愛恋の呪縛

サラ

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第246話

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「………………?」



 高い岩山から移動した魁蓮は、ふと振り返る。
 ここより遠く、更に遠くの方から感じた。
 それは唯一無二の力で、霊力でも妖力でもない……半年前に初めて目にして以来、魁蓮が一度は欲した神秘的な力。



「…………小僧?」

「ん?」



 ポツリと呟いた魁蓮に、彼の前方を飛んでいた楊が反応する。
 どこか遠くを見つめる魁蓮の姿を楊は不思議に思いながら、魁蓮の元へとゆっくり近づいた。



「どうしたんです?」

「……あの方角から、小僧の気配が」

「……は?」



 楊は魁蓮が見つめる方向を見るが、そこにあるのは木が立ち並ぶ森だけ。
 しかも妖魔が蔓延る場所だ、日向どころか他の人間だって近づこうとはしない。
 そんな場所を、魁蓮は見つめている。
 楊は違和感を抱えながらも、ケロッと笑ってみせた。



「……あっはは。ご冗談を、主君」

「いや、あれは……確かに小僧だった。だが何故……」

「………………………………」



 しかし、魁蓮は頑なに言い続ける。
 そもそも日向が現世にいるなんて、楊からすれば考えられないことだった。
 彼は現世に居ない、黄泉にいる。
 それに、肆魔と一緒にいると言ったのは魁蓮なのに、どうしてそんなことを言い出したのか。
 楊はため息を吐くと、未だ視線を外さない魁蓮に向かって声をかける。



「主君、一体どうしたんですか。そんな勘違いをするなんて、貴方らしくなっ」



 その時……突然、魁蓮が見つめていた方向へと足を進めた。
 あまりにも予想外な行動に、楊はド肝抜かれる。



「えっ、ちょっ、主君!?お待ちください!」



 楊は何度も呼び止めるが、魁蓮は楊の言葉を無視して突き進む。
 いるはずない、妖魔しかいない森をめざして。
 何かに取り憑かれたかのように、魁蓮はただ、先程自分が感じた日向の力を求めて進んだ。
 そんな魁蓮に楊は我慢できなくなり、ギリっと歯を食いしばると、体中に力を巡らせる。
 同時に楊の体は黒いモヤに包まれ、楊はそのまま魁蓮の前へと回り込んだ。

 そして黒いモヤが晴れると共に、楊は魁蓮の行く手を阻んで大声を放つ。





「止まれ!!!小童こわっぱ!!!!!」

「っ……!」





 楊の声といつもと違う呼び方に、魁蓮はやっと足を止めた。
 魁蓮の前に回り込んできた楊は、いつもの鷲の姿では無く……そこに居たのは、魁蓮より少し低い身長の、人間の若い少年の姿の楊だった。

 魁蓮からすれば驚くことでは無いが、楊はこうして自分の姿かたちを変えることが出来る。
 だが基本的に、楊は鷲の姿から変わることはほとんどない。
 そのため、少年の姿として止めに入ってきた楊を見れば、彼がいかに必死に魁蓮を止めようとしているのかが伝わってくる。
 現に楊は焦った表情で魁蓮を見つめると、少し強気な声で続けた。



「お前っ、少しは落ち着けよ!!の声が聞こえねぇのか!?」

「……っ……」

「ちょっとは考えろよ……何も考えず突っ走るとか、らしくねぇぞ」



 楊の言葉に、魁蓮は次第に冷静になっていく。
 確かにそうだ、何故現世で日向の力の気配を感じることがある?
 自分で日向は黄泉にいると断言したのに、その考えさえ無視して直感を信じるとは……。
 脱力したように息を吐くと、片手で顔を覆って俯いた。



「……すまん……」



 そう言葉を漏らす魁蓮は、どこか疲れているように見えた。
 鬼の王という異名で呼ばれて、早1300年以上。
 この世にいる全てから恐れられた最強の男が……今は、一人の人のように疲れを見せている。
 司雀と同様に、ずっと魁蓮の傍で彼を見守り続けてきた楊は、この姿を何度も見てきた。
 最強であればあるほど、魁蓮はこんな姿を見せなくなったが……。

