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Sixth Chapter...7/24
住民説明会
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住民説明会は、夜八時に行われることになっていた。永射さんの部下がやっているのかは分からないが、説明会の度、案内状が郵便受けに入れられるので、住民は参加するにせよしないにせよ、時間だけは把握している。
村の北東に大きな邸宅があるのだが、それが永射孝史郎さんの事務所兼自宅。そして、その邸宅の南側にあるのが、満生台の集会場だ。イベントがあるときには、許可が下りれば無料で貸し切ることができるし、定例の町内会の場としても使われている。永射さんはそういう場にもしょっちゅう顔を出し、鋭い意見を投げ掛けるカリスマらしいが、僕のような子供には、縁遠い人である。忙しいのか、姿を見かけたことも数えるほどしかない。
今日はある意味、永射さんの姿を見られるだけでも価値はある、のかもしれない。珍しい、というだけだが。
早めに夕食をとって、僕らは七時半ごろに家を出る。真智田家は満生台の中でも南の方、海側に近いから、集会場へは十分以上かかってしまうのだ。ある程度の余裕を見て出よう、ということで、この時間になった。
空の雲は晴れず、母さんは三人分の折り畳み傘を鞄に入れてきていた。帰るころには、本当に降ってくるかもしれない。お年寄りは大変だろうな。
「そろそろ着くぞ」
盈虧園を越えたあたりで、父さんが言う。前方には、薄ぼんやりと明かりが見えた。集会場に到着だ。
村の集会場と言うと、イメージは木造の古びた佇まいを想起するし、実際に五年前まではそうだったのだが、全面改修されたこの集会場はとても綺麗で、どちらかと言えば会館、と言う方が正しいように思える。住民たちが集会場と言うのに慣れているだけで、永射さんとしては会館と呼んでほしいのかもしれない。
自動ドアを抜けて、集会場の中に入る。玄関口には受付のようなスペースがあるが、今は誰もいない。その代わり、カウンターには出席簿が置かれてあって、参加者はそこに名前を書くということらしい。僕らはさっさと名前を書いて、左右にある扉の片側から、会場に入った。
会場は、三人掛けのパイプ椅子が整然と並んでおり、ざっと数えただけでも百人程度は座れるようになっていた。前方には比較的大きめの演台があり、マイクスタンドが設置されていて、脇には演説者用のテーブルと椅子も幾つかあった。
「まだ、数人しか来てないな。良かった」
父さんは真面目な性格なので、こういう場に遅れるのを嫌っている。都会で生活していたころは、そういう性格ゆえのストレスも多かったはずだ。あの頃は今と違って、落ち着いているというよりも感情を表に出さないようにしている、というような感じだった。僕でさえそう感じているのだから、母さんはもっと心配していただろうな。
とりあえず、空いている後ろの方の席に、三人で座る。熱心に聞きたいわけでもないし、前方にいると論戦に巻き込まれてしまう恐れもあるからだ。真智田家はただ住民として、電波塔計画について聞いておきたいだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
席に着いてから、すぐに龍美とその家族がやってきた。仁科家はエリートかつ裕福な家柄だったので、その身なりにも振舞いにも、気品がある。家族と一緒にいるときの龍美自身もまた、僕らと遊んでいる時とは違って、お淑やかな少女へと早変わりしていた。満生台で暮らすようになってからは、これでもまだマシだと彼女自身は言っているけれど、だとしたらそれ以前は、どれくらい品行方正な子供を演じていたのだろうか。彼女の抱える過去は、どれくらい重いものなのだろうか。
いつかはそういうことも、互いに語れるようになれるかな。笑い話にでも、出来ればいいものだ。
仁科一家は、僕たちに軽く会釈してから、真ん中あたりの席に座った。あちらもまた、深く干渉するつもりはないということだ。よっぽどの事情がない限り、反発する理由なんてないのだし、当然といえば当然のことではある。
前の席に陣取るのは、満生台に元々住んでいる人たちが大半を占めるに違いない。
「どうも、こんばんは」
後ろから、そんな声を掛けられる。顔を上げてみると、そこには双太さんがいた。後ろからは、早乙女さんもやって来る。
