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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
九話 「信じてほしい」
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「トオルくん!」
暗幕に手をかけようとしたとき、背後から声が飛んできて、私は心臓が止まりそうになった。
その声は――テラスのものだった。
「ここは、……立ち入り禁止なんだよ。トオルくん」
「テラスさん……」
彼は照明を点けると、慌てた様子でこちらへ近づいてくる。部屋の状況はさっきまでより鮮明になったものの、テラスがいるせいでじっくり確認は出来なさそうだった。
「この向こうには、一体何があるんです? この暗幕の向こうには」
部屋を隔てるその幕を指差しながら、私は問うた。彼ならば、私に本当のことを告げてくれるという甘い期待を抱いて。
けれど、テラスは悲しげな表情を崩さぬまま、諭すように私へ告げた。
「研究というものは、秘密にしておくべき技術なんかが沢山ある。この向こうには、そういった秘密にすべきものがあるわけだよ。……だから、トオルくん。ここには立ち寄っちゃいけない」
――君なら分かってくれるだろう?
テラスさんの目が、そう訴えていた。
その否定的な視線を、私は受け止めきれず。
「……ねえ、テラスさん。俺はテラスさんを信じていいんですよね?」
「ああ……信じてほしい」
それを到底信じられはしなかったけれど、とりあえずはこう答えるしかなかった。
「その言葉を……今は信じることにします――」
*
こうして私の潜入調査は、何の成果も得られず失敗に終わった。
唯一の救いは、テラスがこのことを秘密にしておくと誓ってくれたことくらいか。それも百パーセント信じていいものかは分からなかったが、どちらにせよ彼が約束を守ってくれることを祈るしかなかった。
結局、暗幕の先にあるものが何なのか明らかにはならなかったが、テラスの慌てようからすれば、決して小さな秘事では無い筈だった。
その闇を暴ければ、マミは。
私は悔しさを噛みしめながらも、その日は時間も遅くなっており、撤退するしかなかった。
「ねえ、トオル」
茜色の陽光を受けながら、マミは私の方を見つめる。
「今日のことは……不安になったと思う。マモルさんも風見さんも、秘密主義なところがあるし」
「そうだよ。不安だな……俺は」
「……うん」
「でも、二人とも私たちのことを真剣に考えてくれてる。その上で、一番良い道を選ぼうとしてくれているのよ、きっと……」
「どうしてそう言い切れるんだよ、マミは!」
あまりにもマモル側に傾いた意見に、私は耐えきれなくなって反論した。
当然だ。マミの言葉はもう、明らかに私の思いを否定するものだったのだから。
「あの二人が何を考えているのか、まるで分からないのに。マミは必ずあいつらにつく」
「……ええ、私は少し話を聞いたけど、それでもあんまり分かっちゃいないわ」
でもね、とマミは続ける。
「トオルは私の気持ちをすんなり理解して、受け止めてくれていたでしょう?」
「そりゃ、勿論」
今だってそうしたい。そう言いたいのを我慢して、私は答えた。
「マモルさんともね。……私はそうなれるんじゃないかって、思うから……」
「マミ……」
そのときには最早。
マミの隣に自分の居場所が残されていないことに、私は気付いた。
私の席だったその場所は、いつのまにか波出守によって、奪われてしまっていたのだ。
もう私は、マミにとってのヒーローでも、大切な存在でもない。
そう、もしかしたら既に私は、ただ……ただ邪魔なだけの存在に成り下がったのかもしれない。
そんな思いが渦巻いて、……私は更に惨めな気持ちにならざるを得なかった。
……そして、運命の日がやってくるのだ。
暗幕に手をかけようとしたとき、背後から声が飛んできて、私は心臓が止まりそうになった。
その声は――テラスのものだった。
「ここは、……立ち入り禁止なんだよ。トオルくん」
「テラスさん……」
彼は照明を点けると、慌てた様子でこちらへ近づいてくる。部屋の状況はさっきまでより鮮明になったものの、テラスがいるせいでじっくり確認は出来なさそうだった。
「この向こうには、一体何があるんです? この暗幕の向こうには」
部屋を隔てるその幕を指差しながら、私は問うた。彼ならば、私に本当のことを告げてくれるという甘い期待を抱いて。
けれど、テラスは悲しげな表情を崩さぬまま、諭すように私へ告げた。
「研究というものは、秘密にしておくべき技術なんかが沢山ある。この向こうには、そういった秘密にすべきものがあるわけだよ。……だから、トオルくん。ここには立ち寄っちゃいけない」
――君なら分かってくれるだろう?
テラスさんの目が、そう訴えていた。
その否定的な視線を、私は受け止めきれず。
「……ねえ、テラスさん。俺はテラスさんを信じていいんですよね?」
「ああ……信じてほしい」
それを到底信じられはしなかったけれど、とりあえずはこう答えるしかなかった。
「その言葉を……今は信じることにします――」
*
こうして私の潜入調査は、何の成果も得られず失敗に終わった。
唯一の救いは、テラスがこのことを秘密にしておくと誓ってくれたことくらいか。それも百パーセント信じていいものかは分からなかったが、どちらにせよ彼が約束を守ってくれることを祈るしかなかった。
結局、暗幕の先にあるものが何なのか明らかにはならなかったが、テラスの慌てようからすれば、決して小さな秘事では無い筈だった。
その闇を暴ければ、マミは。
私は悔しさを噛みしめながらも、その日は時間も遅くなっており、撤退するしかなかった。
「ねえ、トオル」
茜色の陽光を受けながら、マミは私の方を見つめる。
「今日のことは……不安になったと思う。マモルさんも風見さんも、秘密主義なところがあるし」
「そうだよ。不安だな……俺は」
「……うん」
「でも、二人とも私たちのことを真剣に考えてくれてる。その上で、一番良い道を選ぼうとしてくれているのよ、きっと……」
「どうしてそう言い切れるんだよ、マミは!」
あまりにもマモル側に傾いた意見に、私は耐えきれなくなって反論した。
当然だ。マミの言葉はもう、明らかに私の思いを否定するものだったのだから。
「あの二人が何を考えているのか、まるで分からないのに。マミは必ずあいつらにつく」
「……ええ、私は少し話を聞いたけど、それでもあんまり分かっちゃいないわ」
でもね、とマミは続ける。
「トオルは私の気持ちをすんなり理解して、受け止めてくれていたでしょう?」
「そりゃ、勿論」
今だってそうしたい。そう言いたいのを我慢して、私は答えた。
「マモルさんともね。……私はそうなれるんじゃないかって、思うから……」
「マミ……」
そのときには最早。
マミの隣に自分の居場所が残されていないことに、私は気付いた。
私の席だったその場所は、いつのまにか波出守によって、奪われてしまっていたのだ。
もう私は、マミにとってのヒーローでも、大切な存在でもない。
そう、もしかしたら既に私は、ただ……ただ邪魔なだけの存在に成り下がったのかもしれない。
そんな思いが渦巻いて、……私は更に惨めな気持ちにならざるを得なかった。
……そして、運命の日がやってくるのだ。
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