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Ninth Chapter...7/27
祟りか悪意か
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永射邸を包んだ火は、やがて雨により消えたものの、建物は全焼し、黒焦げの骨組みだけが残された。真昼間に起きたこの事件に、人々は誰もが、信じられない光景だったと口を揃えて言った。
分厚い雲に覆われた、雨の昼下がり。煌々と燃える永射邸。それは、恐ろしいけれどもどこか美しく、見る者の心を捉えて離さなかった。だから、誰もがそこで、足を止めた。燃える邸宅を、見つめ続けていた。
何故、永射邸が火事に見舞われたのか。その理由は全くの不明だ。だが、そこに住む者が既にいないのだから、ほぼ確実なことが、一つだけある。
永射邸は――放火された。
理由なんて分かるわけがない。けれども、それ以外には考えにくい。
あのとき、永射邸に誰かが火を放ったのだ。
でなければ、無人の家から火の手が上がることは、まずないだろう。
そう――それこそ鬼の祟りでもない限りは。
永射さんが鬼封じの池に浮かんで死亡しているのが見つかった翌日に、彼の家が焼け落ちて。二日続けて起きた異常事態に、住人たちは困惑していた。様々な噂、憶測が飛び交い、井戸端会議の話題は専らその関係ばかりとなった。中でも多かったのが、これは鬼の祟りではないかという声だ。永射さんは鬼の怒りに触れて、こんな目にあってしまったのだという。
構図が出来上がっている、と僕は思う。伝承を蔑ろにして、街の発展を進める永射さんと、伝承を軽んじればいつか祟りにあうと警告した瓶井さん。そして、降りかかった悲劇。人々が、これはまさに祟りだと、何となく感じてしまう雰囲気は、確かに出来てしまっているのだ。
……なら、一連の事件はもしかすると。
鬼の祟りを知らしめたい何者かの悪意が、引き起こしているのかもしれない。
根拠のない推測に過ぎなかったけれど、僕はどうにも、それが一番現状に当てはまるのではないかと思えた。
メンタルはあまりよろしくないが、学校は休めないので、僕はいつものように登校する。ちょっとだけ遅い時間に来たので、既にクラスメイトは何人か談笑していて、そこでの話題もやっぱり、永射さん関係のものだった。
「おはよう、玄人」
座るなり、龍美が声を掛けてくる。彼女の目元には、薄っすら隈が見えて、目を逸らしたくなってしまう。
今日も、虎牙は来ていない。
「昨日、永射さんの家が燃えたのは……当然知ってるわよね。その話で持ち切りだもの」
「うん。というか、僕は丁度、燃えてる現場に遭遇しちゃったから。村の人たちが沢山集まってきたけれど、やっぱり遠くからでも分かるくらいの規模だったよね」
「あそこにいたのね。私は昨日、八木さんに色々相談してたんだけど、観測所からでも異常は分かったわ。薄暗かったのに、永射さんの家の方角だけ、やけに明るかったんだもの」
「ああ……龍美は八木さんのところにいたんだね」
八木さんがいる観測所は、街の大部分が見下ろせる位置に建っている。木々が邪魔をして、死角になる部分もあるけれど、火の明るさだけはハッキリ見てとれたわけだ。
「僕は、学校の帰り道に偶然、瓶井さんと会ってね。鬼の伝承について、詳しく話を聞かせてもらったんだ」
「本当? それは私にも教えてほしいわ」
「了解、了解。ただ、長くなるし放課後にしよう」
「そうね。私も、八木さんから聞いた話をしておきたいし」
八木さんの話と言われると、イメージとしてはマニアックなものしか浮かんでこないのだが。どれくらい役に立つ話なのだろう。
八時三十分のチャイムとともに、双太さんと満雀ちゃんが教室に入ってくる。双太さんも寝不足気味に見えるし、満雀ちゃんも何だか元気がない。永射さんの死で、病院は慌ただしくなっているようだ。満雀ちゃんを席まで誘導する双太さんを見つめていると、心配していると感じ取ったのか、彼は弱々しいながらもこちらに向かって微笑んだ。
