インペリウム『皇国物語』

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episode3 人と魔の狭間に

97話 雨、上がる時

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 北部の城壁、ソルディオスは指揮を執りつつ後衛よりメイスを稼働させて展開。メイスの先端に展開されたローラーのような回転装置が作動。電流を走らせながらエネルギーを発生。発生させたエネルギーは兵たちの持つ武装へと送り込まれた。新型の小銃が行き届かなかったマスケット銃で応戦している兵たちへの補強であった。彼の作動させたエネルギー送り込むことで弾丸の代わりに『光弾』を放たれるようになったのだ。リロードの必要がなく速射可能ではあるが無制限に放てる訳ではない。その都度ソルディオスがエネルギーの補給を行いカバーを行う形だ。
 その上、彼の統率の元でマスケット部隊は小銃部隊に引けを取らない戦力へと変わる。魔物の大群相手にもまともな戦闘を可能としていた。
「これなら押し切れるかもしれんな」と兵士達の間でも余裕の声がこぼれ始める。しかし戦線全体を見渡しているソルディオスの表情は険しいものだった。
 魔物の大群の後方から向かってくる一際大きな黒い影。その速度は速く、まるで弾丸のような速さで猛進。榴弾砲を器用に躱しながら車輪のように転がってくる魔物。榴弾砲よりも弾速の速い銃撃も飛び交うが、強固な装甲で覆われているためか有効打になり得ない。

「まずい!! アレを止めろ!!」

 兵達は回転しながら向ってくる数十の魔物に集中砲火を向ける。何体かを榴弾砲で仕留めるのがやっとで他の魔物にはない機動力に翻弄されてしまう。防衛線の限界領域にまで到達する直前、ソルディオスが動く。メイスの石突きを思いっきり地面へ打ち付け、エネルギーを流し込む。流し込まれた光原体は樹木の根のように地面を這うように広がっていく。初めて見るものに動揺する兵達だったが、すぐに魔物の猛攻に意識を取られてしまう。一瞬の隙を突いて前線部隊へ飛び掛かってきた魔物。反応しきれずに後ずさりする兵達だったが、魔物の攻撃が届くことはなかった。
 魔物は地面から突出する光原体に次々と捕え、その場で動きを封じられてしまっていた。先ほどソルディオスの放った光原体が魔物を捕えていたのである。それを見た兵達はここぞとばかりに銃撃と榴弾砲の雨を浴びせ続ける。

「銃身が焼けようが構わねぇ!! 撃ち尽くせ!!」

 兵達の怒号と放たれる火薬と光弾の音。魔物は悲鳴を上げる間もなく肉塊と化していく。それでも尚前線を突破する魔物。
 そしてついに城壁を打ち破り、大きな穴を空けられてしまう。侵入してきた魔物は周囲の兵達を襲い始め、銃撃の勢いが衰えてしまう。その隙を突いて他の魔物もなだれ込むように一挙に押し寄せる。
 白兵戦へと持ちこまれた刹那、上空から流れるような火炎が放射される。次々と魔物は焼かれてゆき朽ち果てていく。ラムザも剣を構えて応戦に備えていたが、上空から援護に驚きの表情を隠せない。
「雷ならともかく、こんな雨の中で火炎が降りてくるってどうなってる?」

 そんな軽口をたたきながら冷静に上空を見上げる。暗い夜空の中で羽ばたく黒色の巨大な翼が視界に入る。長い首に尾、特徴的なシルエットに戦々恐々の一同。その黒い龍が旋回し再びこちらへと向かってくる。絶体絶命かと思われたがその背中には一人の女性の姿があった。ラムザは即座に味方と判断。黒龍へ銃を向けないようにと、ラムザの制止の声が響き渡った。
 黒龍は兵たちには目もくれず城壁内部に侵入した魔物を掴み上げる。同時に女性を下ろして魔物の群れへと飛び立つ。持ち上げた魔物に対して火炎放射を向けてそのまま火炎の塊にしてしまう。それを上空より魔物の群れ目掛けて投げ捨てる。巨大な爆破を引き起こしながら魔物の群れは吹き飛ぶ。さらに追い打ちをかけるよう火炎弾が無数に連射され、魔物の大群は総崩れとなった。
 破壊された城壁では兵達が穴の修繕に取り掛かる。近場にある物をかき集めて急場の拒馬バリケードが建てられ、中からも槍と銃で応戦。
 龍から降りてきた女性を迎えにラムザは彼女の元へと走るが、すでに彼女は城壁へと登っていたところだった。

「援軍感謝します! まさかこんな形の援護が来るとは」

 ラムザの感謝に対して軽く流し、状況確認をするシルヴィア。北門の状況はソルディオスに任せて、東西の門へと援軍を送ろうかと思案していたところであったと説明。南の様子はカメリアに一任してあるため杞憂はない。西側が最も手薄であることを危惧していたため彼は西へ出向くか考えていたところであった。

「北は私たちがいれば何とかなるでしょう。むしろ彼を西か東に送った方が良いでしょうね」

 ソルディオスを送り自分達でこの場を死守することを提案するシルヴィア。仮にクルス教徒が援軍としてやって来たときのことを考えて、ラムザは北に残ることを選択。ソルディオスを向かわせるように彼に合図を送る。ソルディオスも確認するとすぐに向かっていく。強風が吹き荒れこの時シルヴィアのフードがはだける。これまで隠れていた輪郭が露わとなり、ラムザは僅かに驚く。

「そのフードは被っておいたほうがにも感づかれないでしょうね」

「世知辛いことこの上ないですね……」

 シルヴィアは再びフードを被って弓で応戦の構え。戦場では火を吐く龍が魔物の後続までも焼きつくす。雷雨の中を灼熱の海へと変えていく光景が広がっていた。

 ◇

 西門ではバンシーとナーヴの騒ぎを察知した魔物が向かってきており、兵も城壁の外へと出て銃撃開始。榴弾砲もバンシーによってことごとく破壊されてしまっている。そのうえ、元々魔物の確認が少ない地域であったためか、配備数も他の地域よりもはるかに少ない。それがかえって仇となっていた。配置された兵力と残りの銃をかき集めて応戦せざるを得ない状況に陥っている。
 そんな苛烈さを増す戦場。死闘を繰り広げる二つの影は接近するものを拒むかの如く。かの者は鋭利な爪で引き裂き、かの者は文明機器と素手を以って吹き飛ばす。そんな中に一石を投じるようにロゼットはその手に秘められた炎を向け放つ。

「っ……!!」

 人間の機動力を超えている二人の戦闘には有効打を与えられない。反射的ナーヴが手甲に仕込まれた杭を銃弾のように発射。ロゼットへと反撃。危機回避能力も鍛えられていた彼女はナーヴの反撃にも怯まず、体を投げ捨てるように全力で回避。地面に叩きつけられ身体も傷つく。そんな痛みに構う余裕もなく、次の動きに備えて起き上がり再び火炎弾を発射させる。今度は彼らの足元である地面に当てることで小さな爆発を引き起こす。爆発で彼らを怯ませる作戦に切り替えた。
 しかし二人は怯むことなく、それどころか勢いは留まることを知らず戦闘を継続。その間にも魔物の魔の手が襲い掛かってくる。ロゼットも攻め込んできた魔物への対処に止む無く移行。「邪魔しないで!! 止めなきゃいけないのに……!!」そう叫びながら火炎弾を放ち、剣を強く握りしめる。敵味方入り乱れる中で魔物による挟撃を仕掛けられる。どちらへ対応すべきか思考が働いてしまい、動きが僅かに遅れてしまう。だがその危機は一つの銃撃によって取り除かれた。城壁から降りてきて片足を引き摺りながら彼女の元へ駆け寄る人影。

「か、カブスさん!? 何してるんですか……!!」 

「小娘だけじゃ心配だったんだよ……それよりも―」

 彼は戦闘の中心となっているバンシーとナーヴの方に目をやる。戦闘に割り込んできた魔物をナーヴとバンシーは片っ端から排除していく。狂った戦闘性と力、どちらもこの場で突出しすぎたもの。それらは自分達からは逸脱しすぎている、過ぎたる力のように感じているカブス。
 そしてナーヴにバンシーが討ち取られることを危惧していた。彼らが魔の象徴でもあるバンシーを討伐した暁には今後の布教活動に必ず利用するであろう。彼女を異端の悪魔として、その死を自分たちの信仰する神へと捧げる。

「クルス教はさらに増長して、再びドラストニア圏内での拡大を目論むだろうな」

「……こんな時に……!! 自分たちのことをだけ考えて…!?」

 ロゼットは怒りを顕わにし、声色が強くなる。彼らに協力などする意思は一切ない。ただ自分達の目的を果たすためだけに利用しているに過ぎないのだ。

「連中は最初からそれが目的でやっている…! 俺たちとの共闘もこれを狙っていただけにすぎん。連中から見れば俺たちがこの都市も守ること。それ俺たちが勝手やっているとしか捉えてない」

 大人という生き物は、子供以上に身勝手な生き物だ。いかにして自分たちの主義や主張を押し通し言いくるめることしか考えていない。彼らが幼稚なのではない、力を持つ者達だけが権利者となるのだ。国家間の主権問題でも同じことであった。表面上は互いに譲歩し合って進めるなどという体のいい議論を交わす。だが、実情はそれぞれ自身の最も重要なことから話を進めていく。力のない者達はただただ蹂躙されるだけの定め。国家で決めたことなど王族や主権者達が勝手に決めたこと。それが国民全体ためになると、なぜ言えるのか。本当に国民のために忠を尽くすことの出来る人間がどれだけいようか――……。おそらく数えるくらいにしか存在しないだろう。それが『エンティア』の現実であった。

「綺麗事ばかりを並べ立てて自分たちの目的だけを果たしていく。子供には力なんてものがない。だから大人に向かっていくことなんて出来やしない。だが力を得た大人は譲歩などという『大人の対応』なんてものはしない。首を取ってしまえるのなら情けなんてものはない」

「そんな大人ばかりが溢れちまったから……今の『実界』はこんなになっちまったのさ」

 ロゼットは悲痛な表情で「それでも……‼」と言葉を絞り出す。それでも自分は、そうでありたくないと――……。人はいかに『力』を持っても独りぼっちじゃ生きていけないもの。そんな一人よがりじゃ誰も隣にいてくれないと、彼女は強く思うのだった。カブスは彼女の肩に手を乗せて優しい表情を向ける。

「お前はそんな捻くれた捉え方しかできない人間にはなっちゃだめだ。今の素直なままに受け止める心を忘れるな……いや――……忘れないでくれ」

 カブスの言葉がロゼットの心に突き刺さる。一本の針を突きさされたような、強い痛みと言葉に出来ない悲しさがこみ上げる。けれども感傷に浸る間もなく、一際大きなバンシーの奇声によって現実に引き戻される。顔つきが変わる両名。

「あのヒュケインとかいう信者もやってくるとますます面倒になる。その前にケリをつける。どちらにしたってあの男だけではそう長くは持つまい」

 二人を止めるか、自分たちの手でバンシーを葬るか――……。それしかないと時間のない中で選択を迫る。狂気に満ちたナーヴがバンシーのことなど考えているわけもない。彼の内面から溢れる冷酷さからも読み取れる。彼女の苦しみや苦悩などに微塵の興味さえも持っていない。なぜ彼女が同じ信者でありながら魔物のような異形へと姿を変えてしまったのか。それでも尚、苦しみ続けなければならないのか。それすらも知ろうともしない。
 そんな彼ら、『クルス教徒』にやり場のない憤りを感じるロゼット。今の自分に出来ること――……。望むこと。
 彼女の苦しみを少しでも早く終わらせたかった。その死を利用される前に『彼女』の討伐を決意する。バンシーを討つべく手段をカブスに問う。

「銃で撃っても剣で斬ってもダメだ。頭を撃ちぬいても心臓を刺しても死なない。ともなれば――……」

「――首を斬り落とすしかない――」

 完全に命を絶つにはそれしかない。彼の言葉に固唾を飲みこむロゼット。本当にそれが有効なのかはカブス自身も知り得ない。しかし、少なくとも胴体と首を斬られて生き続けていた生物を見たことがないと彼は答える。

「元が人間……いや今も『人間の心』が僅かに残ってるっていうなら、首を落とされて死なない『人間』はいないだろう」 

 むしろ、人としての心がまだ僅かでも残っている今が最後の機会なのかもしれない。そうとなればどうにかしてバンシー、ナーヴの動きを止める必要があった。

「どうすればいいですか!?」

「動きが止まればなんだっていい。魔法でも武器でも使えるものはすべて使い尽くせ!! それから俺がくれてやったやつは持ってるか!?」

 ロゼットは思い出したかのようにポケットからブロック状の非常食のようなものを取り出す。魔法を使うならそれも役に立つ、と言われてカブスはそのまま片足を引き摺りながら分散。拘束するにしてもどうすればいいか。思考をフル回転させながら、周囲を走り回って魔物と戦いながら考える。ただのロープではバンシーはおろか、ナーヴさえ捉えられない。火炎弾のような素人の覚えたての魔法でも有効打とはなり得なかった。そもそもロゼットの扱える魔法、まともな攻撃手段は火炎弾や電撃魔法。それにカブスを助けたときに偶発的に生まれた固体強化の土魔法。鍛錬で発生した空気の噴射魔法くらいのものだった。
 そんなものを束にしても彼らには全く効き目はないだろう。ナーヴに至って手甲のせいで魔法が吸収されてしまう。現状の自身の魔法程度ではどうにもならない。考えを張り巡らせている中、ふとあるものに気づく。雷雨の中で光輝く雷光。空気と地面がまる揺れ動いているような激しい轟音。空を見上げたロゼットはある「賭け」に出ることにした。それは成功するかは未知数。自身が扱える電撃魔法と併せ可能であるかと考える。ロゼットはブロック状の非常食を口の中へと頬張り走りだす。

「できるかどうかわからないけど……!!」

 魔力を扱える自分にしか出来ない。それを実現させるべく、ロゼットは神経を研ぎ澄ませる。魔力を左手にため込む感覚を作り出そうと思考を働かせる。より大きな力を引き寄せるために集中力が必要とされる。しかし、そんな状況で待ってくれる魔物はいない。彼女に向けて攻撃を仕掛けてくる。

「っ……邪魔しないで……ッ!!」

 叫びながら剣を振るい魔物を撃退こそはすれど、殺すまでには至らない。焦りからか隙も生じて、魔物に背後を取られて反応に遅れる。もうダメかと覚悟を決めたその刹那、鈍い音が響いた。魔物を鈍器で殴り倒したシェイドによって助けられる。

「俺はどうすりゃいい!? 何かしたいんだろ?」

 彼に言われて「集中できる時間を作ってほしい」と間髪入れずに答えるロゼット。効果範囲が不明瞭なため、ロゼットは可能な限りナーヴとバンシーとの距離を縮める。ある程度の距離まで近づいたところでロゼットは魔力を溜め込みを開始。魔物の入り乱れる中、周囲の音が気になりつつも目を閉じて集中に徹する。襲い掛かる魔物に剣と素手で挑むシェイド。彼も戦闘は決して得意ではないがロゼットを守るためにその姿は必死そのものだった。普段はチャラけている彼もこの時ばかりは命がけで彼女を守っている。だが彼一人で守り切れるわけもなく、魔物に挟撃を仕掛けられる。

「くそっ!! 俺じゃ……格好も付かねぇのかよ!!」

 左手に持った小銃で魔物へ向けようとする。しかし、僅かにそれよりも早く銃声が響き渡った。銃弾は寄生体の宿った部位に命中。その場に魔物は倒れこんで息絶える。放たれた銃弾の主は崩れた馬車から狙撃するシンシアのものだった。魔物と入り乱れる戦場の中で弱点をピンポイントに撃ち抜く技術。皮肉にも彼女もこんな状況下によって自分の知らぬ才能が開花した一人であった。血肉の飛び交う戦場など恐怖の対象でしかない。そんな彼女にとっては喜ばしいと決して言えない。それからカブスからの指示で彼女の護衛が加勢に入る。
 ロゼットは紫苑に教えてもらったシーサーペントの時のことを思い出す。あの時の息苦しさ、海の冷たさに比例して左腕に感じた熱。それらが今の状況にも同調し、天空からの雷を呼び込む。意識をバンシー達の元へと集中させた。
 徐々に雷雲が立ち込め、稲妻を起こしているのか荒々しい音を立てて光輝く。ロゼットの腕輪もかつてないほどの輝きを帯び始め、魔力の影響か髪も服も僅かに浮き上がる。可能な限りの強烈なイメージを思い起こし、それをただ一点に集中。
 走馬灯のように記憶が駆け巡る。その中で彼女の頭の最も奥底。そこに現れたのは魔法を使ったときのことではなかった。ドラストニアの店で出会ったあの黒衣のような衣類を纏った艶やかな女性。フードの闇深くにあった赤く揺らめく怪しい瞳。
 その瞬間、目を見開き彼女から光があふれるように強烈な輝きを放つ。「来た……!!」というロゼットの言葉と同時に天から輝く一撃が放たれる。同刻その魔力を感じ取ったのか、南門にいたカメリアも戦闘の最中で西門へ目を向ける。北で指揮加勢しにきたシルヴィアも同じように異様な魔力を感じ取る。
 瞬き一つもできないほどの短い時間の間に強力な一撃がバンシーとナーヴの元へと降り注いだ。西門全域に強烈な閃光が放たれる。それと同時に大音量が彼らを襲い、耳が機能を無くすかの如く一切の音が消える。雷は周囲に稲妻と衝撃はを放ち、ロゼット以外の護衛兵とシェイド達は吹き飛ばされてしまう。稲妻と周囲へ電流のようなものが地面を伝った影響で兵も魔物も関係無しに麻痺状態に陥った。

