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幕間
三神院にて
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三神院。
伍横町の西部に所在する、比較的大規模な病院。
町の住民の殆どが病気に罹ればここを訪れるし、ときには町外から訪れる患者もいた。
つまるところ、よくある町の病院である。
その三神院の診察室で。
一人の少女と一人の医師が対談していた。
二人の関係はしかし、患者と医師というものではなく。
とある事件にて関わりを持った知人同士であった。
「……お久しぶりです。伊吹先生。病院もかなり変わったみたいですね」
「まあ、かなり老朽化していたこともあるんでな。おかげで医師もわずかばかり増えた」
「三年は、普通に考えれば長いですよね。もうあれから三年も経つ……」
霧夏邸で起きた連続殺人事件から、既に三年。
事件の舞台である邸宅は既に解体され、跡形も無くなっている。
けれど、降霊術の根はこの町から消えることなく。
今もまだ、ドールという謎の人物の意思の下に蔓延っている。
先日の新たな事件――三神院事件にて、それを痛感した。
「君たちにとっては、長いのか短いのか、不思議な三年間だっただろう。だが、とにかく三年が過ぎて色々なことが変わった……君たちも、そして私もね」
彼――伊吹定夫は、重い溜息を吐いて少女――法月東菜の方を見つめる。
伊吹の眉間には、年相応の皺が刻まれていた。
「連絡した理由を早く聞きたいだろうから、早速本題に入りたいと思う。……構わないかな?」
「はい。嫌な事件でしたけど、気になることは事実ですから」
「うむ。分かった」
そう、この日三神院へハルナが訪れたのは、三年前の霧夏邸事件に関して、とある情報を伝えたいという伊吹の申し出ゆえのことだった。
当然ながら伊吹医師は降霊術の詳細を知らない。ただ、医師でありながら超常現象に対して比較的肯定的な彼は、あの邸宅で起きた事件の真実について、世間で報道されていたようなものでないことくらいは認識していた。
事件後、犠牲となった子供たち四人が運ばれたのは三神院だ。そして犠牲者の中には、伊吹医師が以前より見知っていた子もいたのだった。
「……実は、霧夏邸事件で見つかった遺体は、全てこの三神院で解剖されたのだがね。そこで分かったことは全て他言無用だと警察に言われていたのだよ」
「他言無用……ですか」
「ああ。だが、少なくともあの事件の当事者である君やミツヤくんには、得られた情報を、たとえ役には立たずとも知っておいてほしかった。だから私は、三年間耐え忍んでから、こうして君を呼ぶことにしたのだ。それだけ経てば、警察もこちらの動きなど注意しなくなっているだろうからね」
三年という長い期間、沈黙を守らねば危険だと感じてしまうほどの事実。
それは果たしてどのような事柄なのか。ハルナは緊張で体が強張るのを感じた。
「……危ない情報ですか?」
「いや、取るに足らないことなのか危険なことなのか、それすらも私には分からない。だが、事件自体が奇妙極まりないものだったのでな……とにかく隠すべきだという結論になったのだろう」
世間的には、単なる連続殺人で済まされた事件。
しかしその結論に納得している者は少ない筈だ。
結局、三年という長い月日の中で事件は風化していったが。
そこには国家権力の闇すら見え隠れしているような気がする。
霧夏の一件もあるのだから。
「……あの日、霧夏邸からは君の友人四人の遺体と、更に幼い子どもたちの遺骨が運びこまれた。遺骨のことは、君はもう十分に理解しているのだと思うが」
「ええ」
「一つおかしなところがあったのは、君の友達の遺体なんだ」
「あの四人の遺体……ですか?」
「というより、その内一人のだな。私にも縁のある人物だ」
縁、と言われてハルナはそれが誰なのか気付く。
数奇な運命により、互いの道が入れ替わってしまった二人の少年少女――。
「……落ち着いて聞いてほしい。あの日運び込まれた遺体の内、河南百合香の遺体だけが他とは違っていたんだ」
「他とは、違う……」
「他の三人は皆、酷い損傷があったのだが、足りない部分などはなかった。だが、河南百合香の遺体だけは、ある部分が足りなかったんだ」
そんな馬鹿な。
ハルナは恐怖する。
確かにあの空間では、例の暴走によって皆凄惨な最期を遂げることになった。
だが、誰一人としてその肉体が無くなるというようなことはなかった筈なのだ。
「……彼女の遺体はね」
伊吹医師は、ハルナの顔色を伺いながら、やがて静かに告げた。
「両足がすっぱりと切断されて、どこからも見つからなかったのだよ」
降霊術を巡る事件は終わらない。
