インペリウム『皇国物語』

funky45

文字の大きさ
上 下
102 / 109
episode3 人と魔の狭間に

99話 命脈の装具

しおりを挟む
 一方司令部では彼らの戦闘経過が報告され、件の状況が周知される。「謎の黒い魔物」が襲撃したことで当初の予定であった足止めの後に暴竜にその後を託すものであったが次々と件の魔物が大群も暴竜も無差別に襲い始めており戦線は離散する魔物の対処に追われているとのことであった。

「とにかく現地に向かう、直接見た方が早いだろ。セバス! 陣は頼むぞ」

「皇子自らお出になるのですか⁉」

 制止するセバスに「そっちの方が何かと都合がいい」と耳で聞く報告よりも直に自身の目で確かめるべく彼に一任。
 そして赤黒く燃え盛る戦線ー…。突如として飛来した黒い魔物との戦闘が繰り広げられる。イヴはそのまま応戦し、魔物に一太刀浴びせようと剣を振るうが赤い外殻が非常に硬くまるで剣と剣で戦っているような感覚であった。魔物が構え振り下ろす瞬間にイヴが躱し、一瞬の隙で魔物の内側にあたる部分に剣撃を与え、僅かに怯ませることは出来たもののイヴの手持ちの剣では効果が薄い。
 彼女の苦戦に駆けつけるかのように黒煙の中から白馬『嵐龍』を駆る紫苑も加勢。馬の加速に乗せて魔物へ一直線に槍の刺突を食らわせるも逆立った剣のような龍鱗に傷を僅かに付けるのが精々であった。

「硬すぎる…!!」

 魔物は紫苑に標的を変えて、剣のように逆立った龍鱗を向けながら突進を繰り出す。攻撃に対応すべく『嵐龍』から飛び降りて身軽になる紫苑。半端な攻撃ではかえってこの魔物には逆効果。あの自慢の龍鱗が文字通り剣にもなり盾にもなる戦術を繰り出してくる。紫苑とイヴは目線だけでお互いの戦い方を見極めて、波状攻撃を仕掛ける。先行は機動力の高いイヴ。俊足を活かして一気に間合いを詰めて、魔物の正面から斬りかかる。

 相対した魔物は上半身を起こして腕を振り上げ力任せに叩きつける構えを見せる。衝撃と同時に叩きつけられた地面は抉られ割れた地面の破片が飛び散るほどに高い殺傷性と威力を持つのが目に見えてわかり、人間がまともに受ければ四肢が吹き飛ぶどころでは済まない。イヴは叩きつける直前に前方宙返りで躱して、相手の懐に飛び込むと、自身の全身をバネとして使いそのまま飛び上がると同時に腕部から首筋にかけて斬り上げる。
宙に舞い上がるほどの力と剣擊を加えられ、腕の叩きつけで前のめりになっていた魔物の身体は起き上がりのけ反る。隙だらけになった腹部に向かって紫苑が槍の刺突を再度叩き込むと短く甲高い悲鳴を上げて倒れこむ黒き魔物。

 しかしすぐに受け身を取り、四足歩行で態勢を整えると尻尾による振り回しで反撃に転じた。紫苑も追撃を行っていたため尾の振り回しに対して槍を用いて飛び上がり回避。宙からそのまま叩きつけに移行するが今度は硬い外殻を持った翼によって槍の一撃は防がれ弾き返される。

 反対側からは周囲を外周するように様子を伺っていたポットンの遊撃部隊の銃撃が命中するも同様に硬い龍鱗、外殻によって弾かれてしまい効果が見られない。

「ちっ…‼ 駄目だ、まるでこっちの攻撃は通らん。ミカル殿も連れてきた方が良かったのでは?」

 ポットンの遊撃部隊、クルス教徒の一人が小銃を片手にぼやく。他のクルス教徒も猛威を振るう禍々しい黒き魔物に対して危機感を募らせる。自分たちでは相手にならないことは魔物に対する異常な排他的な考えを持つ彼らでも理解はしていた。理解はできるが信仰心の強さ故にその存在を容認できない様子。しかしポットンはというと他とは様子が異なりそのまま戦線を退き、周辺に散らばった魔物の掃討へと移行するように指示を出す。

