インペリウム『皇国物語』

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episode3 人と魔の狭間に

65話 歌声に寄せられて

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 ドラストニア領、南部に位置する『都市ミスティア』からなる一帯の地域は現在発展途上段階にある。草原と森林からなるこの地域は肥沃な土壌にも恵まれており農業、畜産業が主な産業として緩やかな発展を遂げている。当然の如く魔物や動物も多く存在しているがすぐ近くが『ガザレリア』国家ということもあって魔物を使役する農民達も多く存在するそうだ。

 事前にロゼットは調べていた情報では多くの魔物は比較的大人しいとのことだった。元々魔物を使役している人間によって開拓された土地であったために彼らを利用することで自分達の土地を広げていったという歴史がある。土地としての価値も重要であったため現在でもドラストニアの産業の主である農業の主軸の一つがこの『ミスティア』という都市であった。ともなるとやはりその土地を買い占める人間も当然存在しており多くの地主による派閥抗争が水面下で繰り広げられている。

 ロゼット達が今回向かう訪問先もそんな地主の元なのだがその中でも比較的穏健派である。駅に到着し、各々新人ハウスキーパー達は自分の荷物を持ちメイド長に続いて屋敷へと向かう。ロゼットも自身の荷物を運んで中でもリュックサックのような形に作った袋を大事そうに背負って他の荷物も持ち歩く。新人のハウスキーパーはロゼットも含めて計六名。年齢の幅は十歳差ほどはあるだろうか、やはり最年少はロゼットの十歳と最年長は二十歳の女性。一応彼女がリーダーとなりロゼット達は研修期間中、六名での班行動となる。

 景色、とりわけ景観もドラストニア王都とさほど変わらない街並みと風景。強いて言えば農業、畜産業が盛んだということもあってか作業着のような格好をした人が多かったという点だろうか。

 ロゼットは少しだけ故郷のことを思い出しながら町の観察をしていると魔物討伐用の掲示板が目に入ってくる。気になって少し様子を見てみると、結構な数の依頼が来ているようだった。数もドラストニア王都と比較しても少ないとは決して言えない。魔物が温厚だという話を聞いていたのだがこういう事例があることに少し驚きつつもそれだけ魔物の数が多いことに気づかされる。

「へぇ…いくら大人しいって言ってもやっぱり魔物の襲撃そのものがないわけじゃないのかな」

 魔物でも人でも同じように色んな種が存在し、当然敵対するものもいれば温和で共存を試みようとする種も存在する。どこか現代の自分にも当てはまるようなものを感じ少し考えさせられていた。

「ヴェルクドロール! 勝手な行動は慎みなさい!」

 メイド長の怒声が耳に入り現実に戻される。驚きのあまり身体が少し跳ねて慌てて彼女たちの元へと戻っていく。


 都市から更に歩いた先には農村地帯があり牧場や田畑が広がっている。都市から少し離れ歩いただけで全く異なった風景が広がると思うと発展途上なのだと思い知らされる。風で揺れる草木が自然との一体を感じ、懐かしむように空を見上げながらロゼットは感じ入る。

 久しぶりに吸った空気、思いにふけりながら歩いてゆくと大きな屋敷が見えてくる。ここが彼女たちがこれから研修で世話になる地主の元。正門にて中年の男性が彼女たちを出迎える。

「ドラストニア王家のご一行様ですね。お待ちしておりました、当家に仕える執事のミカル・ユングストーレムです。長旅でお疲れのことでしょう、どうぞ中へ」

 執事のミカルに促され、彼女たちは屋敷の中はへと入るがロゼットだけ止められてしまう。

「失礼、当家では客人の武器はお預かりさせていただくしきたりとなっております。どうかご理解を」

「あ、ごめんなさいっ。えっと…」

 一応客人という扱いのため当然帯刀していた刀剣を彼に渡す。布に包まれていたため外装は分からなかったが手に持った時の重量に違和感を覚えるミカル執事。そしてロゼットの方をよく見ると他の新人とは明らかに違う雰囲気で年齢もかなりの幼子。メイド長がその事を察したのか案内の途中で彼に耳打ちする。

「彼女は有識者の出の者でして、他の者とは事情が少々異なります。ですがどうか特別視なさらないようよろしくお願い申し上げます」

「そうでしたか…どうりで他の新人方とはいささか雰囲気が違うと思いましたが、カミラメイド長直接の意向でございましたらそちらに従います」

 自分のことについて話しているのだろうとなんとなく気づいてはいるものの、何を話しているのか内容まではわからない。あまり呼ばないメイド長の名前も相まって二人の関係に奇妙なものを感じつつ屋敷の中へと入る。中の作りは豪勢でありながらも落ち着いた雰囲気と装飾、さながら洋館といったところか。王宮とまではいかないにしろ、名のある貴族の豪邸としては充分な風格。その上、執事ミカルの厳粛な雰囲気と相まって思わずロゼットも背筋がスッと伸びてしまうほど緊張感の漂う空気があった。