「ああ、杜村さん。いつもお世話になってます。病院は?」
「久礼さんは来ないので、僕と早乙女さんの二人でこっちに。電波塔の話は、永射さんが主導ではありますけど、病院側のサポートによるところも大きいというので、毎回参加させてもらってるんです」
「こちら側に座るが、実質演説者側の人間ということだね」
「はは、まあそうなりますかね」
あまり向こう側の人間、と扱われたくはないのだろう、双太さんは認めながらも、苦笑交じりだ。
「じゃあ、適当に聞いていってください」
そう言うと、彼は前の方へ歩いていき、早乙女さんと一緒に、端の席に座った。
「若いのに、大変だな」
「そうねえ。ここに来て働くっていうのは、相当難しい選択だったはずよ。それでも、ここに惹かれるものがあったんでしょうね」
父さんと母さんが、双太さんの後ろ姿に目を向けながら話している。そうだ、ここで医者として、先生として過ごすということを選んだ双太さんには、きっと強い意志があったんだろうし、僕はその選択をとても嬉しく思う。その選択がなければ、僕らは双太さんと関わることなどなかったのだから。僕ら四人が仲良くなれたこともまた、双太さんという存在がいたからなのだし。
双太さんの後、少しずつ他の住民たちも集まり始め、会場の席は次第に埋まっていった。何となく予想はついていたが、お年寄りほど前方の席に着いている。前でじっくり話を聞きたい、と思っているのだろう。
定刻の十分ほど前になって、電波塔計画反対派である瓶井さんがやってきた。それが普段の恰好らしい、見るからに高級そうな着物に身を包み、下駄を滑らせるようにして音もなく通り過ぎていく。もうかなりの高齢であるはずだが、歩いている姿を見るだけでも、威厳が感じられる人物だった。
「瓶井史さん。もう七十を過ぎてるらしいけど。……全然そんな風には見えないわね」
「意志が強い人というのは、それが見た目にも表れるのかもしれないな」
背筋はピンと伸びているし、目つきも鋭い。そういう所作の一つ一つが合わさって、見た目以上の若さを感じさせるのだろう。実年齢は七十過ぎだと言うが、知らなければ六十前半と答える人もいるかもしれない。
まるで指定席であるかのように、瓶井さんは最前列の真ん中に座る。それまでひそひそと話をしていた周りの人たちも、彼女がやって来たのを見て、すっかり静まり返った。
時刻は間もなく午後八時。説明会が、ようやく始まる。
村の北東に大きな邸宅があるのだが、それが永射孝史郎さんの事務所兼自宅。そして、その邸宅の南側にあるのが、満生台の集会場だ。イベントがあるときには、許可が下りれば無料で貸し切ることができるし、定例の町内会の場としても使われている。永射さんはそういう場にもしょっちゅう顔を出し、鋭い意見を投げ掛けるカリスマらしいが、僕のような子供には、縁遠い人である。忙しいのか、姿を見かけたことも数えるほどしかない。
今日はある意味、永射さんの姿を見られるだけでも価値はある、のかもしれない。珍しい、というだけだが。
早めに夕食をとって、僕らは七時半ごろに家を出る。真智田家は満生台の中でも南の方、海側に近いから、集会場へは十分以上かかってしまうのだ。ある程度の余裕を見て出よう、ということで、この時間になった。
空の雲は晴れず、母さんは三人分の折り畳み傘を鞄に入れてきていた。帰るころには、本当に降ってくるかもしれない。お年寄りは大変だろうな。
「そろそろ着くぞ」
盈虧園を越えたあたりで、父さんが言う。前方には、薄ぼんやりと明かりが見えた。集会場に到着だ。
村の集会場と言うと、イメージは木造の古びた佇まいを想起するし、実際に五年前まではそうだったのだが、全面改修されたこの集会場はとても綺麗で、どちらかと言えば会館、と言う方が正しいように思える。住民たちが集会場と言うのに慣れているだけで、永射さんとしては会館と呼んでほしいのかもしれない。
自動ドアを抜けて、集会場の中に入る。玄関口には受付のようなスペースがあるが、今は誰もいない。その代わり、カウンターには出席簿が置かれてあって、参加者はそこに名前を書くということらしい。僕らはさっさと名前を書いて、左右にある扉の片側から、会場に入った。
会場は、三人掛けのパイプ椅子が整然と並んでおり、ざっと数えただけでも百人程度は座れるようになっていた。前方には比較的大きめの演台があり、マイクスタンドが設置されていて、脇には演説者用のテーブルと椅子も幾つかあった。
