この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗

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Ninth Chapter...7/27

WAWプログラム

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「なあ、龍美。これってデフォルトの周波数だっけか?」
「ん、まあそうね。幅広く拾えるようにはなってるはずだけど」
「絞ったりできるもんか?」
「絞るって……つまり周波数を限定するってことよね?」

 虎牙がその通りだと頷く。
 素人考えだが、確かに周波数を絞ればその帯域のデータはよく拾えるようになりそうだ。
 しかし、その帯域が全くの不明だからこそ、こうしてデフォルトの周波数、144Mhz帯で拾っているわけだが……。

「――802Mhz」
「……マジ?」

 802Mhz。その数字が何故出てきたのかは、私にも分かる。
 ただ、それは本来今の話とは無関係であるはずだ。
 その帯域の通信など、あまり聞いたこともない。
 だからこそ競合せずに鮮明な通信ができるのかもしれないが……もし無断で通信がなされているなら、それは電波法に違反していたりするのではなかろうか。

「ただの思い付きだ。一旦それで試してくれ」
「え、ええ。分かったわ」

 起動しているシステム内に、周波数を変動させるツマミがあるのでそれを動かす。
 そして数分間、私たちは口数も少なくモニタを注視し続けた。

「……やっぱ駄目かねえ」
「そもそも関係ない数字でしょうし……」
「ま、もしかしたら貴獅もあの数字を見て……とか考えたが、あり得ねえよな」
「そりゃあね――」

 当然だと頷こうとしたときだった。
 レッドアイのシステムが、反応を示したのは。
 どうやら、何らかの通信を拾っているようだ。

「嘘……」
「聞こえるか……!?」

 受信できただけでも相当の幸運だが、この通信がお目当てのものかどうか。
 期待し過ぎるのは良くないが、興奮は抑えられなかった。

『……警戒…………の……』
「き、聞こえる……!」

 思わず口に出してしまった私に、虎牙が黙れというジェスチャーを送ってくる。
 しまったと私は両手で口を押さえ、音声に集中した。

『……は……WAWプログ…………』

 音声はあまりにもノイズが酷く、とても全てを聞き取れるレベルではない。
 声として認識できたのは、恐らく一割にも満たなかっただろう。
 低い男性の声。似ているのはやはり貴獅さんの声で。
 そしてそこから先は、通信が終了するまでノイズだけしか聞こえてはこなかった。

「……拾えただけでも奇跡ね」
「ああ。お前のお手柄だ」
「周波数は虎牙のお手柄でしょ。まさか、本当に802Mhzで受信できるなんて……」
「そこにも何か、意味があるのかもしれねえな」

 この街に存在しているもの、起きている事象。
 そこにどんな関連があっても、おかしくはないということか。
 ミッシングリンクは未だ見えてこないけれど。
 探れば探るほど、それは浮き彫りになっていくのかもしれない。

「しっかし……全然聞こえなかったな。途中、意味のある単語は聞こえた気がするけどよ」
「そうね……何とかプログラムって言ってた気がするわ。多分……WAWダブリューエーダブリューって」

 WAWプログラム。一度も聞いたことのない言葉だった。試しにインターネットで検索をかけてみるが、それらしいものはヒットしない。

「謎だな。けど、ひょっとしたらそれが病院の行ってる実験なのかもしれねえ」
「実験の名称、か。確かに今のが貴獅さんの通信だったら、あり得なくはないか……」

 だとすれば、その実験はどのようなものだろうか。WAWという、恐らくは頭文字(イニシャル)の意味が分かれば、実験の内容も推測することができるだろうか。
 ともあれ、虎牙の話通り、病院が怪しげな実験……或いは計画を進めているのは事実と言ってしまってもよさそうだ。

「WAWね……。とりあえず、そっちの中身も追ってみることにするか。永射の事件に繋がってる線も濃いしな。……サンキュ、助かった」
「これくらい全然。……とんでもないことになってきたわね」

 土砂崩れが起きて、永射さんが水死して、彼の邸宅が火事になって……。全てが不幸な偶然の連鎖だというなら、どれほど気が楽だったか。
 土砂崩れはまだ自然現象だとしても、虎牙の話を聞いた今、永射さんに関連した出来事が不運であったとは考えられない。
 彼は何者かの毒牙にかかって、その命や生きた痕跡すらも奪われていったのか……。

「んじゃ、俺はそろそろ帰るとするぜ。時間が惜しいってのもあるしな。お前とは連絡をとりあうが、最低限にしておくつもりだ。こっち側の通信を傍受されてるって危険性だってある」
「それは考えすぎ……だといいけど。了解したわ、今日はアンタの無事が分かっただけでも良しとします」

 そのかわり、今後も頼ってよ。私は心の中でだけ、そう呟く。
 
「すまねえが、玄人や満雀には俺のこと言わないでくれ。半端なのはかえって心配させるからよ。……じゃあ、またな」
「ええ、また」

 別れを告げると、虎牙はあっさりと、振り返ることもせず森の中へと消えていく。その姿が無くなったら、もう二度と見られなくなるのではないか。そんな不安がふいに襲ってきたが、ただの杞憂だ。またな、と虎牙は言ってくれたのだから。
 必ず再会する。この危機を、必ず二人で乗り越える。
 そのために、私も私のできる限りであいつに協力しよう。
 大丈夫。きっと上手くいく。

「……それにしても」

 たった一つ、失敗したかなと思ったのは。
 あいつにムーンスパローの片付けを手伝わせなかったことだった。

「これ、一人で片付けるしかないのね……」

 最早誰もいなくなった森の中。
 私の溜め息は妙に大きく聞こえるのだった。
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