インペリウム『皇国物語』

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episode4 生ある者の縁

105話 銀翼の嵐

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 乱気流のような大嵐の中を突き進んでいく飛空船。強く軋む音は時折するものの、造りは頑強で不動の山の如し。航空は順調そのものであった。豪雨が降り注ぐ曇天、というよりももはや暗黒のような悪天候。その不穏な状況と同調するように微かに聞こえてくる啜り泣く声。少女は体を小さく震わせながら眠っていた。

「ローザ、大丈夫?」

 同室していたイヴが心配に思い起こす。その様子は悪夢にうなされていたというよりも、寂しさや孤独感にも似たものに感じ取れる。

「ん……ううん。イヴさん……?」

 少しの間眠っていたことと、泣いていたことを聞かされると慌てて涙を拭う。少しだけ腫れてしまったのか痛みを覚えながら、悪夢に魘されていたと誤魔化す。ロゼットにとって全くの嘘というわけではなかったが、イヴも気を遣ってそれ以上は聞かなかった。
 先の見えぬ未来、宛のない旅路。ロゼットにとってこの航空は自身を映し出した鏡のようだ。そんな風に感じながら窓越しから眺める。イヴ曰く、かれこれ数時間近くこのような状況なのだと。目的地のビレフまでは後数時間もないのだが、この嵐の中では少し遅れてしまうかもしれない。それに到着した際も悪天候の可能性もあるため、しばらくは空港から動けないことも予想される。
 確かにこの黒い暗雲に叩きつける雨。雨季のミスティア以上の大荒れの中ではこちらも抗えない。
 そんな中でも突き進んでいく飛空船。この機体の性能には驚かされるばかりである。飛空船に感心しつつ、窓から眺める暗雲。
 一面に広がる暗闇。あちこを観察するように目をキョロキョロとさせるロゼット。特に気になることもなく、目を離そうとする。その僅かの間、切り裂くような一閃が走る。少し驚いて怯むもすぐに目を丸くしてしまうロゼット。先ほどの雷光の一瞬に暗雲の中で『黒い影』を見てしまう。何か巨大な生き物にも見えたその影。一瞬の出来事で目を擦り、再度凝視する。
 しかし再び光った時には確認できなかった。熱心に外を見ている様子が気になり、イヴは声をかけた。

「何か見えた?」

「……なんか大きな鳥の……影みたいなのが見えた気がしたんですけど」

 二人して覗き込んで見るが何も映らない。外の雷雨、嵐が激しく吹き荒れる以外には何もなかった。夢のせいもあってのことか、少し神経質に感じるロゼット。あれも『夢』とも思えず納得はしていない。けれども周囲に心配かけまいと気付けに頬を軽くつねっていた、その時であった。
 船体そのものが稲妻を受けたかのような強い振動と共に一際大きな揺れが伝わる。ベッドから撥ね飛ばされるように床へと叩きつけられる二人。警報器が鳴り響き、目覚めの気付けにはこれ以上にないものだ。少しばかり寝起きのロゼットには効き目がありすぎたようだ。

「な、なんなんですか!?」

 異常な様子を察知したイヴはロゼットに部屋で待っているように言い付ける。そして自身は部屋を飛び出していった。そうは言われても、ロゼットもじっとしていることが出来ない。レイティスの時にも似たような経験を思い出す。あの時は何もできない自分の無力さを思い知らされた。彼女にとっては苦い経験。自身が役に立つかはわからないが、状況整理だけはしたかった。その後、どのように動くべきか、少なくとも考えることはできる。不安の中で待つより、今自分に出来ること。迷いの中でロゼットは彼女の後を追うことを選ぶのだった。

 ◇

 船内は騒然としており、揺れ動く中で紫苑とアーガストはラインズの元へ向かう。アーガストは紫苑に言われた言葉を思い出す。

『もしものことがあったらロゼット様の御身はお頼み申します』

 それはさきほど同室した際に言われた言葉であった。念押しするように彼に残した言葉。その時アーガストは少し考え、紫苑自身に何かあった時のことを指してのことかと聞き返す。
 しかしどうやらそうではない。彼曰く、ドラストニア陣営にとってロゼットこそが本命であることは周知の事実。ラインズは自身を囮(デコイ)としながらもビレフ側の動向を探ろうとしているつもりだ。それが今回の本当の目的だと紫苑は勘づいていた。