「おはようございます。今日も、試験が終わったら早いうちに学校を閉めちゃうから、皆、帰る支度が出来たらささっと帰っちゃってね」
そう告げて、双太さんは出欠を取り始めた。
「大変そうだね」
双太さんが職員室に戻ってから、僕は満雀ちゃんに話しかける。
「うん。永射さんが予定してたこと、大体病院の人が代わりにすることになったみたいで。稼働の式典も、私のお父さんがすることになったんだ」
「貴獅さんが……そう言うことには慣れてなさそうだけど」
「そうなの。だから、心配だなあ」
満雀ちゃんはそう言って、唇を尖らせた。本人は真剣なのだろうが、やはり可愛らしい。
「電波塔の運用開始は、八月二日だったね。満月の夜らしいってので、覚えてるな」
「……うん、満月の夜だよ。式が夜九時っていうのは、何か変だけど」
「そう言えば、それってどうしてなの?」
「さあ……ライトアップでもしたいんじゃないかなあ」
確かに、LED付きの電波塔が今年、完成したばかりではあるけれど、多分ウチの電波塔はそんな機能、ついてないよね。きっと、周りからライトで照らすとか、そういう感じだろうな。
「永射さんの家の件は、何か聞いてる?」
「うゆ。……原因は今のところ不明だって。事件性が高いから、現場は立入禁止にしておくみたい。って言っても、警察の人も来ないし、封鎖のテープを張っておくだけみたいだけど」
「貴獅さんも、事件っぽいとは思ってるんだよね」
「まあ、誰もいなかったお家だから」
問題は、それなら誰が火を放ったか、だけど。
あまり考えすぎると、嫌な仮定ばかりしてしまうので、止めておこう。
「……大丈夫だよ」
「え?」
急に、神妙な様子で満雀ちゃんがそう言うので、僕は上ずった声で聞き返してしまう。
「虎牙のことなら、大丈夫」
「……あはは、お見通しか」
頭の中で、何を思い浮かべているのか、見透かされてしまっていたらしい。
そうとも。たとえ僕らの前に姿を現さないにしても、彼が良からぬことをしているなんて、有り得ない。
満雀ちゃんに心配されてしまうとは、駄目な人間だな。
「はーい、それじゃあ一時間目の試験、始めるよ」
チャイムと同時に、双太さんが試験問題を抱えて入ってくる。虎牙のことが頭から消えなかったが、僕は配られてくる試験問題の方へ、何とか意識を切り替えた。
分厚い雲に覆われた、雨の昼下がり。煌々と燃える永射邸。それは、恐ろしいけれどもどこか美しく、見る者の心を捉えて離さなかった。だから、誰もがそこで、足を止めた。燃える邸宅を、見つめ続けていた。
何故、永射邸が火事に見舞われたのか。その理由は全くの不明だ。だが、そこに住む者が既にいないのだから、ほぼ確実なことが、一つだけある。
永射邸は――放火された。
理由なんて分かるわけがない。けれども、それ以外には考えにくい。
あのとき、永射邸に誰かが火を放ったのだ。
でなければ、無人の家から火の手が上がることは、まずないだろう。
そう――それこそ鬼の祟りでもない限りは。
永射さんが鬼封じの池に浮かんで死亡しているのが見つかった翌日に、彼の家が焼け落ちて。二日続けて起きた異常事態に、住人たちは困惑していた。様々な噂、憶測が飛び交い、井戸端会議の話題は専らその関係ばかりとなった。中でも多かったのが、これは鬼の祟りではないかという声だ。永射さんは鬼の怒りに触れて、こんな目にあってしまったのだという。
構図が出来上がっている、と僕は思う。伝承を蔑ろにして、街の発展を進める永射さんと、伝承を軽んじればいつか祟りにあうと警告した瓶井さん。そして、降りかかった悲劇。人々が、これはまさに祟りだと、何となく感じてしまう雰囲気は、確かに出来てしまっているのだ。
……なら、一連の事件はもしかすると。
鬼の祟りを知らしめたい何者かの悪意が、引き起こしているのかもしれない。
根拠のない推測に過ぎなかったけれど、僕はどうにも、それが一番現状に当てはまるのではないかと思えた。
メンタルはあまりよろしくないが、学校は休めないので、僕はいつものように登校する。ちょっとだけ遅い時間に来たので、既にクラスメイトは何人か談笑していて、そこでの話題もやっぱり、永射さん関係のものだった。
