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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】
四話 整理
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「……なるほど、そんなことが」
屋上から一番近い、三年生の教室。
そこでオレは、さっき窮地を救ってくれたミオさんと話していた。
順序立てて自らの身に起きたことを説明できたかは分からなかったが、ミオさんは口を挟むことなく、最後まで真剣にオレの話を聞いてくれていた。
「実は、僕はその仮面の男――ドールを追ってこの流刻園までやって来てたんだ。表向きは教育実習生として、ね」
「教育実習生……ですか。すいません、知らなくって」
「いや、手続きも色々あったから最近来たばかりでね。組が違っていたのもあるし、知らなくて当然だよ」
どうやらミオさんは、通っている大学で経済学のほか、教職課程も履修していたらしく、それを上手く利用して流刻園に潜り込んだのだという。
当然ながら誰にも降霊術絡みのことは口にしていないし、思惑通りここへ来ることができたのは非常に幸運だったとのことだ。
「……さて。とにかく、現状の説明をしておかなくちゃね」
現状の説明。この訳の分からない状況を、ミオさんはハッキリとまでは行かずとも理解できているらしい。
あの仮面の男を追ってきたというのだから、なるほど超常的現象に対する知識はあるようだ。
「流刻園は今、降霊術という術式の暴走によって、外界と隔絶されてしまっているんだ。ちょっと信じられない……というか意味が分からないと思うけど、それが事実なんだよ。降霊術というのは、死者の魂をこの世に呼び戻すための儀式……と考えてくれれば十分なんだけど、その儀式を複数回行ってしまうと、術の力が暴走して霊までもが暴走してしまうらしいんだ」
「つまり……この学校で、降霊術とやらを何度かやってしまった人物がいる?」
「というより、二人以上の人間が、偶然にもここで儀式を発動させてしまった……と考えた方がいいかもしれない」
「なるほど……」
正直なところ、聞いても全くピンとこなかったが、一応頷いておく。
降霊術なんて、テレビ番組でよくやっているようなヤラセに近いものしか思い浮かばない。
この流刻園で行われたという術式は、そんな安っぽいものとは全く違う、ホンモノだということか。
「ここから脱出するには、霊の暴走を止めるのが最善の方法だと思う。僕もまだ詳しくは状況を掴めてないけど……悪霊を見たというのなら、その霊の生前の肉体を清めることができれば何とかなるかもしれない」
「清める?」
「うん。よく邪気を払うとかで、塩とか水なんかがお清めのアイテムになってるよね。そういうのに似てると思ってくれればいいかな。さっき僕が使ったのもずばり『清めの水』というものなんだけど、この学校には保管されていたりするのかなあ……」
ミオさんはすっかり落ち着き払った様子で、これからどうすべきかを思案している。
知識量の差はあれど、こんな状況下で冷静な思考を保っていられることは凄いと思う。
「何かすいません、オレだけ怖がっちゃってて」
「はは、僕だって怖がってるよ。でも、僕は以前に同じような経験をしているからさ。降霊術で何か悲しいことが起きるのは止めたいと……そう思っているんだよ」
「ミオさん……」
同じような経験。それは、ただ降霊術の暴走に巻き込まれたというだけの話ではなさそうだ。
彼の声色や、揺れ動く瞳からそれが窺える。
この人は、降霊術……そして仮面の男と、どんな因縁を持っているのだろう。
どんな悲しみを背負っているのだろう。
「まあ、その。僕のことはどうでもいいんだ。現状の整理を続けよう」
ミオさんは苦笑しつつ、話を本筋に戻した。
「君はドールに何が起きたのか問い詰めるため、屋上に向かったんだね」
「ええ、そうです」
「ううん……あの男がずっと留まっているとは考えられないけど、屋上で何らかの儀式が行われたのなら、痕跡が遺されてるかもしれないな」
そう、オレも同じことを思ったからこそ屋上へ向かったのだ。
結局鍵が掛かっていて、屋上には出られなかったが。
……屋上、か。
「……リクだ」
「うん?」
「ひょっとしたら、まだリクがいるかもしれない。ちょっとドジだけど……オレの親友。玉川理久って奴が」
「そうか、それが巻き込まれた友だちなんだね」
ミオさんは顎に手を当てながら、
「屋上で行われたのが降霊術の儀式だったとすると……ドールがいないとしても、行ってみた方がいいかもしれないね」
「……ええ」
最悪の事態などは考えたくもないが、少なくとも儀式に巻き込まれたリクは、オレと同じようにまだ校内にいる可能性が高い。
屋上で気絶したままということだってあり得るのだ。
「よし。じゃあ校内の探索に繰り出そうか。屋上の鍵は職員室にあるはずだし、怖いかもしれないけど行かなくちゃ」
「はい、大丈夫です」
「頼もしいよ。……ええと、ごめんね。君の名前は確か、新垣……ユウキくんだったかな?」
「いや、ユウサクです」
クラスが違うし、名字を覚えてくれていただけでも嬉しいのだが、訂正は入れておく。
「あれ……失礼。じゃあユウサクくん、一緒に頑張ろう」
