この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗

文字の大きさ
30 / 79
Sixth Chapter...7/24

住民説明会

しおりを挟む
 住民説明会は、夜八時に行われることになっていた。永射さんの部下がやっているのかは分からないが、説明会の度、案内状が郵便受けに入れられるので、住民は参加するにせよしないにせよ、時間だけは把握している。
 村の北東に大きな邸宅があるのだが、それが永射孝史郎さんの事務所兼自宅。そして、その邸宅の南側にあるのが、満生台の集会場だ。イベントがあるときには、許可が下りれば無料で貸し切ることができるし、定例の町内会の場としても使われている。永射さんはそういう場にもしょっちゅう顔を出し、鋭い意見を投げ掛けるカリスマらしいが、僕のような子供には、縁遠い人である。忙しいのか、姿を見かけたことも数えるほどしかない。
 今日はある意味、永射さんの姿を見られるだけでも価値はある、のかもしれない。珍しい、というだけだが。
 早めに夕食をとって、僕らは七時半ごろに家を出る。真智田家は満生台の中でも南の方、海側に近いから、集会場へは十分以上かかってしまうのだ。ある程度の余裕を見て出よう、ということで、この時間になった。
 空の雲は晴れず、母さんは三人分の折り畳み傘を鞄に入れてきていた。帰るころには、本当に降ってくるかもしれない。お年寄りは大変だろうな。

「そろそろ着くぞ」

 盈虧園を越えたあたりで、父さんが言う。前方には、薄ぼんやりと明かりが見えた。集会場に到着だ。
 村の集会場と言うと、イメージは木造の古びた佇まいを想起するし、実際に五年前まではそうだったのだが、全面改修されたこの集会場はとても綺麗で、どちらかと言えば会館、と言う方が正しいように思える。住民たちが集会場と言うのに慣れているだけで、永射さんとしては会館と呼んでほしいのかもしれない。
 自動ドアを抜けて、集会場の中に入る。玄関口には受付のようなスペースがあるが、今は誰もいない。その代わり、カウンターには出席簿が置かれてあって、参加者はそこに名前を書くということらしい。僕らはさっさと名前を書いて、左右にある扉の片側から、会場に入った。
 会場は、三人掛けのパイプ椅子が整然と並んでおり、ざっと数えただけでも百人程度は座れるようになっていた。前方には比較的大きめの演台があり、マイクスタンドが設置されていて、脇には演説者用のテーブルと椅子も幾つかあった。

「まだ、数人しか来てないな。良かった」

 父さんは真面目な性格なので、こういう場に遅れるのを嫌っている。都会で生活していたころは、そういう性格ゆえのストレスも多かったはずだ。あの頃は今と違って、落ち着いているというよりも感情を表に出さないようにしている、というような感じだった。僕でさえそう感じているのだから、母さんはもっと心配していただろうな。
 とりあえず、空いている後ろの方の席に、三人で座る。熱心に聞きたいわけでもないし、前方にいると論戦に巻き込まれてしまう恐れもあるからだ。真智田家はただ住民として、電波塔計画について聞いておきたいだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
 席に着いてから、すぐに龍美とその家族がやってきた。仁科家はエリートかつ裕福な家柄だったので、その身なりにも振舞いにも、気品がある。家族と一緒にいるときの龍美自身もまた、僕らと遊んでいる時とは違って、お淑やかな少女へと早変わりしていた。満生台で暮らすようになってからは、これでもまだマシだと彼女自身は言っているけれど、だとしたらそれ以前は、どれくらい品行方正な子供を演じていたのだろうか。彼女の抱える過去は、どれくらい重いものなのだろうか。
 いつかはそういうことも、互いに語れるようになれるかな。笑い話にでも、出来ればいいものだ。
 仁科一家は、僕たちに軽く会釈してから、真ん中あたりの席に座った。あちらもまた、深く干渉するつもりはないということだ。よっぽどの事情がない限り、反発する理由なんてないのだし、当然といえば当然のことではある。
 前の席に陣取るのは、満生台に元々住んでいる人たちが大半を占めるに違いない。

「どうも、こんばんは」

 後ろから、そんな声を掛けられる。顔を上げてみると、そこには双太さんがいた。後ろからは、早乙女さんもやって来る。

「ああ、杜村さん。いつもお世話になってます。病院は?」
「久礼さんは来ないので、僕と早乙女さんの二人でこっちに。電波塔の話は、永射さんが主導ではありますけど、病院側のサポートによるところも大きいというので、毎回参加させてもらってるんです」
「こちら側に座るが、実質演説者側の人間ということだね」
「はは、まあそうなりますかね」

 あまり向こう側の人間、と扱われたくはないのだろう、双太さんは認めながらも、苦笑交じりだ。

「じゃあ、適当に聞いていってください」

 そう言うと、彼は前の方へ歩いていき、早乙女さんと一緒に、端の席に座った。

「若いのに、大変だな」
「そうねえ。ここに来て働くっていうのは、相当難しい選択だったはずよ。それでも、ここに惹かれるものがあったんでしょうね」

 父さんと母さんが、双太さんの後ろ姿に目を向けながら話している。そうだ、ここで医者として、先生として過ごすということを選んだ双太さんには、きっと強い意志があったんだろうし、僕はその選択をとても嬉しく思う。その選択がなければ、僕らは双太さんと関わることなどなかったのだから。僕ら四人が仲良くなれたこともまた、双太さんという存在がいたからなのだし。
 双太さんの後、少しずつ他の住民たちも集まり始め、会場の席は次第に埋まっていった。何となく予想はついていたが、お年寄りほど前方の席に着いている。前でじっくり話を聞きたい、と思っているのだろう。
 定刻の十分ほど前になって、電波塔計画反対派である瓶井さんがやってきた。それが普段の恰好らしい、見るからに高級そうな着物に身を包み、下駄を滑らせるようにして音もなく通り過ぎていく。もうかなりの高齢であるはずだが、歩いている姿を見るだけでも、威厳が感じられる人物だった。

「瓶井史さん。もう七十を過ぎてるらしいけど。……全然そんな風には見えないわね」
「意志が強い人というのは、それが見た目にも表れるのかもしれないな」

 背筋はピンと伸びているし、目つきも鋭い。そういう所作の一つ一つが合わさって、見た目以上の若さを感じさせるのだろう。実年齢は七十過ぎだと言うが、知らなければ六十前半と答える人もいるかもしれない。
 まるで指定席であるかのように、瓶井さんは最前列の真ん中に座る。それまでひそひそと話をしていた周りの人たちも、彼女がやって来たのを見て、すっかり静まり返った。
 時刻は間もなく午後八時。説明会が、ようやく始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」 幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。 だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。 それは洋壱の死の報せであった。 朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。 悲しみの最中、朝倉から提案をされる。 ──それは、捜査協力の要請。 ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。 ──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...