「私は殿下とイヴ王女の側についていれば、少なくとも彼らの意識をこちらに向けさせることは出来ると考えております。それはおそらく皇子殿下も同じかと」

 その間に警戒されていないロゼット達が情報を探ることも出来る。彼女にはそう伝えてはいないが、市場調査も兼ねた『外遊』。という名目でビレフの中心都市を探索させる算段でいる。

「確かに……異種族に一国の主の護衛を務めさせようなど、露ほども考えんだろうな。ましてやロゼット嬢が後継者とも思わんだろうに」

 ただ有識者の身内ということ。それに加えて、年端のいかない少女を連れていくことには、いささか疑念は持たれるだろう。だからこそのアーガスト。端から見れば異質とも言える組み合わせではある。しかしそれが本命だと誰が考えるだろうか。そういう虚を突くやり方をするのがラインズという男。
 相手はビレフという未知数の国家。ドラストニアを遥かに凌ぐ高い技術を持つ敵か。あるいは味方となりえるか。アーガストと当然それは理解しており、納得もしていた。彼が二人の真意を汲み取る一方で、紫苑の表情は僅かに曇っていた。

「どうした? 紫苑」

 紫苑もアーガストやマディソンには信頼を置いている。シャーナルの護衛を果たした二人の実績も認めている。だからこそラインズはロゼットの護衛を任せることも出来る。だが、外側の人間にしてみれば今回の采配、軽視されているとも取れてしまう。相手方からも侮られる要因にもなりうることを危惧していた。
 しかしアーガストはむしろ紫苑のことを気にかけていた。

「拙者で良かったのか? ロゼット嬢ならお前さんのこと指名すると思うがな」

「?……どういう意味でしょうか?」

 アーガストは少し冗談も含んでいたが、紫苑の真面目な返事に面食らう。少し呆れ気味に「もう少し肩の力を抜け」と告げる。
 彼なりの気遣いのつもりだが、紫苑に届いているかは定かではない。紫苑自身に自覚はあまりないようだが、ロゼットとイヴからは好印象を抱かれている。特にロゼットからは信頼以上の想いを寄せられている。勤勉さと実力だけならシャーナルも買っているほどに人から信頼されているのだ。
 兵達からも一目置かれ、国民からの印象も決して悪いものではない。だが紫苑はどこか自分自身を過小評価している節がある。元はアズランドの人間ということもあって、負い目を感じている部分もあるであろう。それを含めても彼には人としての道徳心と知性、相対するものへぶつかっていく強さも併せ持つ。その性格が表わしているように真っすぐすぎる戦い方をする。それを危惧していた。だからこそもう少し、気持ちを楽に持てるように彼に助言をしたつもりだった。

「私は自分の力の中で、出来うる限りの務めを果たすだけです」

「務めだけでこの仕事は出来んだろう。気持ちもなければ戦士なんてもの誰にでも出来るものではない」

「それはアーガスト殿も同じではございませんか?」

 気負いとも違う。紫苑が抱えているものはそんなものではない。もっと別の何か―……。アーガストには彼の抱えるものがわからなかった。

 船内で別れ際「信頼している」という一言だけを紫苑は残してラインズの下へ向かう。彼の後ろ姿に感じた気配。迷いとも言えぬ、彼の抱える葛藤が僅かに見えたような気がした。そんな心の心境に同調するように外の嵐は荒れ狂い、何かに激突したような衝撃が襲う。アーガストを横目に戦闘態勢に入っているビレフの兵が展望デッキへと向かっていく。周囲の様子にただならぬ気配を感じとる。この嵐で戦闘態勢に移行している点から鑑みるに、原因は大体予想がつく。

「魔物……だが、嵐の規模となると」

 アーガストの見解では魔物の影響と推測、だがこれほどの規模は想像がつかない。伝承、神話相当と思われるが現実で直面するとも考えられない。その正体を知るためにも彼は展望ロビーへと駆け出していった。

 そして操舵室では船長が原因の報告を促しているところであった。

「船体に損傷は?」

「損傷はありませんが、四番エンジンに不調が……」

「先の衝撃が原因か?」と更に船長は尋ねる。だが返ってくる答えは原因不明とだけだった。怪訝な表情を一瞬見せるも、すぐに平静を装う船長。そもそも飛空船には落雷対策として避雷針が展開できる機能を持っていた。仮に落雷しても耐えうるだけの強度は誇っている。確かに損傷はないがエンジン不調の原因が判明せず、尚も船体には強い衝撃が襲い掛かる。平静を装いながらも内心は焦燥している。嵐だけなら飛空船の進行にならん問題はない。問題があるとするならば、この嵐の原因とも言える存在。船長には心当たりがあったために余計にこの嵐が不気味なものに感じられたのだ。乗員にすぐさま進路を変えるように指示を促す。しかし、それは操舵室へとやってきたモローによって妨げられた。彼の背後にはラインズの姿もあった。

「進路このまま、突っ切って構わん」

「しかし、船体に受けるダメージが甚大です。万一に備えて……もしや『メイルシュトローム』という可能性も」

 モローは首を横に振り「問題はない」と一言。モローの胸中を察した船長は耳打つ。彼がおおよそ予測していることの範囲で事態の報告を行う。
 出来うる限り冷静に且つ明確に憂いの種を説明した。それでもモローからの返事は変わることはない。むしろそのまま進行し、同時に機関砲を展開するよう命を下されてしまう。再度忠告をしつつも、命であれば反故に出来ない。渋々と受けざるを得ない船長。二人のやり取りを端から見ていたラインズも奇妙に思い声をかける。

「何かトラブルでも?」

 モローは冷淡に「ただの嵐」だと答える。それから落雷の干渉による影響だと彼らには伝えた。依然として問題は起こり続け、今度は二番エンジンで火災発生の一報が入ってくる。操舵室は騒然、しかし船長は一喝して冷静に対処するように努めた。彼の冷静な判断で、二番エンジンは一時停止させ消火作業にあたらせる。四番エンジンは再稼働を始め、復旧作業が完了していたようであった。しかし依然として危険な状況であることには変わりない。それにも関わらず、ただ一人この状況で妙に落ち着いている男がいた。

「どうやら整備に不備でもあったようですね」

 ラインズは放った言葉。どこか刺がある、というよりも剣で突き立てるような鋭さであった。ビレフの技術をどこか侮蔑するような、そんな意味が込められた皮肉の言葉をぶつける。

「飛空船に関して知識のある人材がドラストニアにもいてくれたら良かったのですがね。まぁ余興とでも思っていてください」

 モローもその言葉の意味を同じように受けとる。彼はドラストニア側の不手際だとしてやんわりと返す。ラインズにとっては彼らの技術の脆弱性を指摘。だがモローは彼らの技術不足の点を指摘して切り返す。両者の間で不穏な空気が漂う中で更に展開が激変する。
 言葉の応酬に呼応するように船体が大きく揺れ動く。強烈な閃光。眩い光が何度も走り、その中を駆け抜けていく巨影。それは操舵室の正面を疾風のように、切り裂かんばかりの勢いで横切っていく。サイレンのような、空全体に響き渡るような『咆哮』。
 一同は横切った黒い巨影に戦く。僅かに映った姿形からそれの正体が何なのか、想像がついたからだ。乗組員の一人が口にする。

「龍『ドラゴン』?」

 皆の共通の認識としてその言葉が響く。改めて説明する必要もない、誰もが恐れる存在。そしてこの嵐が引き起こっている原因であろうか。そこまでは推測がつかないが、この嵐で平然と飛行している。それだけでも彼らが恐れるには充分であった。彼らの恐怖心に呼応するかの如く、船体が更に激しく傾き始める。
 丁度、展望ロビーへと向かう途中のロゼットも衝撃に襲われ、廊下で転げる。体を強くぶつけてしまい涙目になりながら体を擦り、気早にロビーへ向かう。展望ロビーでも慌ただしい様相は変わらなかった。そこから更に展望デッキへと向かっていく兵士達。周囲をキョロキョロと見回してから外の光景を目の当たりにする。ガラス越しから見える乱気流に目を奪われた。うねる暗雲が時折、光を放ちつつ、さらに黒い大きな翼を持つ影が見え隠れする。飛翔するその物体はこんな嵐の中でも優雅に飛び回っているのだ。

「何の影響も受けず飛び回れるなんて……」

 疑問に思うロゼット。その背後から答えるように声かけられる。

「自分のテリトリーとでも言いたいのでしょうね」
  
 相手はクローディアだった。彼女もこの緊急事態に自室を出てきて様子を見に来たようだ。あの龍を何度か見たことがあるようで、決まって今日のような嵐の中で現れると語る。特に飛空船技術が確立され始めてからは被害を受けることも増加傾向にあったそうだ。それはきっと人間が魔物の領域に「侵入」していることを意味してる。

「技術の発達が全て、私たちに恩恵ばかりを与えるじゃない。何か一つ解決すれば、次の新しい問題も出てくる。それに目を向けないなんてこと……」

 クローディアの言う問題。こんにちのビレフの発展、飛空船、その他産業、兵器。それらが引き起こす恩恵と弊害に彼女は気を揉んでいた。この嵐と龍はその一角に過ぎない。ベスパルティアとの領土問題にしても同じ事だと彼女は語る。そしてそれが許されざることだとも。

「許されないこと……?」

 ロゼットは小さな声で尋ねる。しかしクローディアから返事はなかった。むしろ悲痛な表情を見せるだけで、答えることが出来なかったと言える。
 そのすぐそばで彼女の表情を伺うロゼット。まるで当事者のようにと、彼女は感じ取っていたのかもしれない。ロゼットが彼女の手に触れようとした瞬間、再び大きな揺れが襲い体勢を崩す両者。誰かに支えられ、今度は転ばずに済む。二人を支えたのはイヴとアーガスト。

「私たちへ向けてるかはともかくとして、敵意があるのは確かね」

「王女殿下は御無理をなさるな。あれほどのものとなると地上でもまともにやり合えるかわからん」

 戦闘経験豊富なアーガストだからこそわかる感覚。人間より身体的に優れた龍蛇族ドラゴニアンでさえ、目の前の龍には歯が立たない。普通に考えればその通りなのだ。たかだか六尺(およそ一八○センチメートル)前後の人間が二十メートル規模はあろう龍に勝てる道理はない。七尺(およそ二メートル)以上もあるアーガストの見解でさえ勝てないという。
 それでも彼は展望デッキへと上がっていき、かの存在の動向を伺う。外界へ剥きだしの展望デッキはまさに暴風雨の中にいるような状況。吹き荒れる暴風、叩きつける水滴、雨がけたたましい音を上げている。ビレフ兵たちは銃を片手に周囲環境を徹底して警戒していた。アーガストもついでにビレフ側の戦力の偵察も兼ねて彼らと歩調を合わせる。彼らの服装は鎧を着た重装備かと思いきや、制服のような装備。銃撃戦に特化した戦い方、改良を加えられた銃弾相手には現存の鎧など意味をなさない。そう考えるとドラストニアの戦い方は比較すると原始的と取れる。

(飛空船に固定された機銃のような兵装もある。照準も付けやすいし火力も小銃とは比較にならんな……)

 想像以上の技術力の差。これらがビレフで量産されていると思うと、彼でも危機感を覚える。機銃から放たれる無数の銃弾の嵐。単発撃ちの小銃では考えられないような連射性。こんなもので人間が撃たれ続ければ蜂の巣どころではない。その銃撃があの龍を捉えて放たれる。気づけば龍との戦闘に突入していたのだ。後れを取ったアーガストも戦闘態勢に入った。近縁種と戦うのは乗り気ではないが、ロゼットやラインズを守るためには致し方ない選択。得物の槍を構えるが―……異変に気付く。龍の様子に違和感を覚えた。同じ龍族でもある彼だから気づけたことだが、敵意を感じない。それどころかこちらのことは眼中にないと言うほうが正しかった。龍は両翼を更に大きく羽ばき、周囲の暴風から『かまいたち』のような強烈な風を発生させた。
 巻き込まれた飛空船は大きく傾き、突如として展望ロビーでは窓ガラスが割れた。同時に強風が入り乱れ、何名か兵と乗組員も巻き込まれ暴風へ吸い込まれていく。ロゼットの身も大きく宙に浮きあがり運ばれるようにして飛ばされる。気が付けば展望ロビーから身を投げ出した状態だった。時が止まったような感覚であがくことすら出来ない。最後に目が合ったイヴが必死に彼女の手を掴もうとするも届くことはなかった。

「ローザー!!」

 ロゼットの名を叫ぶイヴ。彼女の絶叫は暴風の中でもアーガストの耳には入り込んだ。暴風の中で飛ばされていくロゼットを目視で認識し、彼は迷うことなく暴風雨の中へと飛び込んでいった。
 そして暴風雨の中で体の自由が利かないまま、徐々に落ちていくロゼット。仰向けになった状態で上空を見上げると、はっきりとその眼に映る黒い影。稲妻の閃光で顕わになるその姿は光輝く銀色の龍鱗。両翼にはそれぞれ二つの翼、計四枚の翼をもつ龍であった。風を纏うというよりも翼から発生させているように見える。
「銀色の……翼……」と呟くロゼット。『銀翼』と呼ぶにふさわしいその龍はロゼットに視線を向けた。すぐに彼の標的と思われるものに視線を移したが、その眼は敵意とは違っていた。アーガストとも違い眼中にないというものでもなかった。もっと別の何かを訴えかけるような強い眼。黒龍が向ける眼にどことなく似ているように感じていた。その直後にアーガストが彼女を捉えて空中で手繰り寄せた。

「アーガストさん!! ど、どうやってここまで!?」

「海に落ちるぞ! 口を閉じておいた方が良い!」

 彼の警告に口をつぐむ。マントを器用にパラシュートのように展開させて、徐々に降下速度を落としていく。それでも暴風雨の中では激しく揺れ動かされ、安定しない。徐々に近づいてくる海が見え、少し身構えるロゼット。目の前の海は波も激しく大荒れの状態。近づいてくる海。
 ―……そう本当に近づいてくるのだ。ぐんぐんと押し寄せてくる津波。その流動は本来の海のものではない。内側に『何か』がいる、そんな違和感だった。ロゼットとアーガストが身構えていると突如として目の前の海が破られる。姿を現したのは巨大な口。二つの目立つ牙に舌は二つに割れ、水しぶきを弾く鱗。鋭い眼から放たれる眼光。ロゼット達はまるで蛇に睨まれた蛙。身動き一つすることが出来なかったがアーガストはロゼットを抱えたまま身体を捻る。広げたマントを閉じつつ、片手で槍を構え大蛇の口を躱して、槍で切り裂くように胴を沿っていく。蹴りを入れるようにして跳躍、そのまま海中へと飛び込んだ。
 飛び込んだ勢いでロゼットはアーガストから分断されてしまう。大嵐の津波の中で必死にもがいて空気を求める。口に海水が入りながらも必死でアーガストの名を叫びながら助けを求めた。再び海中から迫ってくるものを感知する。恐怖が冷えた海水と共に身体を蝕む。その何かから逃れようと泳ぎもがくが海中でロゼットは掻っ攫われる。けれどもそれはアーガストだった。
 肺に入り込んだ海水を必死にせき込んで吐き出そうと努めるロゼット。振り返ると先ほどの大蛇のような首が無数に海中から突出している。そしてそれと相対する銀翼の龍。無数の首を使い龍を捉えようと食らいつくが銀翼から発生した風によって切り裂かれてしまう。首の一つが丸太のようにバラバラに裂かれ、海へ落ち行く。さらに海中から首の主と思われる巨大な胴体が顕現。それはまるで凧のような姿形。無数の大蛇は触手のようで、凧の胴体のような本体。映画でも観ているかのような巨大な魔物同士の争い合いを目の当たりにしたのだった。


 そして一方で、この海域に一隻の船の姿があった。『メイルシュトローム』と銀翼の龍との壮絶な死闘を傍から観察しつつ、この魔の海域と呼ばれる絶海を越えようとしていた。乗組員たちは死に物狂いで二体の魔物から離れようと必死に船の舵を取る。悲鳴にも似た絶叫を上げる乗組員。彼らを乗せた仰々しく船は荒波を突き進む。その中に見覚えのある人物の姿があった。

「おい! ホントにこの船沈まねぇよな!? 今は離れちゃいるけど、あんなのに巻き込まれたら終わりだぞ」

 そう叫んでいるのはエイハブ。レイティスでロゼット救出に一役買った男だ。彼の言葉に魔物二体の災禍を一瞥する船長。彼は振り返り、エイハブに乗員を落ち着かせるよう指示を出すだけだった。冷静とも呑気とも取れる陽気な態度は相変わらずだ。

「おい、ジャックス!」

 エイハブの船長であるジャックスを呼び止める声が嵐の中でもよく響く。その声と共に海中から船に飛び乗ってくる影。甲板に打ち上げられたものにギョッとする乗員達。武器を手に取り向けるが、エイハブがすぐに下ろすように周囲を落ち着かせる。よく見ると見覚えのある顔があったからだ。

「嬢ちゃん!! なんでこんな海に」

 彼女を支え海水を吐き出させる。もう一人一緒にいるアーガストは初対面ではあったが身なりから、彼が付き人だとすぐに察する。アーガストも警戒はしたがロゼットの顔見知りと知り、武器は構えなかった。思いもかけない『拾いもの』をしたジャックスとエイハブ一行。とにもかくにも意識が混濁していたロゼットを船内へと運ぶ。思いがけない再会の一時をロゼットが過ごすのは、この少し後のことであった。
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