この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗

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Fourteenth Chapter...8/1

名前を呼ぶ声

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 山へ行こうと思い立ったのは、やっぱり皆のことが気になったからだ。無理はしないけれど、せめて一ヶ所だけ、行っておきたい場所があった。そこは、僕たちしか知らない秘密の場所だから、他の人たちはまだ、探していないはずだった。こんなにも長く、身を隠していられる場所は。そう考えると、あの基地はそれなりに可能性のあるポイントだった。
 木々は自然の屋根になって、陽射しから守ってくれる。幾分涼しい山の道を、僕は慎重に歩いていく。疲れのせいか、足がもつれそうになるけれど、枝葉の散乱する地面をしっかりと踏みしめて、転ばないように進む。
 いつもより若干時間が掛かったが、ようやく秘密基地に到着した。この蚊帳も、中のテントも、不思議と懐かしい気持ちになる。よもや、一人だけでここに来ることになろうとは。

「……ふう」

 蚊帳を抜け、僕は自分の椅子を引っ張って来て、そこに座る。ここまで来るのに、結構体力を消耗してしまった。意識しないようにしていたが、暑さと疲れは、しっかり体を痛めつけているようだ。

「……誰も、いないか」

 それなりに、期待はあったのだ。ひょっとしたら、このテントで寝泊まりしているのではないかと。しかし、秘密基地には人の気配がなかった。この自然に囲まれた場所で、僕一人がぽつんと存在しているだけだった。
 虎牙。龍美。今、どこで何をしているんだろう。
 この不安が、杞憂であればどれほどいいか。

「……」

 基地をぐるりと見渡していたとき、ふと小さな引っ掛かりを覚えた。
 ……勘違いかもしれない。でも、物の配置が僅かに変わっている気がしたのだ。
 風が吹いて、位置がずれたのだろうか。いや、どうもそのずれには、人為的なものを感じる。
 誰かが……ここへやって来た?

「ううん……」

 前回秘密基地を訪れたのは、五日前、七月二十七日のことだ。あの日はまだ龍美がいて、満雀ちゃんと三人でここに来たのだった。
 ただ、その日僕は、片付けを龍美に任せて、満雀ちゃんを病院まで送っている。だから、僕が立ち去ったあとに、龍美が色々と配置を整えていったということも十分あり得た。誰かが来たのかも、という考えは僕の希望的観測であって、実際には誰も来ていない可能性の方が高そうだ。
 しばらくの間、椅子に腰かけてぼーっとしていた。一人きりでここにいると、走馬灯のように、皆で過ごした日々のことを思い出してしまう。蚊帳を張ったりテントを立てたり、一所懸命になって基地を完成させたこと、親に内緒でお菓子や飲み物を持ち込んで、ささやかな贅沢を楽しんだこと、どうせなら秘密の研究をしてみたいという流れになって、EMEを製作したこと……全てが遠い昔のことのようだ。せいぜい数ヶ月前までしか遡らないはずなのに。
 ……ムーンスパローか。

「……よし」

 特に目的はなかったけれど、僕はムーンスパローを起動してみることにした。秘密基地に来たのだから、触っておきたいと思ったのだ。僕らの青春の証。四人で作り上げた、小さな電波塔。

「……はは、もしもこれが街の人に見つかったら、大変かもな」

 電波塔に反対している住民たちは、僕らのムーンスパローを見たら、何と言うだろうか。まあ、肯定的な意見は出そうにないな。
 一人で全てを用意するのは中々骨が折れたが、とりあえず設置を終えて、パソコンを立ち上げる。四人で決めたパスワードを入力して、アカウントにログインした。
 『moonsparrow』。毎回思うけれど、実にそのままなパスワードだ。
 デスクトップ画面になり、常駐プログラムが起動するまで待ってから、僕はレッドアイのアイコンをダブルクリックした。忽ちシステム画面が開く。これまた懐かしさを感じる。
 ……そう言えば。
 『レッドアイ』というプログラム名は、日本語に訳せば『赤目』。流石にただの偶然だろうが、妙な符合があったものだ。メニューのヘルプから、製作者である『M.Umano』という人物のコメントを閲覧できるのだが、レッドアイという名称は、とあるミステリに登場するプログラムをオマージュしたと記されていて、その小説を知っている身からすれば、ははあなるほど、と頷けるものだった。同じ著者の作品に、赤目姫という人物が登場するものもあるし、製作者はきっと小説の大ファンなのだろう。
 ……赤目に対して、あまり過敏になり過ぎない方がいいかもしれない。それこそただの偶然で、理魚ちゃんもあのお爺さんも、不調によって目が充血していただけという可能性もあるのだから。いくら確率が低いとはいえ。
 鬼の祟りを持ち出すのは、最後の最後……だ。

「……あれ?」

 ムーンスパローを動かそうとして、僕は気付く。どういうわけか、今までの履歴が消去されているのだ。
 ……龍美が消したのだろうか。いや、僕はあの日、最後まで片付けはしなかったものの、パソコンの電源は落として帰った。その後また、龍美がパソコンを点けて、わざわざログを消したとは考えにくい。まず第一、消す必要がないはずだ。
 やはり、誰かがここへ来て、パソコンを操作していた? だとすれば、その人物は一体誰なのだろう。
 アカウントにログイン出来る人物。パスワードを知っている人物。……それは、僕ら四人にしか当てはまらない。
 じゃあ、ここへ来たのは。

「……何だよ、それ」

 虎牙か龍美か、或いは二人ともなのか。それは分からないけれど。
 多分、ここへ来たのだ。何らかの目的があって。
 ……辿れなかった痕跡。ようやく……ようやく、掴めたのだ。
 二人はきっと、無事でいる――。

「……玄人」
「……え?」

 聞き間違いかと思った。だって、人気がなかったから。
 でも、声は確かに聞こえていた。それは、僕の名前を呼ぶ声だった。
 ああ……懐かしい声。
 大切な、友の声。
 ゆっくりと立ち上がって、振り向くと。
 そこには、夢幻なんかじゃなく、しっかりと存在する、彼の姿があった。
 義本虎牙。僕の、かけがえのない親友の姿が。
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