「おはよう、玄人」
座るなり、龍美が声を掛けてくる。彼女の目元には、薄っすら隈が見えて、目を逸らしたくなってしまう。
今日も、虎牙は来ていない。
「昨日、永射さんの家が燃えたのは……当然知ってるわよね。その話で持ち切りだもの」
「うん。というか、僕は丁度、燃えてる現場に遭遇しちゃったから。村の人たちが沢山集まってきたけれど、やっぱり遠くからでも分かるくらいの規模だったよね」
「あそこにいたのね。私は昨日、八木さんに色々相談してたんだけど、観測所からでも異常は分かったわ。薄暗かったのに、永射さんの家の方角だけ、やけに明るかったんだもの」
「ああ……龍美は八木さんのところにいたんだね」
八木さんがいる観測所は、街の大部分が見下ろせる位置に建っている。木々が邪魔をして、死角になる部分もあるけれど、火の明るさだけはハッキリ見てとれたわけだ。
「僕は、学校の帰り道に偶然、瓶井さんと会ってね。鬼の伝承について、詳しく話を聞かせてもらったんだ」
「本当? それは私にも教えてほしいわ」
「了解、了解。ただ、長くなるし放課後にしよう」
「そうね。私も、八木さんから聞いた話をしておきたいし」
八木さんの話と言われると、イメージとしてはマニアックなものしか浮かんでこないのだが。どれくらい役に立つ話なのだろう。
八時三十分のチャイムとともに、双太さんと満雀ちゃんが教室に入ってくる。双太さんも寝不足気味に見えるし、満雀ちゃんも何だか元気がない。永射さんの死で、病院は慌ただしくなっているようだ。満雀ちゃんを席まで誘導する双太さんを見つめていると、心配していると感じ取ったのか、彼は弱々しいながらもこちらに向かって微笑んだ。
「おはようございます。今日も、試験が終わったら早いうちに学校を閉めちゃうから、皆、帰る支度が出来たらささっと帰っちゃってね」
そう告げて、双太さんは出欠を取り始めた。
「大変そうだね」
双太さんが職員室に戻ってから、僕は満雀ちゃんに話しかける。
「うん。永射さんが予定してたこと、大体病院の人が代わりにすることになったみたいで。稼働の式典も、私のお父さんがすることになったんだ」
「貴獅さんが……そう言うことには慣れてなさそうだけど」
「そうなの。だから、心配だなあ」
満雀ちゃんはそう言って、唇を尖らせた。本人は真剣なのだろうが、やはり可愛らしい。
「電波塔の運用開始は、八月二日だったね。満月の夜らしいってので、覚えてるな」
「……うん、満月の夜だよ。式が夜九時っていうのは、何か変だけど」
「そう言えば、それってどうしてなの?」
「さあ……ライトアップでもしたいんじゃないかなあ」
確かに、LED付きの電波塔が今年、完成したばかりではあるけれど、多分ウチの電波塔はそんな機能、ついてないよね。きっと、周りからライトで照らすとか、そういう感じだろうな。
「永射さんの家の件は、何か聞いてる?」
「うゆ。……原因は今のところ不明だって。事件性が高いから、現場は立入禁止にしておくみたい。って言っても、警察の人も来ないし、封鎖のテープを張っておくだけみたいだけど」
「貴獅さんも、事件っぽいとは思ってるんだよね」
「まあ、誰もいなかったお家だから」
問題は、それなら誰が火を放ったか、だけど。
あまり考えすぎると、嫌な仮定ばかりしてしまうので、止めておこう。
「……大丈夫だよ」
「え?」
急に、神妙な様子で満雀ちゃんがそう言うので、僕は上ずった声で聞き返してしまう。
「虎牙のことなら、大丈夫」
「……あはは、お見通しか」
頭の中で、何を思い浮かべているのか、見透かされてしまっていたらしい。
そうとも。たとえ僕らの前に姿を現さないにしても、彼が良からぬことをしているなんて、有り得ない。
満雀ちゃんに心配されてしまうとは、駄目な人間だな。
「はーい、それじゃあ一時間目の試験、始めるよ」
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