この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗

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Ninth Chapter...7/27

バイオタイド理論

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「……実話に基づいた伝承、か。まさか戦時中のエピソードとはねえ……びっくりだわ」

 一通りの話を終えたところで、龍美が漏らした感想がそれだった。満雀ちゃんも、隣で神妙な表情になって、

「この街って、昔は大変な環境だったんだ……うゆ」
「まあ、戦時中や戦後はどこでも大変だったんだろうけど、三鬼村はそこに水害が重なったから、余計に悲惨なことになったんだね」
「水害の水鬼、飢餓の餓鬼、狂気の邪鬼……か。要するに、悪い現象にそれぞれ鬼をあてがったってことなのかしら」
「戦前から、三匹の鬼の話はあったみたいだから、そのときに鬼の具体性が確立されたって感じかな」
「ううむ……伝承が戦争を背景に上書きされてしまったのね」

 流石は龍美だ。話の飲み込みはとても早かった。

「昔話をしてくれるお年寄りの患者さんとかはいたけど、そこまでは誰も言わなかったな。もう、知ってるのは瓶井さんくらいなのかも」
「満雀ちゃんも、ある程度は知ってたんだね。そうだなあ、満雀ちゃんはこの街に住んでるの、僕らより長いもんね」
「えっと、四年くらい前だよ。病院が増築した次の年だから」
「あ、病院って増築してたんだ?」
「うん。永射さんが来たときに。まちづくりだーって感じで」
「へえ……」

 永射さんは、そんなことにも寄与していたのか。確かに、当時の人口的に、最初からあの規模の病院が建っていたとは考えられない。然るべきタイミングで、病院は発展したということだ。

「……それにしても、赤い満月か。それが昇るのが、三匹の鬼が現れるときって言ってたのよね」
「うん。順番に現れるらしいから、つまりは邪鬼が現れたときってことだと思うよ」
「狂気の鬼……。偶然かもしれないけど、私も昨日、似たような話を八木さんに聞かせてもらったのよ」
「え?」

 それは、どういうことだろう。まさか、八木さんも鬼の伝承について知っていたということなのか。そんなこととは無縁の、研究大好き人間という勝手なイメージしかなかったのだが。

「あ。玄人の表情から何となく読み取れたけど、それも八木さんのお仕事関係の話なの。イメージ通りでしょ?」
「う。そうなんだ、あはは……よく分かるね」
「一年も友達やってりゃ分かるわよ」

 迷いなくそんなことを言うんだから、龍美は本当に凄い子だよな。僕には死ぬまで言えそうもない台詞だ。

「えと、それで八木さんはどんな話を?」
「ほら、あの人って、主に地震の観測をしてる人って思ってるじゃない? 確かにそれがメインの仕事らしいんだけど、もう一つ、あの観測所では月の満ち欠けについても観測してるらしくって」
「月の満ち欠け……」
「うん。一見何の関係もない二つだけど、実は地震と月の満ち欠けって、連動しているんじゃないかっていう学説があるみたいなの。地球には、月の引力が働いているってのは習ったわよね。ざっくり言えば、月も太陽も、地球に対して引っ張る力を与えているわけ。だから、その引力が強いときに、地震が発生しやすくなるんじゃないかっていう説ね」
「はあ……そんな学説が」
「これも、電磁波が体に悪影響を与えているかもみたいな、まだ決め手の無い説ではあるみたいだけど。とにかく、八木さんは地震に関連してるかどうかを見極めるということで、月の満ち欠けも観測しているそうなの。いやあ、毎日凄いわよね。空も地面も調査してるんだから」

 確かに、そんな風に言われれば、凄い仕事を毎日しているんだなと思えてくる。研究所にこもり切りで、あまりパッとしない人だと思っていたけれど、少し感心した。……しかし、僕は八木さんに対して勝手なイメージを持ちすぎているな。あまり接点がないことが主な理由だけど。

「私も、話を聞くまではそんなこと知らなかったから、興味が沸いちゃって。月の観測についての話を色々教えてもらうことにしたんだけど。そこでまた、面白いというか、不思議な話を聞いたのね」
「それが、赤い満月と関係した話?」
「そうそう。……二人とも、バイオタイド理論って知ってる?」
「バイオ……何だって?」
「バイオタイド理論。体内潮汐って訳らしいわ」
「うゆ……知らないなあ」

