この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗

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Fourteenth Chapter...8/1

式典の日へ向けて

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 昼食を済ませ、僕はしばらくリビングでクーラーにあたって涼んでから、出かける準備をしに部屋へ戻る。この暑さなので、家では快適さを優先させた服装でいるのだが、外出するならある程度は身なりをきちんとしたかった。
 服を着替えて階下に向かうと、母さんとすれ違う。

「あら、この暑いのに出かけるの?」
「うん。ちょっと、双太さんに会いに行こうと思って」
「杜村くん? そう言えば、今日買い物に出かけたときに見かけたわね。中央広場のところにいたわ」
「中央広場に?」

 双太さんが、そんなところに何の用があったのだろう。

「ほら、明日の稼働式典が、中央広場でやるらしいじゃない。それで、準備に駆り出されてるみたいよ」
「ああ……」

 なるほど、双太さんが準備をさせられているのか。確かに、この状況では人手不足だし、やるとなったら彼しかいないのだろう。外注していたのかもしれないが、今は誰も、街の中へは入ってこれなくなっているのだし。

「ありがとう、母さん。それじゃ公園に行ってみる。なるべく早めに帰るよ」
「気をつけてね。ちょっとでも気分が悪くなったら帰って来ること」
「はーい」

 なるべく元気な風を装って、僕は燦々と陽射しの照り付ける空の下へと進み出る。
 少し前までなら、この暑さを夏らしいと、素直に受け止められていただろう。でも、今はこの熱気すら、鬼の祟りのように思えてしまう。……きっと、そう思うのが一番簡単なのだ。だから、街の人たちは鬼の祟りを肯定してしまうのだ。
 他の理由が思いつかないから。
 そうなりたくはないのにと、頭では拒絶しているけれど、暑さのせいか、不安のせいか、僕もじりじりと思考を侵食されているような気がする。鬼の祟り。その響きに、屈したくはない。
 中央広場が見えてくる。木製の骨組みで作られた、簡素な仕切りが園内に出来ている。運動会なんかで使われる仮設テントから、屋根を取っ払ったような感じだ。中のスペースには、パイプ椅子が何脚か並んでいて、その前方には、厚い木の板を横倒しにしただけの、こじんまりとした壇があった。
 双太さんは、タオルを首に巻きながら、汗を拭いつつパイプ椅子の設置を続けている。顔が赤くなっているのが遠くからでも分かって、無理をしてるんだな、と心配になった。

「こんにちは、双太さん」
「ん……ああ、玄人くん。もう、体調は良いのかい」
「はい、おかげさまで。……双太さんの方が、酷い顔ですよ」
「はは……参ったね。僕しか動ける人間がいないからさ、貴獅さんにお願いされたんだよ。断るわけにもいかないし、こうして炎天下の中頑張ってるんだ」
「無茶はしちゃ駄目ですよ」

 僕が言うと、双太さんはスポーツドリンクの入ったペットボトルを取り出した。

「大丈夫、医者の不養生にはならないように、気をつけてるよ。……ところで、玄人くんはどうしてここへ?」
「昨日、理魚ちゃんのお見舞いが出来なかったんで、病院へ行こうと。そのついでに、双太さんに聞いておきたいことがあったんです」
「そうだったんだ。……申し訳ないんだけど、病院には今、入れないんだよ」
「え?」

 僕が素っ頓狂な声を上げると、双太さんはすまなそうに眉を寄せる。

「電波塔に反対する人たちが、抗議活動をしてるのは、もう分かってると思うけど。病院へ抗議をしにくる人が結構いてね。おかげさまで、診察を受けに来る人もいなくなって、殆どの入院患者は一時的に自宅へ戻ってしまったから、実質休業してるような状態になってしまったんだ。そこで貴獅さんは、事態が落ち着くまで病院は閉めて、今も入院してる患者さんのお世話だけをするって決めたんだよ」
「休業……ですか」

 そんな事態に陥っているとまでは、想像していなかった。病気になった人は流石に、病院で診察を受けなければ辛いと思うのだが。自身の健康よりも、抗議の方が大事なのだろうか。……そこまでくると最早、狂気に冒されているのではないかと感じる。

「だから、僕もこうして式典の準備が出来てるわけ。休診だからね」
「じゃあ、お見舞いはまた今度、か」
「電波塔が動いてしまえば、すぐにまたいつもの日常に戻るよ。それに……事件にもちゃんと、片がつくだろうしさ」
「不安なことがなくなったら、皆ころっと態度を変えちゃいそうですね」
「そうそう。そういうものだよ、きっと」

 そうであればいい、という望み。本当のところは分からないけれど、信じていれば、きっとそうなるのだと、思いたい。

「……あ、ごめん。それで、僕に聞きたいことがあったんだよね?」
「はい。えっと、昨日はあんな状態だったんで、聞きそびれたんですけど……龍美がどうなったのか気になってて」
「……昨日、親御さんから連絡はあったんだけどね」

 双太さんは、そこで言葉を切ってバツが悪そうな表情を浮かべる。

「まだ、家には戻っていないらしい。街の状況も状況だし、心配だから時間の許す限り捜索はしてるみたいだけど、見つからないそうだ。僕も玄人くんが帰ったあと、何軒か電話を掛けたり、近場を探してみたんだ。結局、成果はなかったけれども」
「まだ……戻ってない……」

 胃の中に、鉛が落ちるような鈍痛がした。……見つかった、という言葉を聞きたいと、願っていたのに。事態は何一つ、好転しない。
 虎牙がいなくなり、龍美がいなくなり、そして満雀ちゃんも、体調を崩して会えなくなって。……僕の友人は皆、僕の傍から消えていく。
 それこそ、鬼の祟りであるかのように。

「今は、見つかることを信じて待とう。それまで僕も、先生として出来る限りのことはするからさ。玄人くんは、無理をせずにいてほしい。凄い心労なんだろうし、玄人くんまで倒れちゃったら、戻ってきた皆が心配しちゃうよ」
「……そんなこと言うのはずるいですよ、双太さん」
「ごめんごめん。でも、言っておかないと玄人くん、無理しちゃいそうだから。この間のお返しだと思って」
「……ありがとうございます、双太さん」

 そうだよな。僕が疲れで倒れてしまったら、今度は皆が心配するんだ。
 笑顔でおかえりって言えるように。馬鹿野郎って言えるようにしておかなくちゃ、いけないんだよな。

「用も済んだので、そろそろ行きます。双太さんも体調に気をつけて、頑張ってくださいね」
「ああ、頑張るよ。……そっちは家じゃないけど、帰らないのかい?」
「まあ、せっかく外へ出たんで、寄りたいところがあって」
「そっか。じゃあ、お互い暑さには気をつけてだね。また」
「はい。また」

 笑顔で、別れの言葉を告げる。そして、僕は公園を出て、道なりに、山の方へと歩き始めた。
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