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第266話
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かつて、志柳がまだ存在していた頃。
史上最強の仙人である黒神の生涯を書き記した、この世で唯一の歴史書たち。
志柳の当主となった者が、愛する志柳の民にも秘密にしていたこと。
謎に包まれた、花蓮国の秘密。
その秘密の1つを握る黒神の全てが、ここに眠っていた。
「こんなに、たくさん……」
日向はゆっくりと歩き回りながら、本棚に敷き詰められた書物を指でなぞっていく。
虎珀の話では、かなりの量の書物が残されていると聞いていたが、まさかここまでとは日向も思っていなかった。
こんなもの、公になればかなり凄いことになるだろう。
そしてここにある書物は、たった一人の書き手がずっと書いてきたもの。
黒神のことだけとはいえ、大したものだ。
「……………………」
そして日向は、壁側にあった屏風に近づいて、その前に屈んだ。
屏風に描かれていたのは、「伏魔の乱」
黒神の名が轟くきっかけとなった大事件で、当時妖魔の拠点とも言われていた場所が、彼1人の手によって壊滅した出来事だ。
日向は、屏風に書かれている仮面を被った仙人の絵を、そっとなぞった。
「彼が……黒神……」
虎珀の言う通り、黒神は顔が描かれていない。
かなりの美形だったそうだが、一体どれほどの美男子だったのだろう。
直接見れないのを少し残念に思いながら、日向は辺りを見渡した。
「にしても、どうしたもんか……」
日向はずらっと並ぶ本棚を見上げながら、腕を組んだ。
日向が求めていた黒神の書物、とりあえずその場所にたどり着けたのは大きな手柄だろう。
だが……黒神の書物は、日向の想像をはるかに超える量だったのだ。
(本は別に嫌いじゃないから、すぐ読み終わるって余裕かましてたけど……これは、キツイな……)
きっと、時間制限が無い状態ならば、焦ることも無く読むことができただろう。
だが今回は、2週間という中での調査。
加えて魁蓮に黙ってここへ来ているため、延長なんて手は使えない。
それに…………
(魁蓮は、気まぐれだ……帰ってくる日が、変動してもおかしくない……)
厄介なのが、魁蓮の性格。
2週間後に帰るという話ではあったものの、あの男がその通りに帰ってくるとは考えにくい。
色々と大目に見ても、1週間以内に帰るのが安全なのだ。
となると、日向はここにある書物を1週間以内に読まなければいけない。
結論…………どう足掻いても、不可能だ。
(もし……欲しい情報が得られなかったら…………)
「……いや……弱気になるな、僕」
頭に浮かんできた負の思考を、日向は両頬をバシッと叩いてかき消す。
可能性は低くても、ゼロではない。
せっかくここまで足を運んできたのだ、やれることだけやればいい。
でなければ、魁蓮の記憶を取り戻す術が、今後見つかるとは限らないのだから。
日向は顎に手を当てて、何を優先的に調べるかを考える。
「……やっぱ、天花寺雅だよな」
ここに来る前、魁蓮の記憶喪失の原因となった可能性があると考えていた、天花寺雅。
黒神の書物とはいえ、天花寺雅に関するものもいくつかあるはずだ。
日向は「よしっ」と気を立て直すと、早速、天花寺雅について記載されている書物を探し始める。
「虎珀に何巻目なのか、聞いとけば良かったな」
幸いにも黒神の書物は、これを書いた順番通りに並べられていた。
そのため、最初の方にある書物は、黒神がまだ仙人として動き始めた頃のことばかり。
今まで聞いてきたおとぎ話から考えて、天花寺雅は黒神が名を轟かせた後、彼と出会っている可能性が高い。
となると、探すべきは……伏魔の乱の後だ。
「違う……これでもない……あぁ、これも違ぇ……」
なるべく傷つけないように、日向は慎重に扱いながら素早く書物に目を通す。
虎珀の話では、天花寺雅の姿が描かれた絵があるはずなのだ。
それを中心に探せば…………なんて考えは、甘かった。
「……おい!いつになったら黒神って呼ばれ始めるんだよ!!!」
日向は、書物を開きながら大声を上げた。
かなり真ん中辺りから探しているつもりなのだが、日向が読んでいるところは、まだ黒神が仙人として駆け出したくらいの話。
つまり黒神という名で、彼はまだ呼ばれていない。
故に必然的に、天花寺雅が当分出てこないことも考えられる。
「こんなの、いくら時間あっても足りねぇぞ……!」
日向はガクッと項垂れながら、部屋の中心に腰を下ろす。
早くしなければ、早く見つけなければ。
そう思えば思うほど焦ってしまい、無駄にイライラしてしまう。
(魁蓮の記憶を、取り戻さねぇといけねぇのに……)
「……………………」
ふと、日向は全身に全快の力を巡らせた。
そして両手を広げながら、ふざけた声で叫ぶ。
「植物たちよ。天花寺雅の書物を探せ!!!
