもならんな】
【………っ………】
【話は終わりか?ならば即刻、ここから立ち去れ。廃村とはいえ、この場は空気が悪い。
あぁ、案ずるな……我が貴様を殺すことは無い】
(駄目だ……どうしても、悪と思えない……)
善悪を何よりも重んじている虎珀。
他者の意見にも、世間の印象にも流されない彼が感じた、ひとつの違和感。
それは考えれば考えるほど膨らみ、そして周りとの意見から遠ざかる。
【ただの経験談だ、話すことでもない。
今の己を変えたくないのならば、必要以上に周りに関心を持たぬ事だな】
【っ……】
【ただ、これだけは言える。
大切なものが己の手から零れ落ち、そして欠片すら残さず消えた時……全てが、悪に見える。今まで善と感じていたものも、全てだ。
世間、生物……そして………………
今まで信じていた、己もな ─────
(………………違う………………)
この時、虎珀はある考えが脳裏を過った。
「…………真実の、悪は……彼、なのか…………?」
「え、虎珀?なんか言った?」
虎珀が追い求めるのは、自分が基準の善悪。
そこに、周りの意見も印象も、干渉しない。
だから周りに流されずに、冷静に物事を見ることが出来た。
それ故に感じた違和感、抱えた疑問、おかしな点。
虎珀は知りたくなった……鬼の王のことを。
求めるのは、自分にとっての、真実としての善悪。
そして真実の悪と呼ばれ、世間に定義付けられた存在の、本当の部分はどこなのか。
「……なぁ、龍禅。頼みがある」
「ん?なに?」
虎珀の言葉に、龍禅は手を止めた。
虎珀はギュッと拳を握って、真剣な眼差しで龍禅を見つめる。
「黒神のことを、知りたい。だから……
俺を……志柳へ、連れて行ってくれ」
「……っ!」
「お前は言っていたよな。代々志柳の長になった者は、黒神のことを語り継いできたって。
お前が良ければ、教えて欲しい」
鬼の王が悪と呼ばれる最大のきっかけ、黒神。
調べるべきは、まずは彼の素性からだと考えた。
手っ取り早く鬼の王のことを調べるのが良いのだろうが、世間に彼の味方をする者はいない。
書物を読み漁っても、悪いことしか書かれていないだろう、それでは調べようにも答えは出ない。
だから黒神だ、彼の全てを知ってからだ。
歴史は、黒神のことをどう書き記したのか、彼は本当に人間の英雄だったのか。
黒神と鬼の王の間にあった真実は、何か。
虎珀が頼むと、龍禅は目を輝かせて微笑む。
「もちろん教える!
嬉しいよ!黒神様のことを知りたいなんて!」
「……できれば、すぐ知りたいんだ。頼む」
「まっかせてよ!そうと決まれば、志柳に帰らなきゃな!
あ、なんなら今日出発する?」
「……いいのか?」
「当然!虎珀が今日狩ったものは、全部持って行こう。そんで、志柳で一緒に食べようぜ?志柳の方が、美味しく調理出来るから!」
「わかった。ありがとう」
「全然!そうと決まれば、この鹿と兎だけは食っとかないとなぁ!」
そう言うと龍禅は、どこか嬉しそうに肉を焼き始めた。
その隣で、虎珀は自分の胸に手を当てる。
【ククッ、またな】
魁蓮が最後に言った言葉。
もしかしたら、またどこかで会えるかもしれない。
(鬼の王……彼こそが、真実の悪なのか……
全て暴いてやる。そして……)
虎珀は、ギュッと手を握った。
(何を信じるべきか、この目で確かめてやる)
これは、あるひとつの始まりだった。
後に鬼の王を何よりも崇拝し、彼の背中を追いかけると決心した一体の妖魔。
その、崇拝への第1歩だった………………。
「っ……!!!!!!」
龍禅の言葉に、虎珀は手が止まった。
それは、ついさっき大丈夫だと思って安堵していたこと。
あまりにも衝撃的な質問に、虎珀は頭が真っ白になる。
(気づかれて、いたのか……?)
