29 / 176
第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】
二十六話 過去の傷
しおりを挟む
俺とソウシは、三人と別れて食堂を出る。袋小路の部屋に籠るよりは、厨房からも逃げられる造りになっているのでそこに留まるのは正解だろう。最初から食堂を拠点にしていればと思ったが、今更悔やんでもそれは仕方ない。
タカキの遺体がある102号室へ向かおう。そう思って歩き始めたところで、ソウシに呼び止められた。
「……すまん、ちょっと気になることがあるんだよ。タカキのところに行く前に、寄ってってもいいか?」
「ああ、構わないけど」
霊の浄化より先にしておきたいことだというなら、俺に止める理由はない。素直に従って、俺はソウシの後を追う。
ソウシはホールの階段を上り二階へ行くと、そのまま西廊下へと歩いていき、203号室へ入った。……ここはユリカちゃんに割り振られた部屋だ。
「ここにどんな用が?」
一応、俺が聞いてみると、
「あいつ、几帳面に日記をつけてたからな。そこに何か書かれてないかと」
その何かについて、ソウシはある程度見当をつけているようだ。でなければ、いくら死んでしまったからとはいえ、こうも躊躇なくユリカちゃんの日記を覗き見たりはしないだろう。
「……あった!」
最後のページを開いたとき、ソウシが大声を上げた。見てもいいのか迷ったが、どうやら最初から俺にも見せるつもりだったようで、彼は俺に見える位置まで手帳を近づけてくれた。
ユリカちゃんがつけていた日記。最後のページはこの屋敷に来てから書かれたもので、そこにはこんなことが記されていた。
『……さっき、サツキちゃんとタカキくんが言い争っているのを盗み聞きしてしまった。あんまり大きい声でサツキちゃんが怒っているから、気になってしまったのだ。だけど、それがまさか、私に関わることだったなんて。ショックでミツヤくんが見ていることにも気がつかなかった。
……力本と言えば、私のお母さんに大怪我を負わせた少年のことだ。捕まってからの消息は知らないけれど、出来ることなら少年院から出てきてほしくない。私はそう思っていた。でも、サツキちゃんは彼のことを、確かに力本と言ったのだ。非難するような口ぶりで。
……じゃあ、つまり彼は、力本ってことなのか。私の母親を二度と歩けないようにした、あの力本発馬だというのだろうか……』
全文を読み終えたとき、ソウシが小さく息を吐いた。
「……やっぱり、か。薄々、そうなんじゃないかと思ってたんだ」
「……知ってたのか?」
「まあ、あの事件のことは俺も気にかかってたからな」
あの事件。それは、手帳の中にしまわれていた新聞記事の切り抜きに記載されていた事件だ。
四年前、河南一家に襲いかかった悲劇。
「……ユリカの母親が、十一歳という若さの子どもに斬りつけられ、車椅子生活を余儀なくされた事件。逮捕された力本発馬は、金持ち一家の一人っ子で、ワガママに育った挙句、あんな事件を起こしたんだ。何でも、親と喧嘩して、包丁を手に家を飛び出し、偶然視界に入った女性にいきなり斬りかかったんだと。それが、ユリカの母親だったんだと……」
力本。それはサツキがタカキとの喧嘩中、口にしていた名前だ。
非難するような、軽蔑するような口振りで。
そしてタカキは途方に暮れた様子で部屋から出てきた……。
「……力本は少年院に入れられてから、親から見捨てられて孤独な院内生活を送っていたらしい。意外にも刑期は短かったんだが、そこから出たところで身を寄せる所はなかったみたいだ。すっかり反省しきったのか、或いは絶望しきったのか。とにかく昔の傲慢さなんかまるで見られなくなったそのとき。力本を引き取りたい、という男が現れたそうなんだ。……名前は、山口雄一と言った」
「山口……」
「そう。そうしてあいつは、力本発馬から山口貴樹になったんだろうな」
大切なユリカちゃんの母親が襲われた事件だ。ソウシは幼いながらも、その事件を自分なりに調べていたのだろう。そして、ある程度のところまでは辿り着けていたのだ。力本発馬という犯人の素性について、彼がその後どうなったかについて……。
「引き取り手の名前しか分からなかったから、俺は山口貴樹イコール力本発馬という確証はなかった。山口なんて名前は、珍しくもないしな。だから、ほんの少しの疑いくらいでしかなかったんだが……その疑いは結局、当たってたわけだ」
