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第二部【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】
九話 恐怖との対峙(記憶世界)
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「あの男……いえ、その影ですね。多分、あれは恐怖の感情が具現化したものです。影に見つかればただではすまないでしょう。見つからないよう、気をつけて進んでください」
そう話すエオスの表情も、恐怖の色がありありと窺える。
……ひょっとすると、あの影に捕まると危険なのは私だけでなくエオスも同じなのかもしれない。
「隠れながら進めばいいんだね?」
「ええ。私は姿を隠せますのでご心配なく。……頑張ってください」
「分かった。怖いけど……やってみる」
いずれにせよ、進んでいくしかないのだ。
どんな障害も、乗り越えていかなければならない。
……謎の男の影は、一体だけではないようだった。
廊下は歪に折れ曲がっているのだが、見える範囲で三体は存在する。
ただ、幸いなことに影たちの視界はとても狭いようで、すぐ横にある壁や物にぶつかったり、瓦礫に躓いたりするなど、前方の限られた距離しか見えていないように思われた。
側面から回りこむようにしていけば、何とかなりそうだ。
人型をしてはいるものの、影からは絶えず黒い粒子のようなものが飛散している。
恐怖の感情の具現化とエオスは言ったが、なるほど見ているだけで胸がズキズキと痛むほど恐ろしかった。
取り戻せない記憶の中で――きっとこの影のオリジナルに対して、私は恐怖を抱いていたのだ。
そのことは、確信を以て言い切れた。
それでも……拳をぎゅっと強く握って、私は行動を開始する。
柱や観葉植物があるのは好都合だ。影が別方向を見ている瞬間を狙い、私は物陰から物陰に移動していく。
足音でバレてしまうのが一番危なかったが……どうやら影たちは、聴覚もあまりよくないようだった。
大きな観葉植物の後ろに隠れながら、黒き影をやり過ごす。そうしたら、次は奥に見える柱へ。その繰り返しで、長い廊下を必死に走り抜けていく。
やがて、ジグザグな廊下の終わりが見えてきた。次の部屋への扉があったのだ。
少し前にも影はいたけれど、ゆっくり円を描くように動いているので、それに合わせて移動すれば死角を突ける。
「ふう……」
呼吸を整え、私は覚悟を決めて進む。
影とかなり近い距離まで接近するが……真正面から見られない限りは大丈夫だ。
まるで影とダンスを踊るように、ぐるりと半周し。
そしてそのまま軌道を逸れて、扉へとダッシュする。
もしかしたら最後に見られていたかもしれないが――もう関係がない。
私は勢いよく扉を開いて、そして背中で体重をかけて閉めたのだった。
「っはーあ……無事に通り抜けられたあ」
「ですね。ちょっとヒヤヒヤしましたが……」
いつの間にか隣にエオスが現れていて、私の手をそっと握ってくれる。
そのおかげで、私は少しだけ気持ちを落ち着かせることができた。
「……それにしても、あの影って人型だったけど……私はあの人型に、どんな恐怖を持ってたんだろ」
「それは……」
エオスは口ごもってしまう。教えたい気持ちはあるのだろうが、やはりそれはルール違反なのだろう。
けれど、エオス自身があの影を怖がっていることは、どうも引っ掛かってしまう――。
そのとき、頭の中に突如として一つの情景が浮かび上がった。それは全く前触れもなく訪れたので、まるで自分が瞬間移動でもしたかのようにすら感じられた。
浮かんだのは、落下の情景。踊り場――おそらくは学校だろう、そこから階下へ身を躍らせている少女。
彼女の顔は見えなかったけれど……それは明らかに自らの意思によるものではなかった。
他者からの、悪意ある一撃によるものに違いなかった。
そして、場面はシャッターを切るようにして移り変わった。空中で静止していた少女は、物理法則に従って階下の床に倒れ伏しており、その額はぱっくりと割れて、どろりと血が溢れていた……。
終わりの光景だ、と私は直感した。
私が見た景色ではないけれど、これは……最後の場面なのだと、そんな風に思えたのだった。
「……どうしました?」