 楊は困ったような表情を浮かべると、気を取り直して魁蓮に近づく。



「おい、大丈夫なのかよ。少し休むか?」

「…………」

「……そういやお前、最近また

「…………さあな…………どうでもいい…………」

「お前はな、最強だけど万能じゃねえんだ。お前にとって睡眠は、何よりも欠かせない。安心しろ、俺様が見張っといてやるから、そこら辺で寝とけ」

「いや、必要ない。早く黄泉へ戻るためにっ」

「うるせぇな、いいから寝ろよ。じゃねえと、司雀に言いつけてやるぞ。それとも、日向あいつに言ってやろうか?」

「…………………………………………」



 楊の軽い脅しに、魁蓮はムッと口を閉じる。
 それでも折れる気配が無い楊に、魁蓮はため息を吐いた。



「…………………………………………頼む」

「あぁ、さっさと寝ろ」



 魁蓮はそれだけ言うと、近くの大きな木の上へと移動し、そして目を閉じた。
 魁蓮が寝たのを確認すると、楊は鷲の姿へと戻り、魁蓮の元へと近づく。
 普段の恐ろしさからは想像できないほど、魁蓮の寝顔は穏やかだった。
 禍々しさを感じる赤い瞳が見えていないだけで、ここまで恐怖は軽減するのだろうか。



「はぁ……困ったクソガキだな、こいつは」



 楊はため息を吐きながら、魁蓮の顔が日陰になるように、自分の影を落とす。
 そして、魁蓮が先程行こうとしていた方向を見つめた。

 日向は、黄泉にいる。
 それは楊も、分かっていること。
 だがそれと同時に……

 魁蓮の勘がよく当たることも、楊は知っている。



「……まさか、本当に現世に……?」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 自分の力の気配が、魁蓮に勘づかれているとも知らず、日向は桜と一緒に木の実を採っていた。
 自然にある木の実より大量の数、採れば採るほど桜の気持ちは明るくなっていった。
 小さなカゴに採った木の実を入れては、たまに2人で食べたりして……。



「ん!これ、確かに甘ぇな!僕、結構好きだわ」

「良かったです。気に入って貰えて」



 木の実を採りながら会話を交わす度、2人の仲は深まっていた。
 日向は初めからオープンな態度だが、そんな日向の明るさにあてられたのだろう。
 桜も少しずつ心の壁が薄れていき、いつの間にか、物理的な距離感も近づいている気がした。



「「あっ」」



 次の木の実を口に入れようと、2人は同時に小さなカゴに手を伸ばす。
 だが同時に手を伸ばせば、手がぶつかり合うなど容易に考えられる。
 木の実に触れる直前、2人は互いの手が当たり、咄嗟に手を引っこめた。



「あぁ……悪ぃ」

「い、いえ……」



 誰とでも仲良くなれる日向だが、男だらけの仙人の拠点でずっと暮らしていたせいか、女性の接し方はまだまだ慣れない。
 対して桜も、初対面相手は緊張する性格。
 すっかり無くなっていた気まずい空気が、今の手の重なりで再発してしまった。
 日向は気まずそうに頭を搔き、桜は頬をほんのり赤く染めて、顔を俯かせている。



「そ、そういや!手が届く場所の木の実は、全部無くなっちまったな」



 ふと、日向が気まずい空気を破るかのように、そう声をかける。
 桜が顔を上げると、日向はいつも通りの明るい笑顔を浮かべていた。



「あ、そ、そうですね。あとは、木に登らないと届かないものしかなさそう……」

「ったく、もう少し採る側に優しくしてくれてもいいのによ~」



 そう軽く愚痴を零しながら、日向は木へと近づいた。
 見上げると、木の実はもう高い位置にしかない。
 背伸びをして取ろうにも、全然届かなかった。



「うっし。じゃあ僕が、登って取ってくるわ」



 日向はそう言うと、木にしがみつく。
 しかし……



「ま、待ってください!」



 何故か桜が、慌てて止めに入った。
 日向は「ん?」と首を回すと、桜は日向の元へと近づいて、少し躊躇いながら口を開く。



「あ、あの……私が、行きます」

「え?桜が?いやぁ、さすがに危ねぇぞ」

「だ、大丈夫です!それに……最後まで、私が採りたいので」



 そう話す桜の顔は、真剣そのものだった。
 普段は妖魔が邪魔をして、満足いくように採れない木の実だが、今はゆっくり時間をかけても木の実は逃げない。
 桜としては、この上ない幸福感だ。
 それを、彼女は最後まで味わいたいという。