「まだ、数人しか来てないな。良かった」
父さんは真面目な性格なので、こういう場に遅れるのを嫌っている。都会で生活していたころは、そういう性格ゆえのストレスも多かったはずだ。あの頃は今と違って、落ち着いているというよりも感情を表に出さないようにしている、というような感じだった。僕でさえそう感じているのだから、母さんはもっと心配していただろうな。
とりあえず、空いている後ろの方の席に、三人で座る。熱心に聞きたいわけでもないし、前方にいると論戦に巻き込まれてしまう恐れもあるからだ。真智田家はただ住民として、電波塔計画について聞いておきたいだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
席に着いてから、すぐに龍美とその家族がやってきた。仁科家はエリートかつ裕福な家柄だったので、その身なりにも振舞いにも、気品がある。家族と一緒にいるときの龍美自身もまた、僕らと遊んでいる時とは違って、お淑やかな少女へと早変わりしていた。満生台で暮らすようになってからは、これでもまだマシだと彼女自身は言っているけれど、だとしたらそれ以前は、どれくらい品行方正な子供を演じていたのだろうか。彼女の抱える過去は、どれくらい重いものなのだろうか。
いつかはそういうことも、互いに語れるようになれるかな。笑い話にでも、出来ればいいものだ。
仁科一家は、僕たちに軽く会釈してから、真ん中あたりの席に座った。あちらもまた、深く干渉するつもりはないということだ。よっぽどの事情がない限り、反発する理由なんてないのだし、当然といえば当然のことではある。
前の席に陣取るのは、満生台に元々住んでいる人たちが大半を占めるに違いない。
「どうも、こんばんは」
後ろから、そんな声を掛けられる。顔を上げてみると、そこには双太さんがいた。後ろからは、早乙女さんもやって来る。
「ああ、杜村さん。いつもお世話になってます。病院は?」
「久礼さんは来ないので、僕と早乙女さんの二人でこっちに。電波塔の話は、永射さんが主導ではありますけど、病院側のサポートによるところも大きいというので、毎回参加させてもらってるんです」
「こちら側に座るが、実質演説者側の人間ということだね」
「はは、まあそうなりますかね」
あまり向こう側の人間、と扱われたくはないのだろう、双太さんは認めながらも、苦笑交じりだ。
「じゃあ、適当に聞いていってください」
そう言うと、彼は前の方へ歩いていき、早乙女さんと一緒に、端の席に座った。
「若いのに、大変だな」
「そうねえ。ここに来て働くっていうのは、相当難しい選択だったはずよ。それでも、ここに惹かれるものがあったんでしょうね」
父さんと母さんが、双太さんの後ろ姿に目を向けながら話している。そうだ、ここで医者として、先生として過ごすということを選んだ双太さんには、きっと強い意志があったんだろうし、僕はその選択をとても嬉しく思う。その選択がなければ、僕らは双太さんと関わることなどなかったのだから。僕ら四人が仲良くなれたこともまた、双太さんという存在がいたからなのだし。
双太さんの後、少しずつ他の住民たちも集まり始め、会場の席は次第に埋まっていった。何となく予想はついていたが、お年寄りほど前方の席に着いている。前でじっくり話を聞きたい、と思っているのだろう。
定刻の十分ほど前になって、電波塔計画反対派である瓶井さんがやってきた。それが普段の恰好らしい、見るからに高級そうな着物に身を包み、下駄を滑らせるようにして音もなく通り過ぎていく。もうかなりの高齢であるはずだが、歩いている姿を見るだけでも、威厳が感じられる人物だった。
「瓶井史さん。もう七十を過ぎてるらしいけど。……全然そんな風には見えないわね」
「意志が強い人というのは、それが見た目にも表れるのかもしれないな」
背筋はピンと伸びているし、目つきも鋭い。そういう所作の一つ一つが合わさって、見た目以上の若さを感じさせるのだろう。実年齢は七十過ぎだと言うが、知らなければ六十前半と答える人もいるかもしれない。
まるで指定席であるかのように、瓶井さんは最前列の真ん中に座る。それまでひそひそと話をしていた周りの人たちも、彼女がやって来たのを見て、すっかり静まり返った。
時刻は間もなく午後八時。説明会が、ようやく始まる。
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