 各自部屋に案内され、二人で一部屋を共用する形となりロゼットはシンシアと組む。着いたばかりの今日は軽く挨拶と屋敷の細部の説明と後、食事を摂って自由時間とするとのことだ。部屋の広さはおよそ十七帖ほどと二人で共用するにはかなり広めの作りになっており、用意されている机と椅子、クローゼットは自由に使用して良いとのこと。

「大旦那様は今夜お帰りですので、挨拶もその時に。荷物の整理等、各自でお願いいたします」

「それからヴェルクドロール殿」

「あ、はい」

 ミカルに呼ばれたロゼットは大事に抱えていたリュックサックのような荷物を抱えて彼の元へ。彼に案内されて洋館内部を少し歩くことに。行き先に向かう途中で屋敷に仕えるハウスキーパー達にも少し顔を合わせて軽く挨拶を交わす。途中荷物が少しもぞもぞと動き危うい場面もあり少し肝を冷やすが事なきを得て屋敷の外へと出る。

 向かった先は小さな牧場でそこでは家畜以外にも畑仕事で活躍する魔物も一緒に飼われている。主産業として畜産を行い副業で農業を兼業している珍しい形態。ロゼットにとってもまるで故郷の祖母の実家のような懐かしい感覚らしい。

 ミカル達に気づいた牧場主は彼に声を掛け、ロゼットも互いに挨拶を交わす。

「ミカル、最近顔出さんが忙しいのか?」

「君も忙しいだろう。畑仕事の規模も拡大したって話を聞くし、繁盛してるのでは?」

 そんな軽い挨拶を交わして小屋へと入る。見たところ二人は旧知の仲で屋敷内では厳格で誰に対しても敬語で話す彼が牧場主とはフランクな会話をしているのをみるとよほど仲が良いのだろう。牧場の香ばしい匂いがロゼットの鼻の奥へ入り込み、ちょっと困った笑顔で懐かしみながら二人の会話を聞いていく。

「忙しいっちゃ忙しいがそりゃ別の意味でな。最近少し気の荒い魔物が殺気立ってる。畑もそうだし、どこの牧場も荒らされないように警戒してピリついてやがる」

 牧場主が言うにはそれまで大人しかった魔物の活動が活発になっているとのことだ。影響には土地開発も一因しているのだが、その多くには別の要因も起因している様子。

「こないだもミスティアの方で『魔物保全』の何とかって活動団体が馬鹿騒ぎしてやがったよ。こっちの被害のことなんざまるで考えちゃいねぇよ」

「魔物保全…??」

 ロゼットがはじめて聞く言葉に反応する。ミカル執事長が淡々と話しはじめ、魔物含めた動植物の保護活動を主とした活動団体だそうだ。話を単純に聞けば良いことなのではないかと印象を抱くが牧場主が迷惑を被っているということなにやらと問題はあり気な様子。その原因ともいえるものがガザレリアからやってきた人間の影響にあるという。彼らは魔物に対して、目に余るほどに過保護なのだとか。

「俺達も全ての魔物が害だとか善だとかなんて言わんよ。役立ってくれてる種もいれば害する魔物だって存在する」

「田畑や家畜を荒らすような魔物が横行しているのはどうにか対策は打ちたいのだがな。団体がこの前も狩猟会に乗り込んできて好き勝手わめき散らして帰ったらしい」

「どうかしてるとしか思えねぇよ。こっちは死活問題だっていうのに」

 そんな愚痴を聞き入っていたロゼットは思い出したかのように袋を開けて中身を取り出すと牧場主も驚いていた。ミカルも初めて見たのか少し驚きつつも表情は冷静。予め連絡をしておき、澄華も一緒に連れて行けるようセルバンデスに頼んでみたところ、屋敷の執事長ならおそらく口利きしてもらえるだろうと書簡で頼んでおいたのだ。澄華も睡眠作用のある薬草を混ぜた餌を食べて眠っているために旅の間も大人しく袋の中に入っていた。

「地竜の子供なんてまた珍しいもん飼ってるな嬢ちゃん」

「市場で買った卵がたまたまこの子だったみたいなんです」

「こちらで面倒は見れそうか?」

「ああ、このくらいの子供なら問題ない。嬢ちゃんも仕事終わりにでもちゃんと会いに来てやってくれ」

 そう言って牧場主はロゼットに本に挟むしおりの様な紙を渡し、牧場に入るための許可証だとしていつでも入れるように手配してくれた。

「ありがとうございます。ご無理を言ってお願いしてしまい、ごめんなさい」

「嬢ちゃんみたいな可愛いお客さんなら大歓迎だよ。こういう可愛い魔物なら大歓迎なんだがな」

 ロゼットも満更じゃないように照れくさいのか笑顔を見せるだけだった。二人は彼女の世話を牧場主に任せて、屋敷へと戻っていく。少し心配そうに見つめるロゼットにミカル執事長は声を掛ける。