虎珀は、緊張が走った。
何も聞いてこないから、何も勘づかれて居ないのだと高を括っていた。
だが実際には問われていなかっただけで、龍禅は初めから違和感に気づいていたようだ。
虎珀に伺う機会を探っていたのだろう。
やはり、この男は只者では無い。
虎珀は龍禅の鋭さに、唾を飲み込んだ。
「……どうして、そんなことを聞く」
虎珀は、まず質問には答えず、質問の意図を探った。
すると龍禅は、いつも通りの調子で答える。
「んー?いやぁ、何となくだけどさ……
虎珀から、変な妖力の気配がするんだよね」
「っ!?」
「勘違いだったらいいんだけどさ、なんか……ちょーっと嫌な気配すんの。もしかして、変な妖魔に絡まれたのかなって。少し、気になっただけ」
龍禅が話す度、虎珀は体が強ばる。
彼が感じている妖力の気配は、勘違いでは無い。
確かに虎珀は、先程まである妖魔と関わっていた。
類を見ないあまりにも強い妖力……恐らく、魁蓮だろう。
(何もしてないのに……気配だけが残ったのか……?)
1戦交えたわけでも、妖力を注ぎ込まれたわけでもない。
それなのに、虎珀から魁蓮の妖力を感じるとは……こればかりは、鬼の王の妖力の強さに驚いてしまう。
こんなの、ただすれ違っただけでも影響を受けかねないでは無いか。
何もしていなくても、会話を交わしただけでも、相手に自分の存在を知らしめるのだから。
(まずい……何とか誤魔化さないと……)
普通ならば、鬼の王に会ったと言っても、驚かれるか冗談だと笑われるだろう。
だが今回は、相手があまりにも悪すぎる。
鬼の王に会ったなんて、龍禅は衝撃的な話を聞けた!だけで済ますわけが無いのだ。
まして、虎珀は魁蓮と会話をして、しかも自分のことを褒められた。
そんなことを、鬼の王をこの世で最も嫌っている男に言えるはずがない。
虎珀は脳を懸命に動かした後、口を開く。
「あ、あぁ……絡まれたというか、少し不思議な場所を見つけたんだ。気になって見て回っていたら、妖力が漂っていて……多分、それが着いたんだろう」
精一杯の嘘だった。
誰にも似ることの無い、鬼の王の妖力。
龍禅が鬼の王を見たことがなく、どんな気迫を持った妖力なのか全く知らないのが幸いだった。
でなければ、いくら言葉を並べても誤魔化せない。
虎珀が緊張しながら返事を待っていると、龍禅はニコッと笑った。
「そうなの?なぁんだ、てっきり変な妖魔に絡まれたのかと思った!何も無いから、良かったよ!」
「そ、そうだな……」
何とか誤魔化せただろうか。
虎珀はいつも通りを装いながら、内心はドキドキしていた。
こればかりは、バレると面倒なこと。
虎珀が深く息を吐いて安堵していると、龍禅は鹿と兎を手にして虎珀の元へと近づいてきた。
「まあでも、虎珀が無事でいることが1番だからな。
もし俺のいない所で何かあったら……例えば、鬼の王に会ったらとか……そしたら俺怒るし」
「……えっ」
安堵したばかりの虎珀は、再び緊張に見舞われた。
どうしてこんな時に、その名前が出てくるのだろうか。
もうこれは、バレてしまったと考えてしまう。
虎珀がバッと反射的に顔を上げると、龍禅は首を傾げた。
「何驚いてんだよ。俺が怒るってことが意外だったのか?そんなの怒るに決まってんだろー?虎珀に何かあったらどうするんだよ。俺は、虎珀の安全が第1なんだから。そんな虎珀が巻き込まれたら、怒るっつーの」
「あ、あぁ……そういうことか……」
(焦った……バレては、いなかったか……)
虎珀は静かに、再び深く息を漏らす。
まあ龍禅がこう言うのは、いつもの事だ。