「あの魔物はどうするおつもりですかな御曹司。あれこそ我が神に対する冒涜そのもの。野放しにするなどもっての外では?」

 納得できずに反発するクルス教徒の一人に対してポットンは淡々と答える。

「なら、貴方はその小銃を片手に無謀にも挑み祈りの言葉をまき散らしながら神の元に召されるとよろしい。私はどの魔物に対しても『神罰』を下されるべきと考え、分別はしない。そして己の力量も理解している。我々では束になってもあの魔物を討伐することは出来ん。その役目が我々にあるのではないからだ」

 ならば誰がすべきだと反論する男に対してポットンは今まさに激闘の最中にある紫苑達に目を向ける。だがその紫苑達の力をもってしても魔物を一時的に怯ませることが精々で明確な外傷を負わせるに至らない。そんな彼らでも無理ならば自分たちにできるだろうかと問いかける。彼らはポットンの意見にそれ以上の反論は出来ず前線の榴弾砲部隊と合流し、それに乗じて黒き魔物もまとめて討伐する方針に切り替える。


 丁度その頃前線にたどり着いたラインズは部隊から報告を受けて戦場を望遠鏡で視認。紫苑達が応戦している魔物を確認して怪訝な表情を見せてから「触ったら痛そうだな」と冗談を口走るが数基の榴弾砲の準備だけさせて、他はすべて別の魔物へ回すように指示。
「それから小銃を一つ、に用意してくれ」と伝えると馬を借りるために待機していた騎兵部隊の方へと走っていった。

 あの硬い外殻に傷一つ付けられない状況下でイヴは納刀。紫苑に時間を稼いでもらうように促す。彼もそれに応えて槍と黒刀を駆使して単騎の白兵戦へ挑む。

 イヴは指先にエネルギーを蓄えて自身の胸部へと当てる。すると空間の裂け目のような光の輪を顕現。その光輪を介して自分の身体の中から何かを取り出そうと手繰り寄せる。痛みが走るのか苦悶の表情を浮かべながら光原体を無理矢理引っ張り出す。光原体を握りしめて左手の指先で今度はなぞる様にして形成。剣のような形状へと変えて、やがて形がハッキリとした刀剣となる。銀色に輝く美しい形状の刀身に青いシンプルな作りでありながらどこか威風を感じさせる剣が姿を現す。さらに青みがかった光を纏わせてイヴは剣を払うと黒き魔物へと向かう。



 魔物の滑走するように地面を削りながら猛烈な突進。紫苑は後方転回飛びを連続で繰り出して躱すことで挑発。さらに追撃で上半身を起こして叩きつけを行うことを読み切り、魔物の攻撃と紫苑の黒刀の一閃が交差する。叩きつけた衝撃で煙が立ち込め、地面が割れる。魔物は紫苑を探すかのように視線を動かして周囲を見渡していたが煙から鋭く蒼い一閃が魔物の目前に飛び込む。
 イヴが先ほど顕現させた『蒼い剣』を黒き鎧纏いし魔物へ向けて突き立てる。魔物も相対するように右腕を振りかぶるが僅かに彼女の方が速かった。青い剣の一撃が魔物の胸部を襲う。先ほどまで傷という傷が見られなかったことに対して目で見てもわかるような斬撃の痕を残し、イヴに対して鋭い眼光を向ける。土埃にまみれながらも彼女は剣を静かに強く握りしめ『霞の構え』で相対する。
「蒼い剣…!」という紫苑の彼女の輝く刀剣に対する感嘆の呟きに応えるように蒼き輝きはさらに強さを増す。

 蒼いオーラを纏いし王女と赤黒い煙を纏いし黒き魔物。互いに睨み合い最後の一撃が放たれる。

 魔物は一際大きな雄たけびを上げて飛び上がり空中からの突進攻撃。イヴは相手の首筋に狙いを定めて、魔物との距離が人一人分にまで迫ったその瞬間、刃の閃きが空間一帯に走る。魔物は直前のところで体を逸らして首筋から肩部へと直撃を避けたがその一閃によって遂に肩部の外殻が砕け散る。
 さしの魔物も悲鳴のような鳴き声を上げて態勢を崩しながらも滑走して四足状態で立て直す。彼女の一撃によって外殻は見事に砕け散り、狙い通り首筋に命中していれば痛手を与えることは可能であっただろう。
 しかしその外殻に変化が訪れる。僅かにだが砕けた外殻部分が歪み始めたのを視認する紫苑とイヴの両名。
再び彼女に向けて飛び上がろうする魔物に対して狙いを定める人物。馬に跨りながら小銃を構えて引き金を引く。赤い発光が強く輝き、弾丸は発射されて空気の抵抗に反するように強烈な回転をしながら魔物の砕けた外殻へと命中。同時に榴弾砲のような爆発が起こり魔物は転倒。

