インペリウム『皇国物語』

funky45

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episode3 人と魔の狭間に

66話 その声が聞こえてしまったら

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 その夜、食堂にて少々大袈裟ではあるが食事会が開かれた。王都から派遣された新人ハウスキーパーと屋敷の主人『ケネット・ブレジステン』との談笑も兼ねたささやかなもの。奥方の『アデラ』と嫡男の『ポットン』が同席していないことにぼやいているものの、紳士的で滑らかな話し方をする男性だ。少なくともロゼットにはこの屋敷内では一番話しやすそうな人物に映ったのではないだろうか。

「王宮とは勝手が違うかも知れないがどうか気張ることなくやって欲しい。気に入ったのならここで雇っても構わないぞ」

 そんな冗談を挟みながら食事会は進んだがミカル執事長の下に伝言がやって来た。なにやら急用を要していたのかすぐさま地主の耳に入れ、彼も席を外すと言い食堂から立ち去った。新人のハウスキーパー達だけが残され思い思いに話しながら食事をしているとメイド長がいないことに気づいたロゼット。

「シンシアさん、メイド長は?」

「先に王都に帰ったみたいだよ。研修終了日に迎えに来るとは言ってたけど多分、首脳会談を王都で行なうからじゃないかな? 新人の私達の補填に各都市から選りすぐりのハウスキーパーを呼び寄せてるみたいだったし」

 本来はもっと早くに実施されていたのだがここひと月以上諸問題で国内も落ち着いていなかったために延期され、今回の首脳会談と合わせる形となったそうだ。実際、新人だけで回せるような仕事内容でもない上に彼女達では対応がまだ未熟との指摘もあり、各地のベテランのハウスキーパー達と入れ替わり協力ということで彼女たちは研修に送られたとあくまで『噂』されている。

 首脳会談の場では流石に長老派も出てくるためロゼットの参加は今回見送られたのだろうかと考え込んでいると、食堂の扉をあけてある人物がやってきた。

「しかし君達も大変だね。こんな時期にここに連れて来られるなんて」

 この屋敷の嫡男でもあり、次期当主のポットン氏。彼は食堂に入ってくるなり彼女達に意味ありげにそう言った。どういう意味なのか分からずに、一応新人ハウスキーパーの中でも最年長である『リリー』が彼に訊ねる。

「どういう意味でしょうか?」

「諸外国との首脳会談があるからとはいえ、今この地にくるのはやめておいた方が良かったと思うよ。なんせこの辺は今じゃ『魔道』と言われてるくらいだからね。君らのお偉いさんから聞いてない?」

 初耳だと彼女達は互いの顔を見合わせて話す。彼が言うにはこの近辺の魔物の活動が顕著になり、観光客の足が以前と比べめっきりと減ってしまったのだそうだ。おかげで産業による収入も減少傾向にありこのままでは都市が破産寸前まで追い込まれているのだそうだ。ロゼットもあの農場主の話を思い出しながら聞いていた。そのための魔物討伐隊も雇い入れているのだが一行に改善されない。それどころか益々魔物による被害が増加傾向にあるという。

「元々、魔物自体は多い地域なんだ。生活のためにももっと数を減らして理解させる必要があるというのにあのガザレリアの連中がうるさくてね」

 ガザレリアはこの地域のすぐ東に位置する国家。ドラストニア全体から見たら南東に位置し、隣国。そしてロゼットは思い出していた、フローゼルから逃げ延びた『ホールズ一派』が逃げ込んだ先とされる国でもある。現在はシャーナルが向かっているとの話だけを聞いているがそのガザレリアの人間がなぜこの地の魔物に関与しているのか不思議に思い訊ねてみる。

「ミカル執事長からも伺いましたけど、どうしてガザレリアの人がこの地に来ているのでしょうか?」

「隣国で好き勝手彼らがこの国に来てやってるというのかな。彼ら魔物が大好きのようだしね」

「え?」

 ポットンが語るにはガザレリア自体元々魔物の巣窟だった地域。その地の先住民であった彼らの先祖が魔物との共生を試みた歴史から始まっている。それまで一種の『道徳』としての認識であったが、近世に変わってからはそれを『法』として厳格化し彼らに根付いたのだ。

「それって襲われても殺してはダメってことですか?」

 ロゼットは彼の顔色を伺うように訊ねる。社交辞令なのか笑顔で話すその表情に目は笑っていなかった。むしろ本気であるとさえ感じる恐怖のような背筋が冷たくなる感覚が彼女を襲っていた。

「ああ、『殺す』こと自体がご法度らしい。そして傷つけることさもね」

 実際に魔物との共生を目的とした生活圏を築いていけるのならこれ以上にない考え方ではあるだろうが彼の言うとおりであるのなら襲われても人間は反撃すら出来ないのだという。そうなるとほかにどうやって身を守るのかというと『逃げる』他ない。だが大抵の捕食者である魔物から人間が簡単に逃げられるものだろうか。それが『共生』と呼べるものなのかもそうだが少なくともこのミスティアにおいては実現できているかと言われると首を傾げる。

 ガザレリアで共生が出来ているというのならどういった形なのかむしろ知りたいものである。というよりも今の形である人間に対して友好的に接してくれる魔物や動物との共生関係でも十分なのではないか?

 それとも全ての魔物を使役して完全な主従関係を築いているのだろうかと、ロゼットは自身の中で悶々とするのであった。


 ◇


 夜が更け始める頃、狼の遠吠えが僅かに聞こえるミスティア一帯。屋敷の勝手口から小さな白い影が小走りに農場へと駆けてゆく。深夜の田舎には独特の雰囲気があり、何か魔物とも妖精とも思えぬ者が草陰から飛び出してこないかと思わせ不気味さを持ちながら、そんな恐怖を包み込むような夜空と星の美しい光景が広がる。月明かりのある今宵は夜でも非常に明るく感じてしまうだろう。その上小さい頃から闇夜の田舎には慣れっこだったロゼットにとっては散歩のようなものである。

「バレたら怒られちゃうだろうなぁ」

 そんな風に呟きながらも足早に駆けてゆく。農場はすっかり暗く静まり返っており、牧場のほうに目をやると小さな明かりが一つだけ灯っていた。気になって顔を見せに行くと昼間の牧場主が丁度澄華に餌やりを行なっていた。まだ大きな肉を食べられないため小分けにした肉を与えているところに彼女が来たことに気づいた澄華は嬉しそうな鳴き声を断続的に上げた。

「お嬢ちゃんこんな夜中に抜け出して大丈夫か?」

 少し困った笑顔でロゼットは「内緒です」と返し澄華とひと時を楽しむ。楽しみながらも彼女はポットンの言葉を思い出していた。澄華も厳密には野生の中で本来生きる魔物で彼女に商人から卵を買われていなければ、どこかで大きなオムレツにされていたかもしれないし孵化し逃げ延びて野生の魔物として生きていたかもしれない。ロゼット以外の誰かに飼われていたかもしれない。

 少なくとも今ロゼットの元にいなければ人間に対して友好的な存在には成り得なかっただろう。

 牧場主もロゼットと同じように思っていたのか彼女の考えと同じ事を口にする。野性の中で生きていれば自由に大地を走り回って、彼女の『生』を謳歌していただろう。だが同時に餌を求めて農村を襲い、人間を襲っていたかも知れないと思うと彼らの心象は複雑なものに見えるのではないだろうか。

「お前達の出会いは偶然であって必然ではない。だからこそ大事に育ててやりなよ」

「ほぇ…珍しい言い方ですね。運命だとかめぐり合わせだったりとか、そういう言い方はよく聞きますけど」

「そんな自分の未来が最初から決まっていたみたいな言い方は嫌じゃないか。俺にだって牧場主になる以外の道もあったって方が面白いだろ?」

 確かに最初からこうなることが運命づけられていたとなるとあまりにも冷たすぎるのではないかと思う。何かに決められた道を歩かされるのが生き方なのかと―…。

「おじさんが地主になれたかもしれない?」

「ははははは、あったかもしれんが、こちらから願い下げだ! 人間よりも魔物や動物の方が分かりやすい」

「それに扱うなら女房だけで十分だ」

 そう言いながら少しだけウィンクをしてみせる牧場主に笑いながら答ええるロゼット。澄華と戯れて満足し、彼女は自身の仕事場へと戻っていく。彼女は寂しそうに小さな鳴き声を上げており、明日も戻ってくるとだけ言い残してから手を振る。途中まで牧場主が送ってくれるとのことで厚意に甘えることにした。

 深夜の農村地区、都市ミスティアから近いとはいえ魔物の活動も盛んになるためあまり深夜は出歩いてはならないと忠告を受ける。

「お嬢ちゃん、なんでミスティアが『ローレライ』って呼ばれるか知ってるかい?」

「聞いた話だと、『声』が聞こえるからでしたっけ?」

「ただの『声』じゃない。『泣き声』なんだよ」

「泣き声?」

 牧場主が昔話を始める。それはミスティアにまだ小さな農村しか存在していなかった時代、当時は魔物との交流が非常に盛んで深夜でも人間が横切ると魔物は大人しくその場で彼らを見つめていたほど人間と魔物の関係が構築されていた。そんな共生関係が長く続いていたが、その村は僅か一晩で壊滅した。

 その日も今夜のように月明かりが強く、星々も銀の輝きを放っていた。一人の少女が飼っていた魔物の散歩に出かけ近隣を歩き回っていた。風も強くなり肌寒さを覚えた少女は村へ戻ろうとした時、あるものを耳にする。

 鳥の鳴き声とも、狼の遠吠えとも、虫の奏でる音楽でもない。それは彼女の耳にハッキリとわかるほどに入り込んでくる。『泣き声』であった、それも子供のものだ。彼女は泣き声のする方角へと向かい子供を捜すために闇夜の平原を駆ける。そう遠くないはずだったのだが向かえど向かえど声の主が見つかることはなかった。

 しかし今度はあることに気づく。徐々に泣き声が聞こえた方角から騒がしい騒音が聞こえてくるのだ。それもその方角は彼女の村のある方向、彼女は焦り急いで向かっていく。

 平穏だった村に嵐が訪れた。人間の唸り声と怒号が飛び交う『黒い嵐』だと彼は言った。村は紅蓮の炎によって燃え盛り、人々の悲鳴と刃物で斬られる音が生々しく彼女の耳に入り込んでくる。まるで自分が殺されているかのようなそこで自分が襲われているような感覚に襲われた。少女は草木の陰に隠れて身を潜める。その間も村は蹂躙され尽くし、たった一晩で村は壊滅。人も魔物も動物も皆等しく死を与えられた。滅んだ村の真ん中でぽつんと一人佇む少女のその後を見たものは誰もいなかった。

「ていう話だ。誰が一体こんな話を広めたんだろうなと色々言いたいことが出てくるが、それ以降『泣き声』が災いを呼ぶということで『ローレライ』なんて名前が付けられちまったのさ」

 ロゼットは神妙な表情で彼の話を聞き入っていた。似ているのだ、以前シャーナルが話していたあの伝記に。

「私の知ってる伝記で似たような話も聞いたことが…」

「ああ『ニグルムプエラ』のことだろう。確かに似ている点はあるし、大方そこから取った創作なんじゃないかと思ってるよ。実際に誰かが『泣き声』を聞いたっていう例は聞かないからな。あー…近所のジョンが幼馴染のジェシーをひぃひぃ泣かしたってのなら聞いたか」

「ひぃひぃ? そんな苛めみたいなことしてるんですか!?」

「いじめっちゃあいじめか。お嬢ちゃんにはまだ早かったな、すまんすまん。」

 にやけた顔でロゼットの頭をぽんぽんと叩きながら言葉を濁す。何かあるだろうかとロゼットは怪しむが
 農場主の様子から察して怪しむほどのものではなさそうである。そうしているうちにあっという間に屋敷近くまで到着しここまでで良いと彼女は告げて別れた。流石に時間も時間のためミカル執事長が用意しておいてくれた厨房の勝手口から屋敷内へと入り込む。

 扉に手をかけた瞬間あるものを耳にした。最初は風の音かと思ったが徐々に鮮明に聞こえ始める。

「え…声?」

 その声はすすり泣くような少し幼げな声に聞こえる。年の瀬は自身と同じかそれよりも少し上くらいだろうか、声の高さからしても少女のように聞こえる。あんな話を聞いた直後のことだったので恐ろしく感じてしまったロゼットは勝手口をそっと静かに、素早く開けて中へと入る。急ぎ早でかつ忍び足の如く自室に待つシンシアの元へと向かおうとした瞬間、背後から両手で口を塞がれる。一瞬の出来事だったがロゼットは咄嗟に暴れ、振りほどこうともがく。

「ちょ、ちょっと落ち着いてってば!」

 厨房の明かりが灯され、ロゼットの目に入ってきたのは三人の女性。いずれもここでハウスキーパーとして雇われている人達で一人は成人したばかりの女性、もう一人は高校生くらいの十五、六ほどのに見える。そして三人目はロゼットと歳が近いように見受けられるがおそらく年上で十三、四とシェイドやシンシアにと同年代かと思われるが雰囲気はロゼットと同様の幼さを感じていた。

 なぜ厨房にいたのかというとロゼットのこと見張っていたからなのだとか。なぜ自身を見張っていたのか問おうかとロゼットは口を開こうとすると被せるように彼女達の一人、最年少かと思われる少女のハウスキーパーが訊ねる。

「あなたもあの『声』を聞いたの…?」

 ロゼットと歳も近いように見えるせいか声が僅かに震えているのが何かを恐れているようにも見える。

「もしかしてさっきの『泣き声』のこと?」

 三人はロゼットの答えと問いの混じった言葉に頷いてみせる。
 この三人は屋敷に奉公として勤めてから幾度となく聞いているのだそうだ。しかも決まって晴れた月がよく見える明るい夜。泣き声の主を確認すべく何度も外で探してはみるものの声の主を見た者は誰もいない。他のハウスキーパーに話しても彼女達以外でその声を聞いた者はいないのだそうだ。

 そしてある夜、声の主かどうかは不明だが『泣き声』の聞こえた深夜、この土地で月明かりに照らされて輝く髪をもった女性らしき人物を見かけたのだとか。それがロゼットがやってくる数日前の出来事なので彼女を怪しんだらしい。それなら疑われても仕方ないし、ロゼットが同じ立場でも疑っていたと思うと心の中で頷いていた。

 そして奥方に見つかっては重い処罰を受けてしまうために各自部屋に戻るように促してロゼットも慌てて自分の部屋へと退散。

 大きな屋敷の暗く広い廊下を静かに駆けていく。夜空に浮かぶ月の輝きが照明のように照らしているのを見て、ふと思う。仮に聞こえてしまったらどうなるのか―?

 牧場主の話が脳裏に蘇る。

『泣き声が災いを呼ぶ――』

 泣き声は聞こえなくなったがそれでもまだ耳に残っている。何かが起こってしまうようなそんな不安が彼女を包んでいくように夜は更に深まってゆく。だが月はその輝きを失うことなく輝き続けていたのがまた一段と不気味に彼女の目には映るのであった。
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