この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗

文字の大きさ
52 / 86
Ninth Chapter...7/27

赤い目と赤い月

しおりを挟む
 骨の折れる片付け作業を一人で終わらせて。
 もう午後一時も過ぎたころ、私はようやく下山することができた。
 太陽が厚い雲に覆われているといっても、夏の暑さは容赦なく、蒸し風呂のような熱気が襲う。
 そのせいで、私は額だけでなく至る所から汗を流しながら、愛しの我が家を目指して歩いていた。
 鈍色の空からは、いつ雨が降り出してもおかしくない。火照った体を冷ましたいから、むしろ小雨なら降ってくれてもありがたいくらいだ。

「……あ」

 そこで、ポツリと。
 一滴の雨粒が、確かに私の頬に落ちた。
 まだ、ほとんど気が付かない程度ではあるけれど。
 雨雲からは少しずつ、雨が降り始めているようだ。
 ゆっくり歩いていっても、服が濡れて透けないうちには帰れるかな。
 流石にこの天気で出歩く人は、そう多くないとは思うのだが。
 目算を誤って濡れ鼠になったとしたら、下着が透けて見えるのは恥ずかしいな。
 ……などと考えていると、いきなり目の前に通行人の姿を見つけた。
 その人も雨のせいで、慌てて帰るところなのかもしれないと思ったのだが、人影はどうも背が低い。
 見た目からして、どうやら子どものようだ。
 女の子……盈虧園の生徒だろうか?
 私の視線に気付いたのか、女の子の足がピタリが止まる。
 そして、ゆっくりとこちらを振り向く。

 ――え?

 彼女のことは知っていた。
 玄人が、よく気にしていたからだ。
 河野理魚。
 精神に疾患を持ち、喋ることもままならない少女。
 玄人が永射さんの死体を発見するきっかけとなった少女……。
 理魚ちゃんは、まるで夢遊病者のように力無く立ち尽くし、表情の消えた顔をこちらへと向けている。
 そして、その目が。
 真っ赤に、充血していた。

「ひっ……」

 クラスメイトの豹変した姿に、私は思わず声を漏らしてしまう。
 だって、あんなに赤い目がこちらを見つめていたら、恐怖心が湧いても仕方ないじゃないか。
 理魚ちゃんの双眸は、白目の部分が完全に赤く染まり。
 にも関わらず彼女は、それを気に留める様子もなく呆然とこちらを見つめているのだ。
 少女は黙して語らない。まるで私の向こうに何かを見ているかのよう。

「ねえ――」

 意を決して、声を掛けようとしたタイミングで。
 少女はまた、ふらりと身を翻して私に背を向け、彷徨うように去っていく。
 そう。最初から私など、眼中になかったようだ。
 あの子が見たかったのは、私でない別の何かだった……。

「……ルナティック……」

 あの赤い目に、私はふとその言葉が浮かんだ。
 熱病に侵されたような、虚な瞳。濁ったその黒目の外側は、ある意味美しいまでに赤く染まり。
 彼女の目で見た景色は一体どのようになっているのだろうかと考えたところで、私は恐ろしくなった。

 ――もしかして。

 それこそが、赤い満月へと至るのだろうか、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...