……ブフッ、あっはは!な~んてなっ」
日向は自分の行動にケラケラ笑いながら、その場に寝転んだ。
「僕の力に、そんな能力ねぇし。それにこんなんで見つかるなら、今みたいに苦労しねぇっての」
今の状況に限らず、探しているものをすぐに見つけることが出来る力があれば、きっと色んな場面で役に立つだろう。
物だけではない、人探しだって大活躍だ。
まあ、世の中そんなに甘くはなく、結局は地道な努力しかない。
日向は力を全身に流したまま、ため息を吐いた。
「ったく、一体どの書物だよ。
誰かー!助けてくれよー!…………はぁ…………」
ほぼ八つ当たりの叫び。
名前なんて呼んだところで、何も意味は…………
フワッ……………………。
「………………えっ?」
寝転がる日向の視界に、何かが入り込んできた。
日向がそれに驚いて体を起こすと…………
部屋の中に、数枚の花びらが舞っていた。
風なんて無いのに、ゆらゆらと。
「…………な、なんでっ!?」
日向が驚いて顔を青ざめていると、花びらたちは優雅に舞い始めた。
こんな光景、奇妙と思う他ない。
何より、この部屋は完全に閉ざされていた。
だというのに、この花びらはどこから来たのか。
辺りを見渡しても花なんてない、日向は怪奇現象が起きているのだと思い始め、恐怖のあまり後退る。
その時、花びらたちは部屋の中をゆっくりと回ると、ある場所で止まった。
そして、1冊の書物にピタッと軽く貼り着く。
「……………………?」
その書物に何かあるのかと思い、日向は立ち上がって書物に近づいた。
すると花びらたちは書物から離れ、日向の背後へと回る。
「何だ……?」
日向がその書物を本棚から取りだし、不思議に思いながら表紙を捲った。
その時……………………
「…………っ!」
捲った先にあったのは……1枚の人物絵。
無数の花に囲まれる、腰まである長い白髪を靡かせた女性のような後ろ姿。
横顔だけ見えるその人物は、穏やかに目を閉じ、長いまつ毛を伏せている。
雪のような白い肌、あまりにも神秘的。
そして書物の最初の題名が………………
『花と神に愛されし、美しき覡』
「…………見つけた…………」
日向は、その絵をなぞった。
ようやく見つけた、ようやく目にした。
語り継がれるおとぎ話で、黒神と共に生きていたという存在。
そして……魁蓮と、何かしら関係があったと考えられる人物。
天花寺雅だ。
「ほんとに、僕とそっくりな見た目だな…………」
日向が絵を見た途端、感じたのは親近感だった。
何せこの絵に描かれている天花寺雅は、日向と髪色が同じだった。
長さはまるで違うが、日向と瓜二つと言ってもいいだろう。
「この人……すげぇ綺麗……」
そう思った瞬間、胸の奥が締め付けられた。
確かにこの人物を追い求めていた、どんな人なのだろうかと探していた。
でも、いざ見つけると良い気はしない。
だって天花寺雅は……魁蓮の……。
「い、今は考えんじゃねえ!」
日向は我に返り、バタンっと書物を閉じた。
悔しくない、と言えば嘘になる。
そりゃ嫉妬もするし、羨ましいとも思う。
この天花寺雅がどんな人だったかは分からないが、少なくとも魁蓮にとっては魅力的な人だった。
自分の好きな人に、好きな人がいる。
そう考えるだけで、悲しくて吐き気を感じた。
「とにかく、調べよう……」
ズキっと胸が痛むような感覚を抱えたまま、日向は再び書物を開き、天花寺雅のことを調べ始める。
その場に腰を下ろして、口を閉じ読み始めた。
'' 花は、決して裏切らない。
過ぎ行く四季の中でいくつもの姿を変えながら、私たちを永遠に見守っている。
あなた達は独りじゃない、泣かなくていいよ。
だから前を向いて……彼らが導いてくれるから。
何事も悔い無く、ありのままの人生を。
さぁ人々よ、望むままに己を咲かせなさい ''
彼を語るには、いくつ紙があっても書き足りない。
彼は、まさに神そのもののような存在。
明るい性格と優しい笑みは、暗闇に差し込む太陽の光のように、美しく輝く。
