この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗

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Sixth Chapter...7/24

鬼が祟る

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 恐らく準備室があるのだろう、奥の扉から、永射さんが姿を現す。黒いスーツをビシッと着こなした姿は、エリート官僚という言葉が似合いそうだ。少し長めの髪をワックスで固め、左右に跳ねさせている。演台に向かって優雅に歩く彼の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
 永射さんは、演台まで辿り着くと、左腕にはめられた腕時計をちらっと見てから、一つ咳払いをして、口を開いた。

「……えー、皆さん。定刻になりましたので、これより満生台電波塔設置計画の最終説明会を行いたいと思います」

 低いながらも、良く通る声。演説の上手い人物というのは、声そのものが良いのかもしれないとすら思えてしまう。

「まずは皆さん、このような時間にお集まりいただき、ありがとうございます。この説明会は、今回を含めて計四回行われていますが、何度も足を運んでくださっている方も多く、関心を持っていただいていることに深く感謝しております。勿論、肯定的な意見もあり、否定的な意見もあるのは当然です。その意見を一つにまとめて、良い方向に進んでいけるようにというのが、この説明会の目的なのです。今まで幾つかの意見を頂戴してきましたが、最終回となります本説明会で、皆さんが納得していただけるお話が出来ることを、私は心より祈っております。少々お時間をいただきますが、どうぞ最後までお聞きいただければと思います……」

 永射さんは僕たちの方を向いたまま、一息にそんな長台詞を喋り切った。台本を読み上げているわけではない。事前に準備しておいた文章だったにせよ、彼はそれを完全に覚えきって話しているのだ。途中、詰まったところもなければ、抑揚も綺麗についているし、身振り手振りを交えるところも上手い。とても凡人には出来ない芸当だと、僕は感嘆した。

「この電波塔計画の骨子は、満生台全域に電波を行き渡らせることによって、通信機器の利便性を高め、今後の電子社会で大きなイニシアティブをとるというものになります。この小さな街で、そのような大それた設備が必要なのかと疑問を抱かれる方も多いでしょうが、近年の少子高齢化、都市部への人口移動等により、小さな町村は急速に合併がなされ、悪ければ消滅すらしてしまうところもあります。満生台は、『満ち足りた暮らし』をコンセプトに、満生総合医療センターが主軸となって、かつて減少の一途をたどっていた人口も、少しずつですが増加に転じてきました。そんな流れの中で、更に定住しやすい、満生台ならではと言えるものを作り上げていくことが、いわゆるまちづくり、この満生台が豊かに存続していくための最重要課題なのです」

 最終回ということもあり、話はやや駆け足気味で、計画の全体像を説明していくという予定のようだ。住民の人たちも、何も言わず永射さんの話に耳を傾けている。
 計画の概要をさらりと述べると、永射さんは手に持ったリモコンを操作して、前方の壁面にあるスクリーンを下ろした。そこに、電波塔の図面が映し出される。

「仮称ではありますが、満生塔というこの電波塔は、地上波放送やラジオ放送、その他放送電波を送信するほか、通信用のアンテナも備え付けられており、無線機器による通信も、安心して使用することが出来るのです。つまるところ、満生塔は単体で様々な通信をカバーする優秀な電波塔となるわけです」

 永射さんの言葉が真実なら、満生塔と呼ばれるその塔は、非常に有用なものに相違ない。しかし、そんな多機能型の電波塔など、有り得るのだろうか。全くの素人なので、その辺りのことはよく分からないが、そもそもテレビ塔自体の数だって、日本中に数十か所くらいしかなかったはずだ。それが、テレビやラジオ放送だけでなく、無線通信用の回線まで開いてくれるというのは、ハイスペック過ぎる。
 お年寄りの人たちは、こういう技術的なことを繰り返し説明されても、恐らく半分も理解できはしないだろう。しかし、聞く人が聞けば、半信半疑になってしまうような内容ではある。

「それが実現するのなら、夢のようだが。テレワークを推進するのにも、大きなプラス要因となるわけだしな」
「でも、実際のところ、どれくらいの機能があるのか……ね。永射さんが話しているのは、理想像かもしれないわ」