ハルナはそんな恐ろしい予感に苛まれ、ぶるりと身を震わせるのだった――。
伍横町の西部に所在する、比較的大規模な病院。
町の住民の殆どが病気に罹ればここを訪れるし、ときには町外から訪れる患者もいた。
つまるところ、よくある町の病院である。
その三神院の診察室で。
一人の少女と一人の医師が対談していた。
二人の関係はしかし、患者と医師というものではなく。
とある事件にて関わりを持った知人同士であった。
「……お久しぶりです。伊吹先生。病院もかなり変わったみたいですね」
「まあ、かなり老朽化していたこともあるんでな。おかげで医師もわずかばかり増えた」
「三年は、普通に考えれば長いですよね。もうあれから三年も経つ……」
霧夏邸で起きた連続殺人事件から、既に三年。
事件の舞台である邸宅は既に解体され、跡形も無くなっている。
けれど、降霊術の根はこの町から消えることなく。
今もまだ、ドールという謎の人物の意思の下に蔓延っている。
先日の新たな事件――三神院事件にて、それを痛感した。
「君たちにとっては、長いのか短いのか、不思議な三年間だっただろう。だが、とにかく三年が過ぎて色々なことが変わった……君たちも、そして私もね」
彼――伊吹定夫は、重い溜息を吐いて少女――法月東菜の方を見つめる。
伊吹の眉間には、年相応の皺が刻まれていた。
「連絡した理由を早く聞きたいだろうから、早速本題に入りたいと思う。……構わないかな?」
「はい。嫌な事件でしたけど、気になることは事実ですから」
「うむ。分かった」
そう、この日三神院へハルナが訪れたのは、三年前の霧夏邸事件に関して、とある情報を伝えたいという伊吹の申し出ゆえのことだった。
当然ながら伊吹医師は降霊術の詳細を知らない。ただ、医師でありながら超常現象に対して比較的肯定的な彼は、あの邸宅で起きた事件の真実について、世間で報道されていたようなものでないことくらいは認識していた。
事件後、犠牲となった子供たち四人が運ばれたのは三神院だ。そして犠牲者の中には、伊吹医師が以前より見知っていた子もいたのだった。
「……実は、霧夏邸事件で見つかった遺体は、全てこの三神院で解剖されたのだがね。そこで分かったことは全て他言無用だと警察に言われていたのだよ」
「他言無用……ですか」
「ああ。だが、少なくともあの事件の当事者である君やミツヤくんには、得られた情報を、たとえ役には立たずとも知っておいてほしかった。だから私は、三年間耐え忍んでから、こうして君を呼ぶことにしたのだ。それだけ経てば、警察もこちらの動きなど注意しなくなっているだろうからね」
三年という長い期間、沈黙を守らねば危険だと感じてしまうほどの事実。
それは果たしてどのような事柄なのか。ハルナは緊張で体が強張るのを感じた。
「……危ない情報ですか?」
「いや、取るに足らないことなのか危険なことなのか、それすらも私には分からない。だが、事件自体が奇妙極まりないものだったのでな……とにかく隠すべきだという結論になったのだろう」
世間的には、単なる連続殺人で済まされた事件。
しかしその結論に納得している者は少ない筈だ。
結局、三年という長い月日の中で事件は風化していったが。
そこには国家権力の闇すら見え隠れしているような気がする。
霧夏の一件もあるのだから。
「……あの日、霧夏邸からは君の友人四人の遺体と、更に幼い子どもたちの遺骨が運びこまれた。遺骨のことは、君はもう十分に理解しているのだと思うが」
「ええ」
「一つおかしなところがあったのは、君の友達の遺体なんだ」
「あの四人の遺体……ですか?」
「というより、その内一人のだな。私にも縁のある人物だ」
縁、と言われてハルナはそれが誰なのか気付く。
数奇な運命により、互いの道が入れ替わってしまった二人の少年少女――。
「……落ち着いて聞いてほしい。あの日運び込まれた遺体の内、河南百合香の遺体だけが他とは違っていたんだ」
「他とは、違う……」
「他の三人は皆、酷い損傷があったのだが、足りない部分などはなかった。だが、河南百合香の遺体だけは、ある部分が足りなかったんだ」
そんな馬鹿な。
ハルナは恐怖する。
確かにあの空間では、例の暴走によって皆凄惨な最期を遂げることになった。
だが、誰一人としてその肉体が無くなるというようなことはなかった筈なのだ。
「……彼女の遺体はね」
伊吹医師は、ハルナの顔色を伺いながら、やがて静かに告げた。
「両足がすっぱりと切断されて、どこからも見つからなかったのだよ」
降霊術を巡る事件は終わらない。
ハルナはそんな恐ろしい予感に苛まれ、ぶるりと身を震わせるのだった――。
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