彼は、全てを愛した。
彼は、全てを見守った。
彼は、全てを導いた。
彼が歩けば、枯れ果てた土にも花が咲く。
彼こそ、天からの授かりものだ。
決して忘れることなかれ。
『天花寺 雅』 その名前を。
「ん?」
日向は最初の文を読んだ瞬間、突然止まった。
目をぱちぱちと大きく瞬きさせて、ある文字をじっと見つめる。
「……彼?」
彼。
天花寺雅を指すその漢字を、日向は見つめた。
そしてしばらく時間が経ったあと、ガッと目と口を開けた。
「男!?」
日向は思わず叫んでしまい、「彼」という漢字をまじまじと見つめた。
日向はずっと、天花寺雅が女だと思っていた。
そんな存在が、まさか今になって男だと……
その時、日向はあることを思い出す。
「そういや……虎珀からこの話聞いたな。その時、確か男だって言ってた気が……」
この書物があることを、虎珀は教えてくれた。
その際、この文の内容も教えてくれてたのだ。
つまり、日向がただ話を覚えていなかっただけ。
魁蓮に大切な人がいたという事実の方が衝撃で、きっと記憶から消していたのだろう。
となれば、ツッコミどころがたくさんある。
「つまり……魁蓮は、男が好きだったってこと!?」
天花寺雅が、魁蓮の愛する人だったとは確定していないのに、日向はそこまで想像が膨らんでしまう。
彼に対して愛情があったかは分からないが、少なくとも特別だったのは間違いない。
でも、まさか男だったとは。
日向は衝撃を受けながらも、更に読み進めていった。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
天花寺雅…………彼は、花蓮国の皇太子だ。
そして彼は、黒神を語る上で非常に大事な存在だ。
何せ黒神は殿下の要望により、彼のたった一人の護衛を務めていた。
そして何より、天花寺雅は黒神を「人」に変えた人物なのだ。
今まで、黒神は道具のようだった。
ただ善悪の区別だけで動き、どんな理由があろうと、悪を倒すだけだった。
しかし、天花寺雅はそんな黒神に、「愛」を教えた。
彼を傍に置き、人として扱い、そして愛を与えた。
彼との出会いをきっかけに、黒神は人になった。
ずっと抱えることのなかった「守る」という気持ちを抱き、真の意味で殿下を守っていた。
そしてその思いを……彼に教わった愛に変えたのだ。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
「皇太子、だったのか」
日向は書物を読みながら、少しずつ知識を取り入れる。
天花寺雅は、かつて花蓮国の皇太子だった。
そんな皇太子の唯一の護衛が、黒神だったのだ。
どういう理由で彼が黒神を護衛にしたのかは分からないが、少なくとも皇太子は、黒神の実力を認めていたのだろう。
「近しい関係だったんだな……」
二人の関係性が分かると、日向は更に読み進めようと紙を捲る。
書物には、二人の出会いから日常まで細かく書かれていた。
だがこれは、あくまで黒神の書物。
やはり天花寺雅より、黒神のことばかり書いている。
それから日向は、天花寺雅が出てくる箇所ばかりを読み漁り続けた。
「………………………………」
そんな中、休みを挟みながら読み続ける日向の姿を……
あの花びらたちは、じっと見つめていた。
史上最強の仙人である黒神の生涯を書き記した、この世で唯一の歴史書たち。
志柳の当主となった者が、愛する志柳の民にも秘密にしていたこと。
謎に包まれた、花蓮国の秘密。
その秘密の1つを握る黒神の全てが、ここに眠っていた。
「こんなに、たくさん……」
日向はゆっくりと歩き回りながら、本棚に敷き詰められた書物を指でなぞっていく。
虎珀の話では、かなりの量の書物が残されていると聞いていたが、まさかここまでとは日向も思っていなかった。
こんなもの、公になればかなり凄いことになるだろう。
そしてここにある書物は、たった一人の書き手がずっと書いてきたもの。