 父さんと母さんは、それぞれそんなことを囁き交わしていた。僕も同じことを思う。多分、永射さんが描くのは、最終的な満生塔のカタチなのだ。
 これからの情報化社会に対応するため、改良に改良を重ねていく電波塔。それが、満生塔計画なのだろう。
 その後も、永射さんは電波塔稼働がもたらす利便性について、噛み砕いて説明を続けた。それは医療分野にも及び、満生総合医療センターの技術向上等にも繋がる、住民の健康を維持増進できる効果もあるものだと言い切っていた。電子カルテの話は以前、双太さんから聞いていたが、通信設備の発展は更なる効用を期待できるのだという。その説明を、双太さんや病院関係者はどう受け止めているのだろう。信じているのかどうか。

「……以上が、我々が進めてきた電波塔計画の全容となります。これまでに開かれた説明会の内容と重複する部分もありましたが、初めて参加する方も多いので、ご容赦ください。ともあれ、これで大体のことは理解できたかと思います」

 永射さんは軽く会釈をして、一同を見回す。そして、

「残りの時間は、皆さんの疑問点等についてお答えする時間とさせていただきたいと考えております。さあ、質問などありましたら、どうぞ遠慮なく発言してください。お答えいたしますので」

 そう言って微笑を浮かべた。辺りは少しだけざわついたが、どのような質問をすればいいのかまとまらない住民が殆どのようで、すぐには手が挙がらなかった。
 言いたいことはあるようだが、どう質問すればいいか分からない。そのような人が沢山いる中で、唐突に、一人の女性の声がした。手は挙がっていないけれど、挙手する必要性などまるで感じていないのだろう。凛としたその声の主は、最前列の真ん中に陣取っていた、瓶井さんだった。

「何度も聞きました。私のような者でも、大体のことは理解したと思っています。ですが、永射さんは私が第一回目の説明会から危惧している可能性について、一度もハッキリとした答えを返してくれてはいない。その点について、今回こそは何らかの回答が得られるものと思っていましたが」
「はは、これは手厳しい。例の、電磁波問題ですね。無論、覚えていますとも」

 落ち着いた調子ではあるものの、威圧的な瓶井さんの言葉。それに永射さんも上手く対応する。

「瓶井さんもこの計画について真剣に考えていただいているので、私としても慎重にお答えしなければ、ご納得いただけないでしょうから。あえて質問がくるのをお待ちしていた次第です。限りある時間、なるべく質疑に割きたいものですからね。……さて、瓶井さんが毎回おっしゃられていた電磁波問題ですが、これは現代社会において電波を発するものが急増してきたゆえに提起された問題で、要約すれば、我々は日々の生活で、知らず知らずのうちに沢山の電波に晒されており、そのことが原因で人体に何らかの悪影響が及んでいるかもしれない、というものです。電波自体は、電子レンジというものがあるように、熱を発生させる効果があり、それが人体へ作用しないよう、きちんと基準が定められています。ただ、他にも影響を及ぼす何かがないとは言い切れないために、識者たちの一部はその危険性について訴えているのですね」

 携帯電話の電波が、脳に悪い影響を与えているという話は、昔どこかで耳にした覚えがあるが、どうやらそのことらしい。瓶井さんも、よくそんな質問をしたものだ。永射さんが口にしたように、瓶井さんの真剣さが窺える。

「その、未知の危険性については、私も専門家ではありませんので、百パーセントこうだと断定することは出来ません。しかしながら、長い年月をかけて研究を続けているにも関わらず、電磁波と健康被害を結び付けられる、ハッキリとしたデータは未だに得られていないのです。電磁過敏症という通称の症状はあるにはありますが、その症状に悩んでいるという被験者に対し、電磁波を秘密裡に照射したり、或いはしなかったりを試した結果、症状の発生は関連しないという結果が出ているのです。ゆえに、電磁波を意識するあまりのストレスが、電磁過敏症という思い込みの症状を引き起こしているという仮説が、今のところ有力な仮説になっているのですよ」
「ふん。つまり、永射さんの言い分としては、電磁波による被害は思い込みの可能性が高い、と思い込まれている……そういうことでしょう? 被害を訴えている人は少なからずいる。しかし、そういう人たちは、思い込みによるストレスが原因だとあしらわれた……悲しい話だと、私は感じます」