 桜の真っ直ぐな願いを聞いた日向は、少し考えた後に、コクっと頷いた。



「分かった、じゃあ桜に任せるわ。なら僕は、下で桜が採った木の実を受け取るから、落としてくれて大丈夫だぜ」

「あ、ありがとうございます!」

「おう!気をつけろよ?怪我したら大変だ」



 そう言いながら日向が離れると、桜は1度深呼吸をして、ゆっくりと木を登っていく。
 木は、かなり立派な大きさをしていた。
 高いところが苦手な人は、きっと登りたくはないほどに。
 桜は一つ一つの動きに慎重になりながら、求めている木の実の元へと近づいた。
 そしてようやく、桜は上まで登りきる。



「あっ……の、登れました!」

「よく出来たな桜!じゃあ、木の実落としてくれ!」

「は、はい!」



 桜は登れた喜びを味わいながら、高い位置で待ってくれていた木の実を、一つ一つ採っていく。
 そして採った木の実を、小さなカゴを持って下で待つ日向に向けて落としていく。



「落としますね!」

「おう!そのままっ」



 その時……日向は、体が固まった。
 本当は、木に登れた桜をたくさん褒めて、落としてくる木の実を受け止めなければいけないのだが。

 日向は、男だけが抱える問題に直面していた。
 その問題とは……桜の衣だ。



 (や、やべぇっ…………)



 桜の下の衣は、可愛らしいスカートだった。
 足首近くまである長いスカートのため、普段の生活では何ら支障はない。
 だがそんなスカートでも、人の視線より高い位置に行けば、普段見えないものが見えてくる。
 これは言わば、男のロマンと言うものかもしれないのだが……ちゃんと弁えている男からすれば、それは視線に困るものでもあった。

 そして何を隠そう、日向は健全な少年。
 女性には優しくしなければいけないという考えを持っているが故に、絶賛視線に困っている。
 見上げれば…………あれが、見えてしまうからだ。
 見えたらラッキーな、白い、あれが。



「あれ……ひ、日向君?」



 そしてこの状況、女性側が鈍感だった場合はもっと深刻なものとなる。
 見られても平気、あるいは見られるという可能性を考えていない者だったら、隠すという概念が頭から抜けてしまう。
 桜の場合は、運悪く後者だった。
 突然気まずそうに視線を外す日向に、桜は少し戸惑う。



「あ、あの……どうしました?」

「えっ!い、いや……えと……」



 この時、日向の脳内では葛藤が起きていた。

 ひとつは、見えてるよー!と教えるか。
 ひとつは、なんでもない!と自分が我慢するか。

 相手によっては失礼にもなるし、恥をかかせることにもなりかねない。
 女性に恥をかかせたくない日向は、何が最善なのかを考えるが、考えれば考えるほど桜からは怪しまれる。
 そしてようやく日向は、答えを出した。



「……な、なんでも、ない……」



 日向は、気づかせない選択をした。
 だが日向という男は、顔に出やすい。
 少し気まずそうに顔を赤らめる日向、そしてどういう訳か視線を逸らしている。
 そんなの、態度から答えを言っているようなものだ。
 当然、桜だって勘づく。



「きゃああああ!!!!!!!」



 桜は自分のスカートが、日向の位置から開放的になっていることに気づき、慌てて足元を隠す。
 だが桜は忘れていた、人には腕が2本しかない。
 そして桜は、その腕を自分の支えとして使っていた。
 そんな腕の役割を突然変えてしまったら……体を支えるものは無くなる。



「あっ……!」



 支えを無くした桜の体は、グラッと激しく傾いた。
 そして壁なんてものがないため、桜の体はそのまま木から落ちていく。
 突然の浮遊感、高い位置からの落下。

 怪我だけでは、済まない。



 (大変っ……!)