黒神のことだけとはいえ、大したものだ。
「……………………」
そして日向は、壁側にあった屏風に近づいて、その前に屈んだ。
屏風に描かれていたのは、「伏魔の乱」
黒神の名が轟くきっかけとなった大事件で、当時妖魔の拠点とも言われていた場所が、彼1人の手によって壊滅した出来事だ。
日向は、屏風に書かれている仮面を被った仙人の絵を、そっとなぞった。
「彼が……黒神……」
虎珀の言う通り、黒神は顔が描かれていない。
かなりの美形だったそうだが、一体どれほどの美男子だったのだろう。
直接見れないのを少し残念に思いながら、日向は辺りを見渡した。
「にしても、どうしたもんか……」
日向はずらっと並ぶ本棚を見上げながら、腕を組んだ。
日向が求めていた黒神の書物、とりあえずその場所にたどり着けたのは大きな手柄だろう。
だが……黒神の書物は、日向の想像をはるかに超える量だったのだ。
(本は別に嫌いじゃないから、すぐ読み終わるって余裕かましてたけど……これは、キツイな……)
きっと、時間制限が無い状態ならば、焦ることも無く読むことができただろう。
だが今回は、2週間という中での調査。
加えて魁蓮に黙ってここへ来ているため、延長なんて手は使えない。
それに…………
(魁蓮は、気まぐれだ……帰ってくる日が、変動してもおかしくない……)
厄介なのが、魁蓮の性格。
2週間後に帰るという話ではあったものの、あの男がその通りに帰ってくるとは考えにくい。
色々と大目に見ても、1週間以内に帰るのが安全なのだ。
となると、日向はここにある書物を1週間以内に読まなければいけない。
結論…………どう足掻いても、不可能だ。
(もし……欲しい情報が得られなかったら…………)
「……いや……弱気になるな、僕」
頭に浮かんできた負の思考を、日向は両頬をバシッと叩いてかき消す。
可能性は低くても、ゼロではない。
せっかくここまで足を運んできたのだ、やれることだけやればいい。
でなければ、魁蓮の記憶を取り戻す術が、今後見つかるとは限らないのだから。
日向は顎に手を当てて、何を優先的に調べるかを考える。
「……やっぱ、天花寺雅だよな」
ここに来る前、魁蓮の記憶喪失の原因となった可能性があると考えていた、天花寺雅。
黒神の書物とはいえ、天花寺雅に関するものもいくつかあるはずだ。
日向は「よしっ」と気を立て直すと、早速、天花寺雅について記載されている書物を探し始める。
「虎珀に何巻目なのか、聞いとけば良かったな」
幸いにも黒神の書物は、これを書いた順番通りに並べられていた。
そのため、最初の方にある書物は、黒神がまだ仙人として動き始めた頃のことばかり。
今まで聞いてきたおとぎ話から考えて、天花寺雅は黒神が名を轟かせた後、彼と出会っている可能性が高い。
となると、探すべきは……伏魔の乱の後だ。
「違う……これでもない……あぁ、これも違ぇ……」
なるべく傷つけないように、日向は慎重に扱いながら素早く書物に目を通す。
虎珀の話では、天花寺雅の姿が描かれた絵があるはずなのだ。
それを中心に探せば…………なんて考えは、甘かった。
「……おい!いつになったら黒神って呼ばれ始めるんだよ!!!」
日向は、書物を開きながら大声を上げた。
かなり真ん中辺りから探しているつもりなのだが、日向が読んでいるところは、まだ黒神が仙人として駆け出したくらいの話。
つまり黒神という名で、彼はまだ呼ばれていない。
故に必然的に、天花寺雅が当分出てこないことも考えられる。
「こんなの、いくら時間あっても足りねぇぞ……!」
日向はガクッと項垂れながら、部屋の中心に腰を下ろす。
早くしなければ、早く見つけなければ。
そう思えば思うほど焦ってしまい、無駄にイライラしてしまう。
(魁蓮の記憶を、取り戻さねぇといけねぇのに……)
「……………………」
ふと、日向は全身に全快の力を巡らせた。
そして両手を広げながら、ふざけた声で叫ぶ。
「植物たちよ。天花寺雅の書物を探せ!!!