「心配なさらなくとも、あのような小さな魔物を駆除することは致しません」

「さ、されたら困ります」

 彼のブラックが利いたジョークに冷や汗を垂らしながら引きつった笑顔を見せる。真面目そうな顔して結構洒落の利いたこと言う人だという印象だが、表情は本当に変わらずクールに言って見せる様が本気なのか冗談なのか分かり辛い。

 屋敷へ戻った後、館内を案内されつつ常駐のハウスキーパー達と挨拶を交わす。全体的な印象としては制服も相まってか王宮のメイドとはまた違った雰囲気。王宮では仕事を実際に行なってきたロゼットの印象では雑務をこなすお手伝いさんといったものだが、ここのメイドは専属の仕事人という印象を持った。実際、彼女たちの仕事内容は完全に分けられておりそれぞれが週サイクルで仕事内容を変更している。

 そして気になったのが『供回り』というもの。ロゼットは外出の際の買い物の手伝いか何かかと思い聞いてみると、主人が外遊する際に一緒に付いて回ることなのだそうだ。

(外遊ってことはここの地主さんは国政に関わっているようなことをしてる人なのかな…?)

 疑問符が浮かんでいるロゼットのことを察したのかミカル執事長が更に付け加えて、主に諸外国への研究や今回のハウスキーパーのように他所での勉強会等を目的としていることだと説明。

 そして今回の主題となっている仕事内容の簡単な説明を行なっている最中、物々しい音と共に甲高い声が嵐の訪れを知らせることとなる。

「お帰りなさいませ、奥様」

「王都からのハウスキーパーが来たの? ポットンへ挨拶させなさい。ポットン、新人が来たそうよ」

 ここの主の奥方が町から戻ったようでその嫡男と共にハウスキーパー達を集めさせるように指示を受ける。奥方は派手さはないが良質の衣類を着こなす、如何にも貴族に嫁入りしたという印象で見た目は非常に若く見える。そして嫡男は年の瀬は十五、六といったところか現代で言えば高校生ほどに見受けられる。見た目も大人しそうな様子で眼鏡を掛けている、インテリ風な少年。

「この娘達が今日からポットンの世話係なのよね? ポットン、気に入った娘がいたら好きに呼びつけなさい」

 屋敷に戻ってくるなりとんでもなく横暴なことを言い出す奥方に少々身構える一同。ロゼットからしても印象は良いとは言えないが屋敷のハウスキーパーは至って冷静で、日常のこととさえ受け止めている様子に見えたのがなんとも奇妙であった。

「奥様、彼女たちは王宮からの使いでもあります。失礼があっては当家に責任が問われます」

 奥方の振る舞いに警鐘を鳴らしつつ、彼女たちを庇うミカル執事長だが彼女の横暴は止まることはなかった。それどころかミカル執事長に平手打ちを浴びせるも彼は寸前で反応し、腕で受け止めた。空気は凍りつき一同は言葉を失う。

「地位を持つのは王宮に住まう王族であって、この者達に私に敵う地位があるのか? それにここに預けるように頼み込んできたのは向こうであろう?」

「それをおっしゃるのでしたら当家を信頼してのことでは? 信頼関係がなければ当家をドラストニアの王室が選ぶ理由がございません。言葉を慎重にお選びください」

 ミカル執事長はなんとか波風を立てないよう彼女たちに対して気を配っていた。見ていてこちらまで冷や汗が出てくるようなやり取りにロゼットは頭がクラクラする。外交の場とは違う緊張感、言うなれば人間関係の黒い部分を見せ付けられているようで現代での出来事を思い出してしまう。

「まぁまぁ、母上もそこまで殺気立たなくてもいいでしょう。今回、王宮からの直々の依頼を受けたのですから。とりあえず彼女たちの名前を覚えておきたいから後で名簿で纏めておいてくれ。自己紹介はその後でも良いかな?」

「かしこまりました若旦那。それと今夜大旦那様がお戻りになられますのでお時間を空けておいてください」

「ああ、わかったよ」

 そう言葉を残して屋敷内部へと歩いてゆく嫡男。彼は僅かにロゼットの方を向いて少しだけ笑みを見せてその場を後にし、奥方はというとミカル執事長に冷たい視線を向けてなにやら耳打ちしている様子。さきほどのことに関しての小言だろうか、恨み節でも毒吐いたのかは容易に想像できる。彼女も嫡男の後に続き屋敷内へと消えてゆく。緊張の糸が解け一同は流れる汗を拭い、ミカル執事長が彼女たちに非礼を詫び、食事までは自室待機となった。

 なにやら事情を抱えているこの屋敷と地主一族に一抹の不安を拭いきれずにロゼットはシンシアと共に自室へ向かっていく。

「あの人もなんだか妙な感じだったな…」

 嫡男が自身に向けたものも今の彼女にとっては不安を助長させるものでしかなかった。

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