 手を伸ばすが、時すでに遅し。
 桜の体は、重力に従うように落ちていく。
 このままでは、地面に体を打ち付けてしまう。
 そう、思った時だった。





「あっぶね!!!!!」

「っ!!!!!!!!」





 落下した桜の体は、硬い地面……ではなく、下で待っていた日向の腕の中に落ちた。
 桜の悲鳴を聞いた日向は、咄嗟に顔を上げて、寸前のところで反応できたのだ。



「お、おい!大丈夫か!?」

「あ、あっ……!」



 日向は桜の状態を心配したが……桜は、顔が真っ赤だった。
 桜は、まるでお姫様として扱われているかのように横抱きで抱えられて、日向の顔が間近にある。
 年若い桜の胸は、乙女の如く早く脈を打った。



「ご、ごごごめんなさい!!!す、すぐ降ります!」

「ちょ、おいおい待て待て」



 桜が日向の腕から降りようとした瞬間……日向は桜を抱えていた腕に力を込めて、それを止める。
 桜がその事に驚いていると、日向は少し困ったように笑った。



「桜、まずは落ち着こうな?」

「で、ですが!お、重いでしょう!?」

「重い?んな事ねぇよ、むしろ軽いわ。桜、普段からちゃんと食ってる?」

「た、食べて、ます……」

「そう?なら良かった。とりあえず、怪我はないか?」

「……は、はい……ご、ごめんなさい」

「いいってことよ。怪我が無いのが1番。
 よし、落ち着いてきたな。んじゃあ降ろすから、待ってろよ」



 そう言うと日向は、桜を地面にゆっくりと降ろす。
 桜が両足を地面につけるまで、日向はさりげなく桜の手を握り、彼女が安定するまで支えていた。

 日向は霊力を持たない一般人ではあるが、元々運動神経は良く、それなりの筋力もある方だ。
 今は原因不明で体が弱ってはいるものの、持ち前の運動神経の良さは訛っていなかったようで、女性を支えるくらいなんてことはなかった。



「ありがとうございます……助かりました」

「あっはは、おっちょこちょいだなぁ?桜は」



 そう言いながら、日向は桜の頭に着いていた葉をそっと取り、そして安心させるように頭を撫でた。
 優しい手、安心する声音、明るい笑顔。
 可愛らしい顔立ちはしているが、日向はれっきとした男なのだ。
 下心が全くない接し方は、女性の心を掴むには十分だった。
 現に桜も、幾度と助けてくれた日向に、胸の高鳴りが止まらない。



「やっぱり危ねぇから、上は僕が登って取ってくるよ」

「あ、はい……すみません……」

「いいのいいの、そんな謝んないで?それに、女の子の体に傷でも出来たら、大変だろ?
 桜が無事なら、それに超したことはないよ」



 それから日向は桜の代わりに木の実を取り、気づけば桜が用意した小さなカゴは、木の実でいっぱいになっていた。
 2人は溢れんばかりの木の実に、目を輝かせる。



「すっげぇ採れた!」

「こんな量、初めてです!」

「あっはは!それは良かったよ!」



 まだ笑みは見せないものの、嬉しさが態度から滲み出ている桜に、日向は優しく微笑んだ。
 そして日向はパンっと手を叩くと、桜に向き直る。



「よし、桜。家はどこだ?そこまで送る」

「えっ、そ、そんな!たくさん良くしてくれたんです!もう十分ですよ!」

「遠慮すんなって。それにこんな森の中、女の子を1人には出来ねぇよ。
 僕のわがままだと思ってくれ、ダメかな?」

「っ……わ、わかりました……」

「よし!決まり!それで、どこだ?」



 日向が尋ねると、桜はどこか言いにくそうに口を開いた。





「えっと、その……
 じ、実は……私の家、にあるんです」

「っ!!!」
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