インペリウム『皇国物語』

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episode4 生ある者の縁

104話 Twilight Syndrome

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 強い耳鳴りと共に眩い光によって視界が奪われる。目が開く感覚はある。けれども辺りを見回そうにも光で遮られ何も見えない。耳を済ませても針で刺すような耳鳴りが疎ましい。ただただ、白い空間が広がっているばかり。手で遮ることで目が慣れてくる。徐々に光が弱まっていき、視界が回復していく。靄がかかっていた目に映った物は多分、本棚。それから受付のカウンターに長く大きなテーブルと椅子。ぼやけていた頭と目も冴えてきて、輪郭がハッキリと捉えられるようになってきた。
 私がいる場所はどう考えても学校の図書館。どうやら机に突っ伏してそのまま寝込んでいたようだった。飛空船でビレフへと旅立ったはずなのに、私の見慣れた光景が広がっていた。あの日、夏休みになった日と同じ光景。いつもの小学校の隣にある図書館。耳鳴りが徐々に弱まるのを感じているといつの間にか止んでいた。そして耳に入り込んでくるのは心落ち着く静かな音楽。

「え……どういうこと……?」

 私は今まで夢をずっと見てたのだろうか。そんな風に思えるほど何事もなく、本当に私の知る私の日常があったのだ。むしろこっちの方が私にとっての『日常』であるはずなのに、どこか不思議で違う現実に感じてしまう。長らくあんな夢を見ていたからなのだろうか。
 あの出来事が夢だったと考えると、それは少し寂しくもあって安心もしてしまう。複雑な気分だ。本当にあの『エンティア』で経験したことは夢なのか。そう疑いたくなるくらいには身体に「体感」として残っている気がする。

「気のせい……? というか今、何時??」

 時計に目をやると十六時を迎えようとしてるところ。学校は十一時には終わっており、佳澄と図書館へ来た時刻も十二時前だったはず。四時間近くも眠っていたことになる。慌てて自分の荷物を持ち、佳澄を探すがー……。

「先に帰っちゃったのかな」

 図書館を見回しても彼女らしき人物は見当たらない。それどころか受付の女性以外に誰もいない。どこの棚にもおらず、置いてけぼりを食らってしまったのだろうかと周囲を探索。心なしか普段の図書館と雰囲気が違う気がする。なんというかモヤモヤしているような、ふわっと宙に浮いているような不思議な感じだった。そんなことを思いながら周囲を見渡していると、あの姿見の鏡がある通路に視線を移したときだった。

「佳澄?」

 ふと、漏れた声。同時に体も動いており、佳澄と思しき人影を追いかける。本棚を掻き分けるように潜っていくが一向にたどり着くことができない。そんなに深くまで潜り込んだ覚えもないのに、妙に遠くにあるように感じてしまう。
 そして、少し間の空いた空間に出て、鏡と本のあった場所に辿り着いたのだが……。

「嘘……何もない? え、どうして!?」

 散乱してる本が机に置いてあるものの、姿見もそこに填まっていた本も何もないのだ。辺りを見回しても最初からそんなものはないと言わんばかりに埃が少し溜まった床があるだけ。困惑しながら不意に背後に人の気配を察知。慌てて振り向き、跳ねるように身体を後退させる。
 少し身構えて険しい表情を向けていたのか、目を丸くした佳純がこっちを見ていた。

「え……どしたの? すごい反応の仕方」

 時間としては数時間振りなんだろうか。けれど『エンティア』でのこともありなんだか久しぶりの再会のようにも感じる。そんな二つの感覚が残っているから妙に感じつつも、いつものように私は言葉を返す。
  