「……当たってほしくない疑いだったんだろうけどな。タカキが、身近な人に大怪我を負わせた犯人だなんてことは……」
「……まあ、な」
ひょっとしたら、ギリギリのところで怖くなったのかもしれない。仲良くなってしまった友人が、自分の追っていた犯人だと確定してしまうことが。
事実が明らかになったとき、もうそれまでの日常には戻れなくなってしまうから……。
「でも、これで一つ分かったことがある。タカキが俺たちの中の誰かに殺される動機はあったわけだ」
「ユリカちゃんの母親にケガを負わせたことへの復讐。そんなところか……」
「ああ」
「でも、それだと一番怪しいのはユリカちゃんになるんじゃないか? そのユリカちゃんは霊に殺されてるわけだけど……」
「ユリカがタカキを殺し、その後タカキが悪霊になってユリカを殺した……ということがないとも言い切れない」
確かに、ユリカちゃんを殺した霊を俺たちは視認していない。あれがタカキの霊だった可能性は十分にあるのだ。
ただ、そうだとすればタカキの霊は『人殺しに罰を』という目的を達成したことになるが……。
「目的を達成したから霊が元に戻るってわけでもないだろ。ユリカを殺しても、あいつは悪霊のまま徘徊してやがるんだ、きっと……」
「……そうかもしれないな」
全てがその通りかは怪しいが、尤もらしい推測ではあった。
まあとにかく、タカキの霊を鎮めることさえ出来れば、全てはハッキリするはずだ――。
タカキの遺体がある102号室へ向かおう。そう思って歩き始めたところで、ソウシに呼び止められた。
「……すまん、ちょっと気になることがあるんだよ。タカキのところに行く前に、寄ってってもいいか?」
「ああ、構わないけど」
霊の浄化より先にしておきたいことだというなら、俺に止める理由はない。素直に従って、俺はソウシの後を追う。
ソウシはホールの階段を上り二階へ行くと、そのまま西廊下へと歩いていき、203号室へ入った。……ここはユリカちゃんに割り振られた部屋だ。
「ここにどんな用が?」
一応、俺が聞いてみると、
「あいつ、几帳面に日記をつけてたからな。そこに何か書かれてないかと」
その何かについて、ソウシはある程度見当をつけているようだ。でなければ、いくら死んでしまったからとはいえ、こうも躊躇なくユリカちゃんの日記を覗き見たりはしないだろう。
「……あった!」
最後のページを開いたとき、ソウシが大声を上げた。見てもいいのか迷ったが、どうやら最初から俺にも見せるつもりだったようで、彼は俺に見える位置まで手帳を近づけてくれた。
ユリカちゃんがつけていた日記。最後のページはこの屋敷に来てから書かれたもので、そこにはこんなことが記されていた。
『……さっき、サツキちゃんとタカキくんが言い争っているのを盗み聞きしてしまった。あんまり大きい声でサツキちゃんが怒っているから、気になってしまったのだ。だけど、それがまさか、私に関わることだったなんて。ショックでミツヤくんが見ていることにも気がつかなかった。
……力本と言えば、私のお母さんに大怪我を負わせた少年のことだ。捕まってからの消息は知らないけれど、出来ることなら少年院から出てきてほしくない。私はそう思っていた。でも、サツキちゃんは彼のことを、確かに力本と言ったのだ。非難するような口ぶりで。
……じゃあ、つまり彼は、力本ってことなのか。私の母親を二度と歩けないようにした、あの力本発馬だというのだろうか……』
全文を読み終えたとき、ソウシが小さく息を吐いた。
「……やっぱり、か。薄々、そうなんじゃないかと思ってたんだ」
「……知ってたのか?」
「まあ、あの事件のことは俺も気にかかってたからな」
あの事件。それは、手帳の中にしまわれていた新聞記事の切り抜きに記載されていた事件だ。
四年前、河南一家に襲いかかった悲劇。
「……ユリカの母親が、十一歳という若さの子どもに斬りつけられ、車椅子生活を余儀なくされた事件。逮捕された力本発馬は、金持ち一家の一人っ子で、ワガママに育った挙句、あんな事件を起こしたんだ。何でも、親と喧嘩して、包丁を手に家を飛び出し、偶然視界に入った女性にいきなり斬りかかったんだと。それが、ユリカの母親だったんだと……」
力本。それはサツキがタカキとの喧嘩中、口にしていた名前だ。
非難するような、軽蔑するような口振りで。
そしてタカキは途方に暮れた様子で部屋から出てきた……。