エオスの声が、私を元の場所へと引き戻した。……景色が映っただけなのに、まるでそのシーンに立ち会ったような錯覚にすら囚われてしまった。
流れる汗を拭いながら、私は掠れた声で答える。
「……ううん、何でもない」
確信は持てないけれど、考えるのは後回しにしたかった。
そう話すエオスの表情も、恐怖の色がありありと窺える。
……ひょっとすると、あの影に捕まると危険なのは私だけでなくエオスも同じなのかもしれない。
「隠れながら進めばいいんだね?」
「ええ。私は姿を隠せますのでご心配なく。……頑張ってください」
「分かった。怖いけど……やってみる」
いずれにせよ、進んでいくしかないのだ。
どんな障害も、乗り越えていかなければならない。
……謎の男の影は、一体だけではないようだった。
廊下は歪に折れ曲がっているのだが、見える範囲で三体は存在する。
ただ、幸いなことに影たちの視界はとても狭いようで、すぐ横にある壁や物にぶつかったり、瓦礫に躓いたりするなど、前方の限られた距離しか見えていないように思われた。
側面から回りこむようにしていけば、何とかなりそうだ。
人型をしてはいるものの、影からは絶えず黒い粒子のようなものが飛散している。
恐怖の感情の具現化とエオスは言ったが、なるほど見ているだけで胸がズキズキと痛むほど恐ろしかった。
取り戻せない記憶の中で――きっとこの影のオリジナルに対して、私は恐怖を抱いていたのだ。
そのことは、確信を以て言い切れた。
それでも……拳をぎゅっと強く握って、私は行動を開始する。
柱や観葉植物があるのは好都合だ。影が別方向を見ている瞬間を狙い、私は物陰から物陰に移動していく。
足音でバレてしまうのが一番危なかったが……どうやら影たちは、聴覚もあまりよくないようだった。
大きな観葉植物の後ろに隠れながら、黒き影をやり過ごす。そうしたら、次は奥に見える柱へ。その繰り返しで、長い廊下を必死に走り抜けていく。
やがて、ジグザグな廊下の終わりが見えてきた。次の部屋への扉があったのだ。
少し前にも影はいたけれど、ゆっくり円を描くように動いているので、それに合わせて移動すれば死角を突ける。
「ふう……」
呼吸を整え、私は覚悟を決めて進む。
影とかなり近い距離まで接近するが……真正面から見られない限りは大丈夫だ。
まるで影とダンスを踊るように、ぐるりと半周し。
そしてそのまま軌道を逸れて、扉へとダッシュする。
もしかしたら最後に見られていたかもしれないが――もう関係がない。
私は勢いよく扉を開いて、そして背中で体重をかけて閉めたのだった。
「っはーあ……無事に通り抜けられたあ」
「ですね。ちょっとヒヤヒヤしましたが……」
いつの間にか隣にエオスが現れていて、私の手をそっと握ってくれる。
そのおかげで、私は少しだけ気持ちを落ち着かせることができた。
「……それにしても、あの影って人型だったけど……私はあの人型に、どんな恐怖を持ってたんだろ」
「それは……」
エオスは口ごもってしまう。教えたい気持ちはあるのだろうが、やはりそれはルール違反なのだろう。
けれど、エオス自身があの影を怖がっていることは、どうも引っ掛かってしまう――。
そのとき、頭の中に突如として一つの情景が浮かび上がった。それは全く前触れもなく訪れたので、まるで自分が瞬間移動でもしたかのようにすら感じられた。
浮かんだのは、落下の情景。踊り場――おそらくは学校だろう、そこから階下へ身を躍らせている少女。
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他者からの、悪意ある一撃によるものに違いなかった。
そして、場面はシャッターを切るようにして移り変わった。空中で静止していた少女は、物理法則に従って階下の床に倒れ伏しており、その額はぱっくりと割れて、どろりと血が溢れていた……。
終わりの光景だ、と私は直感した。
私が見た景色ではないけれど、これは……最後の場面なのだと、そんな風に思えたのだった。
「……どうしました?」
エオスの声が、私を元の場所へと引き戻した。……景色が映っただけなのに、まるでそのシーンに立ち会ったような錯覚にすら囚われてしまった。
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