虎珀が龍禅に対し、共に行動していいと許可を出して以来、龍禅は過保護なのかと思うほど虎珀のことを考えている。
ちょっとの怪我でさえ大袈裟に騒ぐため、このような発言は今に始まったことでは無い。
虎珀は、いつも通りの龍禅にホッと胸を撫で下ろすと、龍禅は虎珀の隣に腰を下ろした。
「まあでも、なんかあったらすぐ言えよ?虎珀。
俺は、君が大切なんだからさっ」
「っ…………」
龍禅がそう言った直後、虎珀は魁蓮の言葉を思い出した。
【もし、今の己を変わらず貫き通すつもりならば、一つだけ忠告してやろう。
大切なものだけは、決して作るな】
(大切な、もの…………)
大切なものなんて、今まで作ったことがなかった。
故に、それがどういったものなのか、どういうふうに価値観が変わるのか分からない。
宝物なのか、優先するべきものなのか、虎珀は今ひとつ理解ができていなかった。
そんな大切という言葉を、この男は虎珀に対して使う。
尚更、理解が追いつかない。
虎珀は龍禅の言葉には何も答えず、サッと視線を逸らしてしまう。
(まあ……俺には、無縁の話だ……)
作るな、と言われた以上、今のままを継続すればいいのだ。
別に気にすることもない。
虎珀はそう言い聞かせ、龍禅の言葉を静かに聞き流した。
その時……龍禅は手を動かしながら、低い声でつぶやく。
「大切なものは、全部守り抜く。そのためには、それらを壊してくる鬼の王は排除しなきゃならない」
「っ……!!!!!」
「鬼の王みたいな残酷なやつに、何も傷つけさせやしない。あの妖魔は……この世で1番の悪だからな。
だから、虎珀のことも俺が守るよ。安心してっ」
そう言いながら、龍禅は虎珀が集めてくれた枝に火をつけた。
バチバチと音を立てて燃える火の傍らで、龍禅は手に持っていた動物の皮を削り落とす。
(この世で、1番の悪……)
虎珀は、龍禅の言葉を心の中で復唱した。
1番の悪、それはつまり……彼にとっての真実の悪は……。
「龍禅。お前は、鬼の王が真実の悪だと思うか?」
虎珀が静かに尋ねると、龍禅は一瞬驚いたように目を見開いた。
散々鬼の王が嫌いだと言っている男に対してする質問では無いが、龍禅は目を伏せると、すぐ真剣な表情に戻った。
「当たり前だ。鬼の王が誕生しなければ、この国は昔の平和が保たれていた。奴が黒神を倒したせいで、この国は何もかも歪んだんだから。
同じ妖魔種族ってことが、酷く憎いくらいさ」
「………………………」
「俺は、黒神様の仇を必ず取る。殺されたくないからと逃げ惑う鬼の王を絶対捕まえて、この国の不幸を終わらせるんだ。
意味もなく全てを壊し、そして殺す奴が、真実の悪として存在している限り……この国に、平和は訪れやしない。だから俺が……取り戻す」
(殺されたくないからと、逃げ惑う…………)
【言い忘れていた。虎の妖魔よ、貴様と行動を共にしている妖魔とやらに伝えてくれ。
我は貴様が殺しに来る時を、待っていると】
「…………………」
虎珀は、下唇を噛んだ。
やっぱり……何かがおかしい。
確かに世間は、鬼の王を真実の悪だと定義付けている。
現に龍禅も、そう口にした。
鬼の王だって、そう言われるくらいの大事件を引き起こしているのだから、何ら疑問に思うところは無い。
それでも虎珀が龍禅の言葉に頷けないのは……虎珀が今日見た鬼の王が、伝説で語られるような男に見えなかったから。
龍禅から聞いた鬼の王の人物像と、似ても似つかない男だったから。
【第一、貴様は我に何かしたか?】
【えっ……い、いや……】
【ならば、殺す理由など無い。妙な印象を抱かれているようだが……まあ弁明する気にもならんな】