「ぐぁ……ちょっと……強烈……すぎないか……!?」

 身体の痺れに苦しみ、上手く言葉を発することも出来ないシェイド。それでも毒づくその様は相変わらずだった。しかし他の兵たちも同様に麻痺で体の自由が利かない。強烈な閃光と稲妻の影響で視界不良、無音。魔物にも麻痺が影響を与え、もがき苦しむ。ただ一人ロゼットは雷の影響を受けずに衝撃に吹き飛ばされまいと目を閉じてその場にしゃがみこんでいた。体力を相当使ったために少女は肩で息をしながら恐る恐る目を開ける。そして雷の着弾点から発生している煙が徐々に薄れていく。流石のナーヴも倒れこんでおり、周囲に発生した電撃までも吸収しきることは出来なかったようだ。自慢の手甲は電撃を帯び、機能不全に陥っている。
 バンシーも雷撃の影響を受け、唸り声のようなものを上げている。麻痺した体を無理矢理動かそうと悶えながら立ち上がる。着弾点は黒く焦げており、バンシー、ナーヴ両名から僅かに外れていた。というよりも彼らが直前で躱したのである。バンシーの唸り声が徐々に大きく変化。一同の聴覚がようやく回復したと同時に今度は金切声に襲われる。周囲が振動で震えるように高周波に包まれ、皆耳を抑える。

「そ、そんな……!! 外したのッ……!?」

 ロゼットの声に反応したバンシー。ナーブに視線を向けて先ほどよりも勢いが落ちるものの、振動よりも速い速度で急襲を仕掛ける。麻痺した体を無理矢理たたき起こして応戦するナーヴ。
 しかし、本調子とはいかず攻撃がことごとく弾かれ防戦一方。追い込まれながら彼の手甲の一撃を捌かれる。戦場に一閃が走る。それと同時にナーブの放った右腕が吹き飛び、鮮血が飛び散る。バンシーはそのまま腹部に爪を突き立て、強烈な突きの一撃を浴びせる。まともに受けた彼の身体は城壁へと吹き飛ばされた。
 すると今度はロゼットへ標的を変えて襲い掛かる。

「まずいっ!! ロゼット!!」

 慌てて体を引き摺りながら逃げるロゼット。雷の影響で速度が落ちたとはいえ、もはや人間のものではない。そんなものから逃れられる術などロゼットにはなかった。声を上げながらうまく動かない体を引っ張り上げるシェイド。死に物狂いで彼女へ向かっていくバンシーを止めようと身体を動かす。城壁から狙い撃つ兵士達、シンシアも狙いをバンシーに絞るが麻痺の影響で手が震える。とても狙いが定まる状態ではなかった。
 気づけばロゼットの目の前にまで迫りくるバンシー。金色の髪の毛、赤い眼光が煌めく黒い少女そのものであった。その眼からは赤い鮮血の涙を流しながら、鋭い爪を立てて彼女目掛けて放とうとしていた。その様を目に焼き付けるように目は開いたままでロゼットは体だけを動かして逃れようとする。
 ――目前に迫る死――。
 しかし彼女が次に襲われた衝撃は爪の一撃ではなかった―…。身体がグラついている。いや誰かに押されたのだ。すぐ横を見るとカブス。バンシーからの攻撃を彼が寸前で庇った。ロゼットの目に映るカブスの表情は周囲のみんなとは違っていた。

「知らないのであればこれから知っていけばいい。お前たちにはいくらでも可能性はある」

「――……だからこそ――今は……生きろ」

 彼が見せたものは笑顔だった。まだ小さなロゼットに期待とこれからを楽しみにするような。まるで父親のような優しいものだった。その刹那に一閃が走る。鮮血と何かが跳ね飛ばされる。
 声にならない叫びがロゼットの心の中で響き渡る。彼女の中にあった色んな感情が入り乱れ、やがてそれが形となる。その瞬間、絶叫を上げて渾身の力を絞り出すように腕輪が輝き始める。バンシーの目の前で膨大な魔力の塊を発生。発生した光原体は青白く輝き、バンシーの身体ごと飲み込むとそれは『雷光』へと変わった。落雷とは違いバンシーだけに直接放たれた稲妻。自分自身の感情が爆発し、制御できない魔力とエネルギーへと変わってしまった。バンシーへの怒りでもなく、ナーヴに対する憤りや嫌悪感の結果でもない。彼女自身の自分に対する怒りであったのかもしれない。
 雷光は衝撃波を放ち、ロゼットとバンシーを吹き飛ばす。真正面から受けたバンシーは黒い煙を上げながら倒れこむ。断続的な呻き声を上げながらその場で痙攣。それでもなお再び立ち上がろうとする。
 しかし今度はシェイドや護衛兵が飛び掛かり、抑え込みに成功。あれだけの雷撃を受け続けても尚数名で抑え込むことがやっとであった。暴れまわるバンシーに向かって剣を突き立てることもできず周囲の者が剣を持って向かおうとしたが――……。
 剣を握っていたのはロゼットだった。彼女にとどめを刺すよう訴えながら抑え込む兵達。剣を振り上げてとどめを刺そうとするロゼット。それに対して制止の声を上げるクルス教徒の生き残り。小銃を構え、彼らに討伐させまいと妨害しようとする。
 けれども周囲の傭兵達が彼らを取り押さえる。それを見ていた、ロゼットはやりきれない表情を見せる。

「こんな――……こんな人たちのために……」

 そう呟きながら、震える手で強く握りしめる。意を決し、歯を食いしばりながら振り下ろす。
 ロゼットの絶叫と共に振り下ろされていく剣。
 だがその一瞬、苦悶の表情だったバンシーの表情が変わる。柔らかな笑顔、そこには苦しみもがく姿はなかった。純粋で素直な優しい笑顔の少女がロゼットの目に映る。躊躇いながらも目を閉じて振り下ろすことをやめなかった。
 しかしその刃が届くことはなかった。

「え……?」

 彼女の剣は屈強な男に素手で掴まれ止められる。巨大なメイスを背負い、片手に持った剣でバンシーの首を跳ね飛ばす。止めたのはラムザの付き人ソルディオスだった。ロゼットはその場にへたり込んでしまい、ひとしきり戦場を見渡し呆然とする。残りの兵達もようやく動けるようになり、残りの魔物の討伐に移っていた。ソルディオスはバンシーの首を布に包む。そのまま持ちだそうと城壁へと歩いていくが、クルス教徒達とヒュケインに止められる。

「言いたいことは多々あるが……まずはそいつをいただこうか」

 ため息をつきながらソルディオスは「言いたいことはそれだけか?」と言い放ち、受け渡しを拒否。ナーヴのことに対して、ヒュケインは追及する。彼が来たときにはすでにあの状態であった以上、彼に責任はない。そして彼らの背後から遅れてラムザもやって来る。

「それはこちらで手厚く葬りますので、どうかご心配なく。そちらも好き放題やっておりましたし、穏便に済ませる方がよろしいのでは?」

 彼の言葉に信者一同は納得できず、声を上げる。ロゼット達の責任追及を行うが、彼女たちがドラストニアの要人であることを告げるラムザ。ヒュケインは辟易した様子を見せる。その場を引くように一同に言い聞かせナーヴを回収。去り際にラムザにすれ違い様に耳打つ。

「教皇がなんとおっしゃられようとも、いずれは終わる」

 ラムザは半目で彼を見ていたが口元は笑っていた。ソルディオスを引き留めて「少ししたらでいいからアレも頼む」とロゼットの方を指して伝える。彼も黙って頷き城門へと戻っていく。残存の魔物はほとんどおらず気づけば南も北も沈静。空も徐々に明るさを帯び、雲の隙間から光が僅かに差していた。シェイドはロゼットのことも心配していたがシンシアとハーフェルの元へ行き、生き残った兵士達の救援へと向かう。
 そしてロゼットは――。兵達が各々救助活動へと移っていく中、一人向かっていく。
 ただ――……カブスの亡骸を抱きしめて、ひたすら啜り泣くことしかできなかった。まるで『彼女』の代わりに失った命を悼むようにして――……。
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