……ブフッ、あっはは!な~んてなっ」
日向は自分の行動にケラケラ笑いながら、その場に寝転んだ。
「僕の力に、そんな能力ねぇし。それにこんなんで見つかるなら、今みたいに苦労しねぇっての」
今の状況に限らず、探しているものをすぐに見つけることが出来る力があれば、きっと色んな場面で役に立つだろう。
物だけではない、人探しだって大活躍だ。
まあ、世の中そんなに甘くはなく、結局は地道な努力しかない。
日向は力を全身に流したまま、ため息を吐いた。
「ったく、一体どの書物だよ。
誰かー!助けてくれよー!…………はぁ…………」
ほぼ八つ当たりの叫び。
名前なんて呼んだところで、何も意味は…………
フワッ……………………。
「………………えっ?」
寝転がる日向の視界に、何かが入り込んできた。
日向がそれに驚いて体を起こすと…………
部屋の中に、数枚の花びらが舞っていた。
風なんて無いのに、ゆらゆらと。
「…………な、なんでっ!?」
日向が驚いて顔を青ざめていると、花びらたちは優雅に舞い始めた。
こんな光景、奇妙と思う他ない。
何より、この部屋は完全に閉ざされていた。
だというのに、この花びらはどこから来たのか。
辺りを見渡しても花なんてない、日向は怪奇現象が起きているのだと思い始め、恐怖のあまり後退る。
その時、花びらたちは部屋の中をゆっくりと回ると、ある場所で止まった。
そして、1冊の書物にピタッと軽く貼り着く。
「……………………?」
その書物に何かあるのかと思い、日向は立ち上がって書物に近づいた。
すると花びらたちは書物から離れ、日向の背後へと回る。
「何だ……?」
日向がその書物を本棚から取りだし、不思議に思いながら表紙を捲った。
その時……………………
「…………っ!」
捲った先にあったのは……1枚の人物絵。
無数の花に囲まれる、腰まである長い白髪を靡かせた女性のような後ろ姿。
横顔だけ見えるその人物は、穏やかに目を閉じ、長いまつ毛を伏せている。
雪のような白い肌、あまりにも神秘的。
そして書物の最初の題名が………………
『花と神に愛されし、美しき覡』
「…………見つけた…………」
日向は、その絵をなぞった。
ようやく見つけた、ようやく目にした。
語り継がれるおとぎ話で、黒神と共に生きていたという存在。
そして……魁蓮と、何かしら関係があったと考えられる人物。
天花寺雅だ。
「ほんとに、僕とそっくりな見た目だな…………」
日向が絵を見た途端、感じたのは親近感だった。
何せこの絵に描かれている天花寺雅は、日向と髪色が同じだった。
長さはまるで違うが、日向と瓜二つと言ってもいいだろう。
「この人……すげぇ綺麗……」
そう思った瞬間、胸の奥が締め付けられた。
確かにこの人物を追い求めていた、どんな人なのだろうかと探していた。
でも、いざ見つけると良い気はしない。
だって天花寺雅は……魁蓮の……。
「い、今は考えんじゃねえ!」
日向は我に返り、バタンっと書物を閉じた。
悔しくない、と言えば嘘になる。
そりゃ嫉妬もするし、羨ましいとも思う。
この天花寺雅がどんな人だったかは分からないが、少なくとも魁蓮にとっては魅力的な人だった。
自分の好きな人に、好きな人がいる。
そう考えるだけで、悲しくて吐き気を感じた。
「とにかく、調べよう……」
ズキっと胸が痛むような感覚を抱えたまま、日向は再び書物を開き、天花寺雅のことを調べ始める。
その場に腰を下ろして、口を閉じ読み始めた。
'' 花は、決して裏切らない。
過ぎ行く四季の中でいくつもの姿を変えながら、私たちを永遠に見守っている。
あなた達は独りじゃない、泣かなくていいよ。
だから前を向いて……彼らが導いてくれるから。