【………っ………】
【話は終わりか?ならば即刻、ここから立ち去れ。廃村とはいえ、この場は空気が悪い。
あぁ、案ずるな……我が貴様を殺すことは無い】
(駄目だ……どうしても、悪と思えない……)
善悪を何よりも重んじている虎珀。
他者の意見にも、世間の印象にも流されない彼が感じた、ひとつの違和感。
それは考えれば考えるほど膨らみ、そして周りとの意見から遠ざかる。
【ただの経験談だ、話すことでもない。
今の己を変えたくないのならば、必要以上に周りに関心を持たぬ事だな】
【っ……】
【ただ、これだけは言える。
大切なものが己の手から零れ落ち、そして欠片すら残さず消えた時……全てが、悪に見える。今まで善と感じていたものも、全てだ。
世間、生物……そして………………
今まで信じていた、己もな ─────
(………………違う………………)
この時、虎珀はある考えが脳裏を過った。
「…………真実の、悪は……彼、なのか…………?」
「え、虎珀?なんか言った?」
虎珀が追い求めるのは、自分が基準の善悪。
そこに、周りの意見も印象も、干渉しない。
だから周りに流されずに、冷静に物事を見ることが出来た。
それ故に感じた違和感、抱えた疑問、おかしな点。
虎珀は知りたくなった……鬼の王のことを。
求めるのは、自分にとっての、真実としての善悪。
そして真実の悪と呼ばれ、世間に定義付けられた存在の、本当の部分はどこなのか。
「……なぁ、龍禅。頼みがある」
「ん?なに?」
虎珀の言葉に、龍禅は手を止めた。
虎珀はギュッと拳を握って、真剣な眼差しで龍禅を見つめる。
「黒神のことを、知りたい。だから……
俺を……志柳へ、連れて行ってくれ」
「……っ!」
「お前は言っていたよな。代々志柳の長になった者は、黒神のことを語り継いできたって。
お前が良ければ、教えて欲しい」
鬼の王が悪と呼ばれる最大のきっかけ、黒神。
調べるべきは、まずは彼の素性からだと考えた。
手っ取り早く鬼の王のことを調べるのが良いのだろうが、世間に彼の味方をする者はいない。
書物を読み漁っても、悪いことしか書かれていないだろう、それでは調べようにも答えは出ない。
だから黒神だ、彼の全てを知ってからだ。
歴史は、黒神のことをどう書き記したのか、彼は本当に人間の英雄だったのか。
黒神と鬼の王の間にあった真実は、何か。
虎珀が頼むと、龍禅は目を輝かせて微笑む。
「もちろん教える!
嬉しいよ!黒神様のことを知りたいなんて!」
「……できれば、すぐ知りたいんだ。頼む」
「まっかせてよ!そうと決まれば、志柳に帰らなきゃな!
あ、なんなら今日出発する?」
「……いいのか?」
「当然!虎珀が今日狩ったものは、全部持って行こう。そんで、志柳で一緒に食べようぜ?志柳の方が、美味しく調理出来るから!」
「わかった。ありがとう」
「全然!そうと決まれば、この鹿と兎だけは食っとかないとなぁ!」
そう言うと龍禅は、どこか嬉しそうに肉を焼き始めた。
その隣で、虎珀は自分の胸に手を当てる。
【ククッ、またな】
魁蓮が最後に言った言葉。
もしかしたら、またどこかで会えるかもしれない。
(鬼の王……彼こそが、真実の悪なのか……
全て暴いてやる。そして……)
虎珀は、ギュッと手を握った。
(何を信じるべきか、この目で確かめてやる)
これは、あるひとつの始まりだった。
後に鬼の王を何よりも崇拝し、彼の背中を追いかけると決心した一体の妖魔。
その、崇拝への第1歩だった………………。
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