「……力本は少年院に入れられてから、親から見捨てられて孤独な院内生活を送っていたらしい。意外にも刑期は短かったんだが、そこから出たところで身を寄せる所はなかったみたいだ。すっかり反省しきったのか、或いは絶望しきったのか。とにかく昔の傲慢さなんかまるで見られなくなったそのとき。力本を引き取りたい、という男が現れたそうなんだ。……名前は、山口雄一と言った」
「山口……」
「そう。そうしてあいつは、力本発馬から山口貴樹になったんだろうな」
大切なユリカちゃんの母親が襲われた事件だ。ソウシは幼いながらも、その事件を自分なりに調べていたのだろう。そして、ある程度のところまでは辿り着けていたのだ。力本発馬という犯人の素性について、彼がその後どうなったかについて……。
「引き取り手の名前しか分からなかったから、俺は山口貴樹イコール力本発馬という確証はなかった。山口なんて名前は、珍しくもないしな。だから、ほんの少しの疑いくらいでしかなかったんだが……その疑いは結局、当たってたわけだ」
「……当たってほしくない疑いだったんだろうけどな。タカキが、身近な人に大怪我を負わせた犯人だなんてことは……」
「……まあ、な」
ひょっとしたら、ギリギリのところで怖くなったのかもしれない。仲良くなってしまった友人が、自分の追っていた犯人だと確定してしまうことが。
事実が明らかになったとき、もうそれまでの日常には戻れなくなってしまうから……。
「でも、これで一つ分かったことがある。タカキが俺たちの中の誰かに殺される動機はあったわけだ」
「ユリカちゃんの母親にケガを負わせたことへの復讐。そんなところか……」
「ああ」
「でも、それだと一番怪しいのはユリカちゃんになるんじゃないか? そのユリカちゃんは霊に殺されてるわけだけど……」
「ユリカがタカキを殺し、その後タカキが悪霊になってユリカを殺した……ということがないとも言い切れない」
確かに、ユリカちゃんを殺した霊を俺たちは視認していない。あれがタカキの霊だった可能性は十分にあるのだ。
ただ、そうだとすればタカキの霊は『人殺しに罰を』という目的を達成したことになるが……。
「目的を達成したから霊が元に戻るってわけでもないだろ。ユリカを殺しても、あいつは悪霊のまま徘徊してやがるんだ、きっと……」
「……そうかもしれないな」
全てがその通りかは怪しいが、尤もらしい推測ではあった。
まあとにかく、タカキの霊を鎮めることさえ出来れば、全てはハッキリするはずだ――。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
婚約破棄され泣きながら帰宅している途中で落命してしまったのですが、待ち受けていた運命は思いもよらぬもので……?
四季
恋愛
理不尽に婚約破棄された"私"は、泣きながら家へ帰ろうとしていたところ、通りすがりの謎のおじさんに刃物で刺され、死亡した。
そうして訪れた死後の世界で対面したのは女神。
女神から思いもよらぬことを告げられた"私"は、そこから、終わりの見えないの旅に出ることとなる。
長い旅の先に待つものは……??
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
黄金の魔族姫
風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」
「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」
とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!
──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?
これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。
──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!
※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。
※表紙は自作ではありません。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる