インペリウム『皇国物語』

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episode2 『ユーロピア共栄圏』

51話 面妖な懐

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 一夜明けて再び夜へと変わったころ。

「船長がお呼びだ、小娘出ろ」

 私は海賊の船長室へ招かれた。室内は綺麗に整えられており独特の木材の香りにアンティークのような装飾品が散見される。動物の頭蓋骨で作成されたであろう蝋燭立てに灯される火。それが隙間風によって不気味に揺れる。

 そして花壇のような場所に三つ葉が紫の花をつけて大量に咲き誇っていた。テーブルには豪勢な料理が用意されており、正直に驚いた。

「そんなに驚くことはないだろう? 君は『客人』なのだからもてなすのは必然。さぁどうぞ」

 船長が席へ着くように促す、食事は粗末なものではなくドラストニアでも食べたことのある良質なものだった。あまり食事の手が進んでいないことに察したのか口に合わないのかと訊ねてくる。

「どうして私だけを招いたのですか…?」

 人質として捕らえた私にこんな振る舞いをする理由がわからない。船長はただ不敵な笑みを浮べて私のほうをじっくり舐めまわすような視線で観察しているように見えてなんとも表現できない気分になる。

「毒入りだと勘ぐっているのか?」

 彼の問いに私は首を横に僅かに振る。目を丸くし少し驚いた表情で再度聞いてくるとそれに対して私は「殺すつもりならあの時に止めたりなんかしない」と落ち着いて考える。言葉を選びながら震える手を押さえつけるように膝に置き答えていく。

「ここで私を殺してもあなたの得になんか…ならないから」

 少しだけ声が上ずって語尾が上がる。疑問符で答えたように聞こえたかもしれないが、船長は私の恐怖心を感じ取って今度は何故得にならないのかと訊ねてくる。

 人質である私を殺したら国へ自分達の要求ができなくなる。それは小学生の私でもわかる。要求するにしても身代金を要求するのだろうかとぼんやりとしか考えていなかったけれど、金を要求して通ったとしても自分達の立場は何も変わらないのではないか?

 行商人さんの言った言葉の中で、『彼らには後がない』ということを思い出す。彼らには安住の地と呼べる場所がおそらくないのだ。それを踏まえてロゼットは考えを捻り出した。

「わざわざ危険を冒す必要を感じない…からだと」

 私の言葉にゆっくりと頷いて、船長は席を立つ。こちらに歩み寄りながら私の背後に回り肩に手を乗せてきて耳元で囁く。

「君は賢い。俺を恐れながらも事実を客観的に見ることが出来る。確かに、俺達の要求が飲まれる前に君を殺しては意味がないからな」

「お金…が目的なら不確実な私を狙うよりも奪うだけで十分ですよね」

 彼の囁きに嫌悪感を示しながらも答える。

「ふふん。なら何が目的なのかね? 我々は」

「領地」

 私が彼の言葉に即座に答える。その通りなのか否定をしたのか分からないような表情で近くに飾ってある骸骨の蝋燭立てを手に取る。

 そしておもむろに彼はこの地の歴史について話を始める。大陸に囲まれた海域は元々、今で言う海賊の出自の人間達によって支配を巡って紛争を繰り広げられてきた。そこへ現在のレイティスが移民者たちによって巨大化していくこととなった。元々小国だったものが海岸へと領土を広げてゆき、やがて彼ら海賊と対峙することとなる。

 地の利を生かした戦いで、始めこそ海賊は優勢だったが現在では圧倒的に数が減少し、レイティスも海軍が強化されている。彼らが進軍でもしてきたら海賊はあっという間に駆逐されることも理解していた。

 だが現在においても尚、自分達が存在していること――。

「不思議には思わないか?」

 彼はそう訊ねてくる。レイティスが進軍を開始できないのは大統領選挙もあってのこと。そこへ反対派との対立軸がより顕著となる。海賊が都市を侵攻した際に突如の民家での爆発やレイティスの初動の遅れ、それらを照らし合わせるとやはり内部に海賊と通じている人間がいるという結論に辿りついてしまう。

あの都市の規模を考えると相当な数で入り込んでいるのではないかとゾッとする。

 私の顔が青ざめていくのが分かると彼は不敵な笑みを溢して私に対して水の入ったグラスを差し出す。

「どうした? 気分でも悪いのかな、水を飲むか?」

 彼らは追い込まれてなどいない。むしろこちらの急所にすでに入り込んでいる

 私の心情を察しての行動。でも彼の言動の意図することがなんなのか分からない。どうして私に察することができるようなニュアンスでこの事を告げるのか―…?

 水を飲んで自分自身を少し落ち着かせようとする。

「そこまで私に…明かして何の得があるというんですか」

 私に内情と目的、それが嘘か真か別にしてもヒントを与えるようなことをしてなんのメリットがあるのだろうか。気まぐれか、それとも私の疑心を煽るための手段なのかそれが不気味に思えて落ち着かない。

「君に告げた理由はたいしたものではない。一つ、君にそれを告げるだけの術がないからだ。二つ、子供の言う事をまともに聞くような大人というのは僅かしかいない。王族であってもな」

 ドラストニアの貴族ではなく王族と彼は言った。ドラストニアの使者とは行商人さんの言葉でわかってはいても王族なのかどうかは分からないはずだが…。彼がそう発言したことに少し違和感を覚えた。

 彼自身、私が何か出来るとも微塵も思っていない。そして私が何かしようとも思ってすらいないのだ。

 実際に私に出来ることは彼からどれだけの情報を引き出すことが出来るのか。これしかなかった。

「彼らがあなたとの交渉に応じるとは限らないんじゃないですか? ドラストニアは私一人のために動くほど甘い国ではありません」

「そうか、その時は君の命はないと思うんだな。しかしそれではなんとも冷酷な国だな。平民ならともかく王族の君を見捨てるなんてことをするとは…」

 ドラストニアでも私の存在を知っている人は極めて僅か。軍を動かすとなればラインズさん達と長老派との間で衝突が起こり、動かすことにどれほど時間がかかることか。長老派の人たちもきっと動くことはないと思う。

 きっと…シャーナルさんも――…。

 そう考えた瞬間、急に悲しくなってきた。彼女のあの夜の優しい笑顔はあの時だけのものだったのだろうかと…。

「強がることはない、君はまだ幼い。怖いのなら怖いと素直に認めることが出来るのは君の特権だぞ」

 船長は私に近寄り、そう諭すように宥める。まるで愛でるように私の髪をさすりながら。

「安心しろ、殺しはしない。連中が交渉の場に出てこなくとも、殺すには惜しい」

「…惜しい?」

 彼の言葉に思わず聞き返してしまう。

「このエンティアは広し、君のような幼子でも好む人間は多くいるだろう。君を買おうと思う人間がな」

 奴隷として私を売り渡すつもりなのかと訊ねるが彼は首を横に振る。

「そんな目先のことしか考えない奴は違う。十数年後には美女になるかもしれない少女をおいそれと手放すなど愚か者のすることだ。どれほどの大金を積まれても君のような逸材はそうはいないだろう」

 私の成長後を期待するという言葉をかける。褒められてはいるのだが複雑な気分だった。相手は海賊で私の命などなんとも思っていないのに自分の欲望のために殺さないとしているのだから。そして更に続ける。

「それに――…花は愛でてやらないと美しくは咲き誇らないからな」

 私の髪の毛を舐めまわすように触れて、頭を撫でる。目をギュッと強く瞑り、嫌な肌触りが側頭部からほっぺた、顎へと伝ってくる。私の顔を撫で回して一連の動作がまるで花を愛でるかのように彼にとっての理想の女性像を私に見出そうとしていた。

「っ…」

 嫌悪感を示して嫌がる素振りを見せる。私にできる僅かな抵抗でこれくらいしか出来ないと船長も分かっている。だからこそ好きなようにしているのだ。

「たしかに今の君も美しいだろう。だがまだつぼみだ。花として咲き誇るにはまだ早い」

 花壇の三つ葉の花に向かい、その花々を愛でる様子を見せた船長。花を好む海賊なんて話は現代でも聞いたことがない。

「……花が…好きなんですか…?」

「ああ…。君のようなもな」

 船長はこちらを振り返り花を優しく愛でながら、私には不敵な笑みを浮べて答えた。

 船体は一層激しく揺れ動き、船員達が声を張り上げて『目的の地』へたどり着いたことを告げる。船長も「ディナーは終わりだ」と私に告げて案内を始める。

 海賊に連れられてきた場所は深い霧に包まれた黒い孤島。夜が深まっているせいなのか、より一層不気味さが増す。海賊の一人が私に近寄り「悪霊の住拠へようこそ」と不気味な笑いを浮べているのに恐怖心と不安を煽られてしまう。

 私の心情を察した紫苑さんが手を取ってくれたために少しだけ安心感を得られた。

「おいおい…こんな時でもいちゃつくとは呑気なもんだな」

 横で愚痴を溢したのは行商人。ふとここに来て私は彼の名前を聞いていなかったことに気づく。

「そういえば…名前まだ聞いてませんでしたよね」

「あぁ? ああ…俺の名前なんてどうだっていいだろう。自分の状況を良く考えとけ」

 ばつが悪そうにして話を逸らす。紫苑さんも少々勘ぐっている様子だけれど巨大な門が開錠され中へと入っていく。暗黒に包まれ、息も吸い込まれそうな息苦しさを覚える。深夜の外よりも暗くそして広さを感じながら見えない辺りを見回していると、誰かの手が触れる。

「きゃっ」

 短い悲鳴を上げてしまい、すぐに私だと気づかれたが海賊の船員達の間では乱暴な言葉で私にちょっかいをかけた奴が誰かと言い合っている。

「おい、女っつってもガキ相手に欲情してんじゃねえぞ」

「てめーじゃねぇのか!? 年中女のケツ追い回してる奴が何言ってやがる!」

 いや…確かに触られたのはお尻だけど。多分、他意はないのだろうと思いつつお尻を擦りながら辺りを警戒していると明かりが点々と見え始めてくる。

 そこは海賊のアジトというにはあまりにも整えられた港でまるで一つの都市のような要塞であった。交易船も何十隻停泊しており、商人達も行きかっている。

「す、すごい…なんでこんなところに町が…」

「商人達が国だけを相手に商売をすると思っていたか?」

 船長が私の疑問に答えながら船を港に着けるように指示を出す。港はレイティスの港町にも劣らないほど盛況しているように見えた。交易船からは物資の運び出しが行なわれ、大量の武器や生活用品など様々である。

 商人の一部では私達のほうを見て口節に何かを呟いていたり、気にせず作業を続けている者もいて様々な反応を見せていた。その物陰から一人の商人なのか海賊なのか、風貌から察するにどちらかと言えば旅人といった印象の人物がただ一人でこちらを見ているのが目に入ってくる。なぜだか分からなかったけど彼のこちらを見る目が印象に残り、幾分かこちらを見ていた後、物陰に姿を消していった。

 ただ私たちを見ていたのではなく『別の誰か』の存在を確認しに来たことにこの時私達は気づいていなかった。

 港から中心地へと続く巨大な扉が開きその戸口に一歩。私達の敵――…となる者たちの本陣へと足を踏み入れていく。
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