「どしたのじゃないよ。こっちの方に入ってくのが見えたから追いかけてきたんだよ」

「いや、気持ち良さそうに寝てたし起こすのも悪いから、まだ探してない奥に来ただけだよ」

 佳澄曰く、一通り本を見つけ読み漁っていると、いつの間にか私が眠ってしまっていたらしい。起きるまでの間、適当に見て回っていただけだった。そこへ慌てた様子の私が追いかけてきて、出くわしたということだ。
 夕方の四時を回ったことを話すと、佳澄は慌てて習い事があるからと帰り支度をする。同じく急いで帰り支度を済ませて図書館を後にした。
 そのままいつも通り、通学路を通って家路につく。本当にいつも通りの日常だった。特に意識することもなく、あれが現実だったのか、夢だったのかと深く考えることもなく、ただぼんやりと帰り道を歩き続ける。ただ、手を握りしめると少しだけ痛みを感じる。剣を振るっていた時に出来た豆があった。少し固く、ちょっとだけ赤くなっていたことが余計に不気味に思えた。こんなの夢ではありえない。やはり『エンティア』での出来事が夢のようには思えないのだ。けどなぜかそれを否定しようとする自分もいる。理解はできるけれども、認めてしまったらまた引きずりこまれてしまう。自分の居場所がなくなってしまう気がして怖かった。そうー……怖いはずなのに、すぐに思考がぼやけてしまう。まるで夢を見ている時のような感覚。ただ、これが夢なのかと言われてもそんな感じもしない。痛みを感じるということはちゃんとここにいるという実感でもあるというのに。

「前にもこんなことあったような……」

 そうだ、あの時ー……。海賊との闘いで意識が途切れた時と同じだ。そこにいるのだけど、『いない』。そんな感じだ。夏だから夕方と言っても日はまだ高い。じりじりと照り付ける太陽が揺らめくように眩い光を放つ。その光が段々と、あの時見た黄昏に染まっていく。すると途端に不安が押し寄せてきて、気づけば走り出していた。汗だくになりながら息を切らし、通学路を走り抜ける。
 家に着くといつもの我が家が『そこ』にあった。ずっと帰ってきたかったはずなのに不安な気持ちは拭えない。むしろ怖いとさえ思えてくる。呼吸を整えようとしても今度は冷たい汗が垂れてくる。そのせいで鳥肌も立ち、恐る恐る玄関のドアノブに手を掛けた。自宅の中はいつも通り、私の知ってる玄関が広がる。家族の靴もなく、リビングで家事をしているはずのママはいない。買い物に出掛けているだけかもしれない。

「こんな時間にお買い物かな? あまりそんなことママしないのに」

 専業主婦のママが夕方から買い物に行くのはあまり見たことがなかった。昼食を終えてすぐに行きたがるような性分だったから、足りない材料でもない限りほとんど見たことのない光景。気になって台所を見みても料理が作られてる状態でもない。冷蔵庫の中の食材も足りている。調味料が切れているわけでもない。折角帰ってこれたのに誰もいない自宅。ふと窓へと目を向けると差し込む朱色の光に目を奪われる。
 眩くも雲と海も黄昏に染まり、突き刺すような一筋の光が町全体を覆い尽くす。黄昏の空に自分自身の心を映し出す。青空にも夜にも染まらない、不安だけが悶々と残るように見える。こんなに景色は美しいのにどこか自分と同じような迷いのような、それとも戸惑いのような何かが感じられるようだった。

「なんでこんな詩人みたいなこと考えてるんだろう」

 呆然とすることが多く、何かを考えているわけじゃない。なんだか気恥ずかしくなったのと、自宅に帰ってきたという安心感を得たいがため、少し足早に自室へ駆けていく。きっとあと少しでママも帰ってくる。美味しいごはんも作ってくれて、温かいお風呂に入って、静かな夜を過ごして、明日からは夏休みを過ごす。私のに戻れるんだと安堵を求めるように扉を開ける。
 しかし私の日常は戻ってこなかった。いつもの自室の光景が広がる中でただ一つ、私の日常から切り離された『モノ』。いや私から日常を切り離した『モノ』がそこにあったのだ。

「どうして……なんでここにあるの? なんで私の部屋にあるのよ……おかしいじゃない!!」

 声を荒げる私の目線の先にあるもの。ベッドに置かれた一冊の本。分厚くて立派なレリーフのような造りで出来た―……私と『エンティア』を繋げたあの『皇国物語』と書かれた本。思わず感情のままに手に取り、思いっきり投げ捨てる。