「はい……ミオさん」
彼の目をまっすぐに見つめ、オレは頷く。
相変わらず五里霧中だけれど、希望は見えてきた気がした。
屋上から一番近い、三年生の教室。
そこでオレは、さっき窮地を救ってくれたミオさんと話していた。
順序立てて自らの身に起きたことを説明できたかは分からなかったが、ミオさんは口を挟むことなく、最後まで真剣にオレの話を聞いてくれていた。
「実は、僕はその仮面の男――ドールを追ってこの流刻園までやって来てたんだ。表向きは教育実習生として、ね」
「教育実習生……ですか。すいません、知らなくって」
「いや、手続きも色々あったから最近来たばかりでね。組が違っていたのもあるし、知らなくて当然だよ」
どうやらミオさんは、通っている大学で経済学のほか、教職課程も履修していたらしく、それを上手く利用して流刻園に潜り込んだのだという。
当然ながら誰にも降霊術絡みのことは口にしていないし、思惑通りここへ来ることができたのは非常に幸運だったとのことだ。
「……さて。とにかく、現状の説明をしておかなくちゃね」
現状の説明。この訳の分からない状況を、ミオさんはハッキリとまでは行かずとも理解できているらしい。
あの仮面の男を追ってきたというのだから、なるほど超常的現象に対する知識はあるようだ。
「流刻園は今、降霊術という術式の暴走によって、外界と隔絶されてしまっているんだ。ちょっと信じられない……というか意味が分からないと思うけど、それが事実なんだよ。降霊術というのは、死者の魂をこの世に呼び戻すための儀式……と考えてくれれば十分なんだけど、その儀式を複数回行ってしまうと、術の力が暴走して霊までもが暴走してしまうらしいんだ」
「つまり……この学校で、降霊術とやらを何度かやってしまった人物がいる?」
「というより、二人以上の人間が、偶然にもここで儀式を発動させてしまった……と考えた方がいいかもしれない」
「なるほど……」
正直なところ、聞いても全くピンとこなかったが、一応頷いておく。
降霊術なんて、テレビ番組でよくやっているようなヤラセに近いものしか思い浮かばない。
この流刻園で行われたという術式は、そんな安っぽいものとは全く違う、ホンモノだということか。
「ここから脱出するには、霊の暴走を止めるのが最善の方法だと思う。僕もまだ詳しくは状況を掴めてないけど……悪霊を見たというのなら、その霊の生前の肉体を清めることができれば何とかなるかもしれない」
「清める?」
「うん。よく邪気を払うとかで、塩とか水なんかがお清めのアイテムになってるよね。そういうのに似てると思ってくれればいいかな。さっき僕が使ったのもずばり『清めの水』というものなんだけど、この学校には保管されていたりするのかなあ……」
ミオさんはすっかり落ち着き払った様子で、これからどうすべきかを思案している。
知識量の差はあれど、こんな状況下で冷静な思考を保っていられることは凄いと思う。
「何かすいません、オレだけ怖がっちゃってて」
「はは、僕だって怖がってるよ。でも、僕は以前に同じような経験をしているからさ。降霊術で何か悲しいことが起きるのは止めたいと……そう思っているんだよ」
「ミオさん……」
同じような経験。それは、ただ降霊術の暴走に巻き込まれたというだけの話ではなさそうだ。
彼の声色や、揺れ動く瞳からそれが窺える。
この人は、降霊術……そして仮面の男と、どんな因縁を持っているのだろう。
どんな悲しみを背負っているのだろう。
「まあ、その。僕のことはどうでもいいんだ。現状の整理を続けよう」
ミオさんは苦笑しつつ、話を本筋に戻した。
「君はドールに何が起きたのか問い詰めるため、屋上に向かったんだね」
「ええ、そうです」
「ううん……あの男がずっと留まっているとは考えられないけど、屋上で何らかの儀式が行われたのなら、痕跡が遺されてるかもしれないな」
そう、オレも同じことを思ったからこそ屋上へ向かったのだ。
結局鍵が掛かっていて、屋上には出られなかったが。
……屋上、か。
「……リクだ」
「うん?」
「ひょっとしたら、まだリクがいるかもしれない。ちょっとドジだけど……オレの親友。玉川理久って奴が」
「そうか、それが巻き込まれた友だちなんだね」
ミオさんは顎に手を当てながら、
「屋上で行われたのが降霊術の儀式だったとすると……ドールがいないとしても、行ってみた方がいいかもしれないね」
「……ええ」
最悪の事態などは考えたくもないが、少なくとも儀式に巻き込まれたリクは、オレと同じようにまだ校内にいる可能性が高い。
屋上で気絶したままということだってあり得るのだ。
「よし。じゃあ校内の探索に繰り出そうか。屋上の鍵は職員室にあるはずだし、怖いかもしれないけど行かなくちゃ」
「はい、大丈夫です」
「頼もしいよ。……ええと、ごめんね。君の名前は確か、新垣……ユウキくんだったかな?」
「いや、ユウサクです」
クラスが違うし、名字を覚えてくれていただけでも嬉しいのだが、訂正は入れておく。
「あれ……失礼。じゃあユウサクくん、一緒に頑張ろう」
「はい……ミオさん」
彼の目をまっすぐに見つめ、オレは頷く。
相変わらず五里霧中だけれど、希望は見えてきた気がした。
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