【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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幕間2

流谷めいの遺言

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 そして、刻は戻り。

「……遺していけるのは、これくらいなのかしら」

 町が寝静まった夜遅く。
 流谷めいは一人、屋上で夜風に身を晒していた。
 最早その体は霊体であり、昼夜問わず誰からも見られることはないのだが。
 それでも彼女にとっては、深夜が最も気楽な時間なのだった。

「……六月、九日」

 彼女が円藤深央に残した言葉。
 そしてまた、伝えずに隠した記録。
 そのどちらもが、この伍横町で引き起こされている事件を終わらせると信じて。
 彼女は夜空に浮かぶ月に、祈りを捧げていた。

「……来たわね」

 背後に気配を感じ、メイは振り返る。
 するとそこには、因縁の相手――仮面の男、ドールが立っていた。
 普通であれば、降霊術の事件が終息した後に霊体を見ることは出来ないのだが、彼は違う。
 さも当然のように、ドールは霊を視ることが出来ていた。

「ここにいたか」
「……ええ」

 メイは知っていた。
 彼という存在が、どのような者なのかを。
 万が一の為に、ミオに全てを暴露することはしなかったが……メイには一連の事件の構造が、ほぼ掴めていたのだ。
 だからこそ、彼女はここでドールを待っていた。
 狙われることを、分かっていたから。

「見事に事態を収拾し遂せたわけだな」
「収拾したのは彼らよ。私ではないわ」
「……それもそうだ」

 感情を推し量ることの出来ない淡々とした口調で、ドールは呟く。

「私はとにかく、降霊術を各地点で起こせればいい。その思いが強ければ……なおいい」
「ええ、分かっているわよ」

 恐怖はあった。それでもメイは、あえて強気な態度でドールと対峙する。

「……それで、わざわざ事件が終わってから、何をしにきたのかしら? まさか、私の顔が懐かしくなったわけでもないでしょう」
「……そうだな。私は、お前の顔を覚えてもいない。私は、私を繋ぎ止めるだけの記憶しか、今は持ちえていない」
「やっぱり、あなた……記憶を失くしているのね?」

 ドールは答えない。だが、沈黙は肯定の証左だった。
 だから彼は、メイに対してこれまで危機感を持ってこなかったわけだ。

 ――その入れ物になってから、なのかしら。

 メイは推測する。
 恐らくその推測は当たっているだろう、ということも。

「大事なものは失くしていない……いや、すぐに思い出せた。大切なたった一人のことは、今も心の中心にある」
「……マミちゃんの、ことなんでしょうね」

 マミ、という名前を口にした途端、それまで抑揚の殆どなかったドールの話し方に変化が生じた。

「……やはり、お前は知りすぎているようだな」

 そのことが、メイの確信を更に強めることになった。

「当たり前じゃない。ここにいた生徒でしょう? 私も、マミちゃんも、あなたも。……マモルくんも」

 そう、メイは知っていた。
 ドールと自らを称する彼が、かつて流刻園に在籍していた生徒だということを。
 それだけでなく、彼とその周囲の人間関係を巡り、悲劇的な事件が起きたことを。

「……これが最期だから、私がここへ来た理由を教えておこう」

 ドールの声が、一段と低くなる。
 メイは、自分の考えが正しかったことを確信し。
 そしてまた――自らの最期も悟った。

「最も彼女に相応しいパーツの収拾と……」

 ドールの右手が横に伸ばされると。

「……そして、お前の排除だ」

 そこに黒い霧が現れ……やがてそれは、禍々しい一つの形を顕現させた。
 黒き怪物。
 三神院と流刻園を暴れ回った、黒木圭の成れの果て――。

「さあ、存分にやれ……ロキ」

 ドールは黒木をそう呼んだ。
 北欧神話のトリックスター。
 名を呼ばれた怪物は、気味の悪い脚をずるずると動かし。
 少しずつ……メイに迫っていく。

「魂の消滅とは、完全なる命の最期。その先には虚無しかない……」

 ――ああ。

 きっと彼も、こんな恐怖に耐えて笑顔を浮かべたのだろう。
 玉川理久。親友に成り代わり、その全てを奪って生きてきたあの男。
 狂気の果て、最期は親友に詫びて、魂の一欠片も残らず消えてしまった哀れな男。
 私は笑えそうもない、とメイは思う。
 それでも――最期くらいは、強がっていたいとも、思った。
 そうでなくては、示しがつかないから。

「――さようなら、流谷めい」

 ドールがそう言い捨てる。
 無数の触手が、メイの体を絡めとる。
 そしてブラックホールのような漆黒の球体に、彼女は引き摺り込まれ。
 後は形容し難いほどの異音とともに、その魂は砕かれていった――。
 

 ……これが、私に遺せた精一杯。だから、後はあなたたちに任せるわ。
 そして、ドール。もしあなたが、その儀式を行ったなら。
 その結末はきっと、この物語の最期の悲劇となるに違いない……。

 思い出しなさい。あなたの過去を。

 ――ねえ? 
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