「おかしい! おかしい! おかしいじゃん!! 図書館にあったものがなんで持ってきてもいないのに、私の部屋にあるのよ!?」

 自分でも気づいてはいたけど、認めたくなかった。帰って来たという安堵を踏みにじられたような気がして、当たり散らすことしか出来なかった。髪を乱しながら思いっきり本を投げつける。力一杯投げたはずの本は力なく、弱々しく床に落ちた。
 もうどうでもよかった。ただ家に帰りたいという一心でどんな死の場面に直面しても、紙一重のところで回避し続けてきた。けどそんなものに意味なんてない。どんなに頑張ったところで帰ってくることなんて出来ない。絶望に心が支配されるように負の感情で埋め尽くされる。虚ろな目で投げられた本に目を向けると、あることに気づく。ボヤけていた頭にハンマーで殴られたような衝撃が伝い、私は本を拾い上げる。

「何が書かれて……。え、ちょっと待って」

 少し様子がおかしかった。そう、以前に見たときは何一つ文字すら書かれていない、白紙の本だったはず。ページを捲っていくことで更に驚愕した。

「ドラストニア王国、内戦沈静化……アズランド家の軍事力を吸収……ど、どういうこと!? これって」

 続けてページを捲っていっても同様に描かれていた。
 そこにはこれまで私が辿ってきたことが事細かに記されていた。それと同時にまるで歴史の教科書のように、諸外国で起こった出来事も記されていたのだった。

「ど、どういうことなの……? これ全部、私が見聞きしてきたこと……それだけじゃない……!」

「他の国でも、シャーナルさんやラインズさん、イヴさん、紫苑さんのしてきたこと……。そのほかの出来事も書かれてるって」

 訳が分からない。どうしてそんなものが描かれているのか。私は過去の時代へと遡っていたのだろうか。それとも本当にただの物語の中へ飛び込み、私の歩んだ物語が描かれていく、そんな仕組みにでもなっているのだろうか。私の行動がこの物語を作っているのだろうかと、頭の中で考えが駆け巡る。
 現実なのか、はたまた夢なのか。この出来事も実は私の妄想の中で、現実の私はまだ図書館で寝ているだけなのではないのかと考えながらページを捲っていく。しかしビレフへと発ったところで途切れていたのだ。その先はもちろん私も知らない。肝心な一番知りたいその先を見ることは出来ない。私がどうなって、その後のドラストニアやみんながどうなってしまったのかは分からない。冷や汗のようなものが体中を伝っていく。そっと本を閉じると力が抜け、その場でへたり込む。
 何が何だかわからずに少し目を強く瞑り、今度は本を強く握りしめていた。自分の現実がどちらなのかわからない。そして帰ってきているはずなのに、帰ってきていないこの状況を受け止めきれずにいた。

「帰りたい……帰りたいよ。どうして私なの……?」

 頬を熱いものが伝い、溢れるように流れていく。絶望の中で打ちひしがれていた先程とは違い、僅かな希望に思えた。エンティアと現実世界を繋ぐ、唯一のこの本に問いかけても何か返事が来るわけじゃない。わかっていても私にはそれに縋りつくしかなかった。泣いていても仕方ないと、涙を拭ってふと横を振り向く。そこには姿見があるのだが、そこに映っていたのは、やはりあの時と同じだった。今の私と同じ格好なのに服装は違う『もう一人の私』がそこにいた。

「あなたは……誰なの?」

 私の問いかけも虚しく、反射するだけだ。同じように鏡に映った私は問いかけてくる。同じ自分であるはずなのになぜか私とはどこか違って見える。服装や身なりのことではなく、全く同じで自分がそこに映っている。鏡に映る自分に対する嫌悪感のようなものじゃない。不気味と呼ぶにも違って、むしろ親近感を覚える。恐怖や拒絶の感覚じゃない、もっとー……うまく言えない。『近づきたい』という気持ちに似ていた。一体誰なのだろうかと、問いかけるように鏡の中の自分と手を重ね合わせる。一挙手一投足が全く同じ私たちの姿はどこか違って見えた。
 そんな私の問いかけに答えが返ってくることもなく、今度は窓から入り込む黄昏の光が強く、眩く。やがて周囲も同じ光に包まれていく。「ああ、またか」とどこか諦めのようなものと、だけど安心感を覚える温かさを感じながら、目を閉じてそのまま光を受け入れた。

 私の現実がどちらなのかはわからない。けれど、少しの間だけでも自分の家と自室に戻ってこれたこと。何より佳澄と少しだけでも話すことが出来た。それだけはー……本当に嬉しかった。
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