「ラインズ皇子⁉」

 直接彼が戦場に出向いたことに驚くイヴ。転倒した魔物の外殻は赤く染まりながらも歪みながら再び同じように外殻を形成していく。新しいものが生え変わるというよりも『再生』と呼ぶものに近い。
再生した外殻を舐めた後再び上空へと飛び立ちイヴと紫苑に向けて上空からの突進を繰り出すつもりであった。流石にあの攻撃を受けきることはできないと判断した紫苑とイヴはまだ生き残っている魔物の群れに向かってまるで誘導するように走り出す。魔物は龍鱗の赤色を更に深めて、上空からの突進する勢いでそのまま滑空。二人は直前のところで二手に分散。
 魔物は強襲時に見せた猛進、それは襲撃時に見せたものよりも更に勢いを増しており再び地面は抉られる。新緑であった大地は火薬と土の匂いが混じりあい、土は抉らり取られてまるで災害を引き起こされたような惨状へと変わり果てていた。十万を超える魔物の群れはことごとく黒き魔物によって壊滅状態に追い込まれすでに残りの魔物も周囲に散らばった暴竜と榴弾砲の餌食となっていた。魔物は満足したのか咆哮を上げて戦場から飛び去って行く。紫苑はイヴの元へと駆け寄り互いに無事を確かめ合いながら飛び去って行く魔物を見つめる。イヴと紫苑に対して敵視ともとれる視線を送りながら黒き魔物は上空の彼方へと消えていった。

 イヴも魔物に強い視線を向けながら紫苑へ「また来るでしょうか?」と尋ねるが紫苑にそれを知る術はなかった。だが自分たちをまるで強者として認めるような素振りは人間のようなものを感じながらもどこか邪悪な強さも感じ取っているようであった。イヴは蒼い剣を消失させて、ラインズが彼らのの元へとやって来る。

「無事だったか…予定とはずいぶんと変わっちまったがこっちの被害はむしろ少ない。あとは適当に撤退させて暴竜に任せればいいさ」

 残存兵力と物資の確認が完了次第すぐに撤退すると、ついでに何頭か暴竜の死骸を持ち帰るようにも耳打ちで兵に伝えていた。あまり長居しすぎると諸外国ともと問題も起こるためミスティア方面と王都で分散させて帰還させる予定だと話す。その横で周囲を見渡すイヴに対して労いの言葉をかける紫苑。

「あ、紫苑殿。援護ありがとうございました」

「魔力の類ではない、『命脈の装具』ですか―…」そう紫苑が答えて驚く。彼も噂に聞いていただけで実態を詳しく把握しているようではなかったが、彼女が自身の体から顕現させた『蒼い剣』。イヴもといインペルの血筋に伝わるもので彼女達の『命』を具現化したものだと簡単に説明する。魔法では通じない相手に対して有効打を与え、女性のみしか存在しないインペルが自身を守るために生み出したものなのだと。しかしそれを差し引いてもイヴは一介の将軍にさえ劣らない技量を誇り、魔物の大群を殲滅させる力量を持つ魔物に対して五分の戦いを見せていたことからも十分にその強さを彼は評する。

「イヴ殿の力量に私も救われました。感謝いたします」

 紫苑はそのままお辞儀をして愛馬の『嵐龍』を呼び寄せて部隊と合流していく。自身の技量を評価されて素直に喜び、久しぶりに笑顔が零れる。その横からラインズにも声を掛けられ少し驚いた様子で応える。

「あんたの機転のおかげで被害を最小限に抑えられたんだ。予定外もあったけど今回の作戦は概ね成功ってところだ」

 彼の言葉の後に後方部隊の何名かが彼らの元へとやってきてイヴの無事を確かめて安堵する。皆自身を囮に使った彼女を心配の言葉をかけ、彼女に付いていきたいと王都へ行くことを志願する者もいた。副隊長が彼女に「もう無茶はしないでください」と言葉をかけて彼女も笑顔で謝ると共に撤収作業へと移るよう指示を出す。

「できることはあったろ?」というラインズの言葉に頷いて見せて彼女は部隊へと戻っていった。
しおりを挟む

処理中です...