何事も悔い無く、ありのままの人生を。
さぁ人々よ、望むままに己を咲かせなさい ''
彼を語るには、いくつ紙があっても書き足りない。
彼は、まさに神そのもののような存在。
明るい性格と優しい笑みは、暗闇に差し込む太陽の光のように、美しく輝く。
彼は、全てを愛した。
彼は、全てを見守った。
彼は、全てを導いた。
彼が歩けば、枯れ果てた土にも花が咲く。
彼こそ、天からの授かりものだ。
決して忘れることなかれ。
『天花寺 雅』 その名前を。
「ん?」
日向は最初の文を読んだ瞬間、突然止まった。
目をぱちぱちと大きく瞬きさせて、ある文字をじっと見つめる。
「……彼?」
彼。
天花寺雅を指すその漢字を、日向は見つめた。
そしてしばらく時間が経ったあと、ガッと目と口を開けた。
「男!?」
日向は思わず叫んでしまい、「彼」という漢字をまじまじと見つめた。
日向はずっと、天花寺雅が女だと思っていた。
そんな存在が、まさか今になって男だと……
その時、日向はあることを思い出す。
「そういや……虎珀からこの話聞いたな。その時、確か男だって言ってた気が……」
この書物があることを、虎珀は教えてくれた。
その際、この文の内容も教えてくれてたのだ。
つまり、日向がただ話を覚えていなかっただけ。
魁蓮に大切な人がいたという事実の方が衝撃で、きっと記憶から消していたのだろう。
となれば、ツッコミどころがたくさんある。
「つまり……魁蓮は、男が好きだったってこと!?」
天花寺雅が、魁蓮の愛する人だったとは確定していないのに、日向はそこまで想像が膨らんでしまう。
彼に対して愛情があったかは分からないが、少なくとも特別だったのは間違いない。
でも、まさか男だったとは。
日向は衝撃を受けながらも、更に読み進めていった。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
天花寺雅…………彼は、花蓮国の皇太子だ。
そして彼は、黒神を語る上で非常に大事な存在だ。
何せ黒神は殿下の要望により、彼のたった一人の護衛を務めていた。
そして何より、天花寺雅は黒神を「人」に変えた人物なのだ。
今まで、黒神は道具のようだった。
ただ善悪の区別だけで動き、どんな理由があろうと、悪を倒すだけだった。
しかし、天花寺雅はそんな黒神に、「愛」を教えた。
彼を傍に置き、人として扱い、そして愛を与えた。
彼との出会いをきっかけに、黒神は人になった。
ずっと抱えることのなかった「守る」という気持ちを抱き、真の意味で殿下を守っていた。
そしてその思いを……彼に教わった愛に変えたのだ。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
「皇太子、だったのか」
日向は書物を読みながら、少しずつ知識を取り入れる。
天花寺雅は、かつて花蓮国の皇太子だった。
そんな皇太子の唯一の護衛が、黒神だったのだ。
どういう理由で彼が黒神を護衛にしたのかは分からないが、少なくとも皇太子は、黒神の実力を認めていたのだろう。
「近しい関係だったんだな……」
二人の関係性が分かると、日向は更に読み進めようと紙を捲る。
書物には、二人の出会いから日常まで細かく書かれていた。
だがこれは、あくまで黒神の書物。
やはり天花寺雅より、黒神のことばかり書いている。
それから日向は、天花寺雅が出てくる箇所ばかりを読み漁り続けた。
「………………………………」
そんな中、休みを挟みながら読み続ける日向の姿を……
あの花びらたちは、じっと見つめていた。
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