 理論というからには、それも学説なんだろうけど、少なくとも僕は聞いたことが無かった。

「これも簡単に説明すると、月の満ち欠けが人の感情や行動に何らかの影響を与えているんじゃないかって言う理論のことなんだって。玄人なら勿論分かると思うけど、ルナティックって言葉があるでしょ? あれも、ルナっていう月を意味する単語から、狂気や精神異常を表す言葉になってるじゃない。古くから、月は人を狂わせる力があるって思われてきた証拠よね」
「ああ……それは印象に残ってる。クンダバファーの件はちょっと笑ってしまうけど」
「それは置いといて。バイオタイド理論は、否定する材料もなくて、結構認知度はあるらしいの。というか、その名前を知らなくても、月が体に影響してるっていうのは、言われたら信じちゃいそうな話だものね。女の子の日だって、月の満ち欠けが関わってるって言う人もいるんだから」
「た、龍美ちゃん」
「あはは……そうなんだ」

 最後のはちょっと、男の僕は反応に困るな。龍美も、言ってしまってから少し恥ずかしくなったようだ。

「ま、まあ。そんな感じで、月が体に影響を与えるってのは有り得てもおかしくはないっぽいんだけど。その説の中に、満月の夜は暴力や殺人が増える傾向がある、というのがあるのよ」
「へえ……事実なのかな」
「そんなの統計が取れてるかは微妙なんだけどね。少なくとも、そういう説は確かにあるの。さっきも言った、ルナティックを裏付けする説ってことね。……だから、もしかすると鬼の伝承の最後は、鬼が現れて村が狂気に侵されたときに満月が昇っていたのではなくて、その逆。満月が昇ったからこそ村が狂気に侵されたってことも、有り得るんじゃないかな……なんて思ったのよ」
「満月のせいで……かあ」

 ルナティックというワードが実際にあることから考えれば、鬼がどうこうと言うよりかは、まだ真実味はあるような気もするけれど。五十歩百歩という感も否めない。……まあ、有り体に言えば、僕はどちらの説も認めたくない、というだけだが。

「……でも、赤い満月はストロベリームーンって名前がついてて、見た人は幸せになれるとか言われてもいるみたいだけど。その赤い満月が本当に村人を狂わせたのかどうか。……鬼も満月も、どっちもどっちってとこよね」

 龍美も僕と同じ考えらしい。胡散臭い、というよりは、そんなことがあってほしくない、というニュアンスに近いんだろうな。

「まだ、満月のせいだったって考えた方が、全部が自然現象のせいに出来るのよねえ……私はそう考えておこうかな。でないと、いつまでも怖いもの」
「あはは、そうだね。鬼がいるかもなんて思いながら、過ごしたくないもんね」
「私も自然現象だと思う。鬼は怖いよ」

 鬼は怖い。満雀ちゃんの言う通りだった。僕も龍美も、鬼に深く関わり過ぎて、恐怖心が植え付けられてしまったのだ。自然現象でQEDなら、それが一番精神衛生上良いはずだ。

「……よし、と。話し合ってるうちに、増設終わったわ。パソコン側の性能上げて効果あるのかは分かんないけど、一回試して見ようかなあ」
 鬼と満月の話に区切りをつけるように、龍美はそう言って、作業の終わったパソコンを立ち上げ始めた。アンテナを出すように指示されたので、僕もアンテナを組んだり、周辺の準備を手伝う。
「負荷が減れば、受信速度が向上するのかもね」
「やればわかるわ! 頼んだわよ、玄人」
「はいはい」

 僕は立ち上がったパソコンにパスワードを打ち、デスクトップ画面に入る。そのままレッドアイのプログラムを起動して、システムが立ち上がるのを待った。
 スタンバイ状態になったレッドアイのコマンド入力ボックスに、メモ帳に保存してある命令文を貼り付ける。後はエンターを押して、プログラムが起動するのを確認すれば、僕の役目は終わりだった。

「……なんか、ノイズばかりだね」

 動き始めた波形を見て、僕は呟く。

「天気が悪いからなあ……やっぱEMEにとっては致命的かあ」
「月から反射した電波を受信してるんだっけ」
「そうよ。だから、月が見えないときには駄目かも。他の電波もある程度は捉えられるみたいだけど、精度がねえ」
「天気は僕らじゃどうにもできないし、諦めるしかないか」
「せっかく付けたし、しばらく受信できないか見守ってからでいい? 時間はもうないけど」
「うゆ、そうしよう」
「ん。まあ、十分くらいならね」

 時計を見ると、もう正午になろうとしている。あんまり長居すると双太さんが心配するから、それくらいをリミットにした方がいいだろう。
 それから僕らは、パソコンの画面を時たま確認しつつ、雑談を交わした。そして結局、十分の間にメッセージが受信されることはなかったのだった。
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