 結論が出ていない問題について、素人が論戦したところで、平行線のままなのは目に見えている。多少調べて知識をつけていると言っても、やはり一般人レベルではバイアスも大いにかかるだろうし、言いたいことを言っているだけ、というのに近い。永射さんも瓶井さんも、こうして毎回、お互いの意見をぶつけるだけぶつけていたのかと思うと、何だか居た堪れなくなった。
 興味本位で説明会へ飛び込んできたけれど、今は早く終了の時刻になってほしい、と思う。
 それから、永射さんが電磁波の安全性について、例を挙げながら話して、それを瓶井さんが否定し、周囲のお年寄りも何人かそれに賛同する、というやり取りが続いた。実際の話を持ち出している分、永射さんの方が優位な気はするのだが、健康被害というデリケートかつ重要な問題は、僅かな可能性でも危険と考える人が多いこともまた確かで、どれだけ永射さんの弁舌が優れていようとも、この場の全員を納得させるのは到底無理なように思えた。
 会場の壁面に掛けられた時計を見る。説明会の終了十分前だ。そろそろ帰れる、と心の中で喜んでいたそのとき、一つの単語が耳に飛び込んできた。

「――鬼が祟りますよ」
「……」

 瓶井さんだ。その一言で、場が静まり返った。今までの会話からはかけ離れたワードなのだから、それも当然だ。前回も、こんな風に突然、鬼という言葉を持ち出してきたのだろうか。これは、瓶井さんなりの作戦なのかもしれない。

「……昔話を持ち出されましてもね」
「そう。三鬼は、この村の昔話。ですが……よくある民話とは違います。三鬼は、いたんですから」

 ……三鬼が、いた?
 どういうことだろう。

「鬼そのものがよくある民話でしょう。電磁波問題について論じているはずなのですが、何故瓶井さんは毎回、それを持ちだされるのです」
「鬼とは、歪み。村に降りかかる災いそのものなんです。……そうですね。永射さん、あなたが電磁波は安全だと信じているように、私も信じているんですよ、それが危険だということを。そしてそれが危険なものだったとすれば、必ず鬼は私たちの前に現れる。そうなってしまうものなんですよ」
「……ふむ」

 瓶井さんの言葉が抽象的なので、永射さんもその真意は測りかねたらしい。だが、あくまでも彼は落ち着いた調子で、

「神様は見ている……ということですか。瓶井さんの言いたいことも十分に理解出来ます。だからこうして、私は何度も説明会を開き、また電磁波問題についても調べてきたのです。満生塔における電波強度も、人体に影響を与えるものでないことは、外部調査によって検証済みですしね。なので、貴女の意見に対して私が言えることは、この先の結果を見ていてください、ということだけです。大丈夫、必ず満生台は、『満ち足りた暮らし』を堂々と掲げられる街になっていますから」

 これ以上は反論を許さない、というように話を締め括って、永射さんはこちらに向かって一礼し、演台から離れた。瓶井さんも、最早この問題をどうにか出来るとは思っていないようで、永射さんの背に言葉を投げるようなこともなかった。現に、塔はもう完成している。瓶井さんに出来ることは、どうなっても知らないぞという、警告くらいしか残っていなかったのだ。

「……ええ、それでは、時間になりましたので、説明会は終了とさせていただきます。皆さま、お忙しい中足を運んでくださり、誠にありがとうございました。電波塔の稼働につきましては、八月二日を予定しておりますので、何卒よろしくお願い申し上げます……」

 雇われたらしい司会の女性が、メモに書かれた内容をそのまま読んでいる。永射さんには、秘書のような人はいないのだろうか。よく考えてみれば、いつも一人でいるような気がする。まあ、どうでもいいことだけれど。
 説明会は終わった。何か興味深いことが聞けるかと期待していた僕だったけれど、後に残ったのは、何とも言えない居心地の悪さと、中途半端な疑問だった。瓶井さんの言う鬼の祟りとは結局、永射さんが例えたように、神様は見ている、という警告に近いものなのか。災いが起きても知らないぞという、一種の脅しのようなものなのか。そう考えた方が現実的なのは事実なのだが。
 まるで茶番劇だった。そう評する両親とは裏腹に、僕の心は落ち着かなかった。電波塔のことは、この際どうでもよく。蟠るのは、余計に正体の分からなくなった鬼のこと。
 この地に伝わる三匹の鬼は、果たして瓶井さんの警告通り、いつか僕たちの前に現れるのだろうか。そしてそれは、どのような形で僕たちを祟り、苦しめるのだろうか。
 もしかしたらその瞬間は、案外すぐに訪れるのかもしれないと、僕は悪い予感がした。
 そして、悪い予感と言うのは、当たってほしくないと思うほど、当たってしまうものなのだ。
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