【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】

二十一話 再会

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 体育館を抜け出し、本館に戻ってきたところで、オレたちは新たな障害に遭遇した。
 怪物ではない。肉体を伴わない存在――悪霊だ。

「お、お母さん――」

 ミイナちゃんが呟く。……オレにも分かった。その姿は人ならざるものに歪んでしまっても。
 間違いなく彼女は、オレの大切なミイちゃんだった。

「待ってろ、すぐに助けてやるから……!」

 ミオさんから託されたビンを強く握り締めながら、オレはミイナちゃんとともに、二年一組目指して走り出す。
 幸いにも、悪霊となったミイちゃんの動きはそこまで速くなかった。
 ミイナちゃんに気を遣いつつも、急いで中階段を駆け上がり、二年一組の教室前まで到着する。
 閉まっている扉に鍵を挿し込み、ガチャリと回してから、鍵を乱暴に抜いてオレたちは教室内へ飛び込んだ。

「……ミイちゃん」

 どれだけ長いこと、君は俺を待っていたんだろうな。
 ナイフを突き立てられた亡骸の前に、オレはそっと膝をつく。

「ごめん……今、助けるよ」

 そうしてビンの蓋を外し……ミオさんがやっていたように、清めの水を彼女の体に振り撒いて。
 静かに、祈りを捧げた。

「お母さん――」

 刹那、光が室内を満たす。
 とても温かな、包み込まれるような光。
 この悪しき空間に満ちた邪気を振り払うかのように放たれた光は、やがて一つの人影になる。
 ほかでもない、オレの大切なミイちゃんの姿。

「……ここ、は……」

 正しい魂の在り方を取り戻したミイちゃんが、驚きながら自身の両手を見つめる。
 大人びた彼女の姿に、オレは愛おしさを感じつつも、同時に残酷な時の流れもまた感じた。
 二十年。長すぎる時間だ。

「……ユウくん?」

 亡骸の前のオレに気付いた彼女は、オレのあだ名を呼んだ。
 たとえ体が息子のものであっても、彼女はすぐに分かってくれたようだ。

「本当に、ユウくんなの?」
「……うん」

 泣きそうになるのを堪えながら、オレは気障ったらしく答えてみせる。

「オレは正真正銘、新垣勇作だよ。あの日のままの、さ」
「ユウ、くん……」

 だけど、駄目だった。
 遮二無二抱き着いてくる彼女に、オレは結局、最後まで涙を我慢することなんて、出来やしなかった。





「……はあ」

 用具室の地下階段を下りた先。
 中世の地下牢にも似た研究室の中で、円藤深央は重い溜息を一つ、吐いた。
 黒木圭――彼の友人であった少年。今はもう、狂った怪物に変わり果てたその少年との攻防の末、彼は清めの水がある場所まで怪物を誘導し、掬った水を浴びせて何とか退けることに成功したのだった。

「あいつはまだ、あいつなのかな。それとももう、ただの怪物なのか。まあ、元から怪物だったと言えばそれまでだけど……」

 出会った当初……表向きは今時の大学生という印象しかなかったケイは、とある事件でその異常性を発露させ、ミオや周囲の人間から悉く幸せを奪い去っていった。
 事件の後になってから、彼の本性は詳らかにされていったのだが……ミオは今でもまだ、信じられないという思いが完全には拭いきれていなかった。
 どうして、ケイは。

「……ん?」

 物思いに耽っていたところで、ミオは自分しかいない筈の室内で、奇妙な音がするのに気が付く。
 注意深く耳を傾けると、それは音ではなく女性がすすり泣く声だった。
 声のする方へ、ミオは足を向ける。
 すると壁に背中をつけ、膝を抱えて座り込んでいる少女の霊がいた。
 三年生の教室でミオが浄化した、吉元詠子という女子生徒だ。

「……君、エイコちゃん……だったね?」
『……はい』
「……大丈夫かな」
『ええ……もう、平気です』

 そう口にするものの、とても平気とは思えない。
 ミオは頷きつつ、彼女から本心を聞き出そうと更に言葉を重ねる。

「……でも、何か心残りがある」
『……私、謝りたかったんです。ただ、それだけだった……』
「どういうことかな?」
『……私は、何も知らなかったんです。いえ、まだ何も知らないままなんでしょうけど』

 涙をそっと拭って。
 エイコはミオの方へ顔を上げる。

『数日前、私はユウキくんに……告白したんですよ』
「告白……」
『……はい』

 でも、と彼女は呟く。

『ユウキくんは……寂しそうに微笑んで、私の元から去っていったんです』

 そして彼女は、自らと新垣勇気を巡る